第十一話
数万のゾンビによる大量アクセスを、完全なる非表示と巨大城門でやり過ごしてから数日。
我が『コメリコ・メガモール』の資材館エリアは、もはやゾンビ世界の地獄とは完全に切り離された、独自の超快適空間へと進化を遂げていました。
「店長さん、下請け(外部スタッフ)の皆さん。スロープコンベアのシリコングリスが切れています。早急に保守点検を行ってください」
「は、はい! ただいま向かいます、水瀬チーフ!」
かつては傲慢だった店長鈴木さんも、今ではすっかり私の指示通りにフォークリフトを乗り回す、非常に有能なエンジニア(下請け業者)へと成長していました。
立体駐車場のスロープを改造した『ゾンビ駆動型発電機』は、数日前の大群からはぐれたゾンビたちの追加労働によって、今やメガモール全体の電力を24時間賄えるほどの超大出力を叩き出しています。おかげで、リフォーム展示場の最高級ジャグジーはいつでも42度の適温に保たれ、特設リビングの大型テレビではゲーム機がフル稼働していました。
「あー、マジ極楽だわー。ねえ純君、アイスのおかわり持ってきてー」
「はいはい、玲奈さん、今持っていきますからゲームのコントローラーを僕のポテチの油で汚さないでくださいね」
すっかり要塞に馴染んだ元ギャルの玲奈と、すっかり彼女のパシリ(奴隷プロセス)になっている純君がリビングでじゃれ合っています。
「おい、お嬢ちゃん。ちょっとモニター(防犯カメラ)を見てくれ。また奇妙なバグが発生してるぞ」
金物さんに呼ばれてコントロールデスクへと向かうと、防犯カメラの画面に、ホームセンターの広い駐車場へ侵入してくる「二台の奇妙な車」が映し出されていました。それは、ボンネットにトゲトゲの鉄条網を巻き付け、マフラーから「バリバリバリ!」と凄まじい爆音を撒き散らす、ド派手な不正改造車でした。
車から降りてきた男たちは、巨大城門の隙間から、中に向けてバットや鉄パイプ、そして密造らしき銃を一斉に構えました。先頭に立つモヒカン頭のリーダーが、拡声器を握って凶悪な笑みを浮かべます。
『おい、シカトしてんじゃねえぞ! 中の奴ら、全員両手を上げて出てきやがれ! 舐めた真似しやがったら、この銃で中のお前らの頭を順番にブチ抜いていくからな! さあ、三秒以内にそのシャッターを開けろ!』
「ひっ、ひえぇぇ!? り、略奪者(強盗)が本物の銃を持ってるぞ!」
バリケードの裏で、店長たちが恐怖のあまり腰を抜かしてガタガタと震え始めました。
「皆さん、落ち着いてください。本物の銃による脅迫(物理的な不正アクセス)ですか。……ちょうどいいですね。昨日金物さんとアップデートしたばかりの『自動迎撃システム』の、初めての起動テスト(デバッグ)といきましょう」
私はコントロールデスクのキーボードをおっとりと叩き、プログラムを起動しました。
――プシャァァァァァン!!
次の瞬間、悪党たちが立っている正面ゲートの真下の床から、園芸売り場用のスプリンクラーと高圧洗浄機がシステム連携して一斉に火を吹きました。超高圧の圧縮水ジェットが、霧状の激しい目潰しとなって、悪党たちの顔面に容赦なく叩きつけられます。
『うおっ!? なんだこれ、前が全く見えねぇ!』
『冷たっ! 目が、目が開けられねぇぞ!』
不意打ちの激しい水流に、悪党たちは銃を構えるどころか、悲鳴を上げてよろよろと数歩後退しました。しかし、彼らが下がったその足元には、カチリと赤外線センサーが配置されていました。
――ピン!
無音の自動ワイヤートラップが跳ね上がり、男たちの膝を完璧に捉えます。
『ぶふぉっ!?』
『ギャッ!?』
十数人の悪党たちが、示し合わせたかのように綺麗に前方に五回転ほど滑り、床に転がっていきました。そこはすでに「園芸ネット」が敷き詰められた地帯です。服や靴がネットに絡まり、彼らは銃を落として床でもがくことしかできなくなりました。
「想定の範囲内(仕様通り)です。ここからがピタゴラスイッチ(連動型防衛システム)の本領発揮ですよ」
私がさらにキーボードを叩くと、彼らが転がっている真上の資材棚のロックが、電動で一斉に解除されました。
ガラガラガラ……バコン!!
『ぶへぇっ!?』
『痛っ! 重っ! 何これぇ!?』
頭上から正確に落下してきたのは、園芸コーナーからかき集めておいた『農業用・完熟堆肥(二十キログラムの袋)』の大群でした。ずっしりと重く、しかし中身が柔らかい堆肥の袋は、人間を怪我させることなく、その圧倒的な重量で悪党たちを完璧にプレス(押し潰し)して床に固定しました。
わずか三十秒。あんなにイキっていた世紀末の略奪者たちは、高圧洗浄機で濡れネズミになり、園芸ネットに絡まり、大量の牛糞堆肥の袋に押し潰されて、一本の指すら動かせない芋虫状態(フリーズ画面)にされてしまったのです。
「ふぅ。初手のデバッグとしては、完璧な処理速度ですね」
おっとりとコーヒー牛乳をすする私を、店長たちは畏怖の目を極限まで見開いて凝視していました。しかし、堆肥の袋の下から、モヒカンのリーダーがまだヤケクソになって叫んでいます。
『お、覚えてろよてめぇら! ネットから抜け出したら、絶対にぶっ殺してやるからな!』
往生際の悪い悪党の脅迫。するとその時、私の横にいたクレーマー主婦の佐藤さんが、青すじを立てて私のマイクをひったくりました。
「ちょっと水瀬さん、私にその広域音響兵器を貸しなさい! あの不届き者たち、私のサウナタイム(お風呂)を邪魔してくれた上に、お店の綺麗な駐車場を泥水だらけにして……絶対に許せませんわ!」
要塞の防衛担当として、クレーマーおばさんの怒りのシステムが、ついに覚醒したのです。
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