2章1汗
大胸筋がプルプルと揺れ動く、体格の良い看護師(男性)が、いつもの「栄養剤」を運んできた。
相変わらず、イチゴ味ともバニラ味とも言えない、何かを化学合成したようなドロドロした液体だ。
私たち、ユキナ(脂モヤシ)とピーマンさん(ピーマンの脂詰め)は、火星の中心都市「マーズ1」にある軍病院、第402特別病棟に入院させられていた。
あの苛烈な輸送作戦を生き残った、唯一の生存者。
実戦2度目にしてタコの群れを蹴散らしたその撃破スコアは、宇宙海兵隊の歴代トップ10に名を連ね、私たちは名実共に「エース」となってしまっていた。
病室の壁にかけられた、まだヒドラジンEXの匂いが微かに残る軍服。
その襟元には、上等兵の階級章が鈍く輝いている。
事実上の刑期の延期だ。
これでまた一年、除隊が遠のく。WEBライターとしての復帰も、アイスコーヒーも、遠い夢の彼方へ消えた。
(せめて出来る事は……、精一杯この入院生活を引き延ばす事ね)
ここは良い。
鼻をつくヒドラジンEXの甘臭い匂いも無い。
スウェットの中に閉じ込められて、乾燥ミイラや「山芋」になる心配も無い。
そして何より、あの無敵超人(教官)の、鼓膜を破壊する怒声も聞こえな――
「――モヤシッ!! ピーマンッ!! 見舞いに来たぞォッ!! カタボってるな貴様らァッ!! ガッハッハッハ!!」
聞こえたわ。
病室のドアが、蹴破られんばかりの勢いで開く。
そこには、相変わらず筋肉が服を着ているような、教官が立っていた。
「あー、敬礼は要らない、そのまま休んでいろ。退院したら、死ぬほど汗をかくんだからな!」
彼は私のベッドサイドまで歩み寄ると、ギラギラした瞳で私たちを見下ろした。
「……え?」
今、この人は何と言った?
脂モヤシ、ではなく「モヤシ」。
ピーマンの脂詰め、ではなく「ピーマン」。
名前から「脂」が抜けている……?
私は、ピーマンさんと目を合わせた。
彼女の瞳の奥、戻りかけていたハイライトが、一瞬にして虚無の深淵へと飲み込まれそうになっている……
危ない。私も一緒に、その深淵に落ちるところだった。
教官が「脂」を抜いて呼ぶということは、私たちが「一人前の出し殻」として認められたということだ。
それは、以前よりもさらに酷い戦場へ、優先的に放り込まれるチケットを手に入れたのと同義。
「……それで教官殿。本日は……?」
私は、震える声で尋ねた。
「そうだ! これからお前達の部下になる、新米の脂身を連れてきたんだ! 入れィッ!」
教官の号令と共に、病室へ三人の若者が足を踏み入れた。
「脂エビですッ!!」
「煮込みラードですッ!!」
「小豆カスタードクリームですッ!!」
「「「私達は……義務を果たしますッ!!」」」
また、哀れな犠牲者が……。
まさか、あの「Sweat Troopers」のプロパガンダに踊らされたのか?
というほどに、彼らの瞳は希望にキラキラと輝いていた。
細身でどこか頼りない脂エビ君。
ガッチリとしてはいるが、まだ筋肉の芯が通っていない煮込みラード君。
そして、なぜ海兵隊に? と言うほどに華奢で可愛らしい、小豆カスタードクリームちゃん。
本当に可哀想……。
ほら、ピーマンさんが、彼らを品定めするみたいに瞳の奥をうずうずさせている。
彼女の「何か(精神的なタコ)」が、新しい脂身を求めて暴れ出しそうだ。
「この3名を貴様らの部下につける。
退院したら5人で1班を組んで任務に就いてもらうぞ! 良かったな! モヤシにピーマン!
貴様らは明日退院し、原隊に復帰して太陽系連盟市民の義務を果たせェッ!!」
「「「はっ!」」」
三人の新兵が、元気よく敬礼する。
「「……はっ!」」
私とピーマンさんの声は、プロテインを飲み下す時のように、ドロリと重く響いた。
安息の日々は終わった。
上等兵という名の死神は、私たちに「義務」と「部下」という、重い荷物を背負わせて、再びサウナへと呼び戻す。
……まずは、オムツの使い方を、教えなきゃ。




