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少女の心に深めの傷を残して死にそうな低身長童顔ロリお姉さん  作者: 椿
閑話 いつかの記憶

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いつかこの命を散らすその日まで

 自然は良い。特に人の手が届かぬ秘境などは、もっと良い。そこには雄大な世界が広がっていて、俗世の穢れを忘れられる。


 だからこそ、儂は山に何ヶ月か籠もっていた。人間ではない儂にとって、その環境は住みやすい場所であり、汚いものを見ずに済むところだったからだ。


 人が死ぬのも、啀み合うのも、争いあうのも……見ていて気持ちの良いものではない。その点、自然には摂理のみが絶対のルールだ。喰うモノと喰われるモノ、喰われぬよう進化したモノとで、完璧な循環を生み出している。


 気が付けば一ヶ月、三ヶ月と時が進み……辺りは雪で包まれてしまった。無理をすれば下山も可能だが、不快であることには変わらない。山を下りたとて、どうせ七子に会うくらいしか用もない。


 儂は山に残ることを選んだ。その選択を、一生後悔することになるとも知らずに。


           8


 その年は例年よりも冬が長かった。季節は春を追い越し、夏に入っているというのに、未だ何枚か着込まなければ肌寒い。儂は半年ぶりに、下山をして京の街へ戻った。


 相変わらず、人の街は息が詰まる。それでも儂がこの場所へ帰ってくるのは、ひとえに七子の存在があったからだ。


 『あっ、奏さん。今度はどちらへ行くのですか?』


 『人里は疲れた。山でゆっくりするつもりじゃ』


 『そうですか……では、またしばらくお会いできませんね』


 『そんな顔をするな……酒を漬けただろう? あれが出来上がる頃には、また戻る』


 そう言って七子と別れて、もう半年だ。きっと、怒っているだろう。何か茶菓子でも買って、機嫌を取ることにしよう。落雁でも渡せば、眼を輝かせてご機嫌になる。


 「ふふっ……琴子に怒られてしまうな」


 能天気な七子と、神経質な琴子。少し妬けてしまうほど、あの子達の仲は良かった。琴子は儂のことを未だに警戒しているが、儂は彼女を好ましく思っている。


 口では色々と言いながらも、その行動の殆どは七子を思ってのことだ。恐らく、七子があれほど純情に育ったのも、琴子の尽力によるものが大きい。


 そうだ。あの子にも何か買っていってやろう。何が良いだろうか……


 「…………髪留め、か」


 七子に色々と口出しする癖に、自分自身の容姿には無頓着な子だ。ちょうど、あの子の髪色に似合いそうな、藍色の髪留めがあった。


 どんな顔をするだろうか? 恥ずかしがるのか? それとも、いつもの仏頂面で要らないと突っぱねてくるだろうか? その時は、七子と一緒に強引にでも飾り付けてやろう。


 「は……? 死ん、だ……?」


 ──能天気なのは、どこの誰だ。あの子達がどれほど苛烈な仕事をしているのか、知らないわけでは無かっただろうに。


 灰色の墓石に触れ、私は思い知る。人は、こんなにも簡単に死んでしまうのだと。


 からん、と……髪留めが懐から零れ落ちた。


 「はは……京でも屈指の実力者という話はどうしたのじゃ」


 だらりと俯きながら、既に物言わぬ琴子に語りかける。地面に水滴が落ち、水玉を作っていた。


 「贈り物を買ってきたんだ。お主は愛い顔をしているからな。着飾れば更に綺麗に──」


 膝から崩れ落ちる。もう叶わない。あの子と言葉を交わすことも、笑い合うことも、愛でることもできない。


 一体、何を勘違いしていたのか。所詮、人は人。化け物は化け物。いつか彼女たちは死ぬ。その順番が、少し早めに来ただけのこと。たったそれだけの……ことだ。


 「う、ぁ……! あぁあぁああぁああ……!!!」


 近衛家の者から事情は少し聞いた。琴子は七子を庇って、死んだ。棺に納めることすら躊躇われるほど、凄惨な姿だったそうだ。


 儂が呑気に山に籠もっている間も、彼女たちは必死に戦っていた。そんなこと、分かっていたはずなのに。儂は……何も、しなかった。


 悔恨の念が、ただひたすらに痛かった。


 「……奏、さん?」


 「っ……!?」


 そして、そんな傷を更に抉ろうとする声が一つ。


 儂はゆっくりと、その声のする方を向いた。


 「お久しぶりです。奏さんも、琴子ちゃんのお墓参りですか?」


 そこには……貼り付けた笑みを浮かべながら、花を抱えた七子が居た。杖を突きながら、右目を眼帯で覆われた、鷹司七子が……居た。


 「あぁ……これはあまり気にしないでください。もう、殆ど治ってますから」


 「何を、言って……」


 治っているはずが無い。外側を取り繕い、治ったように見せているだけだ。中身は未だ治癒しておらず、激しい痛みが走っているはずだ。現に、右足は全く動いているように見えない。殆ど引きずりながら、歩いていた。


 なのに、七子はそんな痛みをまるで感じていないようだった。耐えている訳ではない。痛覚そのものが消え失せているような──


 「七子っ! 一体、何をした!?」


 「あはは……やっぱり、分かっちゃいますか。流石は奏さんですね」


 にこりと、七子が笑う。以前の太陽の如き笑顔ではない。作り物めいた、酷く歪な笑みだった。


 「私は弱いですから、こういう手に頼るしか無かったんです」


 「っ!? そのような呪物を、身体に埋め込んだのか!?」


 「調整すれば問題ありません。おかげで、私は眠ることなく変異種を殺すことができる」


 右目の眼帯を取ると、そこには蒼い義眼が鎮座していた。幾重もの呪いと術、そして生きた何かが絡み合うそれは、蠱毒のような儀式を終わること無く続けている。


 趣味が悪いなんてものではない。こんなものがあっていいはずがない。それほど、卑劣で凄惨な術だ。


 「前はすっごく痛かったのですが、もう何も感じません。多分、壊れちゃいけない何かが破損してしまったのでしょうね」


 「何故、そんな真似を……!」


 「京を守るためです。飢餓は未だ続き、異常気象が作物を枯らし、犯罪は増えるばかり。変異種の数は、未だかつてないほど倍増しています」


 確かに、変異種の数は半年前よりも多いように感じた。街にはかろうじて入れさせてはいないものの、一歩外を出れば人間よりも変異種に出会うことの方が多いほどだ。道中で何体を相手したか分からない。


 「誰かがやらなければならないのです。無辜の民のため、お家のため……琴子ちゃんのために、私は戦わなくてはいけません」


 酷い顔をしている。真っ白な腕は血の滲んだ包帯が包み込み、顔は生気を感じられぬほどやつれていた。残った瞳には暗闇と、果てしない憎悪が渦巻いている。


 「もし良かったら奏さんも、ご協力お願いしますね」


 「ま、待て! 待ってくれ!!!」


 儂にはその肩を掴むことはおろか、七子の手を取ることすらできなかった。


 ただ、幽鬼のように歩いて行く彼女の後ろ姿を……眺めるだけだ。


 「…………もう、手遅れなのか」


 太陽は落ちた。陽だまりはもう、冷たさしか感じなくなってしまった。


           9


 「……こんなところで、会いたくなかったなぁ」


 私は胸の奥に溜まった憎悪を、必死に塞き止めていた。琴子ちゃんの眠る場所で、私のこんな姿を見せたくなかったから。


 どうして、今更姿を見せたのだろう? 私達が大変な時、傍に居てくれなかった癖に。何もかもが終わって、無為になって、ようやく私も折り合いが付けられたというのに。


 こんなことなら、再会なんてしたくなかった。


 「──変異種の気配」


 郊外のこの墓場は、京の結界から少し離れた場所に位置している。それに、ここは巫女とかかわりのある場所だ。何もしなければ、やつらの坩堝へと早変わりしてしまう。


 「死んだ後も、私達のことを貪るつもりなの?」


 この墓場は、巫女が多く埋葬されている場所だ。基本、巫女というものはなった瞬間から家系図から存在を抹消される。それは良家であれ、庶家であれ変わらない。中には、実家へ戻ることを禁じられる巫女すら居るらしい。


 だから……私達は家のお墓にすら入れない。日の本の平和のため尽力しているというのに、この扱いは一体何なのだろう?


 「あぁ……本当に不愉快」


 琴子ちゃんの死を受け入れることはできた。全て、私の能力不足だ。だから、あの子の分まで私は変異種を殺し続ける。それは良い。私が償えば良いだけのことだから。


 けれど、今の世に納得などできる訳がなかった。全国の巫女が命を賭して平和を守る中、まるで臭い物に蓋をするように、世の大名や幕府は私達の存在を隠匿し続ける。


 これでは、平和のための生け贄だ。そんなの、納得できる訳がない。


 「咲き乱れろ、『徒花』」


 不可視の斬撃が変異種を細切れにする。何体か特殊が混ざっているが、関係無い。この一撃の前では、全て等しく肉塊になるのみだ。


 近衛琴子の神力兵装、『徒花』。視覚に収まった物体に対し、位相のズレた斬撃を見舞う不可視にして防御不可の技。彼女を京でも屈指の実力者にしたその代名詞は、臆病者の私が扱おうとも強力な一太刀だった。


 更に言えば、私の義眼は神力で探知することができる。つまり、神力やそれに類する力を持つ者であれば、私は見えずとも斬ることが可能となる。


 「がはっ……!」


 デメリットは、当然のようにある。『徒花』は強力ではあるが、その分消耗も激しい。琴子ちゃんはその辺りを上手く調整していたが、無能である私にそんな真似は不可能だ。


 ──だから、私は自分の命を代償にしている。許容範囲を超えた神力兵装の行使は、身体を苛み続ける。今のように吐血するのは、それだけ身体が悲鳴を上げている証拠なのだろう。


 しかし、私の身体は苦痛を感じられない。そうしなければ、義眼の呪いに耐えられないから。この吐血も、今も身体を蝕む変調も、全て無意味だ。


 「……次の任務に、行かなきゃ」


 私は袖で口元を拭って、その場から立ち去った。私が足を止めるその時はきっと、この身体が壊れるその時だ。


 それまで、私は変異種を殺し続ける。世の平和のためではない。かつての友のため、これまで死んだ巫女のため、私は戦い続ける。


 ──いつか彼女たちと同じように、この命を散らすその日まで。

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