先輩の務め
「唸れ! 『風神』!!!」
「悪あがきを……! 巴! 追いかけるよ!」
「言われなくても!」
私は風に乗って、先ほど戦っていた場所へ戻る。あそこに、私は『流星』を置いてきた。彼女達の神力が私より上で、尚且つ人数差があるのなら、勝機は短期決戦しかない!
「良し! まだあの子達は追い付いてきてない! 今のうちに……!」
『流星』を担いで、廃病院の中へ入る。変な気配は上からするので、野乃花はきっとそっちに向かっただろう。私は、下へ行く。
真っ暗な地下駐車場に辿り着くと、私は巫術の札を至るところに貼り付けた。爆発などの類いでは無い。誰でも出来る、簡単な仕掛けだ。
いくつか仕掛け終わると、入り口の方から砂塵が舞った。どうやら、彼女達が到着したらしい。完全では無いが、これで十分だ。
「……何を考えているの? わざわざ、私達を、此処へおびき寄せるなんて」
「時間稼ぎなら、もっと遠くに逃げるべきじゃないの?」
「そうだね……でも、私の目的は時間を稼ぐことじゃなく、貴女達を……ここで倒すことだからっ!」
札に巫術を流し込む。その瞬間、札は眩い光を放つ塊となって、一斉に二人へ殺到した。
それは、『光球』の術だ。単なる追尾弾を一つ、精製するだけ。だが、今回は少し細工をしておいた。それは、光量を上昇させたのだ。
こういった廃墟を探索する際、使用する技だ。『光球』を展開し、ライト代わりにする。そういう、ただの小技に過ぎない。
だが……この暗い地下駐車場においては、その光は一瞬の隙を生じさせる!
「っぅ! こんな、小細工……!」
「巴! 『空空』の展開を!」
「分かって、る……!」
眼を潰された二人は、撤退するでもなく、その場で『光球』を受けきるという手段を選んだ。そして、この瞬間に私は一つの賭けに勝った。このまま二人が一旦退いていたら、私は詰んでいた。
「……! 巴! 後ろだ!」
「はっやいなぁ……! でも十分だよ!!!」
私は二人の後ろに回り込むと、左手に『空空』を持ちながら、右手で『流星』を発動させた。巴はまだ、私に反応しきれていなかった。
「穿て! 『流星』!!!」
それは星の瞬き。近くで発動すれば味方を巻き込む、遠距離型殲滅兵装。かつて、最強と呼ばれた巫女、万里小路アカネが振るった、最強の一撃。
それを自爆覚悟で、至近距離で解き放った。
まず光が弾けて、続いて轟音と衝撃が身体を吹き飛ばした。激しい痛みに耐えながら、『空空』の展開に心血を注ぐ。この防護壁が無くなった瞬間、私は死ぬ。近くで『流星』を放つということは、そういうことなのだ。
壁に打ち付けられ、舞う土煙に咳き込む。私の神力が少なくなっていたこともあり、『空空』でも何とか受けきることが出来た。それでも、ほぼ死に体だ。もう、指一本も動かせない。
「ごほごほっ……がはっ……!」
ひゅーひゅーと、喉から異音がした。血の味が口いっぱいに広がって、不快だった。だが、それ以上に私を絶望させたのは……
「────」
「ははっ……マジか」
その背を焦がしながら気絶する、すみれの姿だった。巴の使う『空空』は、私の所持するものよりもワンランク下回る。そして、彼女は防護壁を私の『流星』に合わせられなかった。たとえ神力に余裕があろうと、その壁は破れたはずだ。
だが、そのダメージ全てを、すみれは受けきった。どちらも倒れるか、どちらかが倒れるかを、彼女は瞬時に選び、そして自分を切り捨てた。見事としか言いようが無い。
「すみちゃん! すみちゃん!!!」
「あー……。そりゃあ、そうだよね」
私は瀕死で、すみれは気絶している。だが、巴はほぼ無傷だ。この勝負は、私の負けだった。
「貴女、なんてこと、するの……!」
「ごめんね……でも、私も必死だったんだ。野乃花との約束、守らなきゃーって」
「そのために、こんな、馬鹿な真似を!?」
「ははっ……ごほっごほっ! 何にも、言い返せないや……」
マズイ。少しダメージを負いすぎた。目の前が、なんだかぼやける。血も沢山出ているし、このままじゃ……死んじゃう、かも。
でもまぁ……私にしては、上出来だったでしょ。本当は、野乃花の援軍に行ってあげたかったけど……最低限の役目は、果たせ、た、かな……
……ちょっと、眠いや。ほんの、ほんの少しだけ……眼を、閉じよう、かな……
私は、笑みを浮かべながら……その瞳を、閉じた
「馬鹿ッッッ!!!!!」
「あたっあ!? へ!? な、何!?」
そんな私の頬を、彼女は……巴は、思い切り、引っ叩いてた。
その瞳から涙を濁流のように流していて、口からは嗚咽が溢れている。私が呆けていると、彼女は私の胸ぐらを掴んで、私を睨み付けた。
「なんで皆、そうやって死に急ぐの!? お姉さんも、すみちゃんも……貴女も!!!」
「……耳が、痛いなぁ」
「馬鹿……! 本当に馬鹿! 貴女達はいつも、そうやって残された人達の気持ちを考えようともしない! 一人で楽になんて、絶対にさせないんだから!!!」
巴は黒い布で私の開いた傷を塞ぎながら、治癒の護符で治癒を始めた。私は少し呆然としていた。敵である私を助ける理由なんて、彼女達には無いからだ。
「……すみれちゃんが先じゃなくて、良いの?」
「すみちゃんはあの程度で死なないし、お姉さんの方が酷い状態。何より、すみちゃんなら、今と同じ状況になった時にきっと、そうする」
「そっか……ありがとね」
私は治療を受けながら、痛みに顔を顰める。その度に思うのだ。師匠はきっと、もっと痛かったろうって。
でも、それと同じくらい、彼女達も苦しんできたのだろう。私には、どっちが悪いかなんて、判断出来ない。
「ねぇ。貴女は、九重後輩に死んで欲しいって、そう思ってるの?」
「……一年以上、あの子と一緒に変異種と戦った。たとえ、この時間軸のあの子に記憶が無くても、私は覚えてる。私達は……確かに、友達だった」
……私には巴の苦悩は分からない。どんなことを思い、何を捨てて、何を選んだのか、私には分からない。
だから、私に出来ることはたった一つだけ。
「……話、聞くよ。傷が治るまで、どうせ動けないしね」
「別に……同情なんて、要らない」
「良いから、聞かせてよ。すみれちゃんも治して、上に行くまでの間で良いから。二人の気持ちを、私に聞かせて」
じっと、巴の眼を見る。先ほどまで泣いていたから、少し目元が赤かった。でも、その姿は九重後輩と何も変わらない。彼女たちもまた、私の後輩だ。
「……貴女が生きていれば、どれほど、救われたのかな」
本当に残念と言わんばかりに、巴は私の元を離れた。そしてすみれを担いで、また私の近くに座った。
「星ちゃんは絶対に負けない。だから、私達の援護は不要。むしろ、今のままじゃ足手まといになる」
「素直じゃないねぇ……師匠の妹らしいや」
「貴女こそ、その強がりは誰の真似? 私、そういうことする人、良く知ってるよ」
ここは敵地の真ん中で、私達は敵同士だ。傷が塞がれば、また戦いあうことになるかもしれない。でも……今、この瞬間だけは、私はこの子達の味方になってあげたい。
「野乃花はね、よく私達に負けて、ご飯を作らされてた。野乃花の得意料理、知ってる? オムライスなの。星奈の大好物だから、得意になったって」
少しずつ、巴は思い出話を始めた。私はそれを、黙って聞いていた。
「星奈が勝つとオムライスになるから、私達も混じって模擬戦を良くやったな。大人げなく星奈が勝って、それでお姉さんが少し怒って、でも結局夕飯はオムライスになってさ……」
今だけはこの二人に、どうか、安らぎを。




