7汗
覚悟を決めたら、思考は不気味なほどクリアになった。
アイツらのヌメった触手に蹂躙されて終わるくらいなら、この体が溶けて「山芋」になるまで火星を飛び跳ねてやる。
「やだやだやだやだ死にたくない! 死にたくない!」
無線からは、タコ共に捕らえられた新兵たちの断末魔がノイズ混じりに聞こえてくる。
遠ざかっていく輸送トラックの土煙が見えた。……良かった。あの子たちは、少なくとも今は無事みたいだ。
『カチッ、カチッ……』
弾切れ。私は背部のウェポンラックから、空になったM2機関銃を躊躇なく強制パージ。
流れるような、それでいて完璧なフォームのバックランジ。脚部装甲から滑り出したのは、鈍く光る88口径マグナムリボルバー。
「私……WEBライターなのに……。なんでこんなに、筋肉の連動がスムーズなのよ……!」
ムカつくことに、この『スウェット2055』は、まるで私のために誂えたかのように体に馴染んでいた。恐るべきシンデレラ・フィット。私のわずかな筋肉の収縮が、ダイレクトに重火器のトリガーへと変換されていく。
心を静かに。落ち着けて。
汗をかき過ぎないようにコントロールして……。
室温55℃。ヒドラジン圧力60hp。
死のレッドゾーンが、目の前まで迫っている。
(……そろそろ、かな。まだ逃げても、間に合うかな……?)
そう思った瞬間。
鼓膜を突き刺すような、あの人の悲鳴が無線を震わせた。
「ピーマンさん!?」
見れば、彼女の機体は無数の触手に絡め取られ、空中で無慈悲に引き裂かれようとしていた。
イカれた人だった。瞳のハイライトは消えていた。
でも、この地獄に放り出されて、初めて名前(渾名だけど)で呼び合えた唯一の友人。
彼女が私をどう思っていたかなんて、わからない。
でも――「仕方ない」じゃない。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
私は、喉が千切れるほどの雄叫びを上げていた。
恥も、理屈も、WEBライターとしての矜持も、全部ヒドラジンと一緒に燃やしてしまえ!
「モスト・マスキュラーーーッ!! !!」
私の全身の筋肉が、機体と一体化して限界までパンプする。
スウェットの装甲が熱を帯びて発光し、大気を震わせる衝撃波を放った。
『……もやし……ちゃん。逃げれば……いいのに。バカな子……。ふふ、なんか私も当てられちゃったみたいね。……もう少し、生きてみようかな、なんて』
彼女の声に、わずかな熱が宿った気がした。
『うおぉぉぉぉ! モスト・マスキュラーーーッ!!』
二機の黄色い鉄塊が、火星の赤い大地で光の柱と化した。
それは美しくも、あまりに暑苦しい、死に損ないたちのダンスだった。
三十分後。
ようやく到着した応援部隊が目にしたのは、クレーターのど真ん中、緑色のタコの体液にまみれて膝をつく、二機のスウェットだった。
装甲は焼け焦げ、機体からは今にも爆発しそうなほどの蒸気が噴き出している。
恐る恐る近づく味方の斥候機が、ハッチの隙間から漏れる「生身の荒い呼吸音」を拾った。
「……生きてる。生きてるぞーーーッ!!」
宇宙海兵隊の歓喜の声が、火星の荒野に木霊した。
九名いたはずの護衛のうち、無事に「中身」が入ったまま戻れたのは、私とピーマンさんの、たった二人だけだった。
「……あー、……アイスコーヒー……飲みた……い……」
私は、朦朧とする意識の中で、それだけを呟いた。
オムツももう、限界だった。




