第八話「覚醒」
静寂。
あの夜以降——世界は変わっていない。
だが。
確実に、“何か”が変わっていた。
犬塚信乃は、ゆっくりと目を開けた。
朝の光。
見慣れた天井。
——だが、違う。
空気の流れ。
音の揺れ。
すべてが、やけに鮮明だ。
体を起こす。
違和感は、すぐに確信へと変わった。
“軽い”。
自分の身体ではないような感覚。
手を握る。
開く。
筋肉の動きが、はっきりと“分かる”。
制御できる。
——すべて。
スマートフォンが震える。
《任務:待機》
変わらない表示。
だが、その下に。
新しい行が追加されていた。
《能力:未解放 → 解放可能》
信乃の視線が、止まる。
……能力。
ゆっくりと、息を吐く。
分かっている。
これは、“そういうもの”だ。
意識を、手の甲へ。
印が、淡く光る。
その瞬間。
“繋がる”。
何かと。
言葉ではない。
だが、理解はある。
——使える。
信乃は、手を前に出した。
空間を、意識する。
何もない。
だが。
“ある”。
振るう。
——空気が裂けた。
遅れて、音が追いつく。
目に見えない刃が、目の前の空間を切り裂いた。
壁に、線が走る。
浅い。
だが、確かに“切れている”。
信乃は、無言でその跡を見つめた。
……これが。
“力”。
その時。
脳裏に、別の“感覚”が流れ込む。
炎。
水。
影。
光。
——誰かの“能力”。
見えているわけではない。
だが、“分かる”。
どこかで、同時に目覚めている。
別の誰かが。
その証明のように。
スマートフォンが、再び震えた。
《他対象:能力解放確認》
やはりか。
一人ではない。
これは——
“同時に始まっている”。
信乃は、静かに息を吐いた。
恐怖は、もうない。
代わりにあるのは——
理解と、覚悟。
この力には、意味がある。
そして。
使われる。
間違いなく。
その時。
画面が、更新される。
《任務:準備完了》
次の行。
《初動任務:発令待機》
信乃は、ゆっくりと目を閉じた。
始まる。
今度こそ、本当に。




