第2話「スローライフ?」
(ま、眩しいっ! ど、どこ? ここ? てか、転生成功……?)
視界いっぱいに広がる雲一つない青空。水や肥料を含んだ土臭い香り。ちょうど良い、のどかな風。ファンタジー世界というには相応しい異世界感が五感をくすぐる。
(どうやら転生は成功っぽいな……まずは、RPGの基本……散策……あれっ、あらっ……これどうやって動かすの?)
身体がまだ馴染んでないのか、動かし方が分からない。どっちがアクセルでどっちがブレーキかと初めての車の免許合宿を思い出す。
(まぁ、いいや、とりあえず人でも呼んでみよう)
「おぎゃあー! おぎゃあー! おぎゃあー!」
(……って、誰か泣いてんのか?)
「おぎゃあー!」
(え、もしかして俺……? え……転生って赤ん坊スタートかよ‼︎ なんだよ!なんもできねーじゃねーか!)
ザッザッザ……
微かな振動が頭に響く。そして、その振動が次第に近くなる。
(やべえ! 誰か来た! モ、モンスターか? だとしたらやばくねぇか? リスキルは反則だぞ!!)
ザッザッ!
足音は確実に近づいており、その目標もマオ自身であることが分かる。
(やべえよ! だ、誰かー!!)
「オギャアー!! オギャアー!」
(そ、そうか俺喋れねーんだ! くそぉぉー!)
マオは手で顔を隠す。せめてもの防御のつもりだ。しかし、結果は予想を裏切り身体は宙を浮く。
頭とお尻の下に固い岩のような感触を感じる。固い岩のはずなのに痛くない。むしろ、優しさすら感じた。
「おい、大丈夫か⁉︎ おーい、みんな来てくれぇー! ここに赤ん坊が捨てられてる!」
マオを持ち上げたのは筋骨隆々の大男で、サイドを刈り上げた短髪。髪と目の色は、土のように泥臭い茶色。口元には無性髭を蓄えている。
(な、なんだ人か……よかったぁ……)
「おぎゃあ! おぎゃあ! おぎゃあ!」
「よしよし、怖かったよな! 俺が来たから大丈夫だぁ! よーしよし!」
岩のように硬く、優しい手がマオの頭を撫でている。そうして、マオの異世界生活がスタートした。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
——転生から7日目
赤ん坊スタートということで、RPGの基本である散策ができないのだが、聞こえてくる情報からいくつか分かったことがある。
まず、分かったことが拾ってくれた男の名前が『ソイル・エルド』だと言うこと。
聞いている限りソイルは村の人たちから慕われており、この村のリーダー的ポジションのようだ。
親も分からず、捨て子だと思われたマオはソイルの家へと迎え入れられた。
「おぎゃあ! おぎゃあ!」
「はいはい、スイル。お腹減ったのね? ご飯にしましょう!」
そして、この家にはソイルの他に2人の家族がいる。
まず、ソイルの妻、アクア・エルド。身長は平均的で優しい表情で笑った時の右エクボが特徴的だ。穏やかに流れる髪は、深い海のようなブルー。見つめる眼は透き通る水のような色をしている。
そして、2人目はソイルとアクアの間に生まれた子ども、スイル・エルドだ。髪はアクア譲りの青髪で、目はソイル譲りの茶色だ。偶然にも歳はマオと同じ。まだ、0歳で喋ったことはないが、元気よく泣き喚くことから活発な少女になるのだろう。
「ただいま! 腹減ったぁ〜……」
「あらっ、あなた、おかえりなさい!」
ここエルド家は家族仲も良く、いわゆる順風満帆な家庭である。
そして、マオの第二の故郷となったのはここ、龍神村。村の人口は数十人で、かなり小規模な村である。
「おぎゃあ! おぎゃあ!」
「おー!スイル! お父さん帰ってきたぞぉー!」
スイルの頭を撫でるソイルの表情は、幸せという言葉があまりにも似合っていた。スイルを愛で倒した後にマオは歩み寄る。
「マオ! お父さんだぞぉー。そーれ、たかいたかーい!」
つい1週間ほど前に拾った、血の繋がりのないマオをスイル同様、子供として扱ってくれる。男でも惚れる度量の大きさだ。
転生してから1週間経過したマオは微かに身体と意思が同期している感覚を感じる。
この身体じゃ、レベル上げも当分できないが、とりあえず今は、この聴覚を使ってこの世界の情報収集とすることにした。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
———転生から10年
「はぁー!! せーい!!」
カンッ!カンッ!
木材同士の強くぶつかる音が鳴り響く。
「うぉおっ! さすがマオだな!! 俺を退かすなんてよっぽどだぞ!」
「ふふん! どうだ父ちゃん!」
転生してから10年が経過し、マオはこの世界では10歳となった。
真っ黒で無造作な髪に赤い瞳。眼は少し鋭く細いといった具合で成長を遂げた。転生前と違ってそれなりに顔は整っており自分の中ではこの身体を割と気に入っている。少し鼻が低いのが気になるが、それは「無いものねだり」というやつだろう。
身体と意思は完全にリンクし、マオの意思で自由自在に動かせるようになった。転生前よりも動体視力は格段に上がっている。
そして、気になっていた全ステータス設定#N/Aだが少し分かったことがある。
それは、ソイルとの戦闘訓練時のみ格段に身体能力が上がることだ。
だからなんだという感じだが、最近この現象に気がついた。謎ステータス解明への第一歩だと思う。
「お兄ちゃんすごーい!!」
「いててて……とんだ馬鹿力だなマオは!
ハッハッハ! これじゃあ、"使命の儀"が楽しみだな!」
この世界では16歳になると、『使命の儀』という儀式を受ける義務があり、そこで自身のスキルやパラメータなどを確認できる。
人生においての『使命』を見つけることから『使命の儀』と名付けられているらしい。
「あぁ!パパ、ケガしてるよ⁉︎ 私が治してあげる!
【天より降りる聖光よ、苦痛を祓い傷を癒したまえ……『ヒール』】!!」
スイルもマオと同じ10歳となった。スイルは魔法使いの素質があるのか、回復魔法を使えるようになっていた。——まぁ……まだ、かすり傷を治す程度だがな。
「おーい! スイル、俺にもヒールしてくれよ」
「もぉー仕方ないなぁー!
【天より降りる聖光よ、苦痛を祓い傷を癒したまえ……『ヒール』】!」
ドクンッ!
内側から心臓を掴まれたような痛みを感じる。
「……ッグ……ッテェー!! また、詠唱ミスかよ?」
スイルは、マオに回復魔法をかけるたびに失敗する。まぁ、まだ10歳だからな、と思いながらもソイルやアクアには正常に回復魔法を使えることに少しの疑問を覚える。ただ、揶揄っている。そう捉えることにしていた。
「え、ごめん、お兄ちゃん!ちゃんと詠唱できたと思ったのにな……」
「よしっ、今日の特訓終了! 腹減ったし飯にするか!」
この村には、時計という文明の利器はないが、朝昼晩はなんとなくだが存在している。
お腹が空けばご飯を食べ、眠くなれば寝る。人間らしい暮らしと言えば、そうなのかもしれない。
「はーい!」
家族仲は相も変わらず良い。そして、これが、理想の家族てやつなのかもしれないとマオは思い始めていた。
「パパ! 肩車!!」
「おっ!いいぞ、よいしょっと!」
スイルは甘えん坊だ。年齢は同じだが、性格的にマオが兄ということになってる。
「お兄ちゃんは乗らないのー?」
「俺はいい……2人も担ぐのは父ちゃんがしんどいでしょ」
「お前は優しいな、マオ!でも、父ちゃんな……めっちゃ力持ちなんだぞ! さっ、マオも来い!」
「ちょ、ちょっと! 父ちゃん!」
「ハッハッハー! どうだ、父ちゃんすげぇーだろ!」
相変わらず父ちゃんは力持ちだ。自慢の父ちゃん。血は繋がってないけど本当の家族って思う。
家に帰り、家族みんなで飯を食べる。
異世界に転生し人生で初めて食べ物の味を感じた。異世界の飯が特別うまいのではなく、卓を囲んで食べる飯が味を引き出しているんだと知った。
——ずっとこんな幸せが続けばいいなぁ……
そんな思いにふけるマオは、もう異世界に染まっていた。
転生前に培った、RPG脳は健在で村の人に聞き込んだり家の中を物色したりとこの世界に関する情報収集は欠かさなかった。
その結果、ある程度この世界の原理原則は理解できた。
そして、この懸命な情報収集の結果、得た1番の収穫はマオがチート級の強さを持った異世界転生の主人公ではないことである。
非常に残念だが、このことは受け止めざるを得ない現実であった。
スキル『異名コレクター』を使おうと色々試してみるも反応なし。
レベルの問題かとレベリングを試みるも勇者が魔王を倒した後の世界のため、モンスターがいない。
つまり、レベリングができないのだ。
気ままな異世界スローライフだと思えば楽なのだが、マオにはある言葉が呪いのようにこびりついている。
——今度こそ勇者を……勇者を殺してくれ‼︎‼︎
マオを転生させてくれた紫髪の少女の言葉だ。この言葉がマオのスローライフの邪魔をする。
もちろん勇者に関することは調べたのだが、村の人はみんな勇者を世界の救世主として持ち上げている。
これじゃあ、彼女の殺意を理解できない。
しかし、ソイルだけは違った。
勇者について聞こうとするがいつも話を逸らされる。そして、なんと言っても『勇者』という単語に反応する怖い目。『狭間』で見たあの紫髪の少女と同じ目をしていた。
ソイルは勇者に関して何か知っているのだろが、とても聞けるような感じではなかった。
一体、勇者は何者なんだ……
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございます。
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