第7話「無敵の異名」
「おい、大丈夫か‼︎しっかりしろ‼︎」
ソイルの声が聞こえる。それも、すぐ近くから。
今頃、ドラゴンの灼熱のブレスが身体を包み「死」を迎えているはずだが、痛みも全く無い。むしろ、優しく温かい空気すら感じる。
マオはゆっくりと目を開けると、そこには大きな背中。
「と、父ちゃん……」
「パパァ‼︎」
「お前たち、よく頑張ったな‼︎ さすが俺の子だ‼︎」
ソイルが前後に足を大きく広げ、ドラゴンに向けて手をかざしている。
そして、その手の前には大きな緑のシールド。崩れ落ちる教会から守ってくれた時と同じモノだ。ブレスはそのバリアを避けるように弾かれている。
「父ちゃんなんで……‼︎」
「子供が危ない時は、何があっても護る……それが親ってやつだ。——よし、早くこいつをぶっ飛ばしてみんなで帰るぞ」
背中で語るソイルは、どこか余裕が無い感じがした。シールドを前方に固めているせいか、マオたちの後方はガラ空き。それほどまでに、ドラゴンから放たれるブレスの威力は凄まじい。
そして、ある疑問が生まれる。それは、勇者の存在。ついさっきまで、死闘を繰り広げていたはずだ。勇者がそう易々と逃がしてくれるなんて思えない。
「勇者は? 勇者はどうなったの——」
嫌な予感がした。
突如、視界に入り込んだ金色の光。太陽に反射し、一際主張が激しい。その正体は、噂の本人。
ソイルのすぐ後方で、足を前後に深く構え腕を大きく上げている。そして、その手には禍々しい形相の刀。
「あいつならとっくにぶっ飛ば——」
「父ちゃん‼︎後ろ——」
もう遅かった。
ソイルの背中から吹き出す赤い液体が容赦なく、マオの視界と顔を染め上げる。それが血だと理解したのは、おぞましい鉄の味がした時であった。
「はっはっは‼ ︎誰をぶっ飛ばしたって? あぁ?」
「クッ……」
「——パパァ‼︎」
「——父ちゃん‼︎」
膝から崩れ落ちるソイル。そして、ブレスを抑えていたシールドは完全に消滅し、視界が灼熱の光に包まれた。
——万事休す。
そう思った瞬間に、脇下から伸びる岩のように硬い物体。それが、腹を支える頃には身体が宙を浮き、涼しい風が身体を吹き抜ける。
景色が前へ前へと流れていく中、横にはスイルの姿。状況が理解できないのか、目と口がぽかんと開いている。
流れる景色は止まり、身体を吹き抜ける風が止んだ頃、足が地面に着地する。なぜか、ドラゴンと勇者の姿が、遠くに見える。——一体、誰がここまで……?
「大丈夫か……お前たち……」
そう問いかけるのは、全身が白く燃え上がるようなオーラを纏っている男。四肢がある人型ではあるが、ギザギザに尖った牙に肌は鱗のようにザラザラ。眼は縦に裂けている。簡単にいうと、人型のドラゴンだ。
「パパ……」
とても、父とは思えない様相の男に、スイルは父と呼ぶ。なぜなら、声がソイルそのものであったからだ。
その男は、迷わずスイルとマオの頭を撫でる。岩のように固いが優しい手。そこで確信した。——この男は父ちゃんで間違いないと。
「父ちゃん……どうしたの?その姿」
「あ、あぁ……あまり見せたくなかったんだがな——」
「——はっはっは‼︎ そうだよなぁ! そうじゃねぇーとな‼︎ |Last Bastionさんよぉ‼︎」
——|Last Bastion。それは異名である。そう理解した時に、マオの中で全ての辻褄がパズルの如くハマった。
相棒と呼ばれ、勇者と死闘を繰り広げるほどの戦闘力。そうだ、そうじゃないか。
"|Last Bastion"ソイル・エルド。——つまり、父は魔王を倒した勇者パーティーの1人だ。白く燃えるようなオーラとドラゴンのような様相は、その異名によるものである。
「スイル……マオ……隠しててごめんな。お前たちに嫌われたくなかったんだ」
ドラゴンの鱗に纏われた自身の腕を見ながら、ソイルは謝罪する。少し驚きはしたが父は父。隠されていたなど微塵も思わない。
寧ろ、名前を知った時から元勇者パーティーという正体に辿り着かなかった、自身の浅はかなRPGプレイにうんざりした。
「かっこいいよ! パパ」
スイルはニッコリと笑っていた。お世辞でもなんでもない純粋な笑顔。
「ははっ‼︎ ありがとなスイル……!」
安心したのか、ソイルの表情が少し崩れた。
再度頭を撫でると、勇者とドラゴンがいる方向へ振り返る。和やかな空気から一変、再度戦場へ赴くような、そんな重苦しい空気が流れ始める。
「あいつらぶっ倒して、みんなで帰るぞ。そんで、アクアの飯をたらふく食うんだ」
「うん! 絶対勝ってね! 父ちゃん」
「あぁ、父ちゃんに任せろ……」
その言葉が最後、ソイルは前後に大きく脚を開く。拳は強く握られ、うっすらと緑の膜を纏っていた。
勇者によって、付けられたソイルの背中の傷。肩から腰まで一直線に肉が裂けていた。そこから流れる一筋の血液が、腕を伝い拳の先まで流れ着く。
そして、一雫の血が重力によって地面へとこぼれ落ちたのを合図かのように、地面を大きく蹴り出した。




