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14/23

2章1汗

大胸筋がプルプルと揺れ動く、体格の良い看護師(男性)が、いつもの「栄養剤(プロテイン)」を運んできた。


相変わらず、イチゴ味ともバニラ味とも言えない、何かを化学合成したようなドロドロした液体だ。


私たち、ユキナ(脂モヤシ)とピーマンさん(ピーマンの脂詰め)は、火星の中心都市「マーズ1」にある軍病院、第402特別病棟に入院させられていた。


あの苛烈な輸送作戦を生き残った、唯一の生存者。

実戦2度目にしてタコの群れを蹴散らしたその撃破スコアは、宇宙海兵隊の歴代トップ10に名を連ね、私たちは名実共に「エース」となってしまっていた。

病室の壁にかけられた、まだヒドラジンEXの匂いが微かに残る軍服。


その襟元には、上等兵の階級章が鈍く輝いている。

事実上の刑期の延期だ。

これでまた一年、除隊が遠のく。WEBライターとしての復帰も、アイスコーヒーも、遠い夢の彼方へ消えた。


(せめて出来る事は……、精一杯この入院生活を引き延ばす事ね)


ここは良い。

鼻をつくヒドラジンEXの甘臭い匂いも無い。

スウェットの中に閉じ込められて、乾燥ミイラや「山芋」になる心配も無い。

そして何より、あの無敵超人(教官)の、鼓膜を破壊する怒声も聞こえな――


「――モヤシッ!! ピーマンッ!! 見舞いに来たぞォッ!! カタボってるな貴様らァッ!! ガッハッハッハ!!」


聞こえたわ。


病室のドアが、蹴破られんばかりの勢いで開く。

そこには、相変わらず筋肉が服を着ているような、教官が立っていた。


「あー、敬礼は要らない、そのまま休んでいろ。退院したら、死ぬほど汗をかくんだからな!」


彼は私のベッドサイドまで歩み寄ると、ギラギラした瞳で私たちを見下ろした。


「……え?」

今、この人は何と言った?

脂モヤシ、ではなく「モヤシ」。

ピーマンの脂詰め、ではなく「ピーマン」。

名前から「脂」が抜けている……?

私は、ピーマンさんと目を合わせた。

彼女の瞳の奥、戻りかけていたハイライトが、一瞬にして虚無の深淵へと飲み込まれそうになっている……


危ない。私も一緒に、その深淵に落ちるところだった。

教官が「脂」を抜いて呼ぶということは、私たちが「一人前の出し殻(マッチョ)」として認められたということだ。

それは、以前よりもさらに酷い戦場へ、優先的に放り込まれるチケットを手に入れたのと同義。


「……それで教官殿。本日は……?」


私は、震える声で尋ねた。


「そうだ! これからお前達の部下になる、新米の脂身(フレッシュ・ミート)を連れてきたんだ! 入れィッ!」


教官の号令と共に、病室へ三人の若者が足を踏み入れた。


「脂エビですッ!!」

「煮込みラードですッ!!」

「小豆カスタードクリームですッ!!」


「「「私達は……義務を果たしますッ!!」」」


また、哀れな犠牲者が……。

まさか、あの「Sweat Troopers」のプロパガンダに踊らされたのか?

というほどに、彼らの瞳は希望にキラキラと輝いていた。


細身でどこか頼りない脂エビ君。

ガッチリとしてはいるが、まだ筋肉の芯が通っていない煮込みラード君。

そして、なぜ海兵隊に? と言うほどに華奢で可愛らしい、小豆カスタードクリームちゃん。


本当に可哀想……。

ほら、ピーマンさんが、彼らを品定めするみたいに瞳の奥をうずうずさせている。

彼女の「何か(精神的なタコ)」が、新しい脂身を求めて暴れ出しそうだ。


「この3名を貴様らの部下につける。

退院したら5人で1班を組んで任務に就いてもらうぞ! 良かったな! モヤシにピーマン!

貴様らは明日退院し、原隊に復帰して太陽系連盟市民の義務を果たせェッ!!」


「「「はっ!」」」

三人の新兵が、元気よく敬礼する。


「「……はっ!」」

私とピーマンさんの声は、プロテインを飲み下す時のように、ドロリと重く響いた。


安息の日々は終わった。

上等兵という名の死神は、私たちに「義務」と「部下」という、重い荷物を背負わせて、再びサウナへと呼び戻す。

……まずは、オムツの使い方を、教えなきゃ。

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