もう終わりにしたい
神力を爆発させ、一気に距離を詰める。狙いは、その首。
「──見事な太刀筋じゃ。だが、その程度で儂は殺せんぞ?」
「なっ……!?」
確かに、私の刀は奏の首を切り裂いた。それは、首と胴体を切り離すには十分過ぎる威力を持っていたはずだ。奏は防御もせず、ただその一刀を受けた。
だが、確かに切り裂いたはずの首は、全くの無傷だった。血も流れていない。まるで、傷を受けたという事象そのものが消失しているようだった。
「儂は不滅人型変異種『狐』じゃ。化かすのは儂の領分であろう?」
「くっ……! はぁっ……!!!」
私に残っているのは、『星天』と携帯型の槍が数本。後はいくつか護符がある程度で、決定打となる攻撃を持ち合わせていなかった。
それに、奏はまだ一度も防御をしていない。私の攻撃を全て受け、そして次の瞬間には元通りになっている。避けるまでもない、ということだろう。
「さて……そろそろ、組み手と行こうか」
奏は変異種から大太刀を引き抜き、私へ振り下ろした。
一撃、ニ撃、三撃……刀で受け、逸らし、また受ける。その攻勢に隙はなく、ただ防御に回るしかなかった。
「懐かしいのぉ。まだ天が新米の時、こうして刀の振るい方を教えてやったな」
「っぁ……! はぁっ……! はぁっ……!」
「お主は筋が良かったな。少ない神力でも効果的な技を覚えて、変異種を屠るお主は……あの子そっくりじゃった」
「あの、子……?」
懐かしむように、奏は語った。それは、もう何百年も前の話。かつて生きていた、一人の巫女のことだった。奏が巫女に肩入れするようになった、ある一人の少女。
「皮肉なことよな。鷹司の出自の巫女に、儂は二度も狂わされた。お主もあの子も、自分が傷付くことを恐れぬ子だった」
知っている。奏が私の面影に、過去の誰かを重ねていたことは。
「だから早世した。一緒に街へ行こうと、湯治でもしに行こうと言っておったのに……別離があんなにも辛いものだとは思わなかった」
奏は私を愛してくれた。まるで本当の娘のように。たとえ、それが名前も知らないご先祖様の面影を感じてだとしても……その愛は本物だった。
「あの子と同じ結末は迎えさせぬ。儂が、お主を救う」
「ぐぅぁ……! ごほごほっぅ……!」
お腹に奏の拳がめり込む。空気が強制的に吐き出され、防御もままならない。
そんな私に奏は大太刀を突き付けた。私の首付近で動きを止めたその刃は、少し引けば私の命を容易に奪い去るだろう。
完敗だった。私の攻撃は通じず、たった数度の打ち合いだけで技術の差も見せつけられた。私には野乃花のような神力も、小日向のような応用力も、アカネのような爆発力も持っていない。私は……無力だ。
脱力感が私を支配する。私では、彼女に勝てない。神力も、技術も、実力も……何もかもが、私には足りていない。
「あの力を使え。でないと、本当に死んでしまうぞ?」
「奏に……私が、殺せるの……?」
「殺せぬ。だが、殺さずともお主を手に入れる方法はいくらでもある。少し乱暴な手段にはなるがな」
ゆっくりと、その切っ先が私の首を切り裂いていく。奏は本気で私を手に入れるつもりだ。その過程で、一体どれほどの犠牲が出るのだろうか。
野乃花や小日向、私の妹達は一体どうなる? 私を手に入れるために必要なら、あの子達を奏は殺してしまうだろう。そんなの、絶対に駄目だ。
──戻ってこられる保証は無い。そもそも、使ったところで勝算がある訳でも無い。
けれど、このまま何もしなければ、きっと最悪な結末を迎える。私に残された選択肢は、もうこれしかないのだ。
「『解放』」
私は添えられた大太刀を掴み、そのまま首へ押し当てた。勢いよく、血が吹き出る。
「そうじゃ……それで良い。儂の力、存分に味わうのじゃ」
ドクンと、心臓が鳴った。身体の奥底から、私ではないものが滲み始める。
「ぅあああぁあああぁああ!!!!!」
塗り潰されていく。私という存在が、真っ白になっていく。身体が作り替えられていく。
熱い。身体の中に火が灯ったように、ひたすら熱かった。私は必死にその熱を吐き出そうと藻掻く。
「がぁああああぁああ!?!?」
体中からその灯火が吹き出す。それは、神力だった。私の身体は神力に対して、強い拒絶反応を引き起こしていた。
「あぁ……! お主を感じるぞ、天ぁ! もっと、もっとじゃ!」
作り変わっていく。身体の仕組みが。成分が。要素が。私を構成する全てが、全くの別物へと置き換わっていった。
「──────!!!!」
これが……変異種の力。私の顔がにまりと歪んだ。これがあれば、何だって出来る……! あの子達を、守ってあげられる!
「ふふ、ふふっ……! アハハッ!!!」
「それで良い……! 心ゆくまで堪能しろ、天!!!」
うるさい。少し、黙れ。
「がぁっ──!?」
そうだ。この女は不滅の存在だったな。なら、念入りに処理しないと。
「ぐふっ──! くふ、くふふっ……!」
顔、首、腕、胸、腹、腰、足、その他主要な臓器。斬る、突く、壊す。今までの私が瞬間的に出していたスピードで、いつまでも斬り続ける。
「────」
女を斬り伏せる間、不快な声がずっと聞こえていた。壊れたように同じことを喚き、騒ぎ立てる。あぁ……本当にうるさい。
「アハハ! アハハハハ!!!」
うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。
「──」
……いつしか、声が聞こえなくなっていた。目の前には、夥しい量の血に塗れた、狐面が微かに息をしているだけだった。
その心臓に、刀を突き立てる。そのまま力を込めれば良いのに、何故か私の手は震えて止まってしまった。
「……お主は本当に優しい子じゃな」
どうして、こんなにも柔らかい顔をするのだろう。分からない。分からないけれど、このまま彼女を殺したら、一生後悔するような気がする。
「もういい。もう終わりたいのじゃ……今のお主なら擬似的な死を儂に与えられる。儂はお前の中で生き続けられるなら、それで良い」
狐面の女はその刃を掴むと、そのまま自身の心臓に突き刺した。赤黒い血が、周囲を真っ赤に染めていく。
「全部くれてやる。儂の命も、力も、全てを……どう使っても構わん。儂からの餞別じゃ」
「かな、で……」
彼女の手が、私の頬を撫でる。私の大切な、大事な家族。
「──愛しているぞ、天。儂の……私の、愛しき娘よ」
光が溢れる。その全てが私に吸い込まれていく。
「待って、待ってよ……! お願いだから、いかないで!!!」
もう止まらなかった。光は全て私に吸収され、後には彼女の欠けた狐面だけが残されていた。
「うあぁあああぁああ…………!!!」
また、失った。仲間も、家族も、誇りすら……もう私に無い。私は世界の敵たる変異種なのだから。
「ぐすっ……! 私が、やらなくちゃ……」
だから……私に出来ることは、一つしか無い。全ての悲劇の源を、私が絶つ。
顔を拭って、私は立ち上がった。彼女の狐面を身に付け、そして後ろを振り返る。
そこには野乃花が居た。私は嬉しさと同時に、最期までこの子を苦しめてしまうことが心残りだった。
「良かった。最初に辿り着いたのが、貴女で」
「天さん……その、姿は」
私は奏の全てを受け継いだ。不滅の変異種の特性も、彼女の神力兵装……『森羅万象』も。いつか聞いたことがある。何故、奏はその力を使わないのかと。
その時はこの力の弊害を説明してくれたが、そもそも根本的な問題があったのだ。この力は神力兵装。つまりは、神力が必要となる。
だが、変異種にとって神力は毒でしかない。使わないのではなく、使えなかったのだ。
「野乃花。お願い、助けて」
「っ! は、はい! 早く、ここから出ましょ──」
使うのならもう一人、巫女が必要になる。それもとびっきり多量の、底の見えないほど神力を持った、そんな巫女が。
──そう。不滅へと至った変異種すら滅するほど、強力な神力を持った巫女が。
「私を殺して。貴女になら、それが出来る」
「──え?」
野乃花の顔が、絶望へと染まっていった。




