5話 シーベル殿下の接近
冒険者ギルドの二階。
ギルドマスターの部屋ではキャシーが倒れバタバタしている……。
そんな中、ギルドの一階では別の問題が起きていた。
冒険者ギルドの扉が開き現れた人物を見たエリーは、誰も気が付かない速さで受け付けの下にサッと潜り込んだ。
隣に立っていた受け付け嬢のジュリーは驚き、視線を少しだけ下げエリーの様子を確認した。
エリーは口元に人差し指をあてジュリーにエリーの存在を無視する意図を送った。
ジュリーの前に見目麗しい令息と、ギルドで散々問題視されているエイミーがやって来た。
「少し尋ねたい。こちらにSSランクのエリアナ嬢が来てるはずだが」
ジュリーのスカートをエリーが一回引いた。「はい」の意味であり二回引けば「いいえ」の意味となる。
「エリアナ様はギルマスと面会中でして、取り次ぎは出来ません」
ジュリーの答えに令息は
「ならば取り次ぎをお願いしたい」と、申し出た。
スカートが一回引かれたため、
「確認してまいります。貴方様のお名前を伺っても?」
令息に名前を確認すると、「シーベル」と名乗った。
ジュリーは二階へと向かう。
エリーは受け付けの下で、 とシーベルと名乗る者とエイミーの会話を盗み聞きする。
「シーベル様、なぜエリアナ様をそんなに気にするのですか?」
「エリアナ嬢はSSランクの冒険者だし、噂では素晴らしい令嬢だと聞いている。知り合いになりたいと思っているし、学園でも仲良くしたいからね」
(ん?わかってるじゃない!エリアナちゃんは良い子なのよ)
盗み聞きするエリーは、ルーベンがエリアナを褒める言葉に同意する。
シーベルの言葉を聞いたエイミーは、不満気な口調になる。
「浮気ですか?確かにエリアナ様は少し美人かもしれませんが、噂より性格悪いですよ?」
と、シーベルに伝えていた。
(お前が言うなっ!エリアナちゃんはお前より遥かに美人なのよっ)
エリーは心の中で盛大に怒り反論する。
「エリアナ嬢の噂は二分している。どちらを信用するかはその人が決めれば良いのでは?それに、エイミーは私と婚約するのでしょう?私が仲良くしたいと思う人とも仲良くしてもらいたい」
「そうだけど……」
頬を膨らませ、拗ねた素振りをするエイミー。
(シーベルまでエリアナに靡いたらムカつくんですけど!でも、婚約の話は進んでいるから我慢するしかないのか……)
エイミーは小さく溜め息を吐くと、シーベルを上目遣いで見上げる。
「シーベル様をエリアナ様に盗られたくないの。エリアナ様は私が仲良くしていた男性をほとんど侍らせているから……不安なの」
甘ったるい声で言葉を紡ぐエイミーに対し、シーベルは優しく頭を撫でた。
反して机の下に潜むエリーは、顔を顰め舌を出しうんざりとした顔をしていた。
戻って来たジュリーがエリーの顔を見て、頬を引きつらせてしまう。
「コホン……エリアナ様とギルマスの面会の終わる時間が未定なため、取り次ぎ出来ないとの返事を貰っています」
ジュリーがそう伝えるが、シーベルは諦め悪く。
「そうですか。では、終わるまで待ちますので」
シーベルが帰るつもりはないと伝えると、エリーがジュリーのスカートを引き二階へと指を指した。
「では、その旨を伝えてきますので、お待ち下さい」
ジュリーが再び立ち去ると、エイミーがシーベルに声をかけた。
「立ったままだと疲れるから、あっちに座っているわ」
「そうだね。座って待っててくれ」
エイミーは受け付けから離れたけれど、シーベルは受け付けから動く気配はない。
「あれで貴族令嬢かよ。まぁー、確かに顔は少しは可愛いけど、エリアナ嬢ほどではないな。転生者じゃなきゃ構うかよ」
大きな溜め息とともにシーベルが呟いた言葉にエリーは、やっぱりなぁー。としか感じなかった。
(イザベル様も転生者だと公表しているけど、アーノルド殿下の婚約者だから手を出せないのかしら。
にしても、彼が転生者を狙っている事は確かね……。私からすれば、要らない転生者だけど)
エリーはこれ以上情報を得れないだろうと、盗み聞きを止めた。
机の下を這い、見つからないようにしながら受け付けから出ると、さも今来ましたよ~の体で受け付けの中に戻って来た。
「どうされましたか?ご要件を伺いますが」
素知らぬふりをしシーベルに声をかけた。
「ああ、大丈夫です。受け付けの方に用件は伝えてありますので、返答待ちなのです」
「そうですか」
エリーは少し離れた位置で書類を捌き始めた。
間を置かずにジュリーが戻って来た。
「エリアナ様からは、少し時間がかかりますが待っててください。とのお返事です」
ジュリーの言葉にシーベルが返事を返そうとするが、エリーが口を挟んだ。
「あら?エリアナちゃんに用事だったの?私はエリー。エリアナちゃんの専属受け付け嬢なの。事前のアポなしはお断りなんだけど」
「エリーさんですね。申し訳ありません。なかなか学園でも会えなくて、押しかける以外接触出来ないものですから」
人の良さそうな表情と言葉選びをするけれど、先程のエイミーに対する言葉をエリーは聞いている。
(貴族然りな対応ね。転生者であるエイミー嬢も手に入れたいけれど、エリアナちゃんも欲しい。か……)
「エリアナちゃんは良い子だから、皆に慕われているもの。近付きたい人は多いですしね」
「そうなのです。学園でも、彼女の功績を聞けば聞くほど知り合いになって損はないと思っています」
シーベルはエリアナを褒める事で、専属であるエリーを取り込み少しでも情報を得ようと考えた。
「見る目ありますね。エリアナちゃんは本当に良い子なのです。エリアナちゃんの良いところは……」
エリーは気を良くしたのか、エリアナについて語り始めた。
シーベルがエリーから聞かされる話は誰もが知る冒険者として頑張るエリアナの姿のみを語っていた。
他の話は一切しないのだが、シーベルはエリーの会話の誘導により自分の出自やエリアナに近付きたい事を無自覚に語っていた。
エリーの会話の誘導にかかれば、シーベルは簡単に口を滑らせていた。
(エリアナちゃんに先に伝える必要があるわね……)
「ジュリー、倉庫の備品確認を忘れていたから少し離れるわ。シーベル様も、エリアナちゃんを褒めてくれてありがとうございました。少し失礼しますね」
受け付けから出たエリーは裏口に向かい柱の影から方向を変えた。
エイミーが座る席に近付くと、柱の影に隠れエイミーの様子を伺う。
エイミーは何やら独り言を言っているようだ。
「シーベルがいるって事は、物語が他に存在してるのね。シーベルの……ヒロインは………けど、成り代わり……良いのよね。……は彼らが攻略の手伝いをしてくれているから、シーベルが攻略できなくても……」
「エイミー?独り言かい?」
エイミーの最後の言葉はシーベルにより遮られた。
エリーは柱の影からゆっくりと体を離し、二階へと向かう。
(内容がはっきりしないわね。これは調べ上げてからの報告かしら……)
エリーはエリアナに告げる話を頭の中で纏めながらギルマスの部屋に近づいた。部屋から漏れる異様な空気感を肌で感じ、急いで扉の前に来た。
異様な空気に何があったのか解らないけれど、シーベルに会うより前に先にエリアナに伝えた方が良いと判断をし、扉をノックした。
「しつこいぞっ!エリアナの用事が終わったら行くと言っているだろう!」
エルランドが声を荒げてノックの返事を返した。
ムッとしたエリーは扉を勢い良く開いた。
「エリアナちゃんにちょっとした情報を持ってきただけなんですけど」
エリーはエルランドを睨みつけ、エリアナを探した。
ソファーに横になり泣いているキャシーと慰めているダリルが視界に入った。
側に立つエリアナも、泣きそうな表情をしていた。
「エリーお姉さん、情報って?」
エリアナはキャシーから離れ、エリーの前に来る。
「シーベルって竜人の王子とエイミーの事で先に伝える話があったのよ」
エリーの言葉にエリアナは話を聞くと了承をした。
セドリックとエリアナが椅子に座り向かいにエリーとエルランドが座った。
エリーはエルランドに鬱陶しそうな視線を向けた。
扉越しに怒鳴られた事を許していなかった。
「エリー、解った。悪かったから、そんな視線を向けるな。エリアナに話があるんだろう?」
エルランドがエリーに謝罪しながら話をするように促した。
「二人の会話を盗み聞きしたり情報を得たから、エリアナちゃんが王子と会う前に知っていた方が良いかと思って」
シーベル殿下はエイミーが転生者である事を知り、婚約する事を内密に進めていた。
数日後には正式な婚約が整うらしい。
「竜人王が許可されるかしら?きっと反対される気がするのだけれど」
エリアナは竜人王を思い出し、そう口にした。
竜人王はシーベルが何やら企んでいる事を知っている。エリアナやスヴァルト王国に迷惑がかかる事を許可するとは思えない。
「王の許可は要らないみたいなの。16歳で成人とみなされると神殿の許可で婚約が整うみたい。番に関係するらしく、未成年であっても番同士であれば二人で婚約申請し認められる。番でなくとも、成人すれば親の許可は要らないみたいね。王族の場合、皇太子殿下だけは竜人王の許可がなければ婚約出来ないようだけど。長く治世を統治するのだから、次代の王や王妃は厳しく精査される。その他の王族は成人したら自由みたいね」
エリーの話す内容に、なるほど。と、全員納得する。
「王子は転生者と婚約して、この国に残るみたいね。卒業したらエイミーを連れて竜人国に帰るのかと聞いたら、エイミーを竜人国に連れて行くのは可哀想だからスヴァルト王国に自分が残るって言っていたわ」
「それも許可されてしまうって事よね?」
エリアナの問いかけにエリーが頷いた。
「そして、王子の目的はエリアナちゃんと接触する事。なぜかは解らないけれど、エリアナちゃんに執着しているのは確かね。好意を持っているのは事実だけれど、他に何かを隠してる感じはしたわ」
エリアナはエリーの話を聞いて直ぐにセドリックの手を繋ぎ、嫉妬心で魔力を爆ぜさせないようにエリアナの魔力を注いだ。
「シーベル殿下を避けるより一度話をしたいとは思っていたから、今が良い機会だと判断して会う事にしたの」
エリアナはセドリックを落ち着かせながらエリーに答えた。
「シーベルは他に何か言ってなかったか?神殿に申請するにはシーベル一人では無理だろう。国から離れ過ぎている。一人で出来る事ではない。どちらかの国に協力者がいるはず」
ふいに窓際の方から声をかけられた。
「エリーお姉さまは初めてよね。あの人は竜人国の第二王女シシュリー殿下よ」
エリアナがシシュリーを紹介すると、エリーが「あぁ、破廉恥王女」と、ポツリと漏らした。
「煩い!破廉恥ではない!私は清い体だ!その呼び名はやめろ!」
シシュリーは真っ赤になりながら叫んだ。
「「「「え?嘘でしょう?」」」」
全員が驚愕の眼差しでシシュリーを見た。
「その話はもうよい。シーベルは誰か名前を言っていなかったか?」
「そう言えば、公爵と言いかけて口を噤んだわね……」
エリーの言葉にシシュリーが苦い顔をした。
「お前は目星がついてるのか?」
エルランドがシシュリーに声をかける。
「こちらで調べてみる」
シシュリーは足元に座っているミラールに耳打ちをすると、ミラールは立ち上がり部屋から出て行った。
「この後会う時に気を付けね。エイミーは相変わらずエリアナちゃんを敵視しているから」
エリーは話を終えるとキャシーに視線を向けた。気にしつつも何も聞く事なく部屋を後にした。
「キャシー嬢が落ち着くまで先にシーベル殿下に会いましょう。会ってさっさと帰ってもらわなければ」
セドリックが苛立ち交じりでシーベル殿下の事をさっさと追い返そうとしていた。
「悪いけどセドは連れて行かないわ。きっと私とシーベル殿下の話を邪魔するでしょう?殿下に会う意味がなくなるわ」
「それはっ」セドリックが反論しようとするが、エリアナに手で制される。
「今日追い返しても、きっと会うまで何度も私を追いかけてくるわ。何度もね!
今日会ってとりあえず話をつけるか、ずっと私を追いかけさせて何度も顔を合わせるのか。セドはどっちが良いと思う?」
セドリックはグッと言葉を詰まらせるが、渋々、物凄く渋々とエリアナ一人で会う事に頷いた。
エリアナはセドリックを部屋に置き去りにし、ギルドの一階へと向かう。
階段から降りてくるエリアナを見付けたシーベルは、表情を明るくしエリアナの方に歩き始めた。
勿論シーベル一人が近づく事にはならない。
なぜなら、エイミーがエリアナを視界に入れシーベルが近づく様子を見ていたから。
エイミーはシーベル殿下の隣にスッと立ち、エリアナを牽制してきた。
「ここ数日、学園をお休みしているそうですが冒険者ギルドで何をしているのですか?魔物の出現も聞いていないし、学園より冒険者が沢山いるギルドが好きなのですか?ギルドマスターと親密だと聞いてますし、もしかして?」
深い意味はない様子を装いながら伝える言葉には含みがある。
エリアナはエイミーの個別感情に乗る気はないので、存在を丸っと無視した。
そんなエリアナの態度に文句を言おうとしたエイミーを、シーベルが手で制した。
「なっ!なんでよ!」不満たらたらのエイミーの抗議の声をエリアナとシーベルは聞こえない振りをした。
「シーベル殿下、お久しぶりです。私にご用と聞いて来ましたが」
「学園初日で会って以来、交流出来なかったのでどうしているかと思っていました。それに、魔術にも興味を持ちまして魔術師として素晴らしい能力を持つエリアナ嬢からの指導をお願いしたかったのです。
学園生活は短い。私は多くの事を学び有意義な学園生活を過ごしたいのです」
シーベルはエリアナに会いたかった理由を伝えた。
(私自身ではなく、魔術の指導者として欲しいと?エリーお姉さまの話と少し違うわね……エリーお姉さまは私に嘘をつかない。ならば、シーベル殿下を警戒した方が良いわね……)
シーベルは悩むエリアナが答えるのを待った。
「わかりました。シーベル殿下の指導をお受けします。ですが、選択教科を再び変更される事はアーノルド殿下に必ずお伝え下さい」
「ありがとう、エリアナ嬢。明日は学園に来るかな?楽しみに待っているよ」
シーベル殿下がエリアナに一歩近付こうとするも、エイミーに腕を取られ逆に一歩後退してしまう。
腕に絡みつくエイミーに困った表情を見せるシーベル。エイミーは眉を下げ不安を伝える。
「シーベルが魔術科に変更されると、私も魔術科に変更されてしまいます。魔法科では皆さん良くしてくれましたが、魔術科ではエリアナ様がいるから不安です……」
(ん?どういう意味かしら?私が虐めるとでも?)
「大丈夫だよ。私はエリアナ嬢を指導者としてしか見ていない。エイミーとは違うのだから、安心して」
シーベルは甘い目線をエイミーに向けながらそう口にした。
エイミーはシーベルの言葉に納得しつつも、魔術科への変更は納得出来ないようだ。
「変更をするしないは、お二人で決めてください。指導は致しますが、それだけです。それに、私は沢山の生徒の指導も請け負っていますので、シーベル殿下はその中に交じっていただくだけですから」
エリアナの言葉にシーベル殿下は、え?
と、驚いた表情をする。
(まさか私が個別指導すると思っていたのかしら?)
「殿下?何か不都合でもありましたか?」
「あ、いや……大丈夫だ」
シーベル殿下は思った結果にならず不満気な空気だし、エイミーは無視され続けエリアナを睨み続けている。
(忙しいのよ!私は)
キャシーの様子が気になるエリアナは、話を終える事にした。
「明日から学園には通いますので、シーベル殿下が魔術科に戻られたのなら指導します。魔術科以外での指導はお断りしていますので、その時は他の方にお願いして下さい。
用件は終わりでしょうか?ギルドマスターを待たせていますので失礼します」
エリアナは頭を軽く下げ、シーベル殿下が口を開く前に二階へと上がって行った。
シーベル殿下はエリアナに逃げられ、内心苛立っていた。
それもこれも勝手にエリアナに絡んだ挙句、無視される始末のエイミーの存在が邪魔をしたのだ。
「シーベル殿下、用事は終わったのでしょう?疲れたから帰りましょうよ」
シーベルは笑顔でエイミーの言葉に頷いた。
エイミーが先に振り返りギルドの出口へ向かう。
まだ立ち止まったままのエイミーの背中をシーベル殿下は苛立った表情で眺めていた。
その表情を見た者は、受け付け近くにいたジュリーとエリーの二人。
「エリー、後で説明してよね」
「わかっているわ。ジュリーが私の意図を汲んでくれたから色々助かったもの。でも、機密事項もあるから、話せる部分だけね」
エリアナは秘密が多すぎる。
エリーも全てを知らされてない事は理解し納得している。
秘密があろうと、話してもらえなくても構わない。
泣きながら冒険者になった小さな女の子が幸せになるのなら。
エリーもジュリーも、エリアナの幸せを願っているのだから。




