第8話「最強の魔法vs無敵の異名」
あまりの脚力に、地面は抉れ視界を砂埃が覆い隠す。
「グルゥウアアアア……」
砂埃の奥でドラゴンの声が聞こえる。その声は心臓を震え上がらせるほどの迫力は無く、咆哮というには、少し圧が足りない。
ドゴォォン‼︎
突如、大きな音ともに地鳴りが起きる。何が起きたのかは分からないが、震源地はソイルが飛び込んだ勇者とドラゴンがいる方向から。
ついに、視界を覆っていた砂煙は風に運ばれて、ソイルの姿が見え始める。
拳には緑のシールドを纏っており、殴り終えたように腕はだらんと垂れ下がっている。その前には、地面に倒れ込むドラゴン。横顔が丸く凹んでいる。
状況から推測するに、勇者を殴り飛ばした時のようにソイルはシールドを纏った拳でドラゴンの顔面を殴り飛ばしたのだろう。あの巨体が倒れたんだ、地鳴りの正体は殴り飛ばされたドラゴンで間違いないだろう。
「はっはっは‼︎ やべぇ、お前やっぱ強ぇよ! 強え! あのドラゴンを一撃だなんてさすが相棒だぜ‼︎」
勇者が異常に興奮した顔で、笑い飛ばしている。——「ドラゴンは仲間のはずだろ? なぜ、そんなに余裕なんだ。なんで、そんなに楽しそうなんだ。」といった具合に勇者の行動に対して、疑問ばかりが生まれる。
「何笑ってやがる。俺の愛娘に手を出したんだ、殴られる覚悟は出来てんだろうな?」
ソイルはそう尋ねると、勇者の答えを聞く前に駆け出していた。いや、もはや聞く気なんてなかったのだろう。
「はっはっは‼︎ お前も出来てんだろうなぁ! 俺に殺される覚悟はよぉ‼︎」
勇者が迫り来るソイルに、手をかざす。
「【いかなる色にも染まらぬ絶対の空白よ、我が魂を糧に顕現し、存在の定義すら無へと還せ――『ヴォイド』】‼︎‼︎」
勇者は高々と詠唱する。手の前に展開された魔法陣に禍々しい魔力が蓄積するのが見えた。勇者の異次元な戦闘力は魔力という概念に形を与える。
綺麗な円を描いていた魔法陣が歪み始めた。まるで、魔法陣が「もう耐えられない」と叫んでいるようであった。
そして『ヴォイド』と称された魔法が、耐えきれなくなった魔法陣から放出される。それは、色という概念を持ち合わせない、透き通ったビームであった。
触れた側から地面がくり抜かれたように、消えていく。それは、正しく『無』に帰す光。それが、一直線にソイルへと向かっていた。
「パパァ‼︎ 逃げてぇぇぇ‼︎」
鼓膜を突き刺すようなスイルの悲鳴。『伝説の魔法使い』の使命を持ったスイルは、この魔法のヤバさを感じ取ったのだろう。
そして、マオもまた『ヴォイド』という魔法の恐ろしさを知っていたのだ。
コントローラーを握りしめ、やっとの思いで作り上げた最強の魔法。作中最強の威力を誇る魔法は、マオ愛用の攻撃手段であった。——でも、おかしい。その魔法を勇者が使えるはずがない。魔法使い専用の最強魔法だったはず。
そんな、戯言を考えている頃には、ソイルの目の前まで迫る最強魔法。
しかし、父ちゃんが負けるわけない。そう思えるほどの自信がマオにはあった。それは、ソイルの異名"Last Bastion"である。画面の外でコントローラーを握りしめ、魔王を倒すべく勇者パーティーを育成したマオは、もちろんその効果を知っていた。
それは、10分間ありとあらゆる攻撃を受け付けない無敵状態の付与。もちろん、魔法も対象内だ。
ドラゴンのような見た目と白いオーラが、無敵状態の証である。発動条件は、瀕死状態であること。勇者によって背中を斬られたことが瀕死状態へと導いたのだろう。
『最強の魔法』と『無敵の異名』の正面衝突。目を突き刺すような、光が強制的に瞼というシャッターを閉める。——大丈夫!大丈夫‼︎父ちゃんなら大丈夫‼︎と自分に言い聞かせ瞼をゆっくりと開く。ボヤけた視界に映る二つの影。
「くらえぇぇぇぇぇぇ、クソ勇者ぁぁ‼︎」
ソイルの怒号が聞こえた。つまり、ソイルは無事。勇者の目の前で、手を大きく振りかぶり今まさに殴り掛かろうとする様は、『無敵の異名』の勝利を決定づけた。
ソイルの拳が、勇者の顔面へと迫る。——「勝った! 父ちゃんが勝ったんだ!」と勝ちを確信するマオの目は輝いていた。勇者をも凌駕する父にリスペクトが溢れる。と、その時
「……グッ…………」
ソイルの大きく振りかぶった、拳は空を切りその力に流されるように身体が地面へと倒れる。
異名"Last Bastion"による無敵状態は10分。タイムリミットが来てしまったのかと思ったが、身体を纏う白いオーラは未だ健在。——無敵はまだ続いている。なのになんで。
「ふはっ……ふはっはっはっは‼︎ おいおいどうしたんだ? "Last Bastion"さんよぉ‼︎ 顔面はここだぜぇ?」
「……クッソォ……! 何を……しやがった!」
「なんだ、わかんねぇのか? コレだよコレ! 分かるよなぁ‼︎」
勇者は、手に持った刀を強調するように振る。勇者の言う、コレとは禍々しい容姿の刀のことであった。
「お前……まさか……」
「あぁ、そのまさかだ! だから言っただろ相棒……お前のことは誰よりも知ってるってなぁ!」
そして、マオも気がつく。勇者の手に持つ禍々しい刀の正体を。
「『魔王の刀』……なんで、お前がそんなモノを‼︎」
そう、魔王の刀。その名の通り魔王が扱う武器なのだが、何故、勇者が持っているのかマオにも分からなかった。
「はっはっは‼︎ それはな、相棒。お前を殺すためだよぉ‼︎」
「なんだと……?」
「お前の娘は俺が神になるために必要不可欠なんだ。そして、お前を殺すこともな。だから、お前の弱点『石化』を付与できるこの『魔王の刀』が必要だったんだよぉ‼︎」
ソイルの異名"Last Bastion"は無敵だが、たった一つの弱点がある。それが、石化。そして、『魔王の刀』には切り付けた相手に石化を付与できる効果が備えられていた。
そんな『魔王の刀』によって、切り付けられたソイルの背中は傷口を中心に、ジワジワと侵食するかの如く赤黒く変色していた。つまり、すでに石化がソイルを襲っていたのだ。
転生前、何度も苦戦した魔王戦。
異名により無敵のソイルでヘイトを集め、一斉に叩くと言ったお決まり戦法は『魔王の刀』により、悉く石化され封じられた苦い記憶が蘇る。
「なぜ、スイルなんだ! お前が神になろうがどうでも良い。だが、俺の娘は関係ねぇーだろ‼︎」
「はっはっは‼︎ それはな、『伝説の魔法使い』だからだよぉ‼︎」
勇者の目の前には、石化により身動きが取れず跪くソイル。勇者は腕を大きく振り上げ、天高く刀を突き立てる。その様は、正に公開処刑そのものであった。
「お、お兄ちゃん……」
スイルが縋るように肩を握りしめる。手は震え、目は涙で満たされている。突如訪れた、ソイルの敗北。それを、受け入れられないような眼差しであった。
未だ、無敵状態が続いているソイルだが、再び『魔王の刀』で切り付けられればダメージは無くとも石化が加速する。つまり、『死』を意味する。
「お前の『異名』が『スキル』なら良かったんだがなぁ……じゃあなぁ、相棒ぉ‼︎」
勇者は振り上げた刀を、ソイル目掛けて振り下ろす。刃の軌道は確実にソイルの首を捉えていた。
心臓が身体を揺らし、呼吸が浅くなる。『父の死』という実感が、脳内に噴き出る。
初めてできた家族。16年間、幸せというぬるま湯に浸ったマオに、灼熱の現実が襲う。——あぁ、嫌だ嫌だ。父ちゃんが死ぬ。死んじゃう。
脳内を父の死が満たした時、マオの身体は勇者目掛けて飛び出していた。




