第3話「誰と誰と誰?」
「——ノ、ノルディ!!」
ソイルの野太い声が、眠っていた鼓膜を劈く。
「お、おい……静かにしろって……」
ノルディという人物が家に入ってきたらしい。その人物は爽やかな青年のような声色。姿形を拝みたいのだが、ちょうど逆方向で寝ていたので見えない。ちょうど寝返りを起こすのもいいが、かなり深刻な雰囲気から動くのはまずいと判断した。
「——おぉ、すまない……それで、どうしたんだ……?」
「ちょっと外に出ようぜ……お前声デケェし……」
「あ、あぁ……」
不規則な足音が遠ざかり、「キィー」と木の扉が開く音がする。そして、その扉が閉まる音がするや否や、マオは寝返りを起こした。
薄く目を開けると2人の姿がない。それを確認すると完全に瞼を開き、ゆっくりと上体を起こした。至って平凡な日常に突如舞い降りた深刻なイベント。それを、RPG脳のマオが見逃すはずがなかったのだ。——大人の深刻そうな会話、そんなもの重大なイベントに決まっている。
マオは、アクアとスイルの寝息に耳を傾けながら、ゆっくりと布団から這い出た。そして、玄関の扉へ歩み寄る。玄関の扉を慎重に開けるも「キィー」という音は、どうしても鳴ってしまうらしい。起きないでくれと願い、顔を歪めながら玄関をゆっくりと閉めた。
家を出るとソイルとノルディの姿はどこにもない。しかし、マオは迷いもせずに足を動かした。重要な会話をするロケーションはあそこしかない。そう、思いマオは龍神の川へ向かった。
龍神の川とは、龍神村の中心を一刀両断するように流れる川である。家から徒歩5分ほどに龍神の川沿いの大きな岩がある。これまでソイルと、その大きな岩の上で横並びに座りながらたわいもない話を良くしていたのだ。この小さな村の中で、会話をするならそこが一番最適だ。いや、もはやここしかないだろう。
マオは龍神の川へ到着すると、案の定大きな岩の上に2人の姿を確認した。ノルディという人物の後ろ姿は、ソイルと並ぶとかなり華奢に見えた。髪型や顔は、ノルディが身に纏っている夜空に溶け込むような漆黒のフード付きマントが隠していてよく見えない。
見つかるとマズイがこの重大なイベントである会話は聞きたい。マオはすぐ近くの岩陰に身を隠し、会話を盗み聞くことにした。
「——ロルドが殺された」
ノルディが呟く。
「ロルド? 確か『探偵』ってのをしていたノルディの親友だったよな?」
「あぁ……」
「殺されたって、誰に殺されたんだよ……?」
「ルクスだ……」
「——えぇ‼︎?」
ソイルの野太く質量の高い驚嘆が村全体を駆け巡る。その驚き様から、ソイルの知り合いだと予測できるが生憎マオには見当が付かない。この村に『ルクス』という、名の人物はいないからだ。そして、『ルクス』に殺された『ロルド』という人物もさっぱり分からない。
「おい、声がデケェよ……」
「す、すまん。でもなんで、ルクスの奴が……?」
「俺にもよく分からないんだけど、一つ分かるのがルクスが俺たちを狙っていることだ」
「俺たち? 殺されたのはロルドだろ? ノルディを狙っているならまだ分かるが、なぜ俺まで狙っているんだ?」
「ロルドは俺に変装している間に殺されたんだよ。ルクスは俺だと思ってロルドを殺した。」
「で、でもなんで……」
「あくまで俺の推理だがアイツは、『ブテル』を殺した証拠を揉み消そうとしている」
「————」
心臓の鼓動が聞こえる。バレないように隠れることが、これほどまでに緊張するものだと実感する。そして、見当も付かない名前達にマオの頭は混乱していた。
「——ねぇ、君。ここで何してんの?」
「うわぁぁ‼︎」
突如、呼び掛けられた声に思わず声が飛び出してしまった。目の前には、フードの男。目はフードで隠れて見えないが、月のような色白い肌に鼻先はツンッと尖っている。
「な、なんだ? マ、マオか?」
さすが、父。一声聴いただけで息子だとバレてしまった。たまたま来ちゃった、てへっと言わんばかりに頭を掻きながら、岩陰から身体を晒し「ご、ごめん父ちゃん……」と呟く。
「なんだ、お前の子供か?ソイル」
と目の前にいるフードの男が、マオを指差しながらソイルに問いかける。
「あぁ、俺の子供だ。ていうか、こんなとこでスキル使うんじゃねぇーよ、ノルディ」
ソイルはノルディに眉をひそめている。その様から、長年の付き合いであることを伺える。
バレたおかげで、ノルディの顔を拝めたのだが、目はフードで隠れて見えず、月のように色白い肌と鼻先がツンっと尖っている。この顔ついさっき見たよな、と思い目の前のフードの男とノルディを何往復も見つめる。
その様に、ノルディが揶揄うようにケラケラ笑いながら「双子だよっ!」と言った。
しかし、ソイルの発言からすぐにこの現象がノルディのスキルによるものだと知る。
「双子じゃなくて、スキルでしょ?」
「お前親父と違って賢いな! 本当にソイル、お前の子か?」
ノルディはソイルに向かって、まるで2人が親子として似合わないかのようにマオとソイルの関係性を探る。
「あぁ、俺の子供だ。マオは俺と違ってめちゃくちゃ賢いんだ」
「ふーん、そうかいそうかい」
ソイルが当然のように、子供として認めてくれたことに心がじんわりと暖かくなる。それにしても、このノルディって人は、意地悪だ。いや、厳密には鋭い洞察力を持っている。
「そんじゃあ、そろそろ俺は帰るぜ」
「おい、ノルディ。これからどうすんだよ?」
「探偵が殺されて、少し悲しいが俺は怪盗だ。 変装でもしながら、『アルビオン』の影となるさ。あと……相手しなくちゃならない奴が1人いるんだ」
「そ、そうか……気をつけろよ」
「ルクスにとっては俺はもう死んだことになってんだ、次はお前かも知れねぇーぞソイル」
「俺なら大丈夫だ! 殺しに来るなら正々堂々受けて立つ! これまで、ルクスには負けことないしな。」
「勝ったこともねぇだろ。 まぁ、いいや……そんじゃあな」
ノルディは踵を返し、手を振りながらスッと夜の影へと消えていった。ノルディのスキルで作り出された目の前のフードの男も気が付かない間に姿を消す。
「マオ、帰ろうぜ」
「あ、うん……」
ソイルは、マオの背中を押しながら家の方向へと導く。なぜ、ここまで来たのかそんな問いもなくただ真っ直ぐと家に帰った。
ソイルとノルディの会話で出てきた『ルクス』という人物は誰なのか、殺されたロルドとは誰なのか。そんな疑問が頭を埋め尽くすが口から発するには、空気が重すぎる。
ふと、横を見るとソイルの眉間に皺が集まり、目は鋭く狂気を孕んでいた。それは、マオが勇者の話をする時と同じ眼差しであった。
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