第十話「代償」
音が、遠い。
戦っているはずなのに、
どこか現実感がなかった。
犬塚信乃は、“それ”を斬り裂いた。
確かな手応え。
だが——
次の瞬間には、元に戻っている。
終わらない。
何度繰り返しても、同じだ。
「……削れてはいる」
誰かの声。
「でも、足りない」
理解は共有されていた。
このままでは、いずれ押し潰される。
その時。
“それ”の一体が、ゆっくりと動いた。
これまでとは違う。
速くない。
だが——
“確実に届く動き”。
標的は、一人。
逃げ場がない角度。
防げない軌道。
信乃が踏み出す。
間に合わない。
その瞬間。
横から、誰かが入った。
音は、なかった。
ただ——
その人間の体が、“それ”に触れた。
一瞬。
何も起きない。
だが次の瞬間。
“削れた”。
“それ”の一部が、
まるでノイズのように崩れた。
全員の動きが止まる。
今のは——
「……効いてる」
誰かが、息を呑む。
そう。
効いている。
だが。
“おかしい”。
削れたのは、“それ”だけではなかった。
触れたはずの人物の輪郭が、
わずかに——薄くなっている。
信乃の背筋に、冷たいものが走る。
「……やめろ」
声が出る。
だが、その人物は振り返らない。
もう一度、“それ”に触れる。
今度は、はっきりと削れた。
同時に。
その人物の腕が、
“ノイズのように欠ける”。
痛みの声は、ない。
いや——
“音が存在しない”。
消えている。
存在ごと。
「……何を、してる」
誰かの声が震える。
答えは、なかった。
だが——
全員、理解していた。
これは。
“等価交換”だ。
削れば、削るほど。
自分が、消える。
それでも。
その人物は、止まらなかった。
一歩。
一歩。
“それ”に触れるたびに、
体が欠けていく。
腕が。
肩が。
輪郭が。
信乃が叫ぶ。
「やめろ!!」
届かない。
いや——
“届う対象ではなくなっている”。
その時。
その人物が、わずかに振り向いた。
顔が——
“認識できない”。
そこにいるはずなのに、
思い出せない。
誰だ。
この人は、誰だ。
焦りが、思考を乱す。
だが。
最後の一撃が、“それ”を完全に崩した。
空間が、静止する。
敵は——消えた。
同時に。
その人物も。
“最初からいなかったかのように”。
沈黙。
誰も、動かない。
スマートフォンが震える。
表示。
《戦闘結果:成立》
その下に。
《対象:最適消費》
——消費。
信乃の呼吸が、止まる。
そのさらに下。
《対象数:7》
七。
八ではない。
何かが、決定的に変わっている。
「……今の」
誰かが、言葉を探す。
だが。
出てこない。
“誰が消えたのか”が分からない。
それどころか。
“本当に一人いたのか”すら、
曖昧になっている。
信乃は、ゆっくりと目を閉じた。
理解してしまった。
これは、戦いではない。
——消費だ。
人を使い、
削り、
使い切る。
そのための“仕組み”。
スマートフォンの画面が、最後に更新される。
《補充対象:選定中》
ぞわり、と。
全員の背筋に、同じ寒気が走った。




