18.地下水路は、まだ生きています
倒れた大木の片づけには、丸一日かかった。
幹から使える部分を切り出し、太い枝と細い枝へ分ける。
傷みの少ない木は廃教会の屋根や床の補修へ回し、細い枝は薪にする。剥いだ樹皮や腐った部分でさえ、細かく砕いて畑へ混ぜれば土づくりに使えるという。
「捨てるところが、ほとんどありませんのね」
イデアは切り分けられた枝を運びながら感心した。
「ここでは、捨てられるほど物がない」
オルドの返事は簡潔だった。
厳しい言葉ではあるが、イデアを責めているわけではない。ただ、この村ではそれが当たり前なのだろう。
小ラズマイトでは、壊れた桶も、曲がった釘も、着古した服もすぐには捨てない。
直せるものは直す。
元の用途に使えなくなれば、別の使い道を考える。
それすらできなくなって初めて、燃料や詰め物として最後まで使い切る。
王都にいた頃のイデアも、古くなったドレスを使用人へ譲ることはあった。けれど、その服の袖から取られた布切れ一枚が、その後どこで何に使われたのかなど考えたこともない。
ここでは違う。
一本の木が、梁になり、床板になり、家具になり、薪になり、最後には畑の土へ戻る。
「つまり、災難にも捨てるところがないということですね」
隣から、妙に得意げな声がした。
アルゼルは、イデアなら二人がかりでも苦労しそうな太い枝を片腕で抱えている。
「何でもご自分の加護の功績にしないでくださる?」
「事実ではありませんか」
「それほど力がおありなら、昨日からもっと働いてくださればよかったのでは?」
「力があることと、自発的に重労働を引き受けることは別問題です」
「あなたの労働意欲には、まだ改善の余地がありますわね」
「私ほど下界で働いている高位天使も珍しいと思いますが」
「比較対象のご兄弟が働かなさすぎるのではなくて?」
アルゼルが黙った。
イデアは横目で見る。
「……図星ですの?」
「大家族には、それぞれ事情があるのです」
「便利な言葉ですわね」
ドワーフの坑道でも思ったが、アルゼルの兄弟姉妹というものは、神秘に包まれた神々の一族というより、人数ばかり多い少々面倒な大家族なのではないか。
あまり深く聞かない方がよさそうだった。
◇
翌朝。
倒木の根元から姿を現した地下水路を調べるため、イデアたちは廃教会の庭へ集まった。
参加するのは、イデア、アルゼル、オルド、クラウス。
それに村から三人。
細身で身軽な青年、トーマ。
無口だが力のあるバルク。
そして三人目は、二十代半ばほどの女性だった。短く切った赤褐色の髪を布でまとめ、腰には使い込まれた金槌を下げている。
「あなたも水路へ?」
イデアが尋ねると、女性は片眉を上げた。
「女では不都合ですか」
「いいえ。ただ、危険がありますので」
「男なら潰れてもいいと?」
「そういう意味ではありませんわ!」
相手の口元が少しだけ持ち上がった。
「冗談です。ミラといいます。村では一番、狭いところへ入り込むのが得意なので」
「得意になる機会がありますの?」
「屋根の穴、煙突、枯れた井戸。人手が足りなければ、何でもやります」
オルドが横から補足した。
「ミラは村の修繕仕事をまとめている。親父が大工だった」
「父はもういませんけどね」
ミラは腰の金槌を軽く叩く。
「木と石なら、伯爵様よりは扱えます」
「それは間違いありませんわね」
イデアは素直に認めた。
「わたくしは昨日、ようやくまともに枝を切れるようになったところですもの」
「貴族様が斧を振ってるところなんて、初めて見ました」
「これから何度も見ることになりますわ」
「逃げなければ、ですがね」
言葉には、オルドと同じ慎重さがあった。
まだ信じてもらえてはいない。
けれど、見極めるために手を貸してくれる。
今はそれで十分だった。
「伯爵閣下」
クラウスが水路図を広げた。
「図面によれば、この入口から主水路へ合流するまで、およそ百二十歩です」
「百二十歩」
「ただし、かなり古い図面です。崩落や土砂の流入を考慮すれば、現在も同じ状態とは限りません」
「水路ですのに、浸水まで心配しなくてはなりませんの?」
「水は、流れてほしい場所へ流れているとは限りませんので」
クラウスはいつもの真面目な顔で答えた。
「監理局では、水路の修理まで扱いますの?」
「書類上は」
「書類上?」
「実際の修繕は技官や現地の職人が行います。私は工事記録や報告書を確認する側でした」
「でしたら、今日は入口で待っていてもよろしいのでは?」
「現地を見てもいない者が報告書を書くわけにはまいりません」
クラウスは革の手袋をはめた。
「それに、伯爵閣下だけを危険な地下水路へ入らせたと記録すれば、私の監督責任について説明が必要になります」
「やはり書類のため?」
「それだけではありませんが、主には」
言い切った。
顔色は、川辺で倒れていた時とは比べものにならないほどよくなっている。
それでも、盗賊に襲われた際の打撲や傷はまだ残っていた。
アルゼルがしたのは、冷え切った身体を温めることだけだ。傷そのものを治したわけではない。
「途中で痛みが強くなったら、必ず戻ってくださいませ」
「伯爵閣下も」
「わたくしには加護があります」
「災難そのものを防ぐ加護ではありませんよね」
「……よく理解していらっしゃる」
「この数日で十分に」
クラウスの表情は変わらない。
ただ声にだけ、わずかな疲労が滲んでいる気がした。
◇
倒木の根と土を取り除くと、人が通れるほどの石造りの道が現れた。
壁には苔が生え、床には泥が溜まっている。
奥は暗い。
その先から、かすかに水の流れる音がした。
「灯りは?」
「三つあります」
ミラが油灯を掲げた。
「それなら、ひとつは節約できますね」
何をするつもりなのかイデアが問うより早く、アルゼルが指先を持ち上げる。
その上に、ぽっと淡い金色の光が灯った。
炎とは違う。
風もないのに揺らめき、指先から少し離れた場所へ浮かんでいる。
ミラが目を見開いた。
トーマもバルクも動きを止める。
イデアだけは、内心で頭を抱えたくなった。
「……魔術?」
言い訳を考えている間に、ミラが呟いた。
「魔術をご存じですの?」
イデアが尋ねる。
「話だけなら。王都とか、王宮とか、大きな貴族のところにはいるって」
「実際に見るのは?」
「初めてです」
小ラズマイトのような小さな村へ、魔術師が訪れることなどまずないのだろう。
魔術師そのものが珍しい。
王宮へ仕えていたり、有力者に抱えられていたり、あるいは同じ術を学ぶ者だけで集まって暮らしているとも聞く。
イデアは咳払いをした。これなら押しきれる。
「アルゼルは、魔術についても研究しておりますの」
「も?」
ミラが聞き返した。
「古い宗教建築、羽毛、それから魔術ですわ」
「随分と手広い研究者ですね」
「ええ。わたくしも最近そう思い始めました」
「私としては、少々訂正したいところですが」
アルゼルが口を挟む。
「何か間違っております?」
「私は魔術師ではありません」
「じゃあ、それは?」
ミラが光を指す。
アルゼルは少し考えた。
「原理は多少違いますが、似たものだと思っていただいて構いません」
「アルゼル」
名前を呼ぶイデアの目が鋭くなる。
「お忘れになってはいけませんわ。あなたは魔術も研究しているではありませんの」
忘れるもなにも。
アルゼルの研究分野に魔術が加わったのは、今回が初めてである。
天使の神性による力だと明かすわけにはいかないので、口裏を合わせてほしい。
そんなイデアの意図を察したのか、アルゼルは平然と続ける。
「理論を知っていることと、職業として魔術師を名乗ることは別です」
「研究者という肩書きには随分こだわりますのに」
「羽毛屋よりは」
「まだ気にしていらしたの!?」
クラウスだけが黙って二人を見ていた。
イデアと目が合う。
彼は何も言わず、静かに水路図へ視線を落とした。
事情を知っている人間が一人増えただけで、こういう時は随分ありがたい。
水路は、アルゼルが先頭になって進むことになった。
次にイデアとミラ。
その後ろへオルド、クラウス。
最後にトーマとバルクが続く。
「ところで、なぜ私が先頭なのです?」
アルゼルが不満そうに尋ねた。
「危険があるからです」
「昨日は、私より前へ出ないよう約束してくださらなかったのに」
「善処すると申し上げました」
「今回は善処できたと?」
「ええ」
「では、素直に頼っていただけたと思うことにしましょう」
声が少しだけ嬉しそうだった。
イデアは返事をせず、水路へ足を踏み入れた。
◇
内部は、想像していたよりもしっかりしていた。
石壁は隙間なく組まれ、天井は緩やかな半円を描いている。何百年も放置されていたはずなのに、完全に崩れてはいない。
「変わった造りですね」
ミラが壁へ指を這わせた。
「どうして分かりますの?」
「石の大きさが揃ってないのに、継ぎ目がほとんどないんです。人間だけで造ったなら、もっと癖が出る」
「ドワーフの仕事?」
「似ていますけど、それだけじゃないですね」
「その通りです」
アルゼルが前を向いたまま答える。
「この水路を造ったのは、人間とドワーフ、それから小さな地精たちでしょう」
「地精?」
「土や石に宿る小さな精霊です。昔はこの地域にも多くいたようですね」
「今は?」
「ほとんど感じません」
声が、ほんの少し沈んだ。
「土地の力が弱まり、草木が減り、人間の営みも途絶えれば、精霊も留まりにくくなります」
「戻す方法は?」
「土地を生かすことです」
「具体的には?」
「水を通し、草木を育て、人間が暮らす。そして、そこにあるものを見つけ、名前を呼び、忘れないことです」
イデアは壁へ手を触れた。
冷たい石だった。
何百年も前。誰かが水を運ぶために、この石を積んだ。
その者たちの名前は残っていない。
けれど、水を運ぶための道だけは、まだここにある。
「直せば、精霊も戻る?」
「可能性はあります」
「でしたら、直しましょう」
イデアは当たり前のように答えた。
アルゼルが少しだけ振り返る。
「簡単におっしゃいますね」
「難しいからといって、ほかの場所から都合よく水が湧くわけではありませんもの」
「それもそうですね」
金色の灯りに照らされた横顔が、いつもより柔らかく笑った。
◇
最初の四十歩ほどは、特に問題なく進めた。
床には泥が溜まっているものの、水は靴底を濡らす程度しかない。途中で石や枯れ枝を取り除きながら進むと、五十歩を越えた辺りで通路がふたつに分かれていた。
「図面では、こちらです」
クラウスが羊皮紙を広げる。
「右が村の井戸。左が畑へ続く水路です」
「水音は左から聞こえますわね」
「右はほとんど乾いています」
ミラが油灯を向ける。
井戸側の水路には、分厚い土と砂が積もっていた。
「まず水源側を確かめよう」
オルドが言った。
「水そのものが来ていなければ、井戸側だけ掘っても意味がない」
「では、左ですわね」
一行は畑側へ進んだ。
先へ進むほど通路は狭くなり、所々では屈まなければ天井へ頭をぶつけそうになる。
当然、もっと苦労している者が一人いた。
「……ずっと思ってたんですが」
後ろから、ミラの声がした。
「何でしょう」
「その羽毛、置いてくればよかったんじゃないですか?」
アルゼルの足が止まった。
外套の下には、白い翼がこれ以上ないほど強く畳み込まれている。それでも背中の膨らみまでは隠しきれず、狭い通路では時折石壁へ触れていた。
トーマも頷く。
「俺も思ってました。こんな狭いところに、わざわざ持ってくる必要あります?」
「教会へ置いておけばよかったんじゃないか」
バルクまで加わった。
三対一になった。
イデアはアルゼルを見る。
アルゼルもイデアへ顔を向ける。
おそらく今、二人はまったく同じことを考えていた。
――何と説明すればよいのだろう。
「これは――」
「装着式なのですわ!」
アルゼルより先に、イデアが答えた。
「装着式?」
「ええ。アルゼルの身体に合わせて固定する、特殊な研究資料ですの。簡単に取り外せるものではございません」
言ってから、イデアは思った。
また設定が増えた。
古い宗教建築を研究する遠縁の男。
羽毛を研究し。
魔術まで研究し。
今度は、身体へ羽毛を装着している。
そろそろ本人より研究内容の方が怪しくなってきた気がする。
口には出さないが、一時は芸術家であったことも忘れてはならない。
「そんな研究があるんですか?」
ミラが疑わしそうに尋ねた。
「あります」
アルゼルが平然と答えた。
今度は素直に口裏を合わせた。
「羽毛は、ただ机へ置いて眺めればよいというものではありません。実際に身につけた状態で、動作による変形や圧迫、温度や湿度による変化を確認する必要があります」
「なるほど」
ミラが外套の膨らみを見る。
「じゃあ、地下水路へ持ってきたのも?」
「湿度の高い閉鎖環境における状態変化の確認です」
「そうでしたの!?」
思わずイデアが振り向いた。
「あなたが作った設定でしょう」
アルゼルが小声で返す。
イデアも声を潜めた。
「そこまで研究目的を増やしておりませんわ」
「設定には説得力が必要です」
「勝手に補強しないでくださる?」
「ですが、これなら置いてこなかった理由になります」
悔しいが、その通りだった。
後ろではミラたちが妙に納得した顔をしている。
「研究者って、大変なんですね」
「ええ。本当に」
イデアは深く頷いた。
「特に周囲が」
「なぜ私ではなく、あなたが疲れた顔をするのです?」
「あなたの研究分野が増えるたび、説明するのはわたくしなのですよ!」
アルゼルは何も答えなかった。
そのまま再び歩き出す。
狭くなった通路では、外套の中へ翼を押し込んでいる彼は明らかに窮屈そうだった。背を屈めるたび、美しく波打つ長い金髪まで石壁へ擦れる。
「髪が汚れますね」
「いまさらでしょう」
「泥は洗い落とすのに時間がかかります」
「水路を直してから洗いなさい」
「水が通るまで、私の美貌を損なったままに?」
「領民の水と、あなたの髪。どちらが大切ですの?」
「価値の種類が異なりますので、単純な比較は難しい問題です」
「即答なさい!」
「領民です」
一瞬。
ほんの一瞬だけ、間があった。
「今、迷いましたわね?」
「比較条件を整理していただけです」
後ろを歩くミラが吹き出した。
「本当に変わった研究者ですね」
「わたくしも、心底そう思いますわ」
「魔術まで使えるなら、何を研究しているのか余計に分からなくなってきましたけど」
その言葉に、二人とも少し黙った。
「……魔術も、古い宗教も、羽毛もですわ」
「やっぱり羽毛が浮いてません?」
「そこは触れないでくださいませ」
「触れていただいて構いませんよ。非常に上質ですから」
「あなたも広げないで!」
ミラが笑った。
薄暗い地下水路に、小さな笑い声が響いた。
◇
七十歩ほど進んだ頃だった。
「止まってください」
アルゼルが片腕を伸ばした。
一行が足を止める。
いつの間にか、水は膝近くまで増えていた。
「この先で、かなり堰き止められています」
「見えますの?」
「流れで分かります」
アルゼルが指先の灯りを少し先へ送る。
金色の光に照らされた先には、大量の土砂と木の根が積み重なっていた。
通路をほとんど完全に塞いでいる。
わずかな隙間からだけ、水が細く漏れていた。
「昨日の大木の根ですの?」
「それだけではないな」
オルドが慎重に近づき、土砂の表面を確かめる。
「何年もかけて根が石の隙間へ入り込んだんだろう。土まで抱き込んでる」
「これを取り除けば、水が戻ります?」
「可能性は高い。だが」
ミラが詰まりの向こうへ耳を寄せた。
「一気に崩したら、向こう側の水が全部こっちへ来ます」
通路の幅は、大人が二人並ぶのがやっとだ。大量の水が流れ込めば、逃げる場所がない。
「少しずつ穴を開けて、水を逃がしながら崩す?」
「それがいい」
オルドが頷く。
「細い鉄棒と縄が要る」
「取ってきます」
トーマが踵を返そうとした。
その時。
イデアの足元で、泥が動いた。
「今、何か――」
白いものが勢いよく飛び出した。
「なにっ!?」
細長い何かが、イデアの足首へ触れる。
反射的に足を上げた。
その踵が、水中の石へ引っかかる。
アルゼルが咄嗟に腕を伸ばす。
けれど、その手を取るより早く、イデアは尻から水路へ座り込んだ。
冷たい泥水が盛大に跳ね、胸元近くまで服を濡らす。
沈黙が流れる。
白い生き物だけが何事もなかったように水の中を泳ぎ、石の陰へ消えていった。
「……魚ですね」
クラウスが静かに言った。
「見れば分かります!」
「水の中に生き物がいるのは、悪い兆候ではありません」
アルゼルが手を差し出す。
今度は素直に掴んだ。
ぐい、と引き上げられる。
「怪我は?」
「ございません。冷たいだけです」
「頭は打ちませんでしたか?」
「打っておりません。痛いのはお尻ですわ!」
アルゼルが少し考える。
「では――」
「確認しなくて結構です!」
「まだ何も申し上げていませんよ」
ミラが横を向いた。
トーマは口を押さえている。
無口だったバルクまで肩を震わせていた。
オルドも壁の方を向いている。
「……もう笑っても構いませんわよ」
イデアは濡れた髪を払いながら言った。
「どうせ、すでに笑っていらっしゃるのでしょう」
最初に耐えきれなくなったのはトーマだった。
続いてバルク。
ミラも壁へ手をついて笑い始める。
「伯爵様、魚に負けた」
「油断しただけです!」
「魚、武器も持ってませんよ」
「分かっておりますわ!」
水路に笑い声が響く。
すると、頭上からぱらぱらと小さな砂が落ちてきた。
アルゼルが上を見る。
「笑うのは、その辺りにしておいた方がよさそうですね」
全員が黙った。
◇
道具を取りに戻るついでに、イデアのための乾いた布も持ってきてもらうことになった。
いったん入口に近い広めの場所まで戻る。
イデアは濡れた髪と袖を絞った。
「寒くありませんか?」
アルゼルが尋ねる。
「寒いですわ」
「今日は素直ですね」
「ずぶ濡れで強がっても仕方がないでしょう」
「では」
アルゼルがイデアの肩から少し離れたところへ手をかざした。
淡い温もりが広がる。
先ほどの灯りのような強い光は出ない。
服そのものを乾かすほどではないが、冷えた肩や指先が少しずつ温まっていった。
「全部乾かすこともできますの?」
「できますが、急に温めれば生地を傷める可能性があります」
「それは困りますわね」
「ですから慎重なのです」
イデアは大人しく温もりを受け取った。
ふと、先日の夜のことを思い出す。
白い翼の内側。
遠くなる雨音。
思っていたよりずっと温かかったこと。
今なら、翼で包んでもらった方がもっと暖かい。
そこまで考えてから、はっとした。
何を考えているのだ。
周囲にはオルドもミラもいる。そもそも、翼を出せるわけがない。
「……」
「イデア?」
「何でもございません」
「今、こちらを見てから顔を逸らしましたが」
「壁を見ていただけです!」
「随分熱心に?」
「石造りを研究しておりますの!」
「研究者はこちらなのですが」
「今だけ役職を交換しますわ!」
アルゼルが楽しそうに笑う。
イデアは余計に顔を背けた。




