四年越しの帰還
飛行機が着陸をすると、妙な安心感がボクを包んだ。流石に高度一万メートル以上から落下すれば、全然死ねる。師匠なら何とかするのだろうけど、ボクにはまだ荷が重い。ほっと息を吐いて、身体を伸ばした。
「んぅ~! もう空の上は嫌だぁ~!!!」
空港を出て、満点の青空の下へ行くと自然に声が出た。久々の日本。以前とは違う治安の良い場所。いつぶりかの一人っきり。今までの生活が嫌だったわけじゃないけれど、でも開放感はあった。
……いや、やっぱり嫌だったかも。師匠ってば、人使い荒いんだよねぇ。
「さて、と……! ボクはボクのお仕事を果たしましょうか!」
ボクが実に4年振りに日本へ帰ってきたのには、理由がある。それは、師匠の代わりに現状を把握し、報告することだ。もちろん、必要であれば介入もする。
それがボクの……日本でのお仕事だ。
『私も折りを見て戻ります。それまでの間、定期的な連絡は忘れないように』
その時、愛すべき師匠からのお言葉を思い出した。危ない危ない。早く連絡をしよう。こんな序盤で怒られてちゃ、ボクに仕事を任せてくれた師匠に面目が立たないからね。
到着! と絵文字にボクの自撮りを添えて送信すると、数秒もしないうちに『くれぐれも浮かれすぎないように』と返ってきた。なんて早い返信。ボクじゃなきゃ見逃しちゃうね。
「とりあえず、ホテルのチェックインかな!」
巫織姫、17歳。いざ、変異種潰しの旅へレッツゴー!!!
『あと、無駄な交戦も避けるように。特に、現地の巫女と事を構えるようなことは絶対にしないようにしてください』
「うっさいなぁ! ボクのことなんだと思ってんのさ!」
相変わらずの小言に辟易しちゃう。まるで人を瞬間湯沸かし器か何かと勘違いしているのだろうか。ボクだってもうすぐ成人。多少の我慢くらい、覚えてるんだからね!
1
「ふぅ……! やっぱ日本の変異種は強い!」
ボクは額の汗を拭いながら、特殊装甲型変異種『蟹』にトドメを見舞った。これで三体目。
上手く隠れていたつもりだろうけど、ボクだって師匠仕込みの探知術を学んでいるのだ。戦闘よりもこっちの方が、師匠は褒めてたっけ。
「よいしょっと……相変わらず、師匠には遠く及ばないなぁ」
師匠ならば私が目視すると同時に終わらせている。何なら、私が気付くよりも早く始末している時だってあった。マジであの人何なんだろう。
『戦いのコツ、ですか……? とりあえず死ぬまで撃ち続ければ良いのでは?』
「それができれば苦労しませんっての。あれを本気で言ってるのが恐ろしいよ」
ボクなんて、接敵してから48秒もかかってしまった。いくら日本の変異種が強力といえ、数秒で片付けられないなんてヤバすぎる。
もし師匠が隣にいたら、無表情でひたすら強化レッスンを強要してくることだろう。あー良かった、ボク一人で。
「記念に1枚☆ 師匠に送ってあげよー」
ボクは鼻歌を歌いながら、スマホを弄った。できるだけ気を抜いているように。ボクを見張る誰かに気付かれないように。
先ほどの変異種の一つ前からだ。割と杜撰だから、本職ではない。恐らくは4人……かな? 探知できてないだけで、もっと居るかもしれない。あえてバレバレの尾行をして、油断を誘ってるのかもだしね。
反応的に変異種じゃ無い。これは……巫女のものだ。ボクは内心焦りながら、路地へ入っていった。
いやまぁ、変異種を討伐する以上、現地の巫女と出会う可能性があることは分かっていた。
でも、基本的に巫女は慢性的な人員不足が常。巫女を害するならともかく、変異種狩りの人手が増える分には友好関係を築けると思ったのに。
なんかしくったかなぁ…………
「まっ! そういうのは追いかけてきてる本人に聞けば良いよね!」
「──っ!?」
「こんにちは! あいや、時間的にこんばんはかな! こんばんはー!!!」
ボクはそのまま路地に入ってきた集団に元気よく挨拶をした。みんなお揃いの黒と青の制服とスカートを着用している。何ソレ、カッコいい。私のは、自前のと師匠のお古だからちょっと羨ましい。
お揃っちーず(今ボクが勝手に名付けた)は顔を見合わせると、そのうちの一人が一歩、ボクの前に歩みを進めた。
水色の髪をポニーテイルにした、真面目そうな子だ。キリッとしていて、可愛いというよりはカッコいいという雰囲気だった。
「お前! 見ない顔だがどこの所属だ! 名前と部隊名を答えろ!」
「……? 名前はともかく、部隊名ってなに?」
「何……? ということはお前、野良巫女か!」
のら、みこ……? そんな野良猫みたいな。いやでも、ポニテちゃんはすっごい真剣そうな顔してる。冗談……じゃ、なさそうだね。
「待った待った! とりあえず、自己紹介しよ! ボクは巫織姫! 君の名前は?」
「……桃園隊隊長、浅間雅だ! 既にお前の存在は報告済みだ! 逃げられると思うなよ!」
「えと……ちなみに野良巫女の場合、ボクはどうなるの?」
「無登録での巫女活動は重罪だ。巫女規定に基づき、厳重注意と本部での強制指導、ならびに数ヶ月の奉仕作業への参加となる」
巫女規定? 本部? 奉仕活動? な、なんだかよく分からない……ボク達が居ない間に、一体何があったの……?
「その身のこなしと実力、新米ではないな? もしや、混沌派のメンバーか?」
「? ? ? まってまって……新しい単語出さないで。混乱しちゃう」
何だか色々、巫女の事情も変わっているらしい。でも、これってチャンスかも? 何の手がかりもなく探すより、この子達から情報を聞き出す方が合理的だ。特ダネがあれば、師匠も褒めてくれるかも!
「あんま理解できてないんだけど……とりあえず、ボクはその混沌派とやらじゃないよ。数年前から海外に行っててね。日本には今日、帰ってきたばかりなんだ」
「そういった言い訳は本部で聞く。大人しく拘束されろ」
「えぇ……? 困ったなぁ。師匠からは、巫女とは極力争うなって言われてるのに……」
……まっ、殺したり重傷を負わせたりしなきゃ、良っか。
「瞬け、『ベガ』」
「っ!? 戦闘用意!!!」
頬が吊り上がっていく。師匠からは辞めろと言われてるけど、しょうがないよね。これも調査のためだから、仕方ないよね。だから、良いよね? ずっとずっと、戦りあいたくて仕方なかったもん。
「さぁ! 楽しもうっか!!!」
2
私こと、浅間雅の所属する桃園隊は、ここ三谷地区の担当を任されている。活動内容は主に、変異種の捜索、結界の維持とメンテナンス、そして……近頃急速に増えている派閥、混沌派メンバーの取り締まりだ。
私は巫女の務めを誇らしく思っている。誰かを助けることのできる、素晴らしい役割だと信じている。
だからこそ、私は今日も役目を全うする。その日も、いつもと何ら変わりない警邏のはずだった。
空気が変わったのは、夕方を過ぎた頃だった。以前から追っていた変異種の反応が消えたのだ。慌てて現場へ向かうと、そこには変異種の残滓だけが残されていた。
巫女連のメンバーであれば、無断で他地区の変異種を狩るような真似は絶対にしない。ならば、これをやったのは巫女連に所属していない巫女……つまり、混沌派の者に違いなかった。
推定混沌派の巫女を追うのは容易だった。神力が濃く、それを隠そうともしていなかったからだ。
――そして、彼女はそこに居た。
髪色はピンク。紅いリボンで髪を結い、黒い外套で身を包んだその少女の実力は圧倒的だった。
遠くからでもビリビリと感じる神力の圧。軽やかで、洗練された動き。だが、そんなことよりも恐ろしかったのは……
その少女は変異種と戦いながら、笑っていたのだ。口元を歪め、楽しそうに、恍惚とした表情でだ。
変異種との戦闘は命懸けだ。その数は数年前に比べれば減少したものの、その危険性は何ら変わっていない。そんな変異種を相手に、チームも組まずに一人で戦う……イカれているとしか思えなかった。
「……愛花。本部に緊急連絡」
「っ! う、うん……! 了解!」
近衛愛花は私と同じ桃園隊結成メンバーの一人だ。栗色のボブヘアが可愛らしい、私の幼馴染みである。だからこそ、彼女はすぐに私の意図を読み取った。
緊急連絡。それは、巫女連本部への単純な増援を意味しない。私と愛花は巫女として三年以上の経験のある中堅だ。巫女としての実力も中の中から上くらいはあると自負している。
そんな私達が、手も足も出ないやもしれない。ならば、生半可な増援は無意味だ。必要なのは、巫女連でもトップクラスの実力者。
あの人ならきっと、こいつと渡り合える……! そう確信して、私は対象の尾行を続けた。
私達がすべきことは、監視と時間稼ぎ。既にあの人はこちらへ向かっているそうだ。そんな気持ちの緩みを狙うかのように、あの少女は無垢な笑顔で私達を捉えた。
そして、巫織姫と名乗った少女との交戦……いや、違うな。これは戦いでは無かった。あえて表現をするなら、それは──
「よっ、と……! 良いね、ソレ! やっぱ時代は銃火器かな!」
「クソ……! バケモノめ!」
圧倒的な蹂躙だ。私達は彼女に対し、何らダメージを与えられていない。だというのに、桃園隊は二名が失神、あとは私と愛花が何とか食らい付いているだけだ。こんなの、勝負にすらなっていない。
「打ち砕け! 『鉄人』!!!」
「でっかいハンマー! そんなに振り回して疲れない?」
愛花の援護射撃はその分厚い神力に阻まれ、全くのノーダメージ。私の『鉄人』も空振るばかりで、あえて手加減されているのが明白だった。
「はぁっ……! はぁっ……!」
「う~ん……こんなものかな。ねぇ君達、切り札とかは隠し持ってたりする? 代償が必要じゃなければ、どうか見せて欲しいかな」
「雅ちゃん! もうこれ以上は……!」
「うる、さい……! 我ら桃園隊に撤退の二文字は存在しない! たとえどれだけ劣勢だろうと、最期まで務めを果たすまでだ……!!!」
巫織姫……! 貴様は危険過ぎる! 教官が到着するまで、絶対に逃がさん……!
「んじゃあ、こうしよっか」
「ぐっ……!? な、なにを……!」
「そこの君。そう、小銃を持ったそこの君。取引しない?」
織姫は私をあっさり制圧すると、その手に嵌められたクロスボウを私の頭に突き付けた。あからさまな罠だ。そもそも、こいつに私達を殺すつもりは毛頭ない。
だが、気が弱く仲間思いの愛花には……その効果は抜群だった。
「や、辞めて! 殺すなら私にしてよ!」
「殺さない殺さない。でも……言うこと聞いてくれないと、ちょ~っと痛い眼に遭うかもね?」
キラキラとした笑顔で、織姫は笑った。あまりに恐ろしい顔だった。本当に私を殺してしまいそうな凄みが、そこにはあった。
「何でも言うこと聞くから……! 雅ちゃんを解放して!」
「美しいねぇ。じゃ、武装解除してね~」
そして私達四人は見知らぬ術式で拘束された。何故か、神力を出すことができない。武器も取り上げられ、神力の操作も覚束ない。ほぼ、詰みの状況だった。
「じゃあ、現状把握としゃれこもうか」
ニコリと笑うその顔は、私には悪魔にしか見えなかった。
3
「ふんふん……な~るほどねぇ。三年前に巫女連合局っていうのができて、今はそれが巫女の最大派閥なんだ」
「そうだ……旧家や解体された財閥の生き残りを取り込んだ巫女連合局、またの名を『秩序派』と、呼ばれている」
ボクはさっそく二人から情報を聞き出していた。そして、何となく状況が掴めてきた。
ボクと師匠が海外へ向かったのは四年前。その一年後に、とある四人の巫女を中心として巫女連と呼ばれる組織が作られた。巫女連は各地の巫女を纏め上げ、瞬く間に最大派閥へと成長していった……という。
だが、巫女達による一本化は上手くいかなかった。混沌派と呼ばれる、巫女の力を悪用する集団が現れ始めたのだ。
初めは僅かだった勢力は徐々に数を増し、そしてとあることをきっかけに『秩序派』に並ぶ勢力へと成長したらしい。
「……一年前のことだ。中心メンバーの一人だったとある巫女が、巫女連を抜けた」
「それが……現在の混沌派のリーダー、柊すみれってこと?」
「あぁ、そうだ。彼女の力は圧倒的で、瓦解寸前だった『混沌派』をたった数ヶ月で立て直した」
巫女連の中心メンバーは全員が飛び抜けた実力を持っていた。
『万能錬金』姥神巴。『神力炉心』柊すみれ。『絶対防護』片桐小日向。『殺戮巫女』鷹司星奈。
日本全土の巫女併合がスムーズに進んだのは、彼女たちのチームに誰も勝てる者が居なかったから、というのは巫女連では有名な話らしい。
だが……そんな組織からNo.2の実力者であった柊すみれは、巫女連を脱退した。理由は伏せられており、残った3人の創立メンバーしか知り得ないのだとか。
「そして、その後を追うようNo.4の姥神巴もまた、巫女連を抜けた。彼女は現在『穏健派』と呼ばれ、戦いに参加したくない巫女やどちらにも肩入れしない第三の勢力となった」
「ん~……なーんとなく、分かってきたかな……?」
つまり、今の日本には三つの派閥に別れている。
まずは巫女連、『秩序派』。巫女にルールを課し、規則と圧倒的な人数で平和を守る、正義の組織。現代の巫女最強と呼ばれる鷹司星奈とそれに並ぶ巫女である片桐小日向をツートップに置いた、最大派閥。
そして、そんな巫女連と敵対する『混沌派』。単純な戦闘力のみであれば、最強と呼ばれる鷹司星奈をも凌駕するという柊すみれは、今も『混沌派』の数を急速に数を増やしている。
最後に、そんな二つの勢力との中立を謳う『穏健派』。実力としては一番下とされるが、リーダーの姥神巴を中心として作られる製品は良品であり、巫女界隈ではある程度の影響力を持っている。
これが、現在の巫女事情だ。
「よしよし……! これはかなりの特ダネじゃないかな!」
きっと、師匠も喜ぶ! ボクはウキウキで報告を打ち込み始めた。そんなボクを見ながら、雅ちゃんは周囲を忙しなく確認し続けていた。
「あ、ごめんごめん。情報提供ありがとうね。今、解放してあげるから──」
「ところで、だ。ここ三谷地区は、巫女連の本部からそう離れてはいない。なにせ、二つ隣の市だからな」
「……ん? つまり、何が言いたいの?」
「お前はもう、終わりということだ……! 『光球』!」
彼女の背中から、眩い光が解き放たれた。
なんで、どうして……!? あの拘束は神力の扱いをも制限する。まともに術なんて、使えないはずなのに……!
「ふぅ……間に合ったかな、後輩ちゃんズ!」
「はい……! バッチリです! 片桐教官!」
いつの間にか現れたその女性は、四人全員を抱え、疲れたように溜め息を吐いた。そして一本の蒼い槍を取り出すと、その神力を爆発させた。
雅ちゃんや愛花ちゃんとは比べものにならない、効率化された美しい神力だった。揺らぎの一切ない、完璧な操作。師匠だって、こんな高精度に神力を操ることは不可能だろう。
「さてさて……私、この後も仕事あるんだ。だから、分かるよね? 大人しく、捕縛されてほしいな」
巫女連の制服であろう、黒と青の服と黒いズボン。その上から汚れた青色の羽織を羽織った、綺麗な茶髪の人だ。私は吊り上がる頬を必死で抑えながら、言葉を紡いだ。
「片桐……? 君、もしかして『絶対防護』の片桐小日向……?」
「恥っずいからそれ辞めて! 私はただの先輩巫女! 片桐小日向だよ!!!」
『秩序派』の中核メンバーであり、現巫女連においてNo.2の実力者でもある巫女……『絶対防護』の片桐小日向は、真っ赤な顔でボクに槍を向けた。
もはや、口角の緩みを抑えることなど、できるわけがなかった。




