6話 悪役令嬢となるのか
学園のお休みの二日で竜人国を行き来し、帰国早々に陛下との謁見にギルドへの訪問……。
エリアナは結局、二日も学園を休んでいた。
エイミーに言われた、ギルドに入り浸りエルドラとの親密な関係の言葉を思い出し、エリアナは朝から憂鬱だった。
セドリックが大丈夫だと慰めるも、エイミーの事だ。ある事ない事を言いふらしていると思うと、学園に行くのが少しだけ嫌になってしまう。
魔術科の教室の前で深呼吸して、セドリックへと顔を向けた。
「心配してくれてありがとう。大丈夫だから」
セドリックが教室へ入るのを確認すると、エリアナは扉を開き教室へと入って行った。
セドリックは自分の教室に入る振りをして、こっそり出てくると扉の窓からエリアナの様子を伺っていた。
エリアナが教室に入ると、ケイシーが近付き仲良く話しているのが見えた。
エリアナも笑顔で応えている。
「セドリック殿は心配症ですね」
セドリックの背後から話しかけてきたのは、側近のエドワルドだった。
「殿下からの伝言です。シーベル殿下が魔術科に変更願いを出されましたが直ぐに許可は下りないそうです」
「許可が直ぐに下りないとなると、リアに無理矢理接近してくる可能性もあるな」
「ですので、エリアナ嬢には申し訳ないのですが、魔術科以外の選択教科に行かないようにお伝え下さい。シーベル殿下がC棟に行けないように貴族科に引き止めるそうです。いずれ魔術科に来る事にはなりますが、時間は稼ぐから準備を急いで欲しい。との事です」
「そうか……殿下にお礼を頼む。そして、準備は急ぐとも」
「伝えますが、そろそろ教室に戻らないと授業が始まりますよ?」
エドワルドの言葉にエリアナの様子を再度確認し、セドリックは自分の教室に戻って行った。
エリアナはケイシーが変わりなく接してくれる事に安心していた。
クラスメイト達も変わらない気がするけれど、少しだけ違和感を感じた。
「お!エリアナ君が来たならばダンジョンの同行をお願いしたいが、冒険者ギルドから下位ランクとの同行クエストの経験をさせたいからと、学園に要請が届いた。ダンジョンにはAランクの冒険者が同行する事になった」
ヨリ先生の言葉にクラスメイト達は不満を次々と口にした。
「待て待て!エリアナ君が教室に残るなら、色々指導してもらえるぞ?ダンジョンに同行すれば、エリアナ君はパーティに付きっきりだ」
どうする?と、ヨリ先生が聞くと。
「冒険者の方達も経験が必要ならば、仕方ないよな」
「ギルドからの要請なら、従うしかありませんもの」
と、さっきまで不満を言っていたはずが無かった事にされた。
「では、予定通りにダンジョンに向かう者は私が門まで引率しよう」
ダンジョンに向かう生徒は、エリアナの残る教室に未練があるのか寂しそうにヨリ先生の後について行った。
先生がいなくなった教室は、自由に出来る。魔術の勉強はしなければならないが、誰と一緒にいても良い。
クラスメイトはエリアナとケイシーの周りに集まり、囲むように席についた。
エリアナは魔術の勉強かと、何を聞かれるのか期待したが聞かれた内容に(やっぱりかー)と、ため息を吐く事になる。
「お休み明けてから魔術科への悪口と言うか、軽蔑の視線が凄くて」
「そうなの!しかも、悪く言われる原因がエイミー様を魔術科の生徒達が追い出した!って、噂を広められたのよ」
「勝手に騒いでアーノルド殿下に引き離されたのになー。理不尽だよ」
そんな事だろうと予測はしていたけれど、エイミーが流す捻りもない噂の内容に呆れてしまう。
「しかも、エリアナ様がギルドマスターと親密だとか、SSランクも実力じゃなく得たとか。もー!むかつくのよね!」
説明をするのは、双子のグランとマーヤだ。
マーヤは特にエイミーに対して怒っている。
「予測していたから私に関しては何を言われても大丈夫だけど、魔術科を悪く言うのは許せないわね」
「エイミー様に怒っていないのですか?」
マーヤが不思議そうに問いかけた。
「そうねー。怒るって言うより呆れるのと、またかって感じね。憂鬱にはなるけれど、幼稚過ぎて相手をするのが面倒臭い。って感じね」
エリアナはため息と一緒に、そう答えた。
「騎士科はほとんど噂の内容を信じていないから大丈夫だ。タチアナがそう教えてくれたからな」
「タチアナが言うのなら大丈夫ね」
グランとマーヤの会話にタチアナの名前が出てきた事が気になった。
騎士科と魔術科は接点がないから。
「タチアナはグランの幼馴染で婚約者なの。私も仲良くしてて、昨日タチアナが邸に来て騎士科の様子を教えてくれたの」
「え?婚約者なの?」
エリアナはグランとタチアナの馴れ初めを聞いたり、恋バナを興味津々で聞いていた。
「二人でパーティ組んで冒険者になるのね。素敵ね!」
エリアナの言葉にグランが顔を赤らめ照れている。
「冒険者で活躍するエリアナ様は、僕達にとって憧れだし目標なんだ。だから、エイミーが嫌いなんだ。転生者のくせに性格悪いし、男好きだしさー」
グランがエイミーの悪口を言い始めたので、エリアナが手で制した。
「グランさんが言いたい気持ちはわかるけど、それを口にしたら彼女と同じ位置に立つ事になります。自分の価値を落としたら駄目よ。そんな事に気に留めず、魔術に専念しましょう。でも、気持ちは嬉しかったわ」
ありがとう。と、グランにお礼を言うとワタワタしていた。
その後は、自分達が考えた新しい紋について意見を出し合ったりした。
いつもと変わらないクラスメイト達に安心し、エリアナは自分の居場所は魔術科なのだと実感していた。
一方その頃、C棟の入り口では。
シーベル殿下が苛つきを隠せず石板に魔力を注いでいた。
「なぜ開かぬのだっ」
苛つくシーベル殿下にエイミーも戸惑っていた。
「シーベル殿下、C棟へは入れませんよ?」
そう声をかけてきたのは、アーノルド殿下だ。側近を二人伴い声をかけた。
「変更届は出してある。受理されたのだろう」
「変更届は受理されました。ですが、許可は出されていません。シーベル殿下は貴族科と外国科に席があります。まだ貴族科にすら出席していない。出席もせずに変更されては、学園で不備があり変更されたと噂が各国に広められる可能性もあります。そして、シーベル殿下の我儘で学園が混乱している。と、広まる可能性もあります。シーベル殿下の教科の変更は、色々な科を体験し最終的に選択したいと考えている。
そうする方が、学園もシーベル殿下も立場を守れますが……」
(苦しい言い訳だが、乗ってもらわなければ困る……)
アーノルド殿下は内心を隠しシーベル殿下へと問いかけた。
シーベル殿下は苦い顔を一瞬したが、王族然とした顔をしてアーノルド殿下に視線を向けた。
「そうですね。貴族科の授業も受けずに変更する事は失礼でしたね」
と、C棟から離れB棟へと向かった。
「殿下、あんな作り話にのっかるなんでシーベル殿下は大丈夫ですか?あんな噂が各国に広まるわけないじゃないですか」
側近のサニエルが小声でアーノルド殿下に伝える。
「私も少し驚いているよ。苦しい言い訳が通じるか不安だったのだが……」
(黒竜を使いスタンピードを裏から仕向ける頭の切れる人物だと警戒したが、私の嘘の話に引っかかるとは。よくわからぬ)
シーベル殿下の後を追い、とりあえずエリアナから暫く距離を取れる事に安堵した。
貴族科の教室に入るとイザベルが一人座っているのが、アーノルド殿下の視界に入った。
最近は全く交流がない。
アーノルド殿下から接触する事はないし、イザベルからも接触はない。
(イザベルは婚約者から降ろされる事に気が付いているのだろうか)
一人窓辺に座るイザベルをアーノルド殿下は気にかけながら、シーベル殿下の側に寄ろうとした。
「エイミー様、お久しぶりですわ」
と、令嬢令息達が次々とエイミーに挨拶をする。
シーベル殿下が現れ、見目麗しい王子を近くで見ようとエイミーに声をかけたのだ。
エイミーは自分に好意があると勘違いし、嬉しそうに返事を返している。
令嬢達の視線が誰に向いているのかも気が付いていないようだ。
教室が騒がしくなり、イザベルが視線をアーノルド殿下の方に向けた。
アーノルド殿下の周りに視線を移動させると、シーベル殿下を見た瞬間イザベルは固まってしまった。
じっとシーベル殿下を眺めている。
アーノルド殿下はイザベルの気移りかとイザベルを見ていると、アーノルド殿下の視線に気が付いたイザベルはパッと視線を外し窓の外を眺め始めた。
(気移りではないのか?シーベル殿下を見て明らかに動揺していたが……)
まあ良いか。と、アーノルド殿下は騒ぐ生徒達を席に座らせ、授業を受ける事にした。
午前が終わり、昼食のために移動しようと席を立つとイザベルがアーノルド殿下達の側にやってきた。
「アーノルド殿下、お久しぶりです。少しエイミー様をお借りしても?」
いつもの親しみはなく、距離を置かれた口調だが何やら企んでいる様子は見れない。
自分の立ち位置をイザベルは理解しているのだと、判断をし許可を出した。
「二人は親友なのだろう?許可などいらない。話くらいすると良いよ」
「ありがとうございます」
イザベルが返事を返すも、エイミーは嫌だと言い始めた。
「私はイザベル様に用事はないわよ。それに、親友じゃないしっ」
ずっとエイミーと一緒にいたはずのイザベルを親友ではない。そう言い切ったエイミーに、一部の生徒達が冷たい視線を向けた。
エイミーがアーノルド殿下に馴れ馴れしく接していた事で、イザベルが婚約者として不合格では?と言われ始めた原因のエイミー。
イザベルはそれに対して何も言わず、一人耐えている様に周囲には見えていた。
それなのに、エイミーの言葉は残酷すぎると反感と不躾な視線に変わったのだ。
シーベル殿下もエイミーに対する周りの変化を感じたのか、エイミーにイザベルと話をするように伝えた。
「シーベル殿下が言うなら……」
渋々ながらイザベルの後をついて行った。
イザベルが中庭へとエイミーを連れてきた。
食堂へ移動する生徒もいるが、距離があるので会話は聞こえない。
しかし、相手は嘘を広める事が上手いエイミーだ。
誰も見ていない場所で二人で会う事は危険だと、イザベルは学んでいた。
「イザベル、用事はなに」
礼儀もなく、エイミーが心底嫌そうに声をかけた。
「シーベル殿下はエイミーの何?シーベル殿下が何故スヴァルト王国に来ているの?」
「はぁ?あんたに関係ないでしょう?何?アーノルドからシーベルに鞍替えする気?残念ね。シーベルの婚約者は私になるの。もう直ぐ発表されるわ」
「鞍替えなんてしないわ。お願い、一度だけシーベル殿下に会わせて欲しいの。二人で話がしたくて。声が聞こえない距離ならエイミーもいても良いから。お願いっ!」
「馬鹿じゃない?なんでイザベルにシーベルを会わせなきゃいけないのよ。しかも二人で話がしたいだなんて。私が婚約者だって言ったわよね?絶対に嫌よ!」
エイミーはそう言い放つと、縋ろうとするイザベルを突き離した。
すると、イザベルは後ろに倒れ尻餅を突いてしまった。
離れた位置からその光景を見た生徒達が、
「エイミー男爵令嬢がイザベル公爵令嬢を突き飛ばしたぞ」
と、騒ぎ始めた。
(まずい……)
咄嗟にエイミーは涙を流し、騒ぐ生徒達の方に走って行った。
「イザベル様がシーベル殿下と私の仲に嫉妬して呼び出したの。私はシーベル殿下をお慕いしているだけなのに、男爵令嬢のくせにって……シーベル殿下の隣を譲るように言われて拒否したら、腕を掴まれたから……だから……」
ポロポロ泣きながら、自分は被害者だと泣き始めた。
信じないだろうと思われたが、一部の下位貴族がエイミーに同情し庇い始めた。
エイミーは令嬢達に連れられ、姿が見えなくなっていた。
イザベルは人目があるから大丈夫だと考えていたけれど、エイミーが逆手に取りイザベルを悪役に仕立てた。
エイミーは少なくとも誰かに声をかけられ手を差し伸べられていた。
反して自分は……。
地面に尻餅を突いたまま、動けないイザベル。
「悪役令嬢だものね……。物語の展開からは逃げれないのかしらね」
呆然としながら「悪役令嬢」その言葉を口にしていた。
「悪役令嬢になっても構わない。シーク殿下が今どうしているのか知りたい……」
イザベルは立ち上がり、シーク殿下の名前を口にした。
「お父様に頼んでみる?無理よね。迷惑かけ過ぎているし……。アーノルド殿下にはシーベル殿下との対面をお願いする訳にはいかないし……」
ぶつぶつと呟きながら、イザベルも中庭から離れた。
「シーク殿下。初めて聞く名前が出たが、セドリック様に伝えるべきだな」
「エイミー嬢とイザベル嬢が接触し騒ぎになったのだから、早急に主に報告を」
二人の密偵がセドリックの元に報告に向かう。
話を聞いたセドリックがエリアナに伝えるかを悩んだが、今日エリアナに伝える事はしないと判断した。
明日は久し振りにアーネットとケイシーが子爵家を訪ねてくる。
明日の準備の買い物をしに今日は街に向かう予定。
忙しないここ数日で、ようやく二人きりでデートが出来るのだ。
エリアナの予定を優先するに決まっている。
セドリックは密偵に監視を強めるよう指示し、足取り軽くエリアナを教室まで迎えに行った。




