今世最大のミスを喫しました
波の音が静かに響く。
彼女のその背中を、ただ見つめることしか出来なかった。
「…はぁ」
ため息を漏らそうとも、誰も気にかけない。
あ、雨だ。
雨脚は早歩きで私の頭上に到着し、桶いっぱいの水を陸にこぼした。
もう帰ろう。30分以上ずっと考え込んで、そう決意した。
今まで来た道のりを引き返し、あの街に帰る。道中、ずっと雨は降ったままだった。
始まりの駅は、旅立ちの時とは違って見える。
こじんまりとしていて、何の変哲もないただの片田舎の駅。
「あれー?なんでここにー?」
「あ、久しぶりデンちゃん。」
電子レンジのデンちゃんだ。私が元いたあの家の友達である。
「むむ、テンション低くなーい?」
「そう、かな。」
「気のせいかもしれないけどねー」
「で…なんで駅に?」
「そのためには君が居ない時の話をしなきゃだねー」
そう前置きすると、デンちゃんは語りだした。
私が家出してから、デモ的な運動が勃発してみんなの外出の自由が認められたらしい。
そんなわけで、みんな外での生活を謳歌し、家に帰って仕事したり…
そんな感じらしい。そして、その運動を起こしたのは私に感化されたからだとか。
で、感化された組は今でも冒険を続けているようで、デンちゃんもその一員とのこと。
「だから駅に居たんだよねー」
「なるほど」
「そーいう君もー、なんで帰ってきたのー?」
私は、さっき起こった出来事を話そうとした。しかし、喉奥につっかえて言うことが出来ない。
今話すことは、返しの着いた針を一気に引き抜くようなものだと、直感が叫んだ。
「言いたくない系ー?」
優しさが沁みる。だからこそ余計に自分と比較してしまう。
ただその優しさにだけは「ありがとう」と、素直に思った。
「まあー、勇気を出した家出がうまく行かなかったみたいな感じかー」
そう、その通りだ。こんなぼけーっとしてるのんびり屋なのに
妙に察しが良いのはあの頃から変わっていない。
「我ー、ちょうど今旅をお休みしてるんだー」
懐かしい。そういえばデンちゃん、一人称が我だったな。なんて思いつつ、疑問を投げかける。
「なんで?」
「なんとなくー」
適当。だが、こんなもん。デンちゃんは昔からそういうタイプ。
すごくのんびりしているし、話すテンポも遅い。でもどこか達観している。
この心の傷を癒やし、過ちに向き合わせてくれるのは
デンちゃんしか居ないような、そんな気がした。
「よかったらでいいんだけどさ。」
「うんー」
「私も休憩するつもりだから、一緒に休憩、してくれないかな。」
「全然いーよー」
あっさりとOKが出た。こんなもんで済んでしまう、デンちゃんがすごいなと改めて感じる。
「とりあえずー、家の前のあの通りに行こー」
「そうだね」
ほんの二日前、私はここを駆けていた。あの家主から逃れるための、初めての猛ダッシュ。
そこを逆に、ゆっくり歩いている。なんだか不思議だ。
「ほんとー、この二日間大変だったよー」
「さっきの、たった二日間の出来事なんだもんね」
「ほかにもたくさんー、脱走を企てる人が居たんだよー」
考えることは同じだったのかな。
みんな同じように外に出ることを自分の意志で望んで、あの監獄に不満を持っていたのかな。
望まない者が居たことを、みんなは知っていたのかな。
「また暗い顔してるぞー」
「ぁあ、ごめん」
商店街は、何も変わらず活気に満ち溢れている。
商店街を抜けたその先の公園の前を通りかかった途端、たくさんの視線を感じた。
目をやった。家電の集団だった。私の顔を見て、ハッとするのが見えたと思ったら
「「「あ!!!ネイ!!」」」
「うわあ!?」
「「「久しぶり!!」」」
「カテ!?プラテ!!??プラシ!!!???」
「「「うわうるさ」」」
「3人が同時に喋るほうがうるさいでしょーが!!」
「「「え、マジ?」」」
「大マジだよ」
「でー、ケトル三台衆さー、多分旅終わりで暇なんでしょー」
「「「暇も暇さ」」」
「せっかくうちのスターも来たんだしー、ゆっくり休もーよー」
「「「ナイスアイデア、デン!!」」」
「そうこなくちゃだねー!」
「賑やかだな、ほんと」
さて、監獄まで後もう少しだ。
あの角を曲がれば、正面に見えるようになる。
デンちゃんは小声で「ようやく笑顔が戻ったー」
なんて言ってくれるし、いい友達を持っていたものだ。
別に全然今も友達だけど。
「ついたー!」「「「ついたぜー!」」」
「いつも来てるでしょうに…ってか勝手に家出してたし開けるの抵抗あるんだけど」
なんて言葉を待つはずもなく、豪快にドアを開け放つ。
「ただいまー」「「「たたいま」」」「…ただいま」
「おかえり。…」
久しぶりの家主は、辞書の挿絵に出来るんじゃないかってくらい絶句していた。
「???????」
「ただいま、帰ってきたよ」
「色々言いたいことがあるんですけども…」
「うん。だろうね」
「よし、一つ目。早くない?」
「そこ?…いろいろあったんだよね」
「二つ目。おかえり。」
「一つ目だろそれ」
「三つ目。ご飯はいるか?」
「うん、家電製品ね私」
「もう数えるのだるい、まあ何が言いたいかというとだな」
「う、うん」
「すまんな。」
「え」
「出てく理由を作ったのは俺だからさ」
「いや、もうあんまり気にしてないっていうか」
「いや、もうほぼほぼ自己満だから気にすんな」
「あ、やっぱカスだこの家主」
「えひどいこというね」
心の声が漏れていたか、くやしい。
「…それはいいや。とにかく、お前の部屋っていうか
お前が元いた部屋は空いてる。そこ使えな。」
「あ、ありがとう。」
話し終えると、家主はすぐさまソファに突っ伏し、寝始める体制に入った。
自室に行こう。なんだか今日はどっと疲れた。
つらい現実も直視したし、罪悪感にプレスもされた。
楽しいこともあったけどね。
自室の窓から見通す空は、一面グレー。
雨はもう止んでいる。雲の隙間から僅かな陽の光が差し込んでいて、神秘的。
ただ、今にも雨がまた降り出しそうだった。
それが寝る前の、一番脳に残ったこと。
主人公:ネイチャー…呼び名が多い。空が好き。
デン …のんびり屋。ボケているだけかも知れない。深いことをたまに言う。
ケトルども…うるさい。いい奴ら。どうしても被ってしまうので、喧嘩とかしたことない。




