9話 学園に広がる権力闘争
エリアナはセドリックから毎日イザベルの様子を教えて貰っている。
アーノルド殿下と側近の誰かが側にいる事で、少し落ち着いているようだった。
でも、居心地悪い事には変わりはない様子。
昨日、シーベル殿下とエイミの婚約がシーベル殿下から直接生徒達に伝えられ、貴族科や魔法科では祝福を受けていた。
「スヴァルト王国の貴族と竜人国の王族の婚約なのに、簡素過ぎない?もっと華々しく公表されるものじゃないのかしら?」
エリアナはこんなにあっさりと公表されて終わる事に疑問を感じた。
「それはね、竜人国では王太子以外の王子王女は自分で生きる場を見つけなければならないの。二十歳を迎えたら王族の籍は残るけれど、城を出なければならない。だから、婚約も自由なんだって。ミラールさんに教えて貰ったわ」
エリアナの背後からそう話すのはキャシーだった。
振り向いてキャシーを目にしたエリアナは、走りよりキャシーに抱きついた。
「大丈夫?心配したのよ?手紙の返事もないし、セドも何も教えてくれないんだもん」
キャシーから離れ、膨れっ面で心配と苦情を伝える。
「ごめんなさい。色々考えて整理していたの。それに、はい!私の異世界初の冒険の本よ!」
薄い木の板には綺麗な彫刻が彫られ、中を開くと紙とインクの匂いがふわりと香った。
「綺麗な彫刻ね……」
花や昆虫が立体的に掘られていて、芸術品と言っても過言ではない。
「彫刻は弟のシリルが彫ったの。昆虫オタクなのよ」
「ありがとうございます。キャシー。貴方のファンだったから、とても嬉しい!大切にするわ!」
本を抱きしめ、エリアナはキャシーに心からお礼を伝えた。
「キャシー嬢は選択教科はどちらを?」
セドリックがキャシーに問いかけた。
「魔術科と貴族科と領地経営科ね。貴族科は後継である以上、外せなくて。だから、魔術科と領地経営科は絶対に譲らなかったのよ。エリアナと会える科はそれしかないのに、淑女科に入れられそうだったから戦ったわよ」
自慢気に話すキャシーは、冒険者ギルドで弱っていた姿とは全く違い元気そうだ。
「ところで、キャシー一人なの?」
いつも一緒にいるダリル殿下がいないので、キョロキョロ探していた。
「学園長に挨拶に行くって。アルーン国から書簡を渡されているからそれを届けるのと、貴族科が最初の授業になるからアルバート殿下にも挨拶するみたいよ」
(貴族科か……イザベル様とエイミー様の事を伝えた方が良いかな?)
エリアナは難しい顔をしたまま考え込んだ。
「キャシー嬢には貴族科の様子は伝えてあります。イザベル嬢とエイミー嬢がどういう関係なのかも」
「そうなの?」
「状況を知っていた方が良いと思って、セドリック様やアーノルド殿下に教えて貰ったの」
「それなら良かった?のかしら?貴族科は凄いことになってるから……」
エリアナは良かったのか分からずに疑問で返した。
「話を聞くと、イザベル様を守った方が良いと思ったからアーノルド殿下とイザベル様と一緒にいるわ」
(キャシーがイザベル様の側にいてくれるなら、少しはイザベル様も安心してくれるかな)
「イザベル様は多分変わろうとしていると思うの。私も力になりたいけれど、いまは動けない……変わろうとする人を見捨ててはいけないと思うの。キャシーに頼む事になるけど、イザベル様を守ってあげてね。でも、エイミー様とは揉め事を起こさない方が良いわ。キャシーは以外と喧嘩っ早いし」
お互い笑い出し情報交換をしながら棟の前に来た。
ダリル殿下とアーノルド殿下がキャシーを待っていた。
エリアナは礼をとり、セドリックと領地経営科へ向かう。
キャシー達は貴族科。
今日も色々ありそうだけれど乗り切るしかない。と、諦め半分で教室へと向かった。
お昼ご飯は魔術科の教室でとるため、移動する。
「疲れましたか?」
セドリックの言葉に、黙って頷くエリアナ。ケイシーがクスクス笑いながらついてくる。
領地経営科で嫌な思いをすると覚悟を決めていたけれど、通常運転で迎え入れて貰えた。
平民の特待生の三人衆が声をかけてくれた。後、仲良くしてくれた数人からも魔法科の噂を否定する言葉をかけてもらった。
後は……いつも通り、どうして良いか分からずにワタワタする生徒達がいた。
授業も領地の収支の書類の書き方から、書類に組み込まれる落とし穴等。過去に起きた書類の不憫による領地の末路を聞かされた。
「エリアナは子爵家を盛り立てたから、質問攻めにあったのよね」
「そうね……でも、領地の特産品はほとんど出してないし、公表していない商会の話しは出来ないから誤魔化すのに疲れたわ」
そんな話をしながら、魔術科の教室に着いた。
そこには、キャシーとダリル殿下が先に待っていた。
エリアナとセドリック以外は初めましてなので、簡単に自己紹介をしてもらった。
「アスティー辺境伯のご令嬢がアルーン国の王子様の婚約者なんて、物語の人物を目の前にしているみたい……」
キラキラした眼差しでキャシーとダリル殿下を眺めるケイシー。
ケイシーの「物語の人物」の言葉に、数人がビクッと肩を跳ねさせた。
お弁当を広げ、皆で「いただきます」をする。キャシーが一瞬驚くも、エリアナがにこりと笑った。
「貴族科の話をしても?」
ダリル殿下がそう言うと、魔術科の生徒も聞き耳を立てる。
「貴族科の二学年の教室は最悪でした。私とダリルが教室に入り自己紹介すると、案の定エイミー様が絡んできたわ。こっそり、パトリック様の婚約のお話を断った事もあって転生者なのか聞かれたわ」
キャシーがそう話をすると、生徒達がキャシーも転生者?と視線を向けた。
「転生者なわけないのに、あの人は初めて会う人誰もが転生者だと思ってそうで怖いわ」
と、呆れた声で伝えた。
(キャシーは転生者として生きる事を拒否したのね)
アスティー辺境伯次期当主が
「転生者ではない」と、言い切った。
それは学生の前であろうと、宣言と扱われる。
権力を持つ貴族が言い切った事を無かった事には出来ない。
「エイミー様は直ぐに事実を曲げて話をされますからね」
アーネットがため息を吐きながらそう伝えると、クラス全員が大きく頷いていた。
「ダリルにこっそり色目を使うのが気に入らないけど、シーベル殿下がいるからあからさまではないわね」
「エイミー様は王子様が好きなのかしら?」
ケイシーの問に全員がそうなのだろうと、納得してしまった。
キャシーとイザベルはあまり会話をしていないらしいが、「今のイザベルなら嫌いにはならないかも?」
キャシーの言葉にエリアナは安堵した。
魔術科での昼食が終わり、午後も領地経営科。
学ぶ事は楽しいと、エリアナは授業をしっかりと受けた。
建国祭の準備のため、マリーのお店にやってきた。
セドリックが式典で着る衣装をデザインしたらしく、マリーと話し合うらしい。
エリアナはセドリックが作っていたドレスを着せ替えられている。
建国祭の衣装は当日まで見せてもらえないようだ。
仲間はずれではあるが、セドリックが嬉しそうにマリーと話し込んでいるのを見ると許すしかなかった。
幸せな時間を過ごすエリアナとは対象的に、怒りと困惑の中にいる者がいた。
神殿の祭壇の前に一人祈りを捧げる女性がいた。
虹色の花を祭壇に供え、祈りを捧げる。
祈りを終え祭壇に視線を向けると、虹色の花が真っ黒い靄に覆われていた。
「ヒィッ!」
腰を抜かし尻もちをつき、ガクガク震えながら後ずさる。
『お主の醜い願いは叶わぬ』
脳裏に響いた言葉に、エイミーは声にならない悲鳴をあげた。
神殿で祈っていたのはエイミーだった。
虹色の花はダンジョンの中でしか願いを叶えられないアイテムだと思っているのが物語の話だけ。
神官長子息のカールから虹色の花は神殿で祈っても願いが叶うと教えて貰っていた。
この事は神殿の上層部しか知らない機密事項である。
ダンジョンで願いが叶えられない場合、神殿で再度祈れば願いが叶うとされている。
表の話では。
裏の話はカールも知らされてはいない。
本当は、悪意ある願いを聞きたくない神様が神殿でその願いを言わせ処罰するための仕組み。
願いが犯罪にあたるとなると、対処しなければならないからだ。
神様はトラブルは面白くて好むが、平和を乱す事は嫌う。
ただそれだけだった。
虹色の花を持って入ると、神殿の神官には鈴の音で知らされる。
願いを叶えに来た者には神官が聞いている事は解らない。
今回は神様が鈴を鳴らさず、自ら断りを入れたのだ。
「なによ!ダンジョンじゃなくても、神殿で願いが叶うって言ったじゃない!それに、醜いってなんなのよ……あれが神様?これって神殿の仕掛けでしょう!願いを叶える気なんて最初からないんじゃないのよ!」
怯えていたかと思っていたが、怒りの表情で祭壇に向け言い放っていた。
姿を隠した神様も、エイミーの様子に口をポカーンと開けていた。
『嘘でしょう?神の声を否定するなんて……』
エイミーは祭壇の花を掴み投げ捨てると、そのまま放置して怒りのまま神殿を去っていった。
エイミーの願い。
(セドリックが私を追いかけて来ますように。アーノルド殿下もダリル殿下も追いかけて来て欲しいな。ハーレム要員として私を追いかけるように、お願いします!!)
神様からエイミーの願いを聞かされたエリアナとセドリックは、苦虫を噛み潰したような表情になったのは言うまでもない。
神殿の祈りを却下されてからのエイミーは、影でイザベルとエリアナを貶める噂を流した。
最近はキャシーまでも噂されるようになる。
パトリックとの婚約があったが、エイミーと親しい事に嫉妬してパトリックを捨てた。
パトリックは辺境伯領で騎士として婿入りする予定だったが、キャシーの嫉妬で未来が絶たれた。
パトリックの側でその傷心を癒したのがエイミーである。
まだ小さいけれど、エイミーを「聖女」と呼ぶ者も出てきた。
なぜに?!
どこが?!
エイミーを嫌う高位貴族はそう感想を持つが、下位貴族は男爵令嬢が自国の王子と恋人のように過ごしていたのを見て知っている。次のお相手は竜人国の王子。
シンデレラストーリーを夢見る者から、尊敬の眼差しを集めていた。
高位貴族の数より、下位貴族の方が圧倒的に多い。
下位貴族の夢物語を否定するには、数の差で高位貴族が負けてしまう。
高位貴族が強く出れば出るほど、下位貴族の結束が強くなる。
トラブルは貴族科を超えて学園中に流れて行った。
高位貴族 対 下位貴族
高位貴族は不愉快だと、エイミーの受ける授業を欠席した。
学びに来ている学園で遊び気分でいる下位貴族に対し、学園に苦言を呈したのだ。
教師から注意を受ける下位貴族の生徒達は高位貴族は横暴だと不満を抱える。
学園の中での話では済まされない一歩手前まで来ていた。
学園の空気が悪くなるなか、もう直ぐ建国祭の日を迎える事になる。




