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【コミカライズ1巻 1/29発売決定!】比翼は連理を望まない  作者: 安崎依代@「比翼」漫画①1/29発売決定!
拾玖

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63/63

※※※※※※

「『(ミツ)』の知識を求めています」


 涼麗(りょうれい)が端的に切り出すと、(せつ)(えい)はヒョイッと片眉を跳ね上げた。


「密? そりゃまた何で」

「都を再び焼こうとしている呪詛陣は、()()の退魔術を基盤に、磐燎(ばんりょう)の密の知識を織り交ぜて編まれたものである可能性が高いと」

「……なるほど?」


 それだけの説明で、雪榮はおおよそのところを理解してしまったのだろう。気だるげな雰囲気を消さないまま、雪榮はガリガリと頭を掻く。


「で。なーんでだからって頼る先が私になるんだ?」


 その上でしらばっくれようとする雪榮の態度に、涼麗は膝をついて雪榮を見上げたまま目をすがめた。


 ──やはり、すんなりと協力してはくださらないか。


 (かく)家を出奔して以降、雪榮は一度たりとも表に姿を現していない。呪術師としての腕を一切振るわず、郭本家の血を引くことも表に出さないまま、ひっそりと世間の陰に埋もれるように生きてきた。


 その()(よう)は、あの大乱の時でさえ変わらなかった。


天業(てんごう)の乱』


 少しでも呪術に関わりを持っていた者であれば、誰もが無関係ではいられなかった一大災禍。


 あの大乱に一切関わることなくやり過ごせた呪術師など、……ましてや四鳥(しちょう)の血を引いていながら関わらないことを良しとできた呪術師など、雪榮くらいしかいなかったはずだ。


 ──本来ならば、糾弾されてしかるべき所業だ。


 四鳥も泉仙省(せんせんしょう)も、あの大乱を止めるために、文字通り命を賭して戦った。その結果、生き残った三家は断絶寸前まで追い込まれ、泉仙省も多くの同朋を失った。大乱が終わって八年が過ぎた今もなお、残された大きすぎる爪痕を少しでも癒すべく、都に在る退魔師達はなりふり構わずに走り続けている。


 その流れを察せぬ雪榮ではなかったはずだ。それでも雪榮は、大乱が始まる前から今に至るまでその全てを、……何なら大乱の裏に異母弟の(えい)(ぜん)の影があったことまで勘付いていながらも、知らぬ存ぜぬという態度を貫いている。


 雪榮は退魔師ではない。だが『自らその道を選ばなかった』というだけで、その実力は間違いなく本物だ。ましてや雪榮は永膳を排出した郭一族唯一の生き残りでもある。


 かつての次期当主候補として、永膳の異母兄として、責を負う形で率先して大乱後の処理や永膳排除に動いてしかるべきだというのが一般論になるのだろう。今の四鳥の生き残りや泉仙省が雪榮の存在を知れば、どれだけの非難が向けられるかは涼麗でも想像に難くない。


 少なくとも、今ここで全ての流れを察した上でなお非協力的というのは、不誠実だと(なじ)られても仕方がない所業だろう。


 ──それでも、私は。


「雪榮様」


 涼麗を見下ろす雪榮は、とぼけた表情を浮かべていながら、瞳の奥には怜悧な光を宿していた。そんな風に己を推し量っている雪榮を、涼麗は真っ直ぐに見据える。


「『戦わなくてもいい』と、私に言ってくれた人がいました」


 その上で、涼麗は静かに言葉を紡いだ。


「戦いたくない人は、戦わなくていいと。()()()を巻き込むようなやり方には、納得できないと」


 涼麗の言葉を受けた雪榮は、無防備に目を見開く。その瞳の奥が純粋な驚きに揺れ、怜悧な光が掻き消える様を、涼麗は確かに見た。


「私を背に(かば)って、そう言ってくれた人がいました」


 ──それでも私は、この人に『戦え』と、強要するような真似はできない。この人の今までの所業を、非難するような真似はしたくない。


 もしも雪榮が郭本家の人間としての責任感から大乱解決とその後の復興に関わっていれば、間違いなくここまでの間に命を落としていただろう。


 それも他ならぬ永膳の手によって、だ。


「私にそう言ってくれた人は、私が味わってきた地獄と同じ地獄の味を知っていた。……あなたも少なからず知っている味だと、私は思っています」


 炎術大家、郭家。


 その次期当主候補の中に、属性が対極でありながら入れられていたのが雪榮だ。涼麗が知っている限り、数人いた候補の中で炎属性でなかったのは雪榮だけだった。


 霊力属性が一致していれば、候補などという曖昧な立場を他に生むことなどなく、雪榮のみが『次期当主』と冠される立場に置かれていた。


 雪榮自身がその道を自主的に降りただけで、本来の雪榮の実力はそれほどまでに高い。雪榮が本気になって才を研げば、永膳を凌ぐ術師になっていただろう。


 その事実に、……この異母兄が己にとって厄介な存在であるということに、あの永膳が気付かないはずがない。


 ──この方の『知らぬ存ぜぬ』は、己の命を守るために取れる、唯一最大の道だった。


 当主争いから自主的に降り、退魔師としての道も進まなかった。だからこそ雪榮は、一族の者が次々と永膳の計略に掛けられて消えていく中、最初から抹殺対象に入れられずに済んだ。『永膳の郭家当主就任を邪魔する者』という立場からも、『永膳が涼麗を独占するのを邪魔する者』という立場からも、雪榮が早々に自主的に外れて未練を示さなかったから。


 その後も一切表の動乱に関わらないことで、雪榮は永膳の『脅威』になる意志がないということを暗に示し続けた。


 下手に動きを見せれば最後、自分は真っ先に危険分子として永膳に消されると分かっていたから。永膳はそれだけのことをする人間なのだと、一族内で真っ先に察することができていたから。


 確かに、呪具を研究し、(あきな)って生きる方が(しょう)にあっているという思いも、雪榮の中にはあったのだろう。生まれで全てを決められて、窮屈な檻の中で生きていくのはごめんだというのも、素直な思いであったことには違いない。


 だが、決してそれだけではなくて。


 ──表に出れば、実力を露わにしてしまえば、『戦え』と強いられて、内からも外からも真っ先に殺されてしまうから。


 己の意思とは一切関係ない場所で『お前は真っ先に戦うべきだ』と決定され、『その結果、お前は真っ先に死ね』と暗に強いられる。


 その地獄の味を、涼麗は知っている。……知っていたのだと、最近になって理解した。


 黄季(おうき)が、救い上げてくれたから。


 同じ味を知っていながら、それでも()()には『戦わなくていいです』と笑いかけてくれる、彼に出会えたから。


「永膳がこの局面で、自ら貴方様の行方を追っているのは、己の最大の障壁になるのが貴方様であると、思い至ったからなのではないですか?」


 涼麗が問いを向けると、雪榮は明らかに瞳の奥を揺らした。


 一度動揺を露わにしてしまった雪榮の瞳は、いまだに調子を取り戻せていない。図星を衝かれたのか、雪榮の瞳には淡く苦みを噛みしめるような色が広がっている。


 ──やはり、そうか。


 術の腕を研ぐことからは逃げ出した雪榮だが、知識欲は捨てられなかった。雪榮は(よわい)幼くして郭家が保管していた書物の大半を読破し、その知識を己のものにしていた。涼麗にそう教えてくれたのは永膳だ。


 ──永膳は、覚えていたんだ。


 自分が郭家から与えられた知識以上のものを雪榮は持っていると。郭家が絶えた今、永膳の企みを呪術知識から破る人間がいるとすれば、それは雪榮しかいないだろうと。


 たとえ今の雪榮に永膳を阻む意図がなくとも。雪榮自身に永膳を阻めるほどの術の腕前がなくても。


 もしも、仮に、万が一にも雪榮と泉仙省が組むことがあれば、自身の計画はひっくり返されるかもしれない。今の泉仙省ならば、その可能性に思い至り、雪榮との接触を図るかもしれない。


 そんな不安があったから、永膳は雪榮の行方を追い始めた。雪榮も雪榮でその気配を感じたから、店を閉めて身を隠したのだろう。


 涼麗に『己の感覚を地脈と同化させる』などという人の身を外れた技が使えなければ、今日こうして居場所を特定して(あい)まみえることはなかったに違いない。現に涼麗は今日、最初に雪榮の店を訪ねて空振りしている。地脈に力を巡らせることで雪榮の微かな霊力の残滓を感知し、たまたま接触に成功しただけだ。


 恐らく永膳も似たようなことをしてこの場所にたどり着いたのだろう。涼麗にはああ言っていたが、永膳の本命は雪榮で、涼麗と顔を合わせる予定など今回の永膳にはなかったはずだ。


「貴方様に、表に立てなどと、言いません。……言えません」


 自分達には『泉仙省所属の退魔師』という守りがある。相方がいて、仲間がいる。


 だが雪榮にはその何もかもがない。雪榮は自身の力と技量だけで己の身を守らなければならない立場にある。そんな雪榮の安全を涼麗が保証できるのかと問われれば、答えは否だ。


 そして涼麗が今取っている行動は、確実に雪榮の身に危険をもたらす。だから無責任なことも、協力を無理強いすることも、涼麗には決してできない。


 それでも、この状況を打破できる可能性を雪榮が持っているかもしれないならば、見て見ぬフリはもう許せない。


「貴方様の代わりに、私が戦います。()()が、戦います」


 ──だから、恐らく()()が落とし所だ。


「ですから、貴方様が今まで知らぬ存ぜぬで貫き通してきたことへのけじめとして、貴方様の知識を私に授けてはくださいませんか?」


 その覚悟と、振り切れない情と。


『お人形』として生きてきた自分と、それ以降の自分と。


 そんな『今の己』の全てを込めて、涼麗は雪榮を見据える。


「……────」


 雪榮は無言のまま涼麗を見つめ返していた。その時間は、涼麗の感覚でもそれなりに長かったように思える。


 その間、涼麗はひたむきに雪榮を見据えたまま視線を逸らそうとしなかった。何かを心の中に思い浮かべることもなかったと思う。


 そんな涼麗の瞳の中に、雪榮は何を見たのだろうか。


「……お前に『戦わなくていい』と言ったのは」


 不意に、雪榮の唇から言葉がこぼれる。


「お前の弟子か? 前に私の店に、お前の代理で買い物に来た」


 その言葉に、涼麗はハタハタと目を(しばたた)かせた。雪榮の瞳を見据えても、その問いがどんな意図から発されたものなのか、涼麗に(はか)ることはできない。


「はい」


 だから涼麗は、素直に雪榮の問いに頷いた。


「今は、私の相方でもあります」

「あぁ。お前が加工を依頼してきたあの佩玉の片割れを、あの子が持っているのか」

「はい。良い出来映えでした」

「そうか」


『その節は、ありがとうございました』と涼麗が口にすると、雪榮はゆっくりと(まぶた)を閉じる。そんな雪榮の口元には、淡く笑みが浮いていた。


「……『台座の意匠は対で舞う鳳凰で』と、指示をしたのはお前だったな。宣誓もお前からしたのか?」

「いえ。申し入れは私からですが、宣誓は向こうからしてもらいました」

「何だそりゃ」

「一度相方を亡くした私から宣誓を申し入れるのは、縁起が悪いかと思いまして」

「普通、佩玉の意匠って、宣誓文言と揃えるものなんだろ?」

「それが奇しくも、向こうも同じようなことを考えていたようで」


 フワリと、己の顔に笑みが広がったのが、なぜか分かった。その気配を感じ取って瞼を上げた雪榮は、涼麗の笑みに行き当たると息を詰めたまま固まる。


「比翼に()れども連理を望まず」


 あの時、黄季が口にした宣誓文言も、それに応えた自分の言葉も、涼麗は一言一句違わずに覚えている。きっと生涯、忘れることはないだろう。


 元々、比翼の宣誓文言は、強く呪力が通った呪歌に等しい言葉だ。強く相手を縛る言葉は記憶に焼け付くように残りやすい。対にとって何よりも重たい言葉を忘れるような馬鹿などいるはずがないとまで断言できる。


 だけども。


 涼麗にとっては、仮にそういう力などなくても。


 あの宣誓はきっと、生涯忘れぬ言葉になったはずだ。


「あれが隣に在るならば、私も、私の翼で空を飛んでみたい」


 そう、掛け値なく言えるようになった。


『お人形』と揶揄(やゆ)されてきた自分が、こんな笑みまで顔に広げて。


「そう思えるように、なりました」


 涼麗が笑う様など、雪榮は見たことなどなかったのだろう。


 無意識のうちに呼吸を忘れていたらしい雪榮は、涼麗がそっと言葉を締めてからゆるゆると息を吐き出した。いまだに戻らない(ほう)けたような表情は、雪榮が受けた衝撃の大きさを物語っている。


「……あんな雛鳥が、お前に『戦わなくてもいい』って言ったのか?」


 その表情を正さないまま、雪榮はまたポロリと問いをこぼした。


「その言葉を私に言った時には、雪榮様と対面した時よりも頼りなかったですよ」

「お前の実力を察した上で、お前の代わりに自分が戦うって言ったのか?」

「はい」


 だがその表情は、涼麗と言葉を交わしていくうちに徐々に薄れていった。


 その代わりに雪榮の顔に広がったのは、複雑な感情が入り乱れた、……総じて『苦笑』と言い表すのが近い、雪榮らしくない不器用な笑みだった。


「随分な(おおとり)の雛じゃないか」

「はい」


 そんな雪榮の代わりに、涼麗が綺麗に、わずかな凄みを溶かし込むように笑みを深める。


「私などにはもったいない、強い翼です」


 その笑みと言葉を受けた雪榮は、細く、長く、息を()いた。どこまで続くとも分からない、長い長い溜め息だった。


「……この場限りだ。今、この場で、お前が口にした質問に、私が答える。それだけだ」


 そうやって息を吐ききり、さらにその状態でしばらく呼吸を止めたのちに、雪榮は切り出した。


 そんな雪榮の言葉に、涼麗はスッと表情を正す。


「それだけしか教えない。……というよりも、教えられない。基礎から順を追って叩き込むには、どのみち時間が足りないからな」


 涼麗の表情の変化を見て取った雪榮は、どこか投げやりに、気だるげに、……だがどこか楽しそうに笑う。


 そういう表情をすると、やはり雪榮は永膳とよく似ていた。郭一族本家の人間の顔だ。


「さて。お勉強が嫌いだったお前の理解度に、全ての命運が乗っかる形になったな? 涼麗」


 雪榮の言葉を受けた涼麗は、滑らかな動きで膝を上げた。


 涼麗が立ち上がると、視線の高さはほぼ同じ位置に並ぶ。それでもなぜか見(おろ)されているように感じるのは、かつてまだ身長差が多分にあった頃、よくこの人の世話になっていたせいなのかもしれない。


「見せてみろ、(てい)涼麗。『お人形』をやめたお前の意地と執着を」


 己の第二の師とも言える雪榮に、涼麗は挑みかかるような視線を向けた。そんな涼麗の姿勢に、一瞬だけ雪榮が瞳を細める。


 その瞬間に雪榮の瞳に(よぎ)ったのが充足感とも満足感とも言える感情だと分かってしまったのはきっと、自分が黄季に挑みかかられた時に似たような感情を抱くという自覚があるからだろう。


 そんな雑念を瞬きひとつで心から叩き出し、涼麗は今集中すべきことに集中すべく、意識を切り替えた。


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