第七話
三日目の朝。
冷房がガンガンに効いた資材館の休憩スペースで、新メンバーの玲奈は、すっかり我が物顔でカップ焼きそばを啜っていました。
「ねえ栞ー。さっきちょっとトイレ行くついでに事務室の方を覗いたんだけどさー。店長たちの顔、マジでゾンビよりゾンビっぽくなってて超ウケるよ? 干からびかけてるじゃん」
「仕様通りの結果(自業自得)です。冷房も食料も拒否したのは彼らですからね」
私がおっとりとコーヒーを飲んでいると、玲奈がふと、窓の外の園芸コーナーを指差しました。そこには、私たちがこれまでにワイヤートラップで転ばせ、結束バンドでガチガチにデバッグ(緊縛)した数十体のゾンビが、綺麗に整列させられた状態で虚しく転がっています。
「てかさ、前から気になってたんだけど、なんであのゾンビたち殺さないの? 頭ブチ抜けば一発じゃん。わざわざ芋虫みたいに縛って貯めておくの、マジ意味不なんだけどー」
玲奈の素朴な疑問に、純君も「確かに、僕もずっと気になってました……」と頷きます。
「……はぁ。玲奈さん、純君。あなたたちは本当に、物の仕様というものが分かっていませんね」
私はそっとコーヒーカップを置くと、おっとりした表情のまま、怒涛のギガスピード(超早口)で捲し立て始めました。
「よく考えてみてくださいゾンビというのは脳を破壊されない限り24時間365日一切の休息も睡眠も必要とせず空腹による作業効率の低下も起こさない上に給与の支払い義務も労働基準法の適用も一切ない完全無欠のフリーリソース(無料の労働資源)なんですよ!? そんな素晴らしい永久機関をただメモリ解放(殺処分)してしまうなんてIT的にもDIY的にも機会損失以外の何物でもありません!」
「え、労働資源……? あいつら、ただ噛みついてくるだけじゃん」
玲奈が引いているのも構わず、私はさらに指を突き出して熱弁を振るいます。
「彼らは『生存者の匂いと音に向けて、無限に前進する』という、極めて単純かつ強力なプログラム(行動命令)で動いています。ならば、私たちは電力を得るために、敷地内にある立体駐車場の巨大な自動車用スロープ(傾斜のついた坂道)の床に、農業用の大型ベルトコンベアやローラーを敷き詰めるんです。そして、スロープの最上階に私たちの衣服を吊るしておけばどうなりますか? 彼らはそれを追いかけて、終わりのない動く歩道を逆走するように無限に走り続けます。つまり、ゾンビの歩行エネルギーをそのまま電力に変換する、燃料費ゼロのバックグラウンドタスク(独立型発電機)が構築できるのです! そのためのテストデータとして、彼らを生かしたまま確保しているんですよ!」
「……」
「うわぁ……栞、相変わらずオタクになると早口でヤバい奴じゃん。マジウケる……」
さすがの玲奈も若干引きつつも感心していました。その時、私たちのバリケードの向こう側から、激しく木枠を揺らす音が響きました。見れば、汗だくで顔を真っ赤にした店長と主婦、そしてモブの若者たちが、ついにその場に膝をつき、涙目でこちらを拝んでいました。
「お、お願いだ……水瀬さん、金物さん……! 私たちが悪かった! お店を勝手に改造していいから、何でも言うことを聞くから、物理的な運搬リソース(下請け)でも何でもいい! 冷房の効いたエリアに入れてくれ! 飯を食わせてくれぇ!!」
プライドを完全に足元に投げ捨てた、仕様変更(降伏)の申し出でした。
「……というわけですので、ちょうど良かったです」
私は最後の一口のコーヒーを飲み干すと、おっとりと立ち上がりました。
「ゾンビの歩行エネルギーを作動させるには、彼らを立体駐車場のスロープスコンベアまで移動させる労働力(物理的な運搬リソース)が必要でした。仕様変更(降伏)を申し出てくれた店長さんたちに、その単純労働を割り当てましょう」
私がスイッチを押すと、資材館のバリケードがゆっくりと開放されました。
「勘違いしないでくださいね。立ち入り(アクセス)を許可したのは、新しく拡張する作業用のエリアのみです。冷たいお水とカップ麺は支給しますが、その代わり、今からあなた方には外部スタッフ(下請け業者)として働いていただきます」
私が冷徹にルールを告げると、主婦が「な、何よそれ! 私たちは客よ!?」と一瞬だけ噛みつこうとしました。しかし、すかさず玲奈が横からギャルの正論をぶちかまします。
「はぁ? おばさんマジ何言ってんの? 涼しい部屋でご飯食べたいなら働くの当たり前じゃん。タダで居座ろうとか、マジ甘えウケるんだけどー」
「では、タスクを割り振ります。店長さんと若者グループの皆さん、あなたたちの仕事は、外のワイヤートラップで転がしたゾンビを、安全圏から結束バンドで縛り上げ、立体駐車場のスロープコンベアまで運ぶクリーンアップ(ゴミ処理)作業です。夕方(納期)までに目標数のゾンビを回収してくださいね」
「う、うう……やります、やらせてください……!」
店長たちは泣きそうになりながら、支給された革手袋と結束バンドを受け取りました。
こうして、我が会社(要塞)の中に、効率性を重視した新たな労働システムが誕生しました。夕方、彼らの働きのおかげで、スロープコンベアは勢いよく回転を始め、私たちの蓄電池には、さらに潤沢な電力が蓄積されていくのでした。
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