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少女の心に深めの傷を残して死にそうな低身長童顔ロリお姉さん  作者: 椿
閑話 いつかの記憶

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巫女の定め

 「ふむ……巫女に変異種、か……儂の知らぬ間に随分と世は変わったのう」


 「変な言い方ですね。まるで、巫女の居ない時代を知ってるみたいです」


 「当たり前じゃ。儂はお前なんぞとは比べものにならんほどの時を生きておる」


 恐らく、儂の時代でいうところの陰陽師の類いか。あやつらには良い思い出が全く無い。この少女からもすぐに離れるべきだろう。


 儂はバケモノ。そんな物の怪を狩る巫女とやらと関わりを持つなど、何の得にもなりはしない。


 その、はずなのだが……


 「ほへー……お姉さんじゃなくて、おばあちゃんなんですか?」


 「ほぅ……お主、どうやら死にたいようじゃな」


 「ひぇ!? だ、だってぇ……! どう見たって綺麗なお姉さんにしか見えないからぁ……!」


 ……そんな言葉を嬉しいと思ってしまった。だから、というわけではないが……儂はその感情を隠すように、彼女の右腕を止血して、彼女の手を引いた。


 「……ほれ、街に戻るぞ。人の多いところであれば、襲われることもなかろう」


 「へ……? あ、はい! ありがとうございます!」


 七子の言う変異種という存在は、見方によっては儂も当て嵌まる。つまり、儂は七子の敵なのだ。


 それでも、儂は七子を突き放せなかった。今も大輪のような笑顔を浮かべる少女が悲しむ様を、見たくないと思ってしまった。


 「奏さん! 奏さんも、巫女になりませんか!?」


 「……儂はただの放浪者。用が済んだら、また次の土地に向かうだけじゃ」


 「そんなぁ……勿体ないですよ! その力があれば、沢山の人を救えるのに!」


 穢れを知らぬその瞳が、儂を見つめる。なんとまぁ、綺麗なことか。そんな夢物語を、平気な顔をして口に出せるのだから。


 「お主はバカ、じゃな」


 「ひ、酷い……! そんな風に言わなくても……!」


 「けれど、今の世にはお主のような者が必要なのだろうよ」


 「…………? よく、分かりませんが……褒めてるんですよね!」


 「ふふ……お主は本当、バカじゃな」


 それは、儂がもう失ってしまったもの。彼女はこんな世界に生きながらも尚、そんな綺麗なものを抱えている。


 それがどれほど凄まじいことか。そしてそれが陰ることが、どんなに痛ましいことか。


 「……巫女にはならんが、手は貸してやる。お主は目を離したらすぐ、死んでしまいそうだからな」


 「ほんとですかっ!? 言質、取りましたからねっ!?」


 「あぁ……だから、また儂と──」


 一緒に街を巡ってくれるか、なんてことを言おうとした時だった。儂の背後から、風を切る音が聞こえてきた。


 反射的に、その飛来物を消し炭にする。儂は七子を掴むと、そのまま周囲に殺気を振りまいた。


 ……釣れた。下手人は、どうやら一人のようだ。儂は気配のした場所へ、声を掛けた。


 「隠れていても無駄じゃ。さっさと出てこい」


 「…………バケモノめ」


 「あ! 琴子ちゃん!」


 紫紺色の髪をした、小柄な少女だった。黒装束に身を包み、短刀を構えるその姿は、まるで喪服のようだった。此奴も、巫女とやらか?


 「七子、知り合いか?」


 「はい! 琴子ちゃんは京の巫女でも三本指に入るくらいの実力者なんです! 私の一個下なのに、凄いですよね~!」


 琴子と呼ばれた少女は脂汗を滲ませ、僅かに震えた声で七子に話しかけた。


 「七子センパイ、そいつは……何ですか?」


 「むっ! 琴子ちゃん! そいつとは何ですか! 失礼ですよ~!」


 「いやだって……! そいつは、明らかに人間じゃ……!」


 ほう……七子とは違い、儂の正体をしっかりと見抜いている。中々やりおるな。


 「確かにそうじゃな。儂は……化け物じゃ」


 返す言葉も無い。この少女が、全て正しい。儂は化け物で、此奴らは儂を狩る巫女。


 全く、何を勘違いしていたのか。人では無い儂が、誰かと歩むことなど許されるはずもないのに。


 「ほれ……さっさと帰れ、小娘共」


 七子を琴子の方へ押し出して、儂は踵を返した。もうこれで良い。泡沫の夢は見られた。


 早くここから立ち去ろう。でないと……儂は、儂は……


 あの子が、欲しくなってしまう。


 「ではな……七子」


           3


 「はぁっ……! はぁっ……!」


 「行って、しまいました……」


 私は夜闇に隠れてしまったあの人のことを思います。長い銀髪に、狐の面をした不思議な人。まるで老齢の熟達人のような喋り方をするその人は、私の眼に焼き付いて離れませんでした。


 ────綺麗な青い炎、だったなぁ……


 「七子、センパイ……! あれは、一体……!?」


 「……親切な人だよ。私のこと、助けてくれたんだ」


 「はぁ? センパイ、何か術とか掛かってます?」


 「ひ、ひどっ……!? 私、そんなにチョロそうに見えるの!?」


 全くもう! 琴子ちゃんってば、すぐ私のことバカにするんだから!


 「チョロそうじゃなくて、実際チョロいでしょうに……」


 「むー……って、あれ? そういえば、なんで琴子ちゃん京に居るの?」


 確か、琴子ちゃんは江戸でお仕事中のはずでした。一ヶ月ほどかかるということだったのに、彼女と別れてからまだ三週間しか経っていないのです。


 「……仕事が早く終わったので」


 「ふーん……そうなんだぁ」


 「な、なんですかその顔は」


 「なんでもないよぉ~えへへ」


 何となく、分かりました。琴子ちゃんは、私が心配で仕事を早く終わらせて帰ってきたのでしょう。よく見れば服に泥が付いているし、帰ってきてすぐ、私のところへ来たようです。


 この子はいつもそうです。口では私を軽んじるようなことを良く言いますが、いつだって私を気にかけて、心配してくれるのです。だから、私もつい琴子ちゃんに甘えてしまうのです。


 「ほぉら、琴子ちゃん! 帰ってきたばかりで疲れてるでしょ! 私が夕餉を作ってあげるね!」


 「良いですって……その辺で軽く済ませますよ」


 「遠慮しなくて良いから。ほら、この間のお漬物! 美味しいって言ってくれたのまだあるからさ!」


 「はぁ……じゃあお世話になります。全く……近衛家から小言を言われるのは私なんですよ?」


 それに関しては本当にごめんなさい! でもでも! 私はお家の事情とか抜きにして、琴子ちゃんと仲良くしたいんだもん!


 「……まぁ。私も良い息抜きになってます。ありがとう、ございます」


 「琴子ちゃん……! 良く聞こえなかったからもう一回言って!」


 「っ! ちょ、調子に乗らないでください! というか、その顔! 絶対聞こえてたでしょう!?」


 「うぇへへ……♡ 琴子ちゃんってば、私のこと好きすぎじゃ~ん♡」


 「はぁっ!? だだだ、誰がセンパイのことなんか!!!」


 巫女の仕事は過酷だ。年々増える変異種に、素養の希少性もあって人材不足が常と化していました。


 本来、京の巫女が江戸へ赴くなどありえないことなのですから。それくらい、今の江戸は酷い状況らしいのです。


 それでも……私は、今の世を儚むことは決して無い。悲観もしない。


 「もう……! センパイのバカ……!」


 だって私には、こんなにも可愛い後輩が居るのだから。それに、奏さんとも出会うことができた。まだまだ世界には、私の知らないもので溢れている。


 「えへへ! 早く行こっ!」


 私は琴子ちゃんの手を引いて、走り始めました。今は暗くとも、明けない夜などないと信じながら。


            4


 それはとある冬の日のことでした。私達、京都巫女守備隊は一つの任を授かりました。


 特殊変異種の撃破。4人編成の守備隊であれば、何ら問題無く対処可能なはずの、いつもの任務。私と琴子ちゃん、ベテランの真奈さん、新人の早苗ちゃんとの部隊でした。


 分かっていたはずでした。変異種は狡猾で、卑怯で、残虐だと。彼らは自らの私欲を満たすため、考え得る限り最低最悪の方法で私達を追い詰めるのです。


 『さぁ、選べ。仲間の命か、わっちの命か』


 「ダメ……! 琴子ちゃん! 私のことは良いか──がっ……!?」


 「センパイッ!!!」


 私達が間違えたのは三つ。想定よりも変異種の数が多かったこと。優位が失われた時点で、撤退すべきだったこと。


 そして……変異種という人類の脅威を、軽く見てしまったこと。


 『お前はこの女を、見殺しにできるかぁ? あひゃひゃひゃ!!!』


 「このクズが……!!!」


 特殊変異種二体、推定特殊変異種三体の集団からの奇襲攻撃。瞬く間に私達は分断され、早苗ちゃんは呆気なく殺され、真奈さんとは分断されてしまいました。


 悲しむ間もなく、必死に抵抗を続けました。その結果、接敵した変異種全てを琴子ちゃんが撃破したのです。私は琴子ちゃんに守ってもらって、足を引っ張っていたくらいでした。


 そんな弱点を、変異種が見逃すはずがありません。油断していた私を、この女郎蜘蛛のような変異種は人質にしてきました。


 変異種は汚い声で条件を提示します。抵抗を止めれば、私は殺さないでやると。だが、もし敵意を向けた瞬間、私を殺す……そんな、無茶苦茶な要求でした。


 この変異種が約束を守る保証はどこにもありません。だから、こんな要求は今すぐにでも突っぱねるべきなのです。それが最善なのだから。


 「ごめん……センパイ」


 そうです。それで良いのです。どうせ、私はそれほど強い巫女ではありません。いつだって琴子ちゃんの足を引っ張って、守ってもらって、今の今まで生き存えてきた、木っ端巫女なのです。


 だから……私の命くらいで琴子ちゃんが傷付くなんて、そんなの絶対ダメだよ。


 「私も、センパイのバカが移ったみたいです」


 「ダメっ!!! やだ、辞めて!!!」


 「好きにしなよ。このクソ変異種」


 琴子ちゃんは武器と護符を投げ捨てると、無防備な状態を変異種に曝け出しました。


 『ぎゃははははっ!!! いつの世も、人間とは愚かのものだなぁ!』


 鋼鉄の如き変異種の前足が、琴子ちゃんの顔を切り裂きました。


 「ぐぅ、ぁ…………!」


 びちゃびちゃ、びちゃびちゃ……紅い鮮血が、琴子ちゃんから滴ります。


 『瞳を潰された気分はどうだぁ? 痛くて声も出せないかぁ? 可哀想だなぁ、可哀想だなぁあ』


 「やだ……やめ、て」


 『お~いおいおいおいおい!!! なに眼ぇ瞑ってんだよカス。ほら、しっかり見ろよ』


 「う……ぁ……」


 無理矢理、顔を琴子ちゃんの方へ向けられます。背けたら、次はもう片方の眼も潰すと、私を脅しながら。


 『ぜぇ~んぶ、お前のせい。お前が弱いから、お前がバカだから、お前なんかが生きてるから、こうなったんだよ』


 「いや……! やめて……!!!」


 私が死ねば良かったのに。私が死ねば良かったのに。私が死ねば良かったのに。


 『ほら次! 今度は腕だ!』


 「くぅうう…………!!!」


 「おいおい……! なぁに声我慢してんだよ! 白けるだろうがっ! あぁ!?」


 「がぁああぁあっ!?!?」


 琴子ちゃんの白い腕に、グロテスクな棘が突き刺さります。変異種はそれを力任せに引き抜き、何度も腕を貫いていきます。


 拷問、でした。変異種は琴子ちゃんを殺さずに、できるだけ苦しむよう、何度も何度も何度も何度も……!!! 彼女を痛ぶりました。


 そしてその光景を私に見るよう強制しました。決して眼を背けるなと。もし、見ることを辞めたら……もっと琴子ちゃんを苦しめると、そう私を脅して。


 指を潰した。腹を裂いた。何度も殴打した。骨を粉砕した。意識を飛ばす度、更なる苦痛で琴子ちゃんを苦しめた。


 人としての尊厳を貶められ、随まで琴子ちゃんは壊し尽くされました。


 どれほどの時が経ったでしょう。変異種は唐突に、その動きをピタリと止めました。


 「……………………」


 『あ~あ……もう壊れちまったかぁ。さっきまでピーピー泣いてて、面白かったのになぁ……』


 「ひっぐ……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」


 『こっちもおかしくなっちまったし、もう飽きたわ。ほぉら、約束どおり、お前は殺さないでやるよ。良かったな!』


 下品な笑い声が、去って行く。後に残ったのは、動かなくなった琴子ちゃんと、心を打ち砕かれた……私だけでした。


 「…………せ、ん……ぱい」


 「っ……! 琴子ちゃん!?」


 「そこに……居るんですか……?」


 声が、聞こえました。私は慌てて駆け寄ると、その姿に思わず胃の中を吐き出しそうになってしまいました。


 全身が穴だらけで、辺り一帯は血の海と化していました。どうして生きているのか、不思議なくらいの容態でした。


 「みっともないすが、た……見せ、ちゃいました」


 「喋らないで! すぐに治療するから!」


 「むりです、よ……アイツ、念入りに嬲ってくれ、ました、からね……」


 「それでも何とかするから!!!」


 護符を必死に使う。布で止血する。でも、そんな応急処置じゃ、もうどうしようもありませんでした。


 「だめ、だめだめだめだめ! 死んじゃ駄目!!!」


 「はは……むちゃ、ばっかり、です」


 「やだ……! 死なないでよぉ……!!!」


 今までだって、仲間の巫女が殺されることは何度もありました。だから、死ぬ準備はいつだってできていたのです。私は弱いから……死ぬならきっと、琴子ちゃんよりも私だから。


 「セン、パイ……手、握って、くれます、か……?」


 「大丈夫だから……琴子ちゃんは絶対、助かるからぁ……!」


 「バカ、ですね……センパイは。あぁ、でも……そんなセンパイが、だい、すき、でしたよ……」


 「──────」


 頭が真っ白になる。分かってしまったからだ。


 もう間もなく、琴子ちゃんは死ぬ。そこに例外はなく、必ず死ぬ。


 私が……近衛琴子を、殺した。


 「………………」


 「琴子、ちゃん……?」


 「琴子ちゃん! ねぇ! 琴子ちゃんっ!!!」


 血に染まった短刀が、薄く発光した。紫紺色の柄は赤色に塗れ、鮮やかだったそれは、血生臭い一本へと堕ちた。


 私という存在も、その時きっと……穢れてしまった。


 「ああぁぁぁああああぁああ!!!!!!」


 鷹司七子は、この時死んだのです。世界の美しさを信じていた私は、もう消えました。


 「殺す……! 全部、殺してやる……!!!」


 後に残ったのは、短刀を握りしめながら呪いを振りまくだけの、ただの抜け殻が居るだけです。

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