第十八話「偏向」
音が、消えた。
都市の中心。
人の流れが、ゆっくりと歪み始めている。
犬塚信乃は、立ち尽くしていた。
《実行:開始》
表示は変わらない。
だが——
体は、すでに動いている。
手をかざす。
見えない“線”が、都市に走る。
それは、浸食の軌道。
このまま進めば——
人が消える。
記録が書き換わる。
世界が、静かに壊れる。
「……止めろ」
呟く。
だが、止まらない。
——止められない。
ならば。
歪める。
信乃は、意識を集中させた。
軌道を、“ずらす”。
人の流れから外す。
空白へ。
誰もいない場所へ。
強引に。
抵抗が走る。
頭の奥が、焼けるように痛む。
システムが、修正しようとする。
正しい軌道に戻そうとする。
「……やらせるか」
歯を食いしばる。
その時。
別の“力”が重なった。
炎。
影。
光。
仲間たち。
全員が、同じことをしている。
気づいたのだ。
止められないなら——
“被害を減らす”。
軌道が、歪む。
本来なら人がいたはずの場所を外れ、
建物の隙間へ。
地下へ。
空へ。
浸食が、拡散する。
だが。
“薄まる”。
完全な消失ではない。
不完全な現象へと変わる。
スマートフォンが、激しく震える。
《異常:偏向検出》
《補正:試行中》
追いつかない。
修正が、間に合っていない。
その瞬間。
信乃は、確信した。
“抗える”。
完全ではない。
だが——
歪めることはできる。
視界の端。
伏姫が、立っていた。
わずかに——頷く。
肯定。
次の瞬間。
彼女は消えた。
実行は、続く。
だが。
“結果”は変わった。




