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少女の心に深めの傷を残して死にそうな低身長童顔ロリお姉さん  作者: 椿
閑話 いつかの記憶

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天明2年

 なんと醜いことか。儂はこの世の地獄と呼んでも差し支えない光景を見ながら、面の裏の顔を顰めた。


 眼を覚ましたのはつい先日のことだ。儂は長い眠りについていた。だが、世が乱れた影響か、はたまた儂の封印が緩んだからか、そのどちらもか。いずれにせよ、儂はようやく自由の身となった。


 だが、今の世はなんと惨いことか。儂の知っている頃とは違い、血で血を洗う乱世では無いようだが、人死にが多い。


 道を歩けば死体が転がり、農村では酷い食事をまるで悪鬼のような顔をした連中が取り合う。田は枯れ、空気は淀み、人外も多く湧いている。


 その光景を眺め、儂は絶望した。封印される前の儂には夢があった。それは、平和な世を生きてみたいというものだ。


 当時は全くもって酷い時代だった。それは、まだ言葉や知性を獲得したばかりの儂にも分かるほどに。貧富の差が激しく、貴族と呼ばれる愚か者共が幅を利かせるクソな時代。それが、儂の知る世界だ。


 儂はとある夫婦のやっかいとなり、それなりに楽しい生活をしていた。だが、あれよあれよと訳の分からぬまま、愚か者筆頭のような存在の側室となっていた。


 儂のことを寵姫だなんだと宣うその男は、儂に夢中だった。教養も無く、身分も低く、詩の一つも詠めぬ儂を寵愛した。まぁ、手出しは一切させず、横で笑うだけだったので、楽ではあった。


 だが、そんな折りにその男が病に伏せた。儂は別に何もしていない。ただ、問題だったのは、儂が人間でないということだった。


 ある男が言った。あの女は化生であると。陛下が臥せっているのは全てあの女狐の仕業であると。


 それからは大変だった。住まいを追われ、逃げても逃げても追っ手がやってくる。儂は何もしていないというのに、女子を攫ったなどと言いがかりをつけられた。儂はただ、噂を流した奴を締めただけだろうに。


 応戦すれば、また人が増える。そのうち儂は矢を受け、最後に刀で斬られた。そして、それでも死なぬ儂を封印しおった。


 儂はただ、普通に暮らしたかっただけだ。それを、顔が良いからと望まぬ場所へ送られ、汚名を着せられ、そして何百年と封じられた。


 だから、儂は狐の面を着ける。怪訝な顔をされようと、この容姿が原因で揉め事になるのは真っ平御免である。


 「######!!!!!!」


 そんな艱難辛苦を乗り越え、数百年振りに自由を得た結果がコレだ。人生とはかくも虚しいものだ。


 「……憂いても致し方ない。とりあえず、京の都でも目指すか」


 「#######!?!?」


 「おい、うるさい。少し黙れ」


 ……弱いな。儂の時代よりも、格が何段階も下がっている。コレも時代の流れか。


 儂は人の目に映らぬそれを滅して、京を目指した。ごかいどう? と呼ばれる道を通って、20日ほどかけて京へと辿り着いた。


 道中は相も変わらず、酷いものだった。どうやら、飢饉が起こっているらしい。その影響で飢え死にする者が大勢出ているというのだ。世の乱れは恐らくそれが原因だ。


 だが、久方振りの京の街はまだマシだった。その姿は儂の知るものとは大きく変わっていたが、その随所に名残が見受けられる。人が掃いて捨てるほど居るのは不愉快だが、中々悪くない。


 「そこのお姉さん! そのお面、可愛いですね!」


 「……なんじゃ、お主は?」


 「通りすがりの巫女さんです! 握り飯はいかがですか!?」


 街をぶらついていた儂の前に、その少女は満面の笑みで現れた。


 長い黒髪、菖蒲柄の着物を華紋が織られた帯で締めたその姿は、どこか気品があった。単なる小間使いではない。宮中の女官のような雅があった。


 しかし……巫女というのは何じゃ? 儂が知らぬ間に、神職はこれほど簡易的になったのか? 儂が困惑していると、少女も同じように首を傾げた。


 「……? お腹、空いてないのですか?」


 「ま、まぁそうじゃな……儂よりも、他の飢えている者に与えてやってくれ」


 「~~~!!! お姉さん優しいのですね! そんな無欲な貴女には! りんごもあげちゃいまーす!」


 「だから要らんと言うておるじゃろ」


 「えぇ!? 折角、上皇陛下が下賜してくださったのにぃ!」


 ……嫌な単語を出すな。尚更、それを受け取る訳にいかなくなった。


 儂はその少女を無視し、そのまま街を巡った。古くから残っている建造物の大半は、神社仏閣だ。狐を祀る神社がまだ残り、皆から敬われていることは少しだけ嬉しかった。


 「お姉さん、お千度参りしに来たんじゃないのですか?」


 「あぁ……だから、うじゃうじゃとこんなに居るのか」


 「言い方! 皆さん、真剣に取り組んでいるのですよ!?」


 「知るか。神なぞおらん。それに……こやつら、飢饉を受けてのことじゃろうが、浅ましいとは思わんのか?」


 「……どういうことですか?」


 もし、神という存在が居たとして……普段はその存在を心奥では疑い、ただの習慣として礼を行う者どもを、神はどう思うだろうか?


 勝手に封印して、近くに神社を建てられた身としては、ふざけるな阿呆、と言いたい。自分の身が危ぶまれると神に縋り、財が溢れる時は心の底では冷笑する。人間というのは、卑劣で下劣だ。


 「全員がそういった愚か者でないことは理解している。だが、この人混みの何人が、そんな高尚な志を持っているのだろうな?」


 「……それ、は」


 思うところがあるのか、少女はそのまま黙りこくってしまった。儂はそんな少女を置いて、その場を立ち去った。


 ……少し、言い過ぎたか。そもそも、この災害は誰のせいという訳ではない。自然や様々な条件が合致し、人間に牙を剥いただけだ。神に縋りたくなる気持ちは、理解出来る。


 まぁ、ちょろちょろと追ってくるのも面倒だった。このまま、儂のことなど忘れ──


 「それでも! 必死で助けを求める人を、愚か者と言って見捨てるのは違うと思います!」


 「……は?」


 「貴女! 狐面のお姉さんに言っています! 私、間違ったこと言ってますか!?」


 「い、いや……そうじゃ、な。綺麗事じゃが、間違ってはいないな」


 「ふっふーん! そうでしょうそうでしょう! お姉さん、話が分かる人ですね!」


 何なのだ、この少女は。気品は確かにある。だが、それ以上に何というか……俗っぽい。まるで幼児のような純粋さが、性根の腐った儂には眩しすぎた。


 「お姉さん! 一緒に握り飯食べましょう! 食事を共にすれば、相互理解も深まるというものです!」


「はぁ……どうせ断っても、首を縦に振るまで付きまとうのだろう?」


 「え、えぇ~? しょんなことしませんよぉ~?」


 「ふふ……嘘の下手なやつじゃ。お主、名は何と言う?」


 少女は満面の笑みで、腰に手を当てながら声高に名乗った。


 「私はたか──じゃなくて! 七子ななこ。ただの七子ななこです!」


 お姉さんもどうぞ! と言わんばかりの眼に、儂はしばし逡巡した。封印される前の名を使うのはマズイ。だが、都合の良い名など、持ち合わせてはいない。


 適当に今考えるとしよう。狐……は駄目だ。とすると、何か花の名前でも。


 だが、儂は別に花の造形が深くない。容易く良い名前が出るはずも無かった。


 「……? どうかしましたか、お姉さん?」


 少女の顔に疑念の色が出始めた。は、早く名乗らなければ……!


 その時、ふと一つのことを思い出した。


 それは、儂が退屈なあの場所で生活していた時のことだ。無学でも許されるとはいえ、暇だったので、和琴を嗜んでいた。


 その時だけは、儂は自らの容姿ではなく、その腕前を賛美されていた。


 美しき音色を奏でる……と。唯一と言って良い、あの生活での思い出だった。


 「か、奏……儂の名は、奏じゃ」


 「奏さん! 素敵なお名前ですね!」


 これが儂と少女……鷹司七子たかつかさななことの、初めての出会いだった。彼女との付き合いが今後、儂の人生を大きく揺るがすことになるのは……まだ、先の話である。

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