とある巫女の最期
「どういう……こと、ですか?」
「私は、不滅の変異種となってしまった。でも、貴女の力なら私を──」
「そんなことを聞いているんじゃないです!」
野乃花は叫んだ。まるで他人事のように、自分を殺せと嘯く天に怒っていたから。
「どうして、天さんが死なないといけないのですか……? 天さんはずっと頑張ってたじゃないですか。なのに……! どうして、こんなことに……!」
妹を守るため、数え切れないほどの痛みを背負った。いくつもの死を乗り越えてきた。たとえ一人でも、終わりのない戦いに耐えてきた。
その結末が、コレなのか? こんな救いの無い終わりが、この人の顛末なのか?
耐え難い不条理だ。こんな最期が許されて良いはずが無い。
だが、野乃花の言葉は天には届かなかった。彼女は既に結論を出していた。これが最善の策だと信じて疑わなかった。
そしてそれは……最大多数の幸福を考えるのなら、正しく最良の方法であった。
「野乃花。巫女の役目とは、一体何?」
「……大切な人を、平和を……そしていつか誰かが守った誇りを、守ることです」
「それが貴女の答えなのね」
「けれど……! 守るために少数を犠牲にするなんて、そんなのは間違っています!」
彼女の言葉は、天に眩しすぎた。穢れを知らない、純粋で真っ直ぐな言葉。現実に打ちのめされ、いつか来る終わりに怯え、守りたかったモノまで失ってしまった自分とは、まるで違った。
「犠牲じゃないわ。私は貴女達に託すの。これまでの巫女と同じように、いつかの平和を願って。その礎に、私はなるの」
「そんなの、言葉を変えただけじゃないですか! 貴女が全てを背負わなきゃいけない理由になってない!」
「野乃花。それは貴女も一緒よ。野乃花が私の分まで背負う必要は無いの」
「どうして……? 私、そんなに頼りないですか……? 私は貴女の役に、立てませんか……?」
貴女に魅せられて、貴女に憧れて、貴女の役に立ちたくて……貴女を独りにしたくなくて、ひたすらに進んだ。少女の心にはいつも天の姿があり、ただその隣に立つことだけが目標だった。
「今から私は卑怯な言い方をするわ。私の言葉が呪いにしかならないことは分かってる。でも、私は貴女に託すわ。信じて、いるから」
「っう……! 貴女は本当に……!」
野乃花は目を潤ませながら、それ以上何も言えなくなった。分かってしまったのだ。
星奈が天を救うため、どんな犠牲をも承知で行動したように、天もまた、大切な人達を守るために必要なら、どんな代償も払ってしまう。たとえそれが、自らの命であろうと。
「変異種が産まれない世界を作るためには、『森羅万象』を使わなくてはいけないわ。けれど、それを使うためには神力が必要なの。だから、野乃花の神力を使わせて頂戴」
「……変異種の天さんは、そんなことをして生きていられるのですか?」
「分からないわ。でも、私は不滅の変異種よ。きっと死なないわ」
嘘だ。野乃花は脳裏から離れて消えないその光景を思い出す。終わった世界で天川奏を殺したのは、自分だ。その力は不滅を凌駕する。私の紅い神力はきっと、彼女を燃やし尽くすだろう。
「お願い、野乃花。私達でもう終わらせるのよ。こんな悲劇を、二度と繰り返さないように」
「酷い、ですっ……! そんなこと、私に出来るわけ……!」
「やって。野乃花にしか、頼めないの」
少女の頭にはいくつも理想が浮かんでは消えていた。他に代替案は無い。だが、天に神力を注げば最後、その力は間違いなく天を殺す。
選べない。そんなの、選べるわけが無い。少女はただ、何も出来ずに涙を零した。その雫は止まることなく、ひたすら流れ続ける。
天は黙って、野乃花の身体を抱きしめた。そこに言葉はなく、静寂だけがそこにはあった。野乃花は天の存在を確かめるように、強くその身体を抱き返した。
しばらくそうしていると、野乃花はその力を抜いた。彼女の顔は涙で濡れていたが、その瞳は既に揺らいでいなかった。
天が手を差し出す。この手を振り払えたのならどんなに幸せだろうと、野乃花は思った。
「私と、一緒に戦ってくれる?」
「天さんは本当にずるい人です。でも……そんな貴女が大好きですよ」
「えぇ、私も大好きよ」
「…………天さんの馬鹿」
野乃花はそう呟いて、その手を取って神力を放出し始めた。向かう先は、不滅人型変異種『天』。紅き力は、彼女の身体を滅却し始めた。
「くぅううぅううあぁあああ!!!!」
「っぅ…………!!!」
「がぁああぁああああああ!!!!!」
それは拷問に等しかった。天は焼かれ、治され、そして燃やされるを繰り返し続ける。野乃花は最愛の人物が自らの力で炙られるのを、黙って見ているしか出来ない。
この力は彼女を守るための力だったはずなのに。運命は残酷に、その力は天を苦しめる力となってしまった。握る手が震え、思わず離してしまいそうになる。
だが、天はその手を固く握りしめ、歯を食いしばって神力を自分の身体で循環させていた。
その度、身体は悲鳴を上げる。何度も意識を飛ばしそうになる。それを、気合いだけで必死に踏みとどまる。まだまだ、神力が足りない。
「天さんっ! これ以上は!!!」
「駄目……! 絶対に、止め、ない、で……!!!」
既に半分以上の神力が注がれていた。荒れ狂う苦痛と、その奔流を制御するのは惨すぎる作業だ。神力を制御するため頭を狂わすことも出来ずに、鮮明な痛みに襲われるのだ。その様はまさに、終わりなき灼熱地獄だった。
「────ぁ!!!!!!」
守る。守る。絶対に守る。私が絶対に守る。星奈を、すみれを、巴を、小日向を、野乃花を──! 私が! 守ってみせる!!!
もはや言葉にならない叫びを上げながら、天はその力を発動した。
それは世界を書き換え、ルールをねじ曲げ、全てを改変する力。そこに、不可能は存在しない。
「『森羅……万象』!!!」
その瞬間、世界が歪む。世界の決まりが、一つ消失する。
願ったことはたった一つだけ。全ての元凶、世界を蝕む変異種が……今後は産まれぬこと。
その願いは聞き届けられた。今後、どんな悲劇が起ころうと、たとえ巫女の力が失われずとも……この世界に変異種が産まれる可能性は消失した。
そして世界を歪めた代償は支払われる。どさりと、少女の身体が崩れ落ちた。
「天さんっっ!!!」
「……のの、か? あれ……? どうして、まっくら、なの……?」
「天さん、私は此処に居ますよ!!!」
「あぁ……ののか。そこに……いる、のね」
野乃花が抱き起こすと、そこには虚ろな眼をした天がいた。
彼女の瞳はもう何も映していない。元々、無茶な治癒の後遺症で様々な感覚を失っていたのだ。彼女は五感のうち、触覚以外の全てを欠損していた。
「天さんっ! 天さん!!!」
「ありがとう……貴女のおかげで、もう怖くないわ」
「嫌……! 嫌です、天さん!」
たった一つだけ。最愛の妹達と小日向に別れを告げられないことだけが、心残りだった。あの子達は甘えん坊だから、きっと泣いて悲しむだろう。
でも、これで良い。そんなことをしたらきっと……私は、死にたくなくなってしまうから。私の最期は、これで良い。
天は満足したように微笑むと、その双眸を閉じた。
「私を置いていかないでよ! 天さん!!!」
その声は届かない。既に、天の聴覚は失われているから。
「そら、さん……?」
届かない、はずだった。
天の両手が野乃花の顔を包み、そして──
その唇に、柔らかな口づけをした。
「──また、ね」
最期にそう言い残して、天は力を失った。
「天さん────!!!」
不滅人型変異種『天』。その記録が残ることは無い。ただ、少女の記憶の中でのみ、僅かな影法師が映るだけだ。だから、彼女は変異種ではなく、人として終わった。
鷹司天は……もう二度と、その目を開くことは無い。




