第二話
駅から走ること二十分。
私はついに、我が心のオアシスであり聖地、地域最大級の超大型ホームセンター『コメリコ・メガモール』へと到着しました。
いつもなら広い駐車場を埋め尽くしている車は数台しかなく、正面の巨大なガラス扉には、内側から重々しい防犯用のシャッターが下ろされています。
遠くからパトカーのサイレンや爆発音が聞こえる中、この建物だけは静まり返っていました。
「ふふ、やっぱり誰もいませんね。お邪魔します……」
私は勝手知ったる従業員用の裏口へと回り込みました。鍵はかかっていません。そっとドアを開けて、薄暗いバックヤードを通り、広大な売り場へと足を踏み入れます。
そこに広がっていたのは、まさに天国でした。
天井まで届く巨大な棚。整然と並ぶ二×四材の木材。あの独特な、乾いた木の匂いとオイルの香りが鼻腔をくすぐります。有名メーカーの電動工具たちが「私を使って」と言わんばかりに輝いていました。
「あぁ……素晴らしいです。このヒノキの角材の美しい木目、そしてこの最新型の十八ボルト充電式インパクトドライバーの洗練されたフォルム……! これさえあればトルクを無段階で調整しながら硬い広葉樹のネジ締めも一瞬で終わらせることができますしブラシレスモーター搭載ですから耐久性も抜群で――」
「ひ、ひえっ!? だ、誰だお前は!」
私が悦に浸りながら早口で呟いていると、突然、資材棚の陰から情けない悲鳴が上がりました。
驚いて視線を向けると、そこには十数人の人間が固まって身を潜めていました。
声を上げたのは、仕立ての良さそうなスーツを着た、小太りの五十代ほどの男性です。胸元には『店長・鈴木』と書かれた名札が見えました。
彼の背後には、いかにも気が強そうなエプロン姿の主婦、怯えてお互いにしがみついている若者の男女三人組、そして疲れ果てた様子の一般客や店員たちが、パイプ椅子やブルーシートの周りにひしめき合っています。
「あ、生存者の方々ですか。こんにちは」
「こ、こんにちはじゃないわよ! あなた、外から来たの!? 警察や自衛隊は!? 救助はいつ来るのよ!」
私の呑気な挨拶に、気の強そうな主婦の方が、キッと鋭い目つきで掴みかからんばかりに怒鳴ってきました。
「さあ、外はゾンビで溢れかえっていましたよ。電波も死んでいますし、救助が来るとしても、相当先の話になるのではないでしょうか」
「そんな……! じゃあ私たちはどうなるのよ!」
「静かにしてください、奥さん。声が大きいと、外の奴らに気づかれます!」
店長さんが慌てて主婦をなだめます。どうやら彼らは、世界が滅びかけている恐怖に、限界まで怯えているようでした。
その時です。
ガシャァァァン!! と、お店の反対側にある園芸コーナーの方から、激しいガラスの破砕音が響き渡りました。
「ひっ……!?」
「いやだ、何、今の音!?」
若者三人組が短い悲鳴を上げて抱き合います。
薄暗い売り場の奥から、肉を引きずるような不気味な足音が、確実にこちらへと近づいてきました。
「あ、あうー……」
「ウガァァァァ!」
棚の向こうから姿を現したのは、作業服を着た元店員のゾンビと、首の骨が折れた主婦のゾンビの二体でした。彼らは私たち生存者の匂いを嗅ぎつけ、濁った目を爛々と輝かせて突進してきます。
「ひ、ひええええ! 誰か、誰か戦ってくれ!」
「嫌よ! 助けて、誰か助けてぇ!」
店長は床を這い回り、主婦は若者グループを盾にするようにして叫びます。売り場は一瞬でパニックに陥りました。
「……はぁ。うるさいですね。私の聖地で騒がないでください」
私はおっとりした口調のまま、しかし手足は驚異的なスピードで動き出していました。
近くの棚から手頃な園芸用ネットをひったくると、ゾンビが通るであろう二つの通路の棚の支柱に、それぞれ素早く巻き付けます。固定に使うのは、超強力な結束バンド(インシュロック)です。
「カチカチカチッ!」
小気味よい音が響き、わずか五秒でゾンビの膝の高さに、見えないナイロンの罠が完成しました。
「ガァァァ!」
「――おっと」
突進してきた作業服ゾンビが、見事にネットに足を引っ掛けました。勢い余って派手に前方へ五回転ほど滑り、私の足元へ転がってきます。
私はすかさず、手元にあった太めの結束バンドを二本取り出しました。まだもがいているゾンビの両手の手首を背中に回して「カチチチチ!」と強固に緊縛。さらに両足の足首も同様に結束します。
「ウ、ウガ……?」
「はい、これでバグ(不具合)の修正完了です」
人間の力では絶対にちぎれない結束バンドで芋虫のように縛られたゾンビは、もう床をごろごろ転がることしかできません。もう一体の主婦ゾンビも、全く同じ手順でわずか十秒後に無力化されました。
「……え?」
「な、何が起きたの……?」
店長たち生存者が、信じられないものを見る目で私を見ています。
「皆さん、落ち着いてください。ゾンビの行動パターン(アルゴリズム)は極めて単純です。直線的な移動しかできませんし、足元への注意力が完全にゼロですから、この程度の簡易な修正で無力化できます」
私がフンスと胸を張って解説すると、生存者の一人、頭にタオルを巻いた作業着姿のベテラン店員さんが、ポンと手を叩きました。
「なるほど、園芸ネットの強度と結束バンドの速結性を活かしたのか! お嬢ちゃん、大した手際だ!」
「恐縮です。ところで店長さん」
私は腰を抜かしている店長を見下ろしました。
「外は危険です。ですが、ここには物資が無限にあります。ですから、このホームセンターのすべての出入り口を木材と鉄板で塞ぎ、外周に全自動の撃退トラップを仕掛けて、難攻不落の要塞に改造しましょう。そして、ここで最高の引きこもり生活を送りませんか?」
私の提案に、先ほどのベテラン店員さんと、怯えていたフリーターっぽい男の子が目を輝かせて賛同しました。しかし、店長と主婦は猛反発しました。
「ば、馬鹿を言うな! お店の売り場を勝手に改造するなんて許されん! 警察の救助が来るまで、事務室で大人しく待つのが正しいリスク管理だ!」
「そうよ! そんな怪しい女の言うことなんて聞けるわけないわ! 私は絶対にここを出るんだから!」
見事に意見は真っ二つ。若者三人組などのその他モブは、怯えてどちらにも意見できません。
「……そうですか。意見が割れるのは、システムの仕様決定ではよくあることです」
私はおっとりと微笑みました。
「では、救助を待ちたい方はどうぞ事務室へ籠城してください。私は私に賛同してくれる方々と一緒に、この売り場を構築させていただきますね」
こうして、ゾンビだらけの世界での、私の夢のDIY要塞化計画が本格的に幕を開けたのでした。
ご意見やご感想、評価をいただけると執筆の励みになります!画面下の「☆☆☆☆☆」から、作品への応援(ポイント評価)やブックマークをぜひよろしくお願いします!
【完結まで毎日0時10分に更新します(ストック執筆済み)】




