第十話
午前七時。
朝の光が駐車場を照らす中、ついにそれが入ってきました。
数万のゾンビによる地滑りのような大移動。窓の隙間から外を覗くと、視界を埋め尽くすほどの黒い人影の濁流が、凄まじい地響きを立てて迫ってきていました。
「ひ、ひいいっ! 頼むからこっちに来ないでくれ……!」
店長たちが頭を抱えて祈る中、私は全員に完全な消音を命じ、お店の自家発電も一時的にシャットダウンしました。
結果として、彼らの大半は、ホームセンターを目指しているわけではありませんでした。進んでいる方向が、たまたまこちらを向いていたという巨大な浮遊データに過ぎなかったのです。数万の濁流は、頑丈な外壁をミシミシと掠めながら、大半がそのまま街の奥へとすり抜けていきました。
しかし、全体の数パーセントにあたる数百体のゾンビが、建物の角にぶつかったりして敷地内に残留データとなって(居残って)しまったのです。彼らは正面にそびえ立つ、私たちが徹夜で作った巨大城門をガリガリと引っ掻き始めました。
「水瀬さん! 壁の向こうに何百体も溜まってるよ! これじゃいつか突破されちゃう!」
「問題ありません。ちょうど防衛システムのベンチマーク(負荷テスト)がしたかったところです。……金物さん、自動ワイヤートラップ、ブート(起動)してください」
金物さんがスイッチを入れると、無音のサイレントギヤモーターが駆動し、敷居のワイヤーが「ピン!」と跳ね上がりました。
「ガァァ!?」
巨大城門に群がっていた数百体のゾンビたちが、足元をすくわれてバタバタと面白いくらいに前方に転がっていきます。転がった先には園芸ネットが敷き詰められており、爪や服がネットに絡まって、自力では絶対に起き上がれないフリーズ画面(芋虫状態)になりました。
「す、凄い! 本当に全部転がっていく! ……でも水瀬さん、いくら動けないからって、これを数百体も手作業で縛り直すの、さすがに無理じゃない!?」
純君の当然の指摘に、私はおっとりと微笑みました。
「そんな力技のデバッグ(単純労働)は行いません。1台ずつ回し車を作る当初の想定(ハムスターホイール仕様)は非効率的ですので破棄します。……店長さん、下請け(外部スタッフ)の皆さん、フォークリフトを出してください。フォークの先端に、建築資材コーナーにある『大型フレコンバッグ(一トン用の巨大な布バケツ)』を吊り下げる仕様に変更します」
私は金物さんと一緒に、フォークリフトをクレーン仕様に即席ハッキングしました。そして、転がって動けないゾンビたちの塊を、フォークリフトの油圧パワーで「すくい上げる」ようにして、フレコンバッグの中へゴソッとまとめて放り込んでいくシステムを構築したのです。
「人間のリソース(筋力)を使わなくても、重機のパワーを使えば、数百体のクリーンアップ(ゴミ処理)なんてわずか一時間で完了しますよ。さあ、安全圏からレバーを操作して、彼らを立体駐車場のスロープコンベアへ一括ダウンロード(一網打尽)してください!」
手作業での緊縛を覚悟していた店長たちは、ガタガタ震えながらも、重機の快適なパワーで安全にゾンビを回収していきました。
午前十時。数万の大群は完全に去り、居残った数百体のゾンビもすべて安全に無力化され、立体駐車場のスロープコンベアの新たな動力源として美しく組み込まれました。
耐久テスト(テスト環境の構築)は、ここで完全な大成功を収めたのです。
「ふぅ。完璧なセキュリティが証明されましたね。では皆さん、本日の仕様は達成しましたので、業務終了(定時退勤)としましょう」
私がエアコンのスイッチを再起動すると、資材館に再び天国のような冷気が満ち渡りました。
「やったーーー! 即行でお風呂入るわ! マジあのショールームのジャグジー最高なんだよね!」
玲奈がタオルを片手に、リフォーム展示場の最高級ユニットバスへとダッシュしていきます。純君も金物さんも、冷えた炭酸飲料を飲みながら、ソファーに深く腰掛けました。
「……信じられん。世界はゾンビで滅びかけているというのに、この場所だけは、前の世界より圧倒的に天国(快適)じゃないか……」
店長たちは、かつて自分たちが絶望していた事務室(今は最高のサウナ)の暖簾をくぐりながら、涙を流して整っていました。
背後の街がどれだけ荒廃しようとも、ここには無限の資材と、潤沢な電力、十分な食料、そして快適な冷房があります。私は冷えたコーヒーを一口啜り、ノートパソコンの代わりに最新の電動ドライバーを愛おしそうに眺めました。
世界は滅びましたが、私の最高の有給休暇(引きこもりライフ)は、まだ始まったばかりなのです。
ご意見やご感想、評価をいただけると執筆の励みになります!画面下の「☆☆☆☆☆」から、作品への応援(ポイント評価)やブックマークをぜひよろしくお願いします!
【完結まで毎日0時10分に更新します(ストック執筆済み)】




