第六話「共鳴」
朝の空気が、わずかに揺れていた。
犬塚信乃は、ゆっくりと目を開けた。
違和感がある。
夢ではない。
だが、現実とも言い切れない。
胸の奥で、何かが“脈打っている”。
鼓動とは違う。
もっと、深い場所。
——呼ばれている。
そんな感覚だった。
視線を落とす。
手の甲。
あの印が、わずかに光を帯びている。
昨日よりも、はっきりと。
まるで、存在を主張するように。
スマートフォンが震える。
反射的に、手に取った。
画面には、見覚えのない表示。
《対象確認:信号一致》
——まただ。
だが、昨日とは違う。
恐怖は、なかった。
代わりにあるのは、奇妙な確信。
これは、“自分に向けられている”。
逃げるべきものではない。
“応えるべきもの”だと。
指が、自然と動く。
画面に触れる。
その瞬間。
世界が、反転した。
音が消える。
色が抜ける。
時間が、止まる。
——いや。
止まっているのは、自分以外のすべてだ。
街の中。
人々は、動きを止めたまま固まっている。
風も、音も、存在しない。
完全な静止。
その中で。
“自分だけ”が動いている。
足音が響く。
乾いた、現実から切り離されたような音。
前方に、気配。
振り向く。
そこに——いた。
人影。
だが、はっきりとは見えない。
輪郭が揺れている。
第五話で見た“それ”と似ている。
だが、決定的に違う。
——敵意がない。
むしろ。
どこか、静かに“待っている”。
信乃は、一歩、踏み出した。
逃げる理由が、なかった。
近づく。
距離が縮まる。
その時。
胸の奥の“何か”が、強く脈打った。
ドクン。
同時に。
相手の“それ”も、応じるように揺れた。
——共鳴。
言葉はなかった。
だが、理解はあった。
これは、“敵ではない”。
そして。
“同じもの”だ。
その瞬間。
光が走る。
視界が白に染まる。
音が戻る。
時間が、再び動き出す。
街の喧騒。
人の声。
風の音。
すべてが、一気に押し寄せる。
信乃は、その場に立ち尽くしていた。
周囲には、誰もいない。
だが。
確かに、感じている。
“どこかにいる”。
自分と同じ印を持つ者が。
そして——
胸の奥の鼓動が、ささやく。
集まれ、と。
選ばれた者たちよ、と。
スマートフォンが、再び震えた。
画面には、新しい表示。
《対象リンク:確立》
その下に。
これまで存在しなかった、項目が一つ。
《他対象:検出中》
信乃は、静かに息を吐いた。
——始まっている。
もう、後戻りはできない。
だが。
それでもいいと、思った。
理由は、分からない。
ただ一つ。
確かなことがある。
これは、恐怖だけでは終わらない。
何かが——
動き出している。




