14話 エリアナの目覚め
『そろそろ戻った方が良さそうだねー。嫌だけど』
【もうか?】
神様の言葉に黒竜がガックリする。
エリアナは黒竜の頭を優しく撫で、抱き上げた。
「戻ってからも遊びましょうね」
エリアナの言葉に黒竜はパッと明るい表情になり、パタパタと翼を羽ばたかせた。
『期待しない方が良いよー。約束しても叶えてくれるのは、ずーっと先になるからね!』
(お茶会するのに時間がかかった事を、ずっと根に持っていたのね)
誤魔化したつもりでいたけれど、神様は気が付いていたのかもしれない。
「建国祭が過ぎたらバタバタするけれど、時間を必ず見つけるから。私が暇そうにしていたら声をかけてくれても良いからね」
黒竜はエリアナが毎日忙しい事を理解している。黒竜を育てた魔女も忙しい時は構ってくれなかったから。
【無理をさせたいわけではない。エリアナと過ごせれば遊べずともよいのだ】
「シーベル殿下がいるから学園に一緒に行けないものね。その分、離れる時間は長いから……」
邸に戻っても学園の予習や次の日のお弁当作りの手伝いで時間に余裕がない。
「そうだ!これから一緒に眠らない?黒竜も私のベッドで寝るといいわ!」
妙案とばかりに手を叩き、黒竜に提案する。
黒竜は「キュッキュッ」と嬉しそうに鳴いた。
『ずるくない?僕は駄目なの?』
神様は腕組みをしたまま膨れっ面でエリアナにジト目を向けた。
「駄目ね。セドが嫌がるから」
エリアナは即答で断りをいれた。
『セドリックにバレなきゃいいじゃん!』
「バレた後が大変なの!嫌よ!」
神様とエリアナの言い合いが始まった。
黒竜は子供の喧嘩のような二人を見てため息を吐いた。
【神よ、戻らぬのか?】
『あ!』
神様が思い出したと同時に真っ白い空間が消え、真っ暗な闇に変わった。
足元が不安定になり空間が出来ると、エリアナは真っ逆さまに落ちた。
「嘘でしょうっ!死ぬっ!」
黒竜をギョッと抱きしめエリアナは恐怖で震えた。
【ガキだな……】
闇に落としたのは神様からの嫌がらせ。
一緒に寝る事を即答で断った事に拗ねたのだ。
【エリアナ、大丈夫だ。これは夢だ】
黒竜はエリアナに魔力を注いぎ落ち着かせた。
エリアナはベッドでずっと眠っていたのだが、いきなり叫び声を上げた。
看病していたセドリックは、うとうとと眠っていたがエリアナの悲鳴に慌てて飛び起きエリアナに呼びかけた。
「リア!どうしたのですっ」
エリアナを揺するが目覚めない。
悪夢を見ているのか、穏やかに眠っていたはずの顔は恐怖に怯えている。
籠で寝ていた黒竜が飛び出てきてエリアナの胸元に縋り付いた。
【エリアナ、大丈夫だ。これは夢だ】
黒竜は魔力をエリアナに注いだ。
エリアナはゆっくりと表情を緩め、安堵したのか穏やかな表情になった。
「黒竜、エリアナの事がわかるか?」
魔力で繋がっている黒竜ならば何があったのかわかるかもしれないと、問いかけた。
【神がエリアナにイタズラをしたのだ】
「は?」
【エリアナが眠りに就いている間、神の空間で一緒に遊んでいたのだ。我がエリアナと一緒にいれず寂しい気持ちをエリアナが汲んでくれた。
これから我と一緒に寝てくれると約束をしたのだが、神も一緒に寝たいと言い出したが断られた。断られた神が拗ねてエリアナを地に落とすイタズラを仕掛けた】
事情を説明されたセドリックは神の幼稚さに呆れるが、地に落とすイタズラをした事でエリアナを恐怖に陥れた事に腹が立った。
悲鳴を上げ、恐怖に顔を歪ませていたのだから。
セドリックはエリアナの枕元に膝を突き声をかける。
「リア、体は回復していますか?そろそろ起きてください。皆待っていますよ?私も、リアの笑顔が見れないのが寂しいです」
セドリックはエリアナの手をとり自身の額にあて、祈るように言葉を告げる。
キュッ。
セドリックが握るエリアナの手が、一瞬だがセドリックの手を握り返した。
セドリックがバッとエリアナの顔を見ると、瞼が揺れた。
「リア?」
優しく呼びかけ頬を撫でる。
セドリックの瞳には今にも零れ落ちそうな雫があった。
「んーーっ!」
なんとも間の抜けた声をエリアナが発した。セドリックはそんな子供みたいなエリアナの頬を髪を優しく撫でている。
エリアナは瞼を擦り、両手をあげて伸びをする。
体は軽いけれど、頭が重い……
ゆっくりと目を開けると、セドリックの顔があった。泣きそうで、でも嬉しそうにエリアナを見つめている。
「おはよう?」
「おはよう。そして、おかえり」
セドリックは横になっているエリアナに覆い被さるように抱きしめてくる。
肩が濡れる感覚にセドリックが泣いている事を知る。
(私が何度も眠りに就くから心配するわよね……)
セドリックを抱きしめ返そうと腕を伸ばした。
『エリアナ!起きたでしょう!』
エリアナの目の前にラビが現れた。
セドリックの背後でぷかぷか浮いているラビを、エリアナは反射的に叩き落としていた。
床に落ち、コロコロ転がるラビをエリアナは冷たい視線で見つめる。
起き上がろうとするエリアナをセドリックが支え背中にクッションを入れた。
「仕返しにしては酷い事をするじゃない」
冷たい視線を向けられ、床に転がったままのラビがビクッとなり震え始めた。
エリアナはこれまで怒る事はあっても、窘める程度で本気では無かった。
それに、叩かれたのも始めてだ。
「一緒に眠らないからって、あれはないんじゃない?死ぬかと思ったわ。それに、私は絶叫系が苦手なのよ。前世でも一度も絶叫系に乗った事はないのっ!」
エリアナはジェットコースターの類は苦手で、バンジーの類は特に見るだけでも恐怖心が湧いてくる。
『知らなかった……ごめん』
エリアナに怯えた神様は動く事が出来ず、転がったままの姿で謝罪をした。
「リアと一緒に寝るとはどういう事ですか?貴方は男神だから、抱きつくのも不愉快だと言いましたよね?」
セドリックは転がる神様を鷲掴みにすると、テラスに向かって歩き始め窓を開けた。
「暫く反省して下さいね」
セドリックがそう言うと、右腕を大きく振りかぶりラビを遠いお空に向かって放り投げた。
セドリックは両手をパンパンと叩き、テラスの窓を閉めた。
黒竜は楽しそうに「キュッキュッ」と鳴いている。
「さて、邪魔者はいなくなりました。皆にリアが目覚めた事を伝えてきますね」
セドリックはエリアナの額に口付けをすると、部屋から出て行った。
「まだ建国祭にはなっていないのよね?」
エリアナは黒竜を撫でながらポツリと呟いた。
【神がそろそろと言っていたから、まだであろう】
エリアナは自分がどれだけ眠っていたのかを知らない。
黒竜とそんな会話をしていると、ドタバタと廊下が騒がしくなった。
部屋の扉が破壊される勢いで開かれた。
部屋を見渡し視線があった人物は、エリアナの父であるギルベルトだった。
泣きそうな表情でエリアナに走り寄ると、エリアナを強く抱きしめた。
「無事で……目覚めて良かったっ……」
ギルベルトは泣きながらエリアナを抱きしめる。
「ご心配をおかけ…しましっ……た」
エリアナも泣きながらギルベルトを抱きしめ返した。
部屋には続々と人が入って来る。
母のエリザも泣きながらギルベルトとエリアナを抱きしめた。
三人が落ち着くと、周りにギルベルトが頭を下げた。
「エリアナちゃん。目覚めて良かったわ。気分はどう?」
セリーヌ夫人がエリアナの側に来て顔色をうかがう。
「はい。もう大丈夫です」
エリアナは笑顔で答えた。
「あの……私はどれくらい寝ていたのでしょうか」
「一日と少しよ。今、皆で朝食を終えたところだったの」
セリーヌ夫人に教えてもらい、そんなに寝ていたのかと申し訳なくなった。
【回復するために体が強制的に眠りに就いたのだ。気にする事はない。エリアナが元気にならねば、皆がまた心配するのだから】
「そうよ!元気なエリアナちゃんが皆大好きなんだから、疲れた時は眠らないとね」
セリーヌ夫人の明るい声にエリアナは感謝をする。
「ありがとうございます。セリーヌ夫人」
「動けそうかしら?」
「はい。体もずいぶん軽くなりました」
セリーヌ夫人は頷いて、執事に侍女を呼ぶように伝えた。
眠り続けていたので、先ずはお風呂を勧めてくれた。
セリーヌ夫人と両親の後に人がいる事に気が付き、エリアナが視線を向ける。
そこには、ポロポロと泣いているアーネストにケイシーとメレニーが立っていた。
「良かった……」
三人は口々にそう言葉を漏らした。
「心配かけてごめんなさい」
エリアナが三人に謝罪をすると、三人は勝手に心配しただけだと、エリアナが謝罪する必要はないと返した。
全員部屋から出て、侍女が入れ替わりに入って来た。が……。
セドリックが自分がやるからと、侍女を追い返した。
満面の笑みでエリアナを抱えてお風呂に向かう。
エリアナは暴れる事なくセドリックにされるがままとなった。
セドリックの涙を見たエリアナは、心配をかけたお詫びだと恥ずかしさに蓋をして、セドリックが満足するまで大人しく受け入れる事にした。
身支度を終え、セドリックがエリアナを抱きかかえたまま応接室へと入って行く。
席に着く顔ぶれを見て、エリアナは自分が抱きかかえられていることに青褪めた。
セリーヌ夫人にパトリック公爵。その横には宰相のリドルが座っていたからだ。
エリアナは慌ててセドリックの腕から降りようとするが、セドリックは無視してエリアナを抱えたまま近付き席に降ろした。
「ほんっっとに、セドリックのエリアナちゃん好きには呆れるわね」
セリーヌ夫人が呆れ顔でセドリックへ視線を向けた。
「何か問題がありますか?」
セドリックの返事に、セリーヌ夫人は呆れパトリックとリドル宰相は苦笑いをしていた。
エリアナの向かいには両親が座っていた。
「さて、建国祭はいよいよ明日になった。先日学園で起きた事を説明しよう。カーマイン子爵夫妻は昨夜着いたばかりで事情を知らないままであるし、エリアナ君は眠っていたからな」
学園の事はセドリックが説明してくれた。実行犯と主犯も見つかり仮の処分として謹慎を命じられている。
王家としてはセドリックの治癒魔法についての対処を説明された。
セドリックが人前で治癒魔法を使った事にエリアナは顔色を悪くした。
「セドリック君が聖人になることは無い。陛下が聖教様と接触されエリアナ君の事を既に伝えてある。聖教様はエリアナ君に感謝していた。いずれ会いたいとも」
リドルの説明に納得するも、そんなに簡単に神殿が手を引くとは思えない。
不安そうにするエリアナに、セドリックが追加で説明する。
「神殿からは既に私を聖人として迎えたいと書面が届いています。お断りの返事を送り、神殿での鑑定の儀は建国祭後の学園の行事のない良き日に。と、伝えてあります。直ぐに神殿が動く事はありません」
それでもエリアナは不安が消えない。
「エリアナ君を国は手放さないので、安心して下さい。エリアナ君は両陛下と四大公爵家と強い味方がおります。それに、宰相である私や学園長。ギルドマスターもおります。この国での権力者全てがエリアナ君を手放したくないほどに気に入っているのですから」
リドル宰相が安心するようにエリアナへと伝える。
「エリアナちゃんは何を心配しているの?自分の価値を思い出してみて。SSランクの冒険者で神様のお気に入り。それに黒竜様とは正式に契約をしているのよ?誰がエリアナちゃんに勝てるのよ」
セリーヌ夫人の言葉だけを聞くと最強令嬢にしか聞こえない。
「エリアナ、貴女はもっと自信を持ちなさい。爵位は子爵だけれど、国を超えたSSランクの身分を持っているの。貴女は自慢の私達夫婦の娘よ。強く優しく情に脆い大切な娘。冒険者の女性の喧嘩を買い、リリアーヌ様や、それに、フィデラ夫人や王妃様に喧嘩を売った強気の貴女はどこに行ったの?
自分を見失っては駄目よ、エリアナ」
母であるエリザがエリアナを叱咤する。
エリアナは強い手札を手にする度に、弱くなっていたのかもしれない。
与えられる大きな責任に、押し潰されないように気を張っていたのだと自覚した。
エリアナは自分の弱さを自覚すると涙が溢れた。
「リア、もっと周りを頼って下さい。一人で抱えるには荷物が大き過ぎますよ?」
子供に言い聞かせるような口調のセドリックだけれど、今のエリアナにはスッと胸に言葉が落ちてくる。
エリアナが落ち着いた事を確認すると、リドル宰相が口を開く。
「建国祭の進行について、本日は説明にあがりました」
リドル宰相はエリアナを真っ直ぐに見つめた。
(私に説明しに来られたのよね)
エリアナは姿勢を正し、宰相の言葉を待った。




