決着
脳裏を巡るのは、かつての世界の記憶。もう終わった、いつかの私達でした。
「はい、今日も私の勝ち。夕飯はオムライスでよろしくね」
「またですか……好物なのは分かりますが、週にそう何度も食べては飽きませんか?」
「全然。だって野乃花のオムライス、美味しいし」
そういって、彼女は笑いました。本当に、横顔はあの人そっくり。
私は羨ましかったのです。その才能も、実力も、星奈には遠く及ばなかったから。
妬ましかったのです。産まれた時から天さんの傍で、天さんから無条件に愛されているから。
でも……嫌いでは、ありませんでした。むしろ、関われば関わるほど……あぁ、この人はやっぱり、天さんの妹だなって、理解してしまいます。嫌いになんて、なれなかった。
私にとって星奈は羨ましくて妬ましくて……それでいて、大切な友達です。
「野乃花。帰ろっか」
「えぇ。今日は手伝ってくれますか?」
「え~? 野乃花、横から口挟むから嫌だよ」
「当たり前です。料理とは分量が大切なのです。星奈は大雑把で量らないのが駄目なんですよ。あ、コラッ! 聞いてますか!」
不思議ですね。貴女のことを思い出すと、何故か楽しかった記憶ばかりが溢れてくるのです。
「これが……! 私の、覚悟だっ!!!」
記憶は巡る。その光景は、私に刀を振り下ろす、星奈の姿。
あぁ、分かっています……私があの時手を下せなかったのは、逃げてしまったから。
天さんを殺し、奏さんを殺し、何もかも失ったというのに、星奈を……天さんが最も大切にしていた人を殺すことを、許容出来なかったからです。
中途半端で無責任な私は、その責任を全てを星奈へ押し付けました。あの子が何を望むかなんて、検討が付いたはずなのに。
眼前の星奈を見据えます。あの時、私はこの子を斬るべきでした。たとえ行き着く先がハッピーエンドじゃなくても、歩みを止めるべきではなかったのです。だから、もう私は迷わない。
「──刺し穿て」
「──貫け」
終わりにしましょう。天さん。約束、果たしにいきますね。
「『羿射九重』!!!」
「『天星』!!!」
二つの煌めきが、弾けた。
「くぅううぅううう……!!!」
片方は真紅の光が一点に集中し、激しい衝撃波と灼熱を爆発させていた。全てを刺し穿つ一本の矢。その全てを真っ向から受け止め、拮抗するもう一つの閃光。
「負け、ない……!!! 私は……! 私が! お姉ちゃんを守るんだ!!!」
切っ先に全ての神力を集中させ、紅い神力を貫く一振り。己の神力全てを注ぎこみ、自らの身体が紅い神力で焼かれようとも、構わず進む。その姿は、まさに鬼だった。
「がぁああぁあぁぁああ!!!!!」
痛い。痛い。痛い。肌が焼け、手が溶け、身体全てが燃えているような感覚だった。それでも、前に進み続ける。
私が守る。私が救う。私が、私が、私が私が私が──! 今度こそ、私が!!!
もう、彼女に意識は無かった。それでも、その足が止まることは無い。太陽が如き神力の渦が刀を飲み込もうと、ただ前だけを見ていた。
そして──少女は紅き流星を、貫いた。彼女を支えるのは、恐ろしいほどの執念。
折れた刀を突き出し、意地だけで踏み込んだ。その先は、友の首筋。
「────!!!」
そこには、確かな手応えがあった。確実に、突き刺した。星奈の刀は確かに、野乃花へと届いていた。
「ありがとう、天さん」
だが……目の前の少女もまた、その手に短刀を握りしめていた。その刃は星奈の胸を貫き、そして彼女の刀の軌道を変えていた。
「私の勝ち……ですね」
星奈の身体が崩れ落ちる。彼女にとって、初めての黒星だった。
1
「はぁ……! はぁ……!」
肩から刀を引き抜き、治癒の護符を使おうとして……その最後の護符を、星奈さんに使いました。
きっと、天さんに怒られてしまいますね。あの人の大切な妹を、私は傷付けてしまいました。早く、謝らないと。
私はふらふらと、先へ進みました。嫌な気配の発生源から、黒いナニカが渦巻いていました。空間が歪み、拡張されている。この先に、天さんは居るはずです。
渦に触れると、そこにはただ真っ白な世界がありました。周囲に散らばるのは、変異種の亡骸ばかりです。天さんがやったのでしょうか? だとしたら、早く加勢に行かないと。
「約束を……果たすんだ」
いつだって、天さんは私を守ってくれた。約束を守ってくれた。
初めて出会った時も、私が修行している間も、星奈達に襲われた時も――天さんは私を助けてくれた。だから、私はまだ生きています。
「やく、そく、を……」
今度は、私の番。私が、天さんを助けます。
天さん。私、貴女に追い付きましたよ? この力があれば、私は変異種になんて負けません。
天さん……きっと、もう貴女を追い越してしまいました。だから、今度は私をもっと頼ってください。恩返しがしたいのです。
「そら、さん……」
助けてと言われれば、私が絶対救います。もう巫女の宿命になんて、囚われないでください。私が、貴女の守りたいものを守ってみせます。
貴女の隣には、私が居ます。貴女の手は、私が取ります。貴女を引っ張って、一緒に走ってあげます。
「もう、一人には……させません」
肩で息をしながら、私はそこに辿り着きました。ひしめく変異種の骸の中心に、一人の女性の姿があります。私は思わず顔を綻ばせ、そしてすぐにその表情を強張らせました。
黒と赤の巫女服を着た、私の大切な人。けれどその髪は、粉雪のように真っ白になっていました。
ゆっくりと、その姿をこちらへ向けました。見覚えのある狐面を身に付けた、天さん。髪色も相まって、奏さんそっくりでした。
「良かった。最初に辿り着いたのが、貴女で」
「天さん……その、姿は」
違和感。天さんからは、全く神力が感じられなかったのです。それは、本来であればありえないことです。全速力で走っても倒れないように、人にはリミッターがあるからです。
どんなに力を振り絞ろうと、巫女は生きている限り神力がゼロになることはないのです。なのに……天さんからは、何も感じません。
「野乃花。お願い、助けて」
「っ! は、はい! 早く、ここから出ましょ――」
天さんは、優しく微笑みました。優しく暖かい、私の光。私は嬉しくて、小走りで天さんに駆け寄りました。その手を握ると、天さんはそのまま私の手を自分の首へと持っていき……
「私を殺して。貴女になら、それが出来る」
「──え?」
天使のような顔で、私を地獄へと突き落とすのでした。




