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19/62

19.今日の黒字は、水と信頼です

 

 道具が揃うと、土砂の除去が始まった。

 まず細い鉄棒を詰まりの中央へ差し込み、慎重に穴を開ける。

 最初は、一筋。

 やがて、向こう側から細い水流が勢いよく噴き出した。


「下がれ!」

 

 オルドの声で、全員が壁際へ寄る。

 水は勢いこそあるが、まだ危険な量ではない。


「もう少し広げられます」


 ミラが鉄棒を動かした。

 土が崩れ、流れが太くなる。濁った水が、足元を勢いよく流れ始めた。

 イデアも小さな鋤を手に取り、端の土を掻き出そうとする。


「伯爵様」


 オルドが止めた。


「何です?」

「後ろへ」

「わたくしも働けます」

「さっき魚一匹に転ばされたばかりだ」

「あれは事故です!」

「土砂が崩れたら、事故では済まん」


 イデアは口を開き、それでも言い返すことなく閉じた。


「……では、どこを手伝えば?」


 オルドは少し考え、後方を指す。


「掻き出した土を、外へ運んでくれ」

「分かりましたわ」


 危険な場所へ真っ先に出ることだけが仕事ではない。

 それくらいは、イデアも少しずつ分かってきた。

 泥を入れた籠を持ち、入口まで運ぶ。

 戻って、また運ぶ。

 アルゼルも隣で籠を抱えていた。

 もっとも、イデアがひとつ運ぶ間に、彼は平然と二つ持っていく。


「今は文句をおっしゃらないのね」

「あなたが働いているのに、私だけ休んでいるわけにもいかないでしょう」

「先日は労働者の権利をあれほど主張していらしたのに?」

「権利があることと、必ず行使することは別です」

「随分と都合のよい権利ですわね」

「あなたも少しは休んでくだされば、私も行使できますよ」

「でしたら、まだ無理ですわね」

「そうおっしゃると思いました」


 何度も往復する。

 泥は重く、水路は狭い。一度運ぶだけでも腕が疲れた。

 それでもイデアは休まなかった。

 オルドたちも、今度は止めろとは言わない。

 ただ、時折その様子を確かめている。

 昼近くには、土砂の中心を塞いでいた太い根が、ようやく姿を現した。


「これですね」


 ミラが斧を持つ。


「待ってください」


 アルゼルの声が飛んだ。

 いつもより少し低い。


「根の向こう側に、かなり水が溜まっています」

「分かるのか?」

「ええ。これ自体が栓になっています」

「切れば?」

「一気に来ます」


 オルドが周囲を見回した。


「全員、分岐まで戻る。根に縄を掛けて、離れたところから抜くぞ」

「わたくしも?」


 イデアが尋ねる。


「特に伯爵様が」

「なぜ特に?」

「何か起きるなら、あんたの近くだ」


 反論できなかった。


 ◇


 太い根へ縄を回し、イデアとアルゼルを除く全員が分岐点まで下がった。


「あなたは戻らないの?」

「水が一気に来た場合、勢いを弱めます」

「危険では?」

「私を誰だと思っているのです?」

「橋の安全確認を誤った天使」

「それは忘れてください」

「桶を壊した天使」

「それも忘れてください」

「では——」

「比較対象がおかしくありませんか?」


 アルゼルがため息をつく。

 大きな外套の下で、何かがわずかに動いた。

 翼だ。

 長い時間、狭い水路の中で強く畳み続けているため、窮屈なのだろう。

 本当なら、この場で広げた方が彼自身は動きやすいのかもしれない。

 けれど、ここには村人がいる。翼を広げさせるわけにはいかない。

 アルゼルは外套の前を整えると、両手を水路の奥へ向けた。


「必ず戻ります。あなたは縄を引いてください」


 普段より真剣な声だった。

 イデアは一瞬だけ迷ったが、


「……分かりました」


 それだけ答えると、分岐点まで下がる。


「あの人は、大丈夫なんですか?」


 振り返りながら、ミラが心配そうに尋ねてきた。

 イデアも足を止めかける。

 大丈夫だ。

 アルゼルは天使なのだから。

 人間よりずっと頑丈で、自分よりはるかに強い。水の勢いを抑える程度なら、きっと問題ない。

 そう分かっている。

 それでも、胸の奥に残るものまでは簡単に消えてくれなかった。


「……大丈夫ですわ」


 少しだけ苦しくなった声を誤魔化すように、イデアは続ける。


「アルゼルには、魔術がありますもの」

「でも、あれだけ水が溜まってるんでしょう?」

「ええ」


 もう一度、奥を見る。

 大きな外套をまとった背中が、薄暗い水路の向こうに立っている。


「ですから、あの人が残ったのですわ」


 自分へ言い聞かせるようでもあった。


「わたくしたちが近くにいる方が、かえって邪魔になります」


 ミラはまだ不安そうだったが、やがて頷いた。


「……分かりました」


 イデアも前を向く。縄を握る手に、少しだけ力が入った。


「引くぞ!」

 

 オルドの合図とともに、全員で縄を握る。


 一度目。

 根は動かない。

 二度目。

 土の中で、鈍い軋みが響く。

 三度目。

 根が大きく揺れた。


「もう一度!」


 全員が力を込める。

 縄が張る。根が鳴る。

 そして、ようやく根が抜けた直後。

 水路の奥から地鳴りのような音が押し寄せた。


「来ます!」


 アルゼルが声を上げた。


「全員、そのまま下がって!」


 大量の水が押し寄せる。


「アルゼル!」


 イデアの声が響いた。

 次の瞬間、奔流がアルゼルのいる場所へ到達した――はずだった。

 水の勢いが、そこで不自然なほど鈍った。

 何か目に見える壁が現れたわけではない。

 それなのに、激しく押し寄せていた水が、アルゼルの数歩手前で一度大きく波打ち、石壁や床へ力を逃がすように広がった。

 水しぶきが天井まで跳ね上がる。

 アルゼルの大きな外套が激しくはためいた。

 白い翼は、外套の下へ強く畳まれたまま。

 瞳も閉じたまま。

 ただ両足で石床を踏みしめ、両手を前へ向けている。

 水を止めるのではない。

 流れそのものへ干渉し、少しずつ勢いだけを削っているのだ。


「すご……」


 後ろでトーマが呟いた。


「これが、魔術……?」


 ミラの声も聞こえる。

 イデアは答えない代わりに、声を張り上げた。

 

「あなたは大丈夫ですの?」

「問題ありません!」


 アルゼルが答えた。


「もう少し、このまま水を流します! イデアは足元の確保を!」

「分かっております!」


 押し寄せる水の勢いが、さらに弱まる。

 やがて、濁った流れがアルゼルの横を抜け、分岐点へ到達した。

 一方は村の井戸へ。

 もう一方は畑へ。

 何百年もの間、ほとんど動きを失っていた水路全体が、大きな音を立てて蘇っていく。


「通った……」


 オルドが呟いた。

 濁った水。

 泥と枯れ葉。小石。

 長い年月そこへ溜まっていたものが、次々に流されていく。

 アルゼルが両手を下ろした。

 激しかった流れは、すでに人が立っていられる程度まで落ち着いている。


「……何をしたんです?」


 ミラが尋ねた。

 アルゼルが振り返る。


「流れへ少し干渉しました」

「魔術で?」

「似たようなものです」

「似たようなものって……」

「魔術の研究が役に立ちましたわね」


 イデアがすかさず口を挟んだ。

 今は、そう思ってもらった方がいい。


「伯爵閣下」


 クラウスの低い声が隣から聞こえた。

 イデアが振り向く。


「何です?」


 クラウスは、手元の記録へ視線を落とす。


「私は、水路の流量が安全な範囲まで抑制されたと記録いたします」

「助かりますわ」

「詳細な術式については?」

「書かなくて結構です!」

「承知しました」


 事情を知る書記官は、実に有能だった。

 そうしている間に、アルゼルが隣へ戻ってくる。

 外套の裾からは絶えず雫が落ち、長い金髪にも水が伝っていた。押し寄せた水を正面から受けたのだから当然だろう。見たところ歩き方に異常はない。


「アルゼル」

「何でしょう」


 目の前まで来たところで、イデアは彼を上から下まで見た。


「怪我はございませんの?」


 アルゼルが一瞬、黙った。

 閉じた瞳のままなのに、ほんのわずかに意外そうな顔をしたのが分かる。


「……私の心配をしてくださるのですか?」

「するでしょう。あれだけの水を受けたのですから」

「先ほどまでは、魔術があるから大丈夫だと皆さんへ説明していたのでは?」

「それと、本当に無事かどうかを確かめることは別ですわ」


 イデアは少し眉を寄せた。


「頭は?」

「無事です」

「腕は?」

「問題ありません」

「足は?」

「どこも傷めていませんよ」


 そこまで答えると、アルゼルの口元が少し持ち上がった。


「何ですの?」

「いいえ」

「笑いましたわね?」

「嬉しかっただけです」

「……何が?」

「あなたからこれほど念入りに無事を確認していただけるとは思いませんでしたので」


 イデアは返事に困り、濡れた外套へ視線を逸らした。


「無事なら、それでよろしいのです」

「ええ。おかげさまで」


 アルゼルはどこか満足そうだった。

 そのまま外套の背へ少し意識を向ける。


「ただし、中はかなり濡れました」


 イデアも自然と彼の背中を見る。

 外套の下には、強く畳まれた白い翼がある。

 水しぶきだけでなく、狭い通路を進む間に石壁や泥にも触れていたはずだ。


「羽毛も?」

「ええ。何枚か汚れているでしょうね」

「あとで拭けばよろしいでしょう」


 アルゼルがわずかに顔を向けた。


「拭いてくださるのですか?」

「……手の届かないところだけですわよ」

「十分です」


 返事が妙に早い。


「自分で届くところまで、わたくしにやらせるおつもりではありませんでしょうね?」

「もちろん」

「今、一瞬考えませんでした?」

「気のせいです」

「信用できませんわね」


 アルゼルは楽しそうに微笑んだ。

 その時。

 流れていく水の中で、小さな光が跳ねた。


「……?」


 イデアが目を凝らす。

 青白い粒がひとつ、またひとつと。水面へ浮かんでは跳ね、石壁へ触れ、再び流れへ戻っている。


「何ですの、あれ」


 アルゼルの声が静かになった。


「水の精霊です」

「戻ってきたの?」

「いえ」


 彼は流れを見つめる。


「ずっと、ここに閉じ込められていたのでしょう」


 小さな光たちは、長い眠りから目覚めたように水面を跳ねた。

 そのひとつが、イデアの前まで流れてくる。

 靴先へ触れる。

 冷たい。

 けれど、不思議と嫌ではなかった。

 イデアは腰を屈める。


「……お待たせしましたわね」


 小さな光が、一度だけ強く輝いた。

 そして水の流れに乗り、村の方角へ消えていった。


 ◇


 地上へ戻った頃には、村が騒がしくなっていた。


「井戸だ!」

「水が出たぞ!」


 誰かの声が響く。

 オルドが走り出した。

 イデアたちも後を追う。

 村の中央にある井戸の周囲には、多くの人が集まっていた。

 引き上げられた桶の中には、濁った水がなみなみと入っている。

 まだ、とても飲める状態ではない。

 それでも。

 昨日まで底にわずかしかなかった水が、今は桶いっぱいに汲める。


「まだ飲んでは駄目!」


 ミラが声を上げる。


「水路の泥が全部流れてきている! しばらく流して、澄むまで待って!」


 村人たちは頷いた。

 けれど、誰も井戸から離れない。

 子供たちは桶の中を覗き込み、大人たちは指先で水へ触れる。


「本当に……戻った」


 年老いた女性が呟いた。


「祖母から聞いた話は、本当だったんだね」


 オルドは井戸の縁へ手を置いたまま、動かなかった。

 その肩が、ほんの少しだけ震えている。


「村長」


 イデアが声をかけた。


「これで終わりではありませんわ」


 オルドが振り返る。


「水が澄むまで流し続けなくてはなりません。井戸側の水路も、まだ全部開いたわけではありませんし、畑へどれほど水が届くかも確認する必要がございます」

「ああ」

「井戸自体の補強も必要でしょう。飲み水として使うなら、しばらくは煮沸も必要ですわ」

「ああ」


 オルドは何度も頷いた。

 そしてイデアへ向き直ると、深く頭を下げた。


「ありがとう、ございます」


 昨日。

 彼が膝をつこうとした時、イデアはそれを止めた。

 だから今日も。

 頭を下げさせたままにはしたくなかった。


「顔を上げてくださいませ」

「だが」

「わたくし一人で直したのではありません」


 イデアは周囲を見る。

 オルド。

 ミラ。

 トーマ。

 バルク。

 クラウス。

 村人たち。

 それから。

 大きな外套を着た、妙に顔のよい研究者。

 全員で泥を運んだ。根を抜いた。水を通した。


「それに」


 イデアは井戸へ視線を戻す。


「わたくしは領主です。領地へ水を通すことは、わざわざお礼を言われるような特別な仕事ではございませんわ」

「これまで、その仕事をした領主はいなかった」

「でしたら」


 イデアは胸を張った。


「わたくしが最初になります」


 濡れた髪。

 泥に汚れた服。

 手には細かな傷。

 伯爵令嬢らしい姿には、とても見えないだろう。

 王都にいた頃なら、こんな格好を人前に晒すことを、恥じていたかもしれない。

 今は、少しも恥ずかしくなかった。


「今後は、これを当たり前にいたしますわ」


 オルドがゆっくり顔を上げた。


「……分かりました、伯爵様」


 昨日と同じ呼び方。

 けれどその響きだけが、少し違っていた。


 ◇


 夕方。

 井戸の水は、少しずつ透明になり始めていた。

 まだ飲むには煮沸した方がよいが、洗い物などには使える。

 畑側にも、細い流れが届いた。

 乾いていた溝を水が走る。

 ひび割れた土が湿り、少しずつ色を濃くしていく。

 村人たちは、日が傾いても水路や井戸の周囲からなかなか離れなかった。


「水が流れるだけで、これほど喜ぶものなのですね」


 廃教会の庭から畑を眺めながら、アルゼルが言った。


「それだけ、なかったということでしょう」


 イデアは隣へ立つ。


「この土地が痩せたのは、あなた方の神性が失われたせい?」

「それだけではありません」


 アルゼルは静かに答えた。


「神の力が薄れても、人間が水路を直し、使い続けていれば、ここまで荒れることはなかったでしょう」

「では、人間のせい?」

「どちらか一方のせいにしたところで、土地は蘇りません」


 珍しく、声に自慢も冗談もなかった。


「神が忘れられた。人間が土地から離れた。精霊が減った。水路が壊れた。ひとつの大きな原因ではなく、小さなものが少しずつ重なった結果です」

「なら、戻す時も?」

「少しずつです」


 アルゼルがイデアへ顔を向ける。


「あなたが昨日おっしゃったとおり。ひとつずつ」


 イデアは畑へ流れる細い水を見る。

 一日で豊かな土地になるわけではない。

 明日には、別の場所が壊れるかもしれない。

 雨が足りなくなるかもしれない。

 作物が育たないかもしれない。

 借金だって。今日一日で、すぐに減るわけではない。

 でも、今日は水が流れた。


「今回の収支は?」


 イデアが尋ねる。


「魚に驚いて転び、泥水へ座り込み、服を濡らしました」

「ほかには?」

「水路が開き、井戸へ水が戻り、畑にも流れ始めた。閉じ込められていた精霊も解放された」

「では?」

「大幅な黒字です」


 イデアは頷いた。


「異論はございませんわ」

「珍しいですね」

「ただし。わたくしが魚に転ばされる必要はなかったと思いますの」

「魚がいなければ、水の中に生き物がいることを確認できなかったでしょう」

「あとから意味をつけておりません?」

「因果の解釈には柔軟性が必要です」

「やはり便利な加護ですわね!」


 アルゼルが笑う。

 その時。


「伯爵様!」


 村の方から、子供が走ってきた。

 両手に、小さな木の器をひとつずつ持っている。


「これ、母ちゃんが」


 器の中には、湯気を立てる薄い野菜のスープが注がれていた。

 少量の豆と根菜。

 決して豊かな料理ではない。


「水が戻ったお祝いだって」

「わたくしに?」

「うん。それと、研究者の兄ちゃんにも」


 もうひとつの器を、アルゼルへ差し出す。


「私にも?」

「兄ちゃん、魔術で頑張ってくれたって聞いたから」

「ですが、私は食事を必要とは——」

「アルゼル」


 イデアがすかさず遮った。

 食事を必要としない研究者など、それこそ説明が面倒になる。

 それに、食料に余裕のない中で自分たちの分まで用意してくれたのだ。その厚意を、必要ないからと返すわけにはいかない。


「必要なくても、食べることはできるのでしょう?」

「ええ。それはもちろん」


 アルゼルは素直に器を受け取った。

 

「ありがとうございます」


 少年がにっと笑う。


「兄ちゃん、ほんとに魔術師なの?」

「いいえ。研究者です」

「でも魔術使ったんだろ?」

「魔術も研究しておりますものね」


 イデアが横から、いたずらっぽく答えた。


「ですから、使えるものもあるのですわ」

「すごい!」


 少年の目が輝く。

 アルゼルも満更ではなさそうに微笑んだ。


「見る目がありますね」

「その一言がなければ、美しい場面でしたのに」

「私の働きが評価されたのですよ」

「ええ。今回は顔ではなく、魔術で」


 アルゼルの微笑みがわずかに固まった。

 少年が二人を交互に見る。


「伯爵様たち、仲悪いの?」

「普通ですわ」

「非常に良好です」


 答えが重なった。


「どっち?」

「普通です!」

「良好です」

「アルゼル!」


 少年が声を上げて笑った。

 少し離れたところからも、村人たちの笑い声が聞こえる。

 イデアは木の器を両手で包んだ。

 温かな湯気が、泥仕事で冷えた指先へ触れる。

 今日手に入れたものは、水だけではない。

 この土地へ来てから初めて、村の人から渡された食事。

 初めて向けられた素直な感謝。

 そして。

 まだ、本当に少しだけれど——信頼。

 金貨には換えられない。

 借金の帳簿へ、返済額として書き込むこともできない。

 それは、領地を立て直すという長い収支の中で、イデア自身が積み上げていくものだ。


「アルゼル」

「何でしょう」

「こういうものも、黒字に入りますの?」


 アルゼルは少年を見る。

 その向こうにいる村人たちを見る。

 最後に、手の中の質素なスープへ視線を落とした。


「ええ」


 静かに微笑む。


「むしろ、とても価値のある利益でしょうね」


 イデアはスープを一口飲んだ。

 薄い。

 塩も少ない。

 王都で口にしていた料理とは、比べるまでもない。

 なのに、不思議なほど温かかった。

 こうして。

 長いあいだ水を失っていた小ラズマイトの井戸には、再び水が戻った。

 豊かな収穫には、まだ遠い。

 借金も、一枚の硬貨すら減ってはいない。

 それでも、その夜。

 村人たちは久しぶりに、明日使う水があることを確かめてから、眠ることができたのだった。


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