タイトル未定2026/07/31 16:23
「良いですか、織姫。私達のような遠距離を得意とする巫女にとって、距離を詰められるということは死を意味します」
「おぇぇ……!!!」
「勝負の鉄則は自分に有利な条件で戦うこと。相手の長所を潰し、自らの強みを押し付ける。それを可能とすれば、貴女でも私に勝てるでしょう」
「ちょ、待っ――!? ぐえぇえ!?!?」
ボクにえげつない乱撃をかましながら、師匠はそんなことを言う。肉弾戦も強い師匠が言っても何の説得力もなかった。
「貴女の力は強力です。ですが、世に絶対はありません。こうして近距離で窮地を凌がなければならない時、待ってくれる敵は居ませんよ」
「ぶげらっ……! し、師匠……! ガチでやり過ぎ……!!!」
「日本を出るときに言ったでしょう? これからは正式な弟子として、厳しく指導すると」
師匠は素手で、ボクは何のハンデも無し。けれど、ボクは床に転がされ痛みに悶えるしかなかった。すぐに治せるからって、容赦がなさ過ぎる。
「――さて。今日はこの辺りで終わりにしましょうか」
「ごほっ、ごほっ……! あ、ありがとうございました……」
「……少し負傷し過ぎです。半分残しておきますから、あとは自分で治しなさい」
「もう神力残ってないよぉ……! ししょう~~~!!!」
「はぁ……何度言ったら分かるのですか? 継戦を意識しないとあれほど――」
鈍い痛みが走る中、ありがたいお小言を頂く。いいから早く治してよぉ……
「師匠も我流の癖にぃ……ていうかそもそも! なんで毎回ボコボコにするの!? 師匠ってば、ボクのこと嫌いなの!?」
「嫌いなら私の旅に同行させたりしません。貴女のことは、とても好ましく思っていますよ」
「トゥンク……! つまり師匠はボクのこと、大好きってコト!?」
「まぁ、はい。少し大袈裟ですが、間違ってはいません」
「ならもうちょっと優しくして! ボクは褒められて伸びる子なの!」
師匠はボクの傷を治しながら、その顔を少し綻ばせた。そして、ボクの頭を撫でた。その瞳には、何か違うものが映っていたような気がする。
「好きだから、厳しくするのですよ。それに、私も先輩達に沢山負けて実力を身に付けたのです。効果は自分で実証済みですので、我流じゃありません」
「うっそだぁ……そのセンパイ達って、バケモノか何か?」
「普通の巫女ですよ。というか、貴女はこの前見たでしょう?」
「んー? もしかして、鷹司星奈!?」
遠目から変異種を狩る姿を見たことがあるけど、あれはヤバい。師匠と同等か、下手をすればそれ以上の実力があった。
「間違いではありませんが、違います。その隣に長身で槍を持った人、居たでしょう?」
鷹司星奈を筆頭とした四人組は有名だったので、その名前は知っていた。チームの盾であり癖の強い面々を纏める、影の立役者的な立ち位置だった、その人。
「あぁ、片桐小日向ね――ってあたっ!? なんでデコピンしたの!?」
「さんを付けなさい。失礼でしょう?」
珍しく、師匠が怒った。いつも冷静で感情が死んでいる師匠にしては珍しい反応だ。
それほど、あの女性を尊敬しているということだろう。ちょっとだけ、妬ましい。
「小日向さんとはあまり長い付き合いではありませんが、親交がありました。お世話になったと、明確に言える人です」
「ふーん。でも、じゃあなんでこの前隠れたの?」
「……秘密です。色々、あるのですよ」
師匠の過去を、ボクは知らない。そして、ボクはまだそこに触れるべきじゃない。いつかは話してほしいけどね。
「今でも、小日向さんと戦えば勝てるかどうか分かりません。それくらい、あの人は強いですよ」
そう言って、師匠は誇らしげに笑った。あの鷹司星奈にも勝てると豪語する師匠が、唯一勝てるか分からないと言わしめた巫女。
『絶対防護』片桐小日向。ずっとずっと、戦ってみたかった……! その願いが今、ようやく叶う……!!!
「まずは自己紹介させて! ボクは巫織姫! よろしくね、片桐さん!!!」
腰には二本の曲刀。メインはあの蒼い槍で、確か名前は『空空』。果たしてボクに、アレを突き破ることはできるだろうか? 考えるだけでワクワクしてくる。
「元気良いね、織姫ちゃん。一応聞くんだけど、どうしてこの子達をイジメてたのかな?」
「イジメていたなんてそんな! ボクはただ、雅ちゃん達とお話してただけだよ! ボク、日本に帰ってきたばかりで現状に疎かったので!」
「……確かに、後を引くような怪我はさせてないか」
そう言うと、片桐さんはその槍を降ろしたにぱーっと笑った。
「じゃあ、見逃したげる! ていうか、戦いたくない! 君強いもん!!!」
「…………は?」
「かかかか、片桐教官!? 一体何をおっしゃっているのですかっ!?」
「だってさぁ……荒事は星奈の専門じゃん。それに、悪い子じゃなさそうだしね。混沌派じゃないってことだし、厳重注意ってことで」
なんだ、それ……じゃあ、高まったボクの衝動はどうしろと? ずっとずっと、楽しみにしてたのに……!!!
ボクの手は、躊躇うことなく動かされていた。射出された一矢が、片桐さんに近付いていき――寸前で、透明な壁に阻まれ弾かれた。
「うおっ、と……誤射、じゃないよね~」
「ボクとやれ、片桐小日向!!! 師匠の認めたその力、早く見せろ!!!」
「はぁ~……じゃあしょうがない。雅、ちょっと『鉄人』借りるね」
「は、はい……! どうか、お気を付けて!」
軽々と『鉄人』を持ち上げると、片桐さんはその神力を高めた。自分の神力兵装でないと言うのに、なんて迫力……! こう言ってはなんだけど、雅ちゃんよりも何段階も強力に見える。
「瞬け、『ベガ』!」
ボクはすぐさま右手のクロスボウを構え、そのまま撃ち出した。
神力兵装『ベガ』。神力を矢に変え、それを射出する単純な武器。たったそれだけ。必殺の威力もなく、燃費も悪い。それがボクの一つめの神力兵装。
そして……『ベガ』には特別な力がある。
「っ! 『空空』!」
撃ち出された三本の矢を、片桐さんはすんなりと避けた。だが、矢はグニャリと軌道を変え、彼女の背を強襲した。これには思わず、片桐さんも防護壁を展開する。
『ベガ』の一矢は、決して外れることはない。絶対に対象へ当たる。私が視認できる範囲であれば、どんなに無茶な軌道であろうと追尾して被弾させることが可能だ。
今みたいに防がれることはあっても、外れることは起こり得ない。それが、『ベガ』の力だ。
「ビックリしたよ。でも、それだけだね」
「じゃあ、もっと驚かせてあげますよ!!!」
後退しながら、『ベガ』を連射する。合間合間で通常の射撃を織り交ぜるのが、神力節約のコツだ。現に、片桐さんは矢の回避を辞め、全て防御している。
神力はまだまだ問題無い。だが、着実に距離は詰められていた。片桐さんは近接を主戦場とする巫女。遠距離を得意とする私には分が悪い。
だから、この一撃は刺さる。私は懐から一本の杭を取り出し、そして撃ち出した。
「光れ、『アルタイル』!!!」
「『空く――』いや違っ――!」
青色の閃光と共に、それは片桐さんの防護壁へぶつかり……そして、その全てを霧散させた。後には、その勢いのまま進み続ける杭が片桐さんへと向かっていく。
だが、何かを感じ取ったのか彼女はすぐに回避行動を取り、紙一重で撃ち出された杭を避けた。今の避けるとは、流石はベテランだ。並の相手ならアレで終わってたのに。
「『空空』が破られた……? いや違う。今のはもっと、単純な……」
「すっごいすっごいすっごいっ!!! なんでボクの『アルタイル』避けられたの!? アレ避けたの、師匠しか居なかったのに!!!」
「『アルタイル』……二種類の神力兵装持ちか。どっかの誰かを思い出すね」
神力を矢とし、撃ち出す『ベガ』。その性質は星が巡るように、標的を射貫く。
そして、特別製の杭を撃ち出し、触れた一切の神力を無効化する『アルタイル』。二つの星を自在に使い分け、攪乱する。それがボクの戦い方だ。
「さぁさぁさぁ! 早くやろう! これからもっと面白くなる!!!」
「はは……随分と楽しそうにしちゃって。なら、ちょっとは先輩の意地を見せちゃおっかなぁ」
瞬間、暴風がボクを襲った。砂埃をあげ、眼を開けていられないほど強力な嵐だ。だが、この程度で目を潰せるとは思わないことだね。
ボクの探知は目でなく神力で視るモノだ。姿は見えずとも、神力があれば見失うことはない。
「甘いよ、織姫ちゃん」
そんな思考を嘲笑うかのような斬撃が、私の頬を掠めた。なんて早さ……! 探知しても探知しても追いつかない……!
「轟け、『雷神』!」
「っ! はやっ……!?」
「そこっ! 受け取りな!『自縛布』!!!」
「がぁっ……!?」
視界の悪い中、四方からの早すぎる連撃。それをいなし続けていると、ボクの身体に黒い布がいつの間にか巻き付いていた。
『アルタイル』を使えばすぐにでも抜け出せるそれは、しかしこの刹那においては致命的な隙となってしまった。
重い鉄の塊が、ボクの身体を吹き飛ばす。碌に防護壁も張れなかったボクは、そのままの勢いで壁に叩きつけられた。師匠以外に傷をつけられたのは、本当に久しぶりだ。痛いのに、自然と笑みが零れていた。
「ふ、ふふ……! アハハ!!! 流石は『絶対防護』。長年巫女やってるだけはあるね……!」
「そりゃあどうも。降参するなら、すぐに治療してあげるけど?」
「冗談! まだまだこれからでしょ! ボクも貴女も、まだ隠してるモノい~っぱいあるしね!」
楽しい。楽しい楽しい楽しい! 師匠とガチでやるのも悪くないけど、片桐さんはそれ以上だ。師匠の絶対的な武力とは全然違う。
技を磨き、武具を整え、それらを組み合わせて柔軟に戦う。まさにオールラウンダー。なんて素晴らしいのだろうか。
最強でないからこそ積み上げられた、無骨な戦い方。すっごくボク好みのやり方だ。
「もっとやろう! さぁ! 次はこっちか――」
気分は最高潮。痛みなんて気にならないほど、ボクのテンションはマックスだった。そんなボクに水を差すような電子音が一つ、鳴り響いた。
「…………ぁ」
さぁっと……それまでの高揚感が一気に覚めていった。ボクは急いでスマホを取り出すと、表示された名前を見てさらに焦りを加速させた。
「も、もしもし師匠!? こんな時間にどうしたの!?」
「大したことではありません。ただ、少し気になりまして。どうやら変異種と交戦したようですが、何か問題でも発生しましたか?」
「あ、あぁごめんごめん! 心配しなくても、ただの野良だったから気にしないで! 何も問題は無いから!」
ヨシ……! いつもの勘とやらで、ボクが現地の巫女と揉めていることを察知したのかと思ったけれど、ただの確認みたいだ。早く誤魔化して、何とかこの場を納めないと――
「ねぇ! 無視しないで欲しいんだけどー!」
「……? 貴女の他に、誰か居るのですか?」
「わぁああぁああ!!! いやいや違う違う! ボク一人! さっきのはテレビの音だよ!!!」
ボクは片桐さんに向かって必死に口を噤むジェスチャーを伝えた。困惑はしていたものの、彼女はその口を閉じてくれた。マジでありがとう! 大好き!
「そうですか……では、そういうことにしておきましょう。まさか、言いつけを一日で破るなんてこと、あるわけありませんしね?」
「とととと、当然だし! ボク、ウソ、ツカナイ!」
「では、区切りがついたところで構わないので、現地調査の一時報告を後でしてください。電話でもメールでも良いので、できるだけ早くお願いしますね」
「ウン! ワカッタ!!!」
ボクはその勢いのまま電話を切ると、そのまま地面に崩れ落ちた。
このままじゃマズイ……! どうにか隠蔽しないと! なら、ボクがすべきことは……!
「ごめんなさい! どうか今日のことはなかったことにして頂けないでしょうかっ!?」
そして流れるようにボクは……恥も外聞も捨てた土下座を放つのだった。
「…………はぇ?」
「…………?」
そんな状況に残ったのは、混乱しすぎて目を回す雅ちゃんと、唐突な謝罪に面食らう、片桐さんだけだった。




