第十一話「観測者」
夜は、静かすぎた。
あの戦いのあと——
誰も、無駄口を叩かなかった。
犬塚信乃は、スマートフォンの画面を見つめていた。
《対象数:7》
変わらない表示。
減ったままの数字。
そして、その下。
新しく追加された項目。
《補充対象:選定中》
——補充。
その言葉が、頭から離れない。
欠けたら、補う。
それはつまり——
“人が入れ替わるだけ”ということだ。
寒気が、ゆっくりと広がっていく。
「……なあ」
誰かが、口を開いた。
「俺たち、何と戦ってる?」
沈黙。
答えられる者はいない。
だが。
誰もが、同じ違和感を抱いていた。
“あれ”は敵なのか?
本当に、排除すべき対象なのか?
信乃は、ゆっくりと顔を上げた。
視線の先。
暗闇の中に——
“それ”がいた。
あの、人の形をした歪み。
だが、動かない。
こちらを襲う様子もない。
ただ——
“立っている”。
誰も、手を出さなかった。
出せなかった。
違う。
これは——
敵じゃない。
その確信が、全員の中で同時に浮かぶ。
スマートフォンが震える。
《対象:排除》
命令。
だが——
誰も動かない。
その時。
“それ”が、ゆっくりと顔を上げた。
顔のはずの場所。
何もない。
だが。
“見られている”。
強烈な感覚。
次の瞬間。
頭の奥に、声が響いた。
『——観測』
息が詰まる。
これは、命令ではない。
報告でもない。
ただの——
“記録”。
信乃の背筋を、冷たい理解が走る。
「……違う」
誰かが、呟く。
「俺たち……」
言葉が、続かない。
だが、結論は同じだった。
“戦っている”のではない。
“使われている”。
その証明のように。
スマートフォンの表示が、変わる。
《戦闘データ:取得完了》
その下に。
《次段階:移行準備》
——次。
まだ、終わりではない。
むしろ。
“ここまでは準備”だった。
全員の思考が、凍りつく。
では。
“次”は何だ。
何をさせられる。
その時。
空間が、わずかに歪んだ。
上空。
何もないはずの場所に、
“層”のようなものが浮かび上がる。
見えないはずのもの。
だが、今は見える。
その向こう側に——
“何か”がいる。
形は分からない。
だが。
明確に理解できる。
これは、“あちら側”だ。
そして。
こちらを——
見ている。
『——適合』
再び、声。
今度は、はっきりと。
“上”から。
全員の体が、動かなくなる。
抵抗できない。
意識だけが、残される。
理解してしまった。
これは。
“敵”ではない。
“観る側”だ。
そして——
自分たちは。
“観られる側”。
スマートフォンの画面に、
最後の表示が浮かぶ。
《段階:観測終了》
その下に。
《次工程:実行準備》
信乃は、ゆっくりと目を閉じた。
もう、戻れない。
ここから先は——
“選ばれた者の領域”ではない。
“使われる側”の領域だ。




