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16/62

16.古い図面は希望になります


 ラズマイト伯爵家の新しい領主館には、屋根がなかった。

 正確には、ある。

 ただし、ところどころ空が見えている。


「星がよく見えますわね」


 イデアは朽ちかけた長椅子へ腰を下ろしながら、頭上を見上げた。

 夜になった廃教会の礼拝堂は、昼間とはまるで違う顔をしている。

 屋根の穴から覗く夜空。

 崩れた窓から入り込む冷たい風。

 祭壇の前では、小さな焚き火が揺れていた。

 教会の中で火を焚くことには多少の抵抗があったが、暖炉が使える状態ではなかったので仕方がない。床は石造りで、周囲の枯れ草や腐った木材はすでに片づけてある。

 何より、火がなければ寒かった。

 王都を出た頃には春の盛りだったが、小ラズマイトは山に近い。日が沈めば、風にはまだ冷たさが残っている。


「寝台から星を眺められる館は、人間の貴族に人気があるのでは?」


 アルゼルが、祭壇の近くに立ったまま優雅に微笑んだ。

 村人たちが帰ったため、今はもう大きな外套を脱いでいる。

 長時間強く畳んでいた白い翼は、ようやく窮屈さから解放され、背後でゆったりと広がっていた。

 もっとも、昼間の片づけで羽根の先には埃がつき、白い衣にも土と木屑が残っている。

 それでも本人の立ち姿だけは、まるで王宮の広間にでもいるようだった。


「屋根が壊れているのと、天井へ窓を作ってあるのとでは大違いですわ」

「物事は捉え方ですよ」

「では、雨が降っても同じことをおっしゃってくださいませ」

「その時に考えましょう」

「嫌な逃げ方ですわね」


 イデアは礼拝堂を見回した。

 オルドたちが帰ったあとも、日が暮れるまで二人で片づけを続けた。

 腐った木片。

 枯れ葉。

 鳥の巣。

 割れた長椅子。

 何に使っていたのか分からない古い木箱。

 まだ到底きれいとは言えないが、少なくとも入口から祭壇まで、何かにつまずかず歩ける程度にはなった。

 礼拝堂の左右には、かつて聖職者たちが使っていたらしい小部屋がふたつずつ、合わせて四室あった。

 どの部屋も長年放置されていただけあって、すぐに使えるような状態ではない。入口に近い一室は壁の一部が崩れ、もう一室には古い木箱や壊れた棚が積み重なっている。

 反対側の奥にある部屋も床や壁の傷みがひどく、片づけだけではどうにもならなさそうだった。

 その中で、祭壇に近い側にある一室だけは比較的壁がしっかりと残っていた。屋根にはいくつか穴があり、隅には埃も積もっているが、四室を見比べれば一番ましである。

 ひとまずそこを片づけ、イデアの仮の寝室として使うことになった。

 残る部屋も、直せば執務や書類の保管、荷物置き場として使えるだろう。今すぐすべてを修繕する余裕はないが、伯爵の仮住まいとして考えれば、少なくとも場所だけは足りている。

 問題は、屋根と壁と床と窓と扉だった。

 つまり、場所しか足りていなかった。

 アルゼルは礼拝堂で夜を過ごすという。


「本当に、眠らなくても平気ですの?」

「ええ」

「一睡もしない?」

「必要ありません」

「疲れもしない?」

「身体を酷使したり、神性を使い続けたりすれば疲労はしますが、人間のように毎晩眠る必要はありません」


 イデアはしばらくアルゼルを見つめた。


「でしたら、夜のうちに掃除を進めてくださる?」

「私を夜間労働へ駆り出すおつもりですか?」

「眠らないのでしょう?」

「休息を必要としないことと、休ませなくてよいことは別問題です」

「随分と人間らしい主張をなさいますのね」

「労働する者の権利は尊重されるべきです」

「昼間は労働者になった覚えはないとおっしゃっていたでしょう」

「下界の制度を学び、主張を修正しました」

「覚えるところが早すぎますわ!」


 アルゼルは満足そうに微笑んだ。

 昼間、彼が斧で木ではなく桶を割ったことで、村人たちの警戒はいくらか和らいだ。

 結局、木を切ったのはイデアである。

 アルゼルには枝を運ばせた。

 本人は最後まで、


『私が切れなかったのではなく、あの斧の重心が私に合っていなかったのです』


 と言い張っていた。

 ドワーフたちが聞けば、山の向こうから抗議に来そうである。


「そういえば、クラウスは?」

「村人の家へ泊めてもらうそうです」

「わたくしたちだけ廃墟ですの?」

「ここを領主館に選んだのはあなたでしょう」

「……そうでしたわね」


 自分で決めたことだった。

 イデアは長椅子の背へ身体を預ける。

 ぎしり。

 嫌な音がした。

 すぐに身体を起こすと、音が止まった。

 慎重に、もう一度寄りかかる。

 やはり、軋んだ音がした。


「……壊れませんわよね?」

「それを私に尋ねますか?」

「橋の件がありますもの」

「橋と椅子は私の専門外です」

「では何が専門ですの?」

「帰還を導くことと、加護と、高度な神性の運用。それから美については一家言あります」

「最後だけ急に信用できなくなりましたわ」


 イデアが姿勢を正した。

 その直後。

 ばきん、と。長椅子の背もたれだけが、後方へ倒れた。

 大きな音を立てて石床へ転がる。

 座面には、イデアだけが取り残された。


「……」

「……」

「背もたれだけでしたわね」

「怪我がなくて何よりです」

「見返りは?」


 アルゼルが少し考える。


「座ったままでも、背後から襲われた際に対応しやすくなりました」

「ただの壊れた椅子でしょう!」


 アルゼルが声を立てて笑った。

 イデアは立ち上がり、倒れた背板を眺める。

 捨てる必要はない。

 乾かして切れば薪になる。傷みの少ない部分なら、何かの補修に使えるかもしれない。

 王都にいた頃の自分なら、壊れた家具の板一枚に使い道を考えることなどなかっただろう。

 今は違う。

 板一枚。

 釘一本。

 縄一本。

 何でも惜しい。


「笑っていないで、こちらを持ってくださる?」

「私はすでに十分働きました」

「枝を何本か運んだだけでしょう」

「七本です」

「数えていたの?」

「努力は正確に評価されるべきです」

「では、割った桶一個分を差し引いて六本といたします」

「枝一本と桶一個の価値が等価なのですか?」

「わたくしが決めました」

「領主権限の乱用では?」

「働きなさい」


 アルゼルが不満そうに背板の反対側へ手をかけた。

 その時だった。

 遠くで、ごろごろと低い音が響いた。

 イデアは動きを止める。


「今、何か聞こえませんでした?」

「雷ですね」

「雨が降るの?」

「空を見る限り、おそらく」


 ぽつり。

 冷たい雫が、イデアの額へ落ちた。

 見上げると、屋根の穴の向こうに、すっかり雲に覆われた夜空が見えた。


「降りましたわね」

「予想どおりです」

「予想していたなら先に教えなさい!」


 次の雫が頬へ。

 その次は肩へ。

 やがて、ぽつぽつという音が礼拝堂のあちこちから聞こえ始めた。

 瞬く間に雨脚が強くなる。


「寝室へ移動してください」

「あちらも天井が痛んでおりましたわよ!」

「礼拝堂よりはましです」

「荷物を!」


 二人は慌てて動いた。

 紙。

 書類。

 食料。

 着替え。

 何より、橋から落ちながらも守り抜いた紙箱を濡らすわけにはいかない。

 イデアは箱を抱え、寝室に決めた小部屋へ運び込んだ。

 床には毛布。

 壁際には旅の鞄、保存食と水。

 アルゼルも荷物を運び込んでくる。


「桶を持ってきて!」

「昼間、私がひとつ割りました」

「知っております!」

「残っている方を取ってきます」

「最初からそうなさい!」


 アルゼルが礼拝堂へ戻る。

 イデアは紙箱へ油布を被せ、壁際へ寄せた。

 天井の亀裂から雨水が落ちてくる。

 毛布を反対側へ移す。

 ぽたり。

 移動した先へ、新しい雫が落ちた。


「……」


 さらにずらす。

 ぽたり。


「どうして移動した先へ落ちますの?」


 右へぽたり。

 左へぽたり。


「追ってきておりますわね!?」


 王都で泊まった宿でも、似たような目に遭った。

 どうやら雨漏りにまで好かれているらしい。

 イデアは毛布を抱えたまま、部屋の中央に立ち尽くす。

 左右のどちらへ移動するべきか。

 迷っている間に。

 ぽたり。

 今度は頭へ落ちた。


「もう!」


 その時。

 背後で、ばさりと音がした。

 大きな白い翼が、イデアと荷物の上へ差し出される。


「何をしていらっしゃるの?」

「見れば分かるでしょう。雨除けです」

「翼が濡れますわよ」

「あなたと紙が濡れるよりはよいでしょう」

「ですが」


 雨粒が白い羽根へ当たる。

 一滴。

 二滴。

 やがて表面の羽根が少しずつ湿り始めた。

 翼は神性でできた幻ではない。アルゼル自身の身体だ。


「本当に大丈夫?」

「少しくらいなら。あとで乾かせば済みます」

「手入れが大変ではなくて?」

「その時は手伝っていただきましょう」

「そこへ持っていきますのね……」

「村へ入る前、羽根が曲がったら整えてくださると約束しました」

「雨まで契約に含めないでくださいませ」


 翼の下は、冷たい雨から守られていた。

 完全に水を弾くわけではない。

 羽根の端から時折雫が落ちる。

 けれど、直接頭へ降ってくるよりずっとましだ。

 そして、思ったより温かい。

 片翼で自分と荷物を覆っているせいで、アルゼルとの距離も自然と近くなる。


「……便利ですわね」

「私を雨具として評価していますか?」

「幽霊除けより用途が増えましたわ」

「もう少し神聖な感想はありませんか?」


 イデアは間近にある白い羽根を見た。

 灯りを受けて、濡れた羽根の一枚一枚が淡く輝いている。


「綺麗ですわね」


 何気なく口にした直後、アルゼルがゆっくり顔を向けた。


「今、私が綺麗だと?」

「翼の話です」

「私の一部であることに変わりはありません」

「調子に乗らないでくださる?」

「あなたの口から聞けたのですから、少しくらいは許されるでしょう」


 いつもの微笑み。

 けれど、ほんの少しだけ嬉しそうに見える。

 イデアは顔を逸らした。

 間近で見ると、本当に腹立たしいほど整った顔をしている。

 そのうえ翼の内側は温かい。

 妙に落ち着かない——などとは、絶対に言いたくなかった。


「このまま朝まで立っているおつもり?」

「必要なら」

「あなたは平気でしょうけれど、わたくしは無理ですわ」

「では座りますか」

「どこへ?」

「私の翼の下へ」

「場所を聞いているの!」


 アルゼルが答えようとした、その時。

 二人の頭上で、嫌な音がした。

 アルゼルの表情から笑みが消える。


「失礼します」


 腰へ腕が回った。

 素早く引き寄せられる。

 そのことに抗議の声を上げる間もなく、アルゼルがイデアと紙箱を抱えるようにして、小部屋の外へ飛び出していた。

 直後。

 轟音が響き渡る。

 木材と石片。

 土埃と雨水。

 先ほどまで二人がいた場所へ、天井の一部がまとめて崩れ落ちた。


「……」


 イデアは呆然と小部屋を見る。


「寝室が」

「なくなりましたね」

「決めてから半日も経っておりませんわよ!」

「ラズマイト家の建物は、空と火に恨まれているとおっしゃっていましたね」

「まさか」

「次は水でした」

「予言を的中させたような顔をなさらないで!」


 アルゼルはイデアの腰へ腕を回したままだった。

 翼も広がり、舞い上がった埃や飛び散る雨から二人を庇っている。


「怪我は?」

「ありません」

「本当に?」

「ええ」

「頭は?」

「大丈夫ですわ」

「背中は?」

「無事です」


 いつもの軽口がない。

 瞳は閉じたままなのに、声だけで分かる。

 本気で心配している。


「アルゼル」

「何でしょう」

「近いですわ」

「安全を確認しています」

「もう確認できましたでしょう?」

「心拍が速いですね」

「天井が落ちた直後なのですから当然です!」

「私に抱かれているからでは?」

「その余計な一言で感謝が半分になりましたわ」

「半分は残っているのですね」

「今、全部取り消しました」

「それは残念です」


 ようやく声にいつもの調子が戻った。

 イデアはアルゼルの腕から抜け出すと、崩れた天井を見上げた。

 もともとあった穴より、さらに大きい。

 今や星どころか雨雲までよく見える。


「寝る場所がなくなりましたわね」

「私の翼の下でよければ」

「一晩中?」

「ええ」

「あなたの隣で?」


 少し考える。


「……地下室を見ますわ」

「翼の下は嫌ですか?」

「あなたの翼が嫌なのではありません」

「では?」

「そんな寝方をしたら、明日村人に説明できませんでしょう!」

「見られなければ問題ありません」

「そういう問題でもございません!」

「それなら、祭壇の裏に地下室への入口がありましたね」


 昼間、壊れた扉の奥を調べた際に見つけたものだ。


「鍵は?」

「入口付近で見つけた古い鍵なら」


 扉を壊してから出てきた——というよりも、頭へ落ちてきた、あの鍵。

 イデアは荷物から取り出す。


「地下室が寝室より安全とは限りませんわ」

「少なくとも雨は降りません」

「崩れたら?」

「生き埋めになる可能性はあります」

「正直ですわね!」

「嘘をついたところで安全にはなりませんので」


 雨漏りする礼拝堂。

 崩れた寝室。

 未知の地下室。

 選択肢がどれも酷い。


「……地下室を見ます」

「なぜ翼では不満なのです?」

「寝心地を試したことがございませんもの」

「試してみます?」

「言い方が腹立たしいので却下します」


 ◇


 地下室への扉は、祭壇の裏にある。

 昼間は木箱や瓦礫が積まれていた場所だった。扉があることは見つけていたのだが、そこまで手が回らず後回しになっていた。

 埃をはらうと、石床へ鉄の取っ手が埋め込まれている。

 古い鍵は、そこに合った。

 重い扉を引き上げる。

 地下へ続く階段が現れた。冷たい空気が、下から流れてくる。


「何かおりますの?」

「鼠が何匹か」

「それだけ?」

「古い神性の残滓もあります」


 イデアの足が止まる。


「幽霊!?」

「人間の魂ではありません。昔ここで祈りを受けていた神性の名残です」

「先にそうおっしゃい!」


 アルゼルが指先に淡い金色の光を灯す。

 村人の目がない今なら、隠す必要はない。

 二人は慎重に階段を下りた。

 地下室は、想像していたより広かった。

 天井は低いものの、石壁には大きな崩れがない。

 左右には古い木製の棚。奥には空の樽や壺がいくつも積まれていた。

 不思議なことに、空気もそれほど湿っていない。


「貯蔵庫だったのかしら」

「おそらく。神殿へ納められた穀物や酒などを保管していたのでしょう」


 アルゼルが壁を確認する。


「構造も悪くありません。少し手を入れれば、再び貯蔵庫として使えそうです」

「村の共同備蓄を置く場所にできるかもしれませんわね」


 入口はひとつ。

 壁は厚い。

 気温も地上ほど変化しない。

 今の集会所より、穀物を長く保存するには向いているかもしれない。


「少なくとも今夜は、ここで寝られそうですわ」

「鼠がいますが」

「屋根よりは落ちてきません」

「鼠は上から落ちてくることがありますよ」

「では追い出します!」


 さらに奥へ進む。

 その時、イデアの靴先が何かへ引っかかった。

 短い悲鳴が零れ、身体が前へ傾く。

 アルゼルが手を伸ばす。

 けれど今回は、自分で壁へ手をついて踏みとどまった。


「大丈夫ですわ」

「珍しいですね」

「何が?」

「自力で転ばずに済みました」

「わたくしを何だと思っているの?」

「よく落ちる方」

「否定できないのが悔しいですわね……」


 足元を見る。

 石床から、小さな金属の輪が飛び出していた。


「また扉?」


 イデアが輪へ指をかける。

 引く。

 動かない。


「固いですわね」

「一緒に」


 アルゼルが隣へ屈み、手を添えた。

 二人で持ち上げる。石床の一部が、ゆっくり浮いた。

 その下にあったのは、さらに小さな収納空間。

 中には油紙で丁寧に包まれた、細長い木箱が収められていた。


「何かしら」

「開けてみましょう」


 箱そのものは古い。

 けれど油紙のおかげで、中まで傷んではいなかった。

 蓋を開く。

 何本もの羊皮紙が現れた。

 イデアは一本を慎重に取り出し、棚の上へ広げる。


「……地図?」


 細い線が、教会を中心に、地面の下へ伸びている。

 いくつもの分岐。

 丸い貯水槽らしき印。

 井戸。

 畑。

 丘。

 王領監理局が持っていた土地台帳より、ずっと細かい。

 アルゼルが指先の光を近づけた。


「昔使われていた水路図でしょう」

「水路?」

「ええ。この一帯へ水を引いていた地下設備のようです」


 イデアは羊皮紙へ顔を近づけた。

 今は水が乏しくなっている村の井戸。

 畑。

 いくつもの場所が、図面では地下の線とつながっている。


「これが残っているなら、井戸を直せるのではなくて?」

「現物を調べなければ分かりません」

「でも」

「何百年も前の設備です。崩れているかもしれませんし、水源そのものが変わっている可能性もあります」

「それでも、何も分からないよりはずっといいですわ」


 水は、小ラズマイトで、最も不足しているもののひとつ。

 もし、地下水路をもう一度使えるようにできたなら。

 飲み水だけではない。

 畑も変わる。

 暮らしも変わる。


「……これが見返り?」

「寝室の天井が落ちたことへの?」

「ええ」


 アルゼルが図面を見る。


「可能性は高いでしょうね」

「わたくしの寝床と、領地の地下水路図」

「収支で言えば、かなりの黒字では?」

「寝る場所を失ったことを軽く考えておりません?」

「今夜は地下室があります」

「先ほど鼠が落ちてくる可能性まで指摘していたでしょう!」

「では私の翼を」

「戻らなくて結構です!」


 アルゼルが楽しそうに笑った。

 イデアは残る羊皮紙も確認する。

 水路の図面。

 村全体の見取り図。

 畑へ水を分けるための古い設備。

 そして。

 最後の一枚に、教会の北側へ一本の大木が描かれていた。

 その根元から、地下水路へ線が伸びている。

 図面では、大木の根元近くに点検口らしき印がある。


「明日、確認しますわ」

「雨で地面が緩んでいます。近づくなら慎重に」

「分かっています」

「私が先に見ます」

「あなたが?」

「あなたを先頭にした場合、木まで倒れてきかねませんから」

「そこまで運が悪いと思っておりますの?」

「屋敷へ隕石が落ちた方ですよ」

「……否定できませんわね」


 イデアは図面を丁寧に巻き直し、再び油紙へ包んだ。

 今夜失ったものは寝室。

 得たものは、貯蔵庫として使えそうな地下室。

 そして。

 村の水を取り戻せるかもしれない古い図面。


「確かに、今のところ黒字ではありますわね」

「私の加護を疑っていましたか?」

「加護そのものには」

「ほかに何か?」

「帳尻の合わせ方が乱暴です」

「利益が出ればよいのでは?」

「わたくしの身の安全も勘定へ入れなさい!」


 イデアはそう言うと、ふんと鼻を鳴らした。


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