第四話
時計の針は、午前十一時半を回ったところでした。
三日連続徹夜明けの私にとっては、今がちょうど夜食か朝食の時間帯です。
お湯を注いで三分。資材館の片隅で、金物さん、純君と三人で啜るカップ麺は悪魔的な美味しさでした。ですが、至福の時間は突然、終わりを告げました。
――プツン。
冷気を出していたエアコンの音が止まり、天井の蛍光灯が一斉に消灯したのです。広大な売り場は、天窓から差し込むわずかな太陽光だけになり、一気に薄暗くなりました。
「あ、あれ……? 停電ですか?」
「あぁ、ついに街の発電所が死んだのか。これで電気は全滅だな」
純君の不安そうな声に、金物さんが重々しく頷きます。すると突然、連絡通路の向こう側――事務室のほうから主婦の悲鳴が聞こえてきました。続いて店長がドタドタと走ってきて、私たちのバリケードの向こう側から叫びます。
「おい! 電気が消えたぞ! それだけじゃない、トイレの手洗いの水も、水道も全部止まった! 完全に断水だ! 警察も来ないし、もう終わりだ……!」
店長は頭を抱えて、その場にへたり込んでしまいました。どうやら、電気と水道が同時に死んだことで、完全に混乱を起こしてしまったようです。
「店長さん、落ち着いてください。声が大きいです」
私は最後の一滴までカップ麺のスープを飲み干すと、おっとりと立ち上がりました。
「大型店舗の水道は、水道局からの水圧ではなく、電動の加圧ポンプで店内に送水しています。ですから、停電すれば同時にサービス停止(断水)するのは当然の仕様です」
「じゃ、じゃあもう水は飲めないってことじゃないか!」
「いいえ。店舗の裏手には、巨大な受水槽――つまり水を一時保存しておくタンクがあります。そこには電気が消える直前までに貯まった、数千リットルの水がそのまま残っていますよ」
私の言葉に、店長がハッと目を見開きました。
「そ、そうか! じゃあ、あそこから水を汲めば……って、でもポンプが動かないんだろ!?」
「電気のポンプが動かないなら、別の手段で接続すればいいだけです。……純君、暖房器具売り場から『電池式の灯油ポンプ』を数本と、単三乾電池を持ってきてください。金物さんは、キャンプ用品コーナーから『十リットルの水ポリタンク』をいくつかお願いします」
「おうよ、すぐ持ってくる!」
私は資材棚から透明な園芸用ホースを十メートルほど引き出すと、それらを持ってバックヤードのさらに奥、屋外にある巨大な受水槽タンクへと向かいました。タンクの点検口のボルトを工具で外し、中を覗き込みます。そこには、蛇口からはもう出なくなった、綺麗で冷たい水が並々と湛えられていました。
「よし、ここに電池式ポンプを投入します」
純君が持ってきた、普段は灯油をシュポシュポと汲み上げるための自動ポンプ。これの吸入パイプに延長用の園芸ホースを繋ぎ、タンクの奥深くへ沈めます。そして、スイッチをオンにしました。
――ウィァァァァン。
乾いたモーター音と共に、ホースの中を透明な水が勢いよく駆け上がってきます。ポリタンクの口へホースを差し込むと、ドボドボドボと勢いよく水が溜まり始めました。
「す、すげえ……! 本当に水が出た!」
「ただの灯油ポンプですが、乾電池だけで動く立派な独立型システムです。これで生存に不可欠な生活基盤の確保は完了ですね」
私がフンスと鼻を鳴らすと、後ろで見ていた店長は感心したように、しかしどこか悔しそうに呟くのでした。
お昼を過ぎ、午後二時。
外の気温は三十度を超え、エアコンの切れた店内は、じわじわとサウナのような熱気に包まれ始めていました。特に密閉された事務室に引きこもっている店長たちは、暑さで汗だくになり、さらにスマートフォンの充電が切れるという二次災害に見舞われていました。外部との連絡手段が絶たれ、彼らの表情には絶望が色濃く染まっていきます。
一方、私たち資材館チームは、熱中症とは無縁の快適な空間を作り上げていました。
「よし、これで配線完了です。メイン電源、起動します!」
私がカチリとブレーカーを上げると、資材館の休憩スペースに設置したポータブルクーラーから、涼しい冷気が吹き出しました。さらには小型の冷蔵庫が静かに唸りを上げ、延長コードのタップからは、私と純君、金物さんのスマホが急速充電されていきます。
「うわぁぁ、涼しい!生き返る……!水瀬さん、なんで電気が通ってるんですか!?」
「簡単ですよ。屋上の日当たりの良い場所に、売り場にあった家庭用の折りたたみ式太陽光パネルを十枚並べたんです。それを、プロ仕様の超大容量蓄電池五台に並列接続しました」
冷たい缶コーヒーを純君に手渡しながら、私はフフンとおっとり微笑みました。
「これで我が資材館専用の、独立型発電網の完成です。もちろん、一般のお客様向けへの電力開放は行っておりません。完全に身内だけのクローズドな環境です」
「最高だなぁ。よく冷えたコーヒーがゾンビの世界で飲めるとは思わなかったぞ」
冷房の効いた特設リビングで、スマホで動画を観ながら談笑する私たち。その天国のような光景を、事務室のドアの隙間から、汗だくで顔を真っ赤にした主婦が恨めしそうに覗き込んでいました。
プライドが邪魔をしてこちらに頭を下げられない反対派を尻目に、私たちは二千五百ワットの安定した電力を手に入れました。
「水と電気の基盤は整いました。テスト環境の構築としては上出来です。……さあ金物さん、純君。明日からは、いよいよ外のゾンビたちを自動で掃除する、本格的な防衛システムの作成に取りかかりましょう!」
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