13話 大人達の事情
セドリックが倒れたエリアナを公爵家に連れ帰っている同時刻。
学園は大騒ぎとなった。
学園長のもとにエリアナの事が報告されると、学園長のアーサーは急ぎ王城へ報告された内容を記し書面を送った。
「エリアナ君になんと酷い仕打ちを……」
アーサーは険しい表情をする。
報告にきたグィード先生は攻撃した生徒が自身の受け持つ生徒のため、生きた心地がしない。
「グィード先生の受け持つ生徒は暫く邸にて謹慎を。ご両親には事実を知ってもらうために、指導役の先生をそれぞれつけて下さい。厳しい叱責を向けて構いません」
アーサーは手紙を書きながら、同時にグィードに指示をだす。
「この封書は魔術科の生徒を煽り、嘘の話を告げた貴族科の生徒の当主に魔鳥で届けて下さい。主犯の生徒は指導室に連れていき、保護者がくるまで出してはなりません」
グィードは魔鳥を出しアーサーの封書を各々の当主へと飛ばした。
「保護者が来るまで出来る限り真相を究明する事。それと、ダリア君とシュミット君とサラ君を呼び出し、指導室に連れてきて下さい。くれぐれも魔法科の生徒と顔を合わせないよう厳重な対処を」
グィード先生は学園長であるアーサーに礼をとり、指示通り動こうとするが、アーサーに呼び止められた。
「後、アーネスト殿下と主犯の生徒の元婚約者である側近二人を学園長室に来るように伝えてくれ」
グィードは部屋から出ると、貴族科の二学年の教室へと急いだ。
「四大公爵家どころか、国を滅ぼしかねない事態になるやもしれん」
アーサーは机に突っ伏し、頭を抱えていた。
アーサーにはエリアナの秘密は知らされている。もしもの時に学園側の対処が間違えれば危うい事態になる可能性もあるからだ。
「陛下はこうなる事を予測されていたのだろうか……。対処を間違えれば、神や黒竜を敵に回す事になる」
アーサーはやらなければならない事を頭で纏めながら、判断を誤らないように考えていた。
グィード先生が貴族科の二学年の教室へと入ってきた。
授業中ではあったが「緊急事案だ」と、壇上の先生に手をあげアーノルド殿下の側に立った。
「アーノルド殿下、エリアナ君が魔法攻撃を受けました。意識が戻らずセドリック君が連れて帰られました。
主犯はダリア嬢と側近の元婚約者です。学園長が事情を聞きたいと、三人をお呼びです」
グィード先生がアーノルド殿下の耳元で事情を伝える。アーノルド殿下の顔は真っ青となり、視線をマチアスとアロンソに向けた。
「元婚約者達がやらかしたようだ」
アーネスト殿下はアロンソとマチアスを連れ教室を後にした。
貴族科の教室は騒がしくなったが、先生からの「静かに!授業を続けます」の言葉に静かになった。
残されたイザベルは、エドワルド達が側にいるように伝えられ教室に残る事になった。
イザベルが先生に視線を向けようと前を見ると、エイミーの顔が視界に入った。
チラリと様子を見ると、口元が上がっていた。
「笑ってる……」
イザベルがポツリと呟いた言葉にエドワルドが気が付いた。
「イザベル様、誰が笑っていると?」
「あ、あの……エイミー様が殿下が出て行った扉を見ながら笑っていたのです」
エドワルドは気が付かれないようにエイミーを盗み見た。
(笑ってはいないが、確かに機嫌が良いように見える。殿下に報告しておくとしよう)
「気になっても、エイミー嬢を見ないように気を付けてくたさい」
イザベルに注意するように伝え、隣に座るサニエルにイザベルが見た内容を伝えた。
グィードはアーノルド殿下と側近二人を連れて学園長室へと入った。
アーサーは既に席に座っており、四人に座るように手で促す。
「前置きは端折ります。座ってください」
四人はそれぞれ椅子に座った。
アーサーは学園で起きた事をグィード先生に詳しく説明をさせる。
側近の二人は顔面蒼白。
「「申し訳ありませんっ」」
と、アロンソとマチアスは立ち上がりアーサーへ頭を深く下げた。
「貴方達に責任はありません。婚約者ではない今、ただの学園で学ぶ生徒同士。他人です」
アーノルド殿下が側近達を座らせ、グィード先生の話しの続きを聞いた。
「セドリックが治癒魔法を……」
「そう。エリアナ君の容体も心配だが、セドリック君の魔法の事も心配だ。今日は神官長子息のカール君も聖典科に出ている。すぐに神官長の耳に入るだろう」
「神殿が出てくるならば、エリアナ嬢との婚約に横槍を入れてきますね」
アーノルド殿下の言葉に、アーサーはため息を吐きながら頷いた。
「二人の婚約が解消になる事は絶対にない。解消にでもなれば、国がなくなる……」
アーサーの言葉に四人はギョッとした。
「黒竜が守護するエリアナ嬢を傷付ければどうなる?」
アーサーはつい本音が漏れた事を誤魔化した。
アーノルド殿下とアーサーしかエリアナの事情を知らない。しかし、エリアナを黒竜が守護している事は周知されている。
何とか誤魔化し、主犯の保護者が来るのを待った。
そう時間が過ぎる事もなく、保護者が到着したと連絡が入りアーサーは四人を連れて会議室へと向かった。
会議室の中には、側近の元婚約者の両親が顔色を悪くして待っていた。
娘が何かやらかしたと予想していたようだ。
娘の元婚約者が現れた事で確定した。
アーサーとグィードが両親達の前に座り、アーノルド殿下と側近二人は列の端に座った。
アーサーが両親に学園で起きた事を説明する。
「子供達の勝手な行動かもしれません。ですが、生徒達の行動を未然に防げなかった学園側の責任は重く、私は処罰を受ける覚悟を持っています」
アーサーの言葉に全員が黙った。
「貴方がたはカーマイン子爵令嬢がどのような令嬢か、ご存知ですか?」
アーサーは両家に問いかけた。
「いえ……娘から聞いた事くらいしか。ただ、SSランクの冒険者でありスタンピードの英雄であると……」
両家はエリアナに対して、薄い情報しか知らないようだ。
「カーマイン子爵令嬢は、四大公爵夫人のお気に入りです。それに、両陛下も。
ある夫人を社交界から離し、王妃様の立場を回復された。それに、セリーヌ夫人がカーマイン子爵令嬢を娘のように可愛がっています」
四大公爵夫人と両陛下の名が上がり、両家は死人のようになっている。
「さらに、アスティー女辺境伯であるリリアーヌ様とも繋がりがあります」
両家はガタガタ震え始めた。
自分達の家の未来が消えたからだ。
「娘が異常に敵視する令嬢の事をなぜ調べなかったのです?少し聞き回るだけで色々と話は聞けたはずです。
まぁー、噂が混ざり合い真実に辿り着けるかは当主の能力次第ですが」
震え上がる両家に話を終え、生徒を連れて帰るように伝えた。
「暫く謹慎を命じます。私が伝えた事をしっかりと考えますように」
両家はアーサーと娘の元婚約者に頭を下げた。
アーサーの対応が早かった事で、ハーマン公爵家へは報告がいち早く伝えられたのだ。
学園ではエリアナが魔法攻撃を受け意識をなくした事。
セドリックが治癒魔法を使える事が、学園中を駆け巡った。
それに対して、実行犯と主犯の名前が公表され一時的な処罰も公表された。
この「一時的な処罰」の意味を理解出来る生徒は何人いるだろうか。
アーサーは生徒達に貴族としての素養があるのかを問う難題を課した。
気が付かなくても構わない。処罰するつもりもない。
ただ、貴族としての判断能力が試されるだけであり、理解した者はエリアナの味方になると考えたからだ。
(エリアナ君が学園に入ってから生徒達の質が割れた。能力が開花する者、能力が劣る事を露呈させる者……。
悩み迷う事が出来るのは生徒でいられる今だけです)
「愚かな考えの生徒達も、建国祭を迎えたら目が覚めるでしょう。一部を除いてですが」
学園長室の窓から中庭を見ると、生徒達がそれぞれの派閥と話し合いをしている光景が見える。
棟が違う生徒達は中庭で落ち合い、情報交換の会話をするのは日常的な光景。
でも、今日は緊張感を持った様子が見られる。
アーサーが中庭の中央の集団に視線を向けた。
「救える日は来るのでしょうかね……」
感情のない視線を向けていた先に立つ者は、エイミーだった。
異常事態の学園であるのに、談笑する姿には恐怖心すら湧いてくる。
それに侍る生徒達もだ。
アーサーは学園長として、見捨てずに済む方法を思案するが……妙案が浮かぶ事はなかった。
グィード先生が帰って直ぐにセリーヌ夫人はカーマイン子爵と夫人に魔法で文を届けさせていた。
「建国祭に向けて領地を出られているはず」
移動していても魔法で文が届くので、文さえ見てくれれば子爵夫妻は急いで来てくれるはず。
夕刻が過ぎる頃に、ニース伯爵家夫妻とカヌン伯爵家夫妻がハーマン公爵家へ訪れた。
「奥様、ニース伯爵家とカヌン伯爵家が謝罪に訪れておりますが、いかがなさいますか?」
執事がセリーヌに二家の訪問を伝えた。
「謝罪をしに来られた事は、まぁ良しとしましょう。ですが、先触れもなく私が会う事はどんな事情があろうと、ありません。エリアナちゃんが目覚めないのよ?魔法で死ぬかもしれない攻撃を受けたのです。許すはずがありません」
セリーヌ夫人の手に持つ扇子が、ミシリと音を立てた。
執事は何も言葉を発する事なく、セリーヌ夫人の部屋を後にし二家の馬車へと足を運ぶ。
「ハーマン公爵家の使用人達も、エリアナ様に悪意を向けた者を許すつもりはありませんよ」
使用人達を気遣うエリアナは、ハーマン公爵家の使用人達から信頼されている。
いずれセドリックが婿入りし、エリアナとの接点は今以上に薄くなる。
使用人達はセドリックが婿入りするまでエリアナと会える事を楽しみにしているのだから、怒りは半端ない。
使用人達が出来る事は小さい。
けれど、他家との使用人同士の繋がりがある。それを利用して、上手くエリアナの良い話を伝えたりと悪い噂を払拭していた。
地味な作業ではあるけれど、最近はエリアナと交流出来ると他家の使用人から羨ましがられる程に、エリアナの知名度は回復していた。
使用人は権力がない。でも、小さな力が集まれば大きくなる事を知っている。
ハーマン公爵家の使用人達は優秀であった。
執事が二家の馬車を追い返し邸に入ろうとすると、後方から馬車が近付く音が聞こえた。
「またですか……」
執事が振り向き馬車を確認すると、目の前に止まった馬車の紋を見て姿勢を正した。
馬車から降りてきたのは、アーノルド殿下と側近四人とイザベルだった。
執事はイザベルに視線を向けたままでいる。
アーノルド殿下は執事が何を言いたいのか理解した。
「執事殿、セリーヌ夫人に私達が来た事を伝えて欲しい。先触れは出したが、私達が先に着いてしまったようだ」
執事はイザベルから視線を外すと、礼をとり「夫人に伝えてまいります」と、愛想もなく邸に入って行った。
「不敬では?」
マチアスが軽口を言う。
「仕方ない。ハーマン公爵家の使用人達はエリアナ嬢を大切にしている。なのに攻撃を受けた。それに、以前のイザベルがして来た事も知っているのだろう。大切なエリアナ嬢を敵視する者を疎ましく思うのは仕方ないよ」
肩を竦めそう答えると、アーノルド殿下の背後に立つイザベルの肩がビクッと跳ね顔色を悪くする。
「エリアナ嬢は過度に愛されすぎている。エリアナ嬢の為人に触れてしまうと、離れられない。無謀な彼女を守りたくなるのだろう。セドリックが良い例だ」
アーノルド殿下が小さく笑いながらセドリックの名前を出した。
執事が戻り邸の中へと案内された。
イザベル以外は何度か訪れた事があるため、さほど緊張してはいない。
イザベルは初めて四大公爵家の一つであり、筆頭の邸に入っているのだ。
足が震えているのがわかる。
イザベルは震える足を叱咤してアーノルド殿下の後ろをついて行く。
応接室の扉を執事がノックし、扉を開いた。
イザベルがアーノルド殿下に続き一歩足を入れると、視線の先にはセリーヌ夫人が立っていた。
凛とした視線で柔らかな笑みを浮かべてはいるけれど、目は笑っていない。
セリーヌ夫人からの圧に、アーノルド殿下をはじめ六人は動けずにいる。
セリーヌ夫人が手をソファーへとさした。
アーノルド殿下を先頭にソファーに腰掛けた。
イザベルは一番入り口寄りに腰を下ろす。
「用件は何となくわかります」
セリーヌ夫人が先に声をかけた。
次にイザベルへと視線を向ける。
イザベルは立ち上がると軽くではあるが、
カーテシーをしてセリーヌ夫人に挨拶をした。
声をかけられたのではないので、イザベルが言葉を発する事はない。
セリーヌ夫人は遥かに格上。アーノルド殿下以外が先に口を開く事は許されない。
イザベルは礼を解き静かに座った。
暫くセリーヌはイザベルを観察していた。
小さく頷くと、視線を外した。
「エリアナちゃんはまだ目覚めていません」
「そうですか……セドリックはエリアナ嬢の側に?」
「あの子がエリアナちゃんから離れるはずがありません」
セリーヌ夫人は執事が淹れた紅茶に口をつけた。
「学園の事かしら?」
セリーヌが問いかけると、アロンソとマチアスが立ち上がり頭を下げた。
「私達の婚約解消によりエリアナ嬢へと逆恨みが向いてしまい、この様な事に。申し訳ありません」
再度深く頭を下げた。
「貴方達に責任が全くないとは言いません。婚約者として過ごしたなかで、きちんと貴族としての資質を本人に問い続ければ彼女達にも変化があったかもしれません」
側近二人に婚約者への対応の不手際を指摘した。
「言い続けたとして、変化があるかはわかりませんが。ハーマン公爵家として各家門には対処しますので、お気になさらず」
セリーヌ夫人が微笑んだが、それすら恐ろしい。
「セリーヌ夫人。これからどうなると考えられていますか?」
アーノルド殿下が直球でセリーヌ夫人に問いかけた。
「逆に殿下はどう見ていますか?」
セリーヌ夫人に質問返しを受けるが、すぐに答えを口にした。
「いざこざは起きるでしょうが、何も変わらないかと」
アーノルド殿下の答えに、セリーヌ夫人は優しい笑みを浮かべた。
「そう、何も変わりません。セドリックとエリアナちゃんの婚約もです」
アーノルド殿下が一番聞きたかった答えを聞き、ホッと肩の力が抜けた。
イザベルは少しだけ状況がわからない。
(エリアナ様とセドリック様の婚約が続く事はあり得るのだろうか……)
王子妃教育の中で神殿についても学んでいた。聖女や聖人の婚約者は神殿が決めると。
「イザベル様は教育の中で学んだようですね。でも大丈夫です。建国祭を過ぎれば私の言葉の意味も理解出来るでしょう」
困惑するイザベルの表情を見て、セリーヌ夫人が伝えた。
イザベルは頷くしかない。疑問に思っても問いかけてはならない事がわかる。
「イザベル様は変わられましたね。アーカート公爵夫妻も安心している事でしょう」
イザベルは以前の自分を思い出し、恥ずかしくなり俯いた。
「私は本来、変わろうとする人を待つことも、変わったからとその人を安易に受け入れることをする質ではないのです。ですが、エリアナちゃんを知るにつれ、私の考えも変わりましたわ。
あの子ほど、人に優しく自身に厳しい令嬢はいないでしょう。愛情深いエリアナちゃんは、他者を見捨てる事が出来ない。だからこそ、私達が支えようと動くのです。SSランクだからではありません。黒竜様の守護する者だからではありません。
エリアナちゃんだからです」
セリーヌ夫人は真っ直ぐな視線でイザベルを見つめた。
イザベルにエリアナは人としての格が違うのだと……。
(わからない……わからないけれど、涙が止まらない……)
セリーヌ夫人のどの言葉のがイザベルの心の琴線に触れたのか、イザベルはわからない。
イザベルはセリーヌ夫人を見つめ返したまま、涙を流し続けた。




