85話 エリアナは腹を括る
シーベル殿下が口にした
「スヴァルト王国を手に入れる為の駒」
駒とは一体何を指すのか。
竜笛で緑竜を操りスヴァルト王国に何かを仕掛けるつもりなのか……。
シーベル殿下の側近の言葉に全員が考える。
シーク殿下やシーベル殿下の側近を下げ、残る者で模索する。
(神様はきっと色々と知っているはずよね……。でも、私達に話せないし監視がついてるようだし……。考えを伝えて正解か不正解かを答えてもらうだけになるのよね。きっと……)
エリアナは深い溜め息を無意識に吐いていた。
心底面倒臭い……。
それしかエリアナは自分の気持ちに対する答えは出なかった。
エリアナは冒険者になり領地を守ることに専念してきた。
姉の代わりに後継を務め領地を豊かにする以外に興味が無かった。
でも、セドリックとの婚約で様々なトラブルに巻き込まれてしまっている。
今、面倒臭そうに溜め息を吐いたエリアナの気持ちが一番理解出来るのはセドリックだろう。
『エリアナ?大丈夫?』
呑気に声をかけてくる神様にエリアナはイライラが込み上げる。
魔力の揺れに気が付いた黒竜はエリアナの膝の上に飛び乗った。
【すまない。我のせいでエリアナを巻き込んでしまったな……】
「黒竜のせいじゃないから謝らないで。何もかも全部神様のせいだから」
『え?』
なんで?と、言わんばかりの驚いた表情で神様がエリアナを凝視している。
「シーベル殿下の言葉にある駒って何かしら?緑竜って事なのかしら?」
エリアナは神様の視線を丸っと無視して、竜人王とセドリックに問いかけた。
「駒となり得るのは緑竜しかおらぬだろう。緑竜はおとなしい竜だが、竜笛で操られてしまえば逆らえぬ」
竜人王の言葉に全員が納得する。
「スヴァルト王国に緑竜を隠してるのよね。黒竜は他の竜の気配とかは解らないの?」
【近くに竜の気配は無かった】
どこに隠しているのか見当がつかない。
「シーベルも転移を使える。近くに置かずとも転移させれば済む話だからな」
「とりあえず、シーベル殿下にはアーノルド殿下が側にいます。王家の影もつけられているはずですので、動きがあれば解るかと」
シーベル殿下が何をするのか手の内が解らない以上、今考えても無駄だと結論が出た。
「何が起きようとしているのか、さっぱり解らないわ……」
エリアナの呟きを聞いても、誰も答える事はない。
答えが解らないから。
エリアナはこの世界での自分の立ち位置が解らなくなってきていた。
ただのモブに転生して頑張って生きてきただけ。
乙女ゲームの世界に転生しても、物語の道筋に加わるとは考えなかった。
神様に気に入られ、大好きな姉の婚約者や同じ病の伯爵を助ける事が出来たのは神様のおかげ。
一番の願いであった姉の幸せを見る事が出来る。
ただそれだけで十分なのに……。
竜人国とスヴァルト王国との戦争になるきっかけがエリアナ自身など夢にも思っていなかった。
神様のお気に入り。
黒竜との契約。
恋ダンのメインヒーローであるセドリックとの婚約。
そう……、どれを切り取ってもモブではない。
考え込むエリアナを竜人王もセドリックも黙って見守っている。
エリアナが思考を現実へと戻すと、自分に向けられる視線に気が付いた。
竜人王、セドリック、黒竜。
浮かびながら見つめる神様。
「私がもし腹を括って動いたとすると、全て私の満足する結果になるかしら?」
エリアナは無表情のまま、神様へと問いかける。
『腹を括ったらただのモブではいられないよ?人前に出るし、物語に強制的に引き込まれる。エリアナの持つスキルや加護に加え容姿はとても目立つ。周りはエリアナの全てを放って置かないし、手に入れようとする。それでも腹を括れる?』
エリアナは薄く笑みを浮かべると、神様に言い切った。
「私はモブで十分満足していたのよ?目立たず領地を豊かにしてお姉様の幸せな結婚を見続ける事が夢だったの。
でも私が関わると、とても目立つ結果になってしまう。放っておいて欲しいのに許されない状況になってしまう。なら、全部ぶち撒けて自由にする方が私らしんじゃないかしら。私は私らしく、目立つモブとして生きる。だから、私の持つ手札を存分に使うわ」
ニッコリ笑ってはいるが、その笑みには怒りや不満が含まれている事を全員が認識していた。
「それに、教えられないとしても私を助けてくれるのよね?」
エリアナは神様に確認をとる。
神様はぷかぷか浮かびエリアナの目の前で止まる。
『エリアナを助けるのは僕の役目だよ。お気に入りのエリアナを不幸にせず、この世界を楽しむのが僕の一番の願いだからね。そのかわり、影でこそこそするような退屈な行動はしないでよね。僕を楽しませてくれるように、派手にやってもらわないと』
両手を広げて満面の笑みで神様がエリアナに要望する。
神様からの要望は退屈させるな。
「退屈するかしないかは神様の匙加減じゃない?そんな曖昧な要望は受け付けません!」
エリアナは神様にビシッと人差し指を突きつけ堂々と言い放つ。
竜人王だけが内心驚いていた。
神様への暴言を目の前でエリアナが口にしたのだから。
『プッ……アハハハ!エリアナはやっぱり良いよね』
神様はお腹を抱えて笑い始めた。
心底楽しそうな神様を竜人王は信じられないと驚愕の眼差しで見つめる。セドリックが話した通りエリアナは神様のお気に入りであると認めるしかなかった。
「リア、腹を括るとは?」
セドリックから問いかけられたエリアナは!竜人王とセドリックに自分の考えを伝えた。
「竜人王と黒竜には秘密にしていた事があります。私は転生者です。そして、この世界は神様が異世界から持ち込んだ物語の世界と同じ道を歩んでいます……」
エリアナは今まで生きてきた事や自分の事を全て伝えた。
「転生者とは、本当に存在するのだな。竜人国には転生者が現れない。他国からそう言う話は聞くが、あまり信じてはいなかったな」
竜人王がエリアナをじっと見つめ観察している。
【我は転生者を一度見た事はある。賢く聡明で竜を崇めてくれたな】
黒竜は遠い昔を思い出し、何度も頷いた。
「今のスヴァルト王国には転生者が沢山いるのです。私を入れて5人も」
竜人王と黒竜が、え?と、驚いている。
転生者は百年に一人現れるかどうかの貴重な存在。
なのに、5人も一つの国にいるなど長く生きる竜人王すら初耳である。
「だから、神様のせいだって言ったのよ?」
エリアナからの冷たい視線に、神様はウッと身を小さくする。
『だって……世界を楽しみたかったし、エリアナの前世の国は豊かで良い国だから……』
最後の方はゴニョゴニョと言い訳を口にしていた。
『でも、エリアナはとても良い子だった。この世界に来たどの転生者より優しくて、頭が良くて、自分らしく生きていて。
魂の輝きは穢れない。転生者は最初こそ美しい魂をしていた。でも、人は欲深いからね。
でもエリアナは一切穢れを見せない。ますます魂が輝いていくんだ!だから黒竜も惹かれたんだよねー』
【エリアナの魔力は純粋な魔力で心地よい。回復が早いのもその魔力の質のおかげだ】
エリアナは褒められ過ぎてしまい、真っ赤な顔のまま固まってしまっている。
ハッとなり両手で顔を覆い俯いてしまった。
クスリと笑いセドリックがエリアナの頭を撫でる。
「では、リアはどう動きますか?」
エリアナは俯いたまま返事を返した。
「スヴァルト王国の陛下には全て伝えます。ただ、神殿に話すかはまだ迷っています。冒険者ギルドのエルランドさんは全て知っているので竜人国の事だけ伝えれば大丈夫かと」
後は……。
「キャシー様と連絡を取りたいです。物語が他にこの世界にないか見てもらいたいので、王都に来てもらいたいかな」
セドリックの質問にエリアナが悩みながら答えると、セドリックは全て手配すると約束をした。
「リアが転生者である事を隠さないのであれば、商会の代表がリアであると公表します。その時に転生者であると広めましょう」
「根回しは私には不向きだから、セドにお願いするわ。そして黒竜との契約も公表します」
『正しく契約をしていると開示する方が良いね』
セドリックはエリアナの胸元をじっと見つめ、一瞬口元を上げた。
その腹黒の笑みにエリアナは気が付いたが、何となくセドリックが見つめた先にある刻印の場所から考えている事が解った。
悪いようにはしないはずだけれど、きっと恥ずかしい思いはするのだろう。
と、心の中で溜め息を吐いてしまう。
「我が息子がスヴァルト王国で重罪を犯す可能性が高い以上、留学を取り消させよう」
竜人王の言葉にエリアナは反対する。
「きっと今回失敗しても、また次を狙ってくる可能性があります。黒竜への仕打ちも証拠がありません。竜笛を持っていたとして黒竜への仕打ちの証拠にはならない。ならば徹底的に追い込んで潰したいと考えています」
竜人王が顎に手をあて考えている。
「今の段階でシーベルを処罰するのは我が国でも難しいか……。黒竜様に手を出したシーベルを許す事は出来ぬ。エリアナ嬢が好きに始末すると良い」
竜人王の許可を貰い、エリアナがシーベルをどの様に扱っても咎める者はいなくなった。
「夕食は晩餐を共にと考えておる。部屋を用意してある故、それまでゆっくり休まれよ。こちらも色々と調べてまた話をしよう」
竜人王の言葉にお礼を伝えて、最初の面会は終了となった。
ミラールに滞在する部屋まで案内してもらう。エリアナとセドリックは、ミラールの後ろをついて行く。
ミラールは黒竜が気になるのか、数回チラリと黒竜を視界に入れる。
「ミラール様、黒竜が気になりますか?」
「っ!失礼しました」
エリアナへと振り返ると、勢い良く頭を下げた。
「竜を崇める国です。気になるのは仕方ありません。近くで見ますか?」
エリアナは黒竜の両脇に手を入れ、ミラールの目の前にグイッと出した。
「………」
ミラールは目を見開き黒竜をじっと見つめる。
「すいません。重いので抱えて下さい」
エリアナはミラールへ黒竜を押し付けた。
エリアナは黒竜がミラールを嫌がっていない事は魔力で感じていた。
ミラールは落とさないように慌てて黒竜を抱きかかえると、一粒の涙を落とした。
「っ……申し訳……」
涙を堪え、泣くのを我慢しながらも大切に黒竜を抱えている。
崇める対象の竜を抱きかかえる幸せを、ミラールは噛みしめていた。
「竜人国について竜はどういう存在なのか教えてもらえますか?良ければお部屋で聞かせてもらいたいです」
エリアナがお願いをすると、ミラールは頷き黒竜を抱えたままエリアナ達が滞在する部屋へと再び歩き始めた。
明らかに賓客を迎えるであろう部屋だと、豪華な扉を見れば解る。
ミラールが扉を開けると、とてつもない広さの部屋が目の前に広がる。
断わる事は出来そうもない。
高そうな調度品を壊さないようにする以外なかった。
エリアナとセドリックがソファーに座り、黒竜と神様はソファーの反発で遊び始めた。
ミラールが紅茶を淹れると、花の良い香りが広がる。
「花の匂い?」
エリアナの言葉にミラールが紅茶をテーブルに置き、紅茶は竜人国で咲く花を紅茶にしていると教えてくれた。
「ミラール様も座って下さい」
エリアナの言葉に一瞬躊躇うも、立ったまま話すのも背の高い自分を見上げるのは体勢が厳しいだろうと考え、エリアナの対面に腰を下ろした。
「竜人国の先祖は白竜様と人との間に産まれたお子が初代の竜人王となります。白竜様の番が人族だったのです。血の契約により寿命を分け与え長く共に過ごす中でお子は竜人王となられたお一人だったそうです。初代から受け継がれる竜の血を我々は誇りに思い、全ての竜を崇め大切に扱って来たのです」
ミラールの説明にセドリックがある事を訪ねた。
「竜人国は堕ちた竜を討伐されますが、それに関しては何かしらの理由があるのでしょうか」
瘴気に蝕まれたり、欲深くなり過ぎた竜は闇に堕ち暴走竜となる。
竜人国の竜騎士団が竜笛を使い討伐するのだった。
【竜人国に罪はない。三竜が闇落ちした竜の討伐の許可をだしているからな。竜笛も白竜の角から作られておる。三竜からはどの竜も逃れられぬ故にな】
「三竜って上位種って言われている竜の事?」
【白竜、紅竜、黒竜だ】
「黒竜って、三竜なの?シーベル殿下は三竜の一つに手を出したの?」
なんて馬鹿な事を……。
黒竜の位を認識したエリアナは、シーベルの馬鹿さに呆れ返っていた。
「だからこそリアが危険な目に合えば、黒竜が黙ってはいない。黒竜と契約しているエリアナが住まう国としてスヴァルト王国は相手国を許すわけには行かなくなるのだから、戦争になっても仕方ない。シーベル殿下は竜笛を持っている事で、黒竜を再び操れると考えている可能性が高い」
セドリックの説明で神様が黒竜を学園から遠ざけた事が正しかったと思い出す。
「シーベル殿下は頭が悪いのかしら?」
ポツリとエリアナの口から漏らした無意識の一言にミラールは苦い顔をして、セドリックと神様は顔をそらし肩を震わせる。
黒竜はキョトンとした顔でエリアナを見つめた。
セドリックは笑いを堪えながら、「頭が良いとは言えませんね」
と、エリアナに答えた。
「シーベル殿下は別として、竜人国に住まう者は竜を崇め大切に思っております」
ミラールが話を纏めてくれた。
「ミラール様、教えて頂きありがとうございます」
「いえ。竜人国を知って頂けるのは嬉しく思いますので」
優しく微笑むミラールの顔は整っていて美し過ぎる。
ほんの少しだけドキっとした事に気が付いたセドリックの魔力が揺れた。
やらかした……。と、エリアナは後悔するも、嫉妬するセドリックも嫌いではないので困ってしまう。
晩餐の支度をする時間まで、エリアナはベッドから動けずにいた。
嫉妬したセドリックに甘やかに責め立てられたエリアナは、全てをごっそり削られてベッドと一体化していた。
次話で第一章完結となります。
第二章は八月中旬頃に投稿する予定です。
二章からは乙女ゲームが本格的に動き出します。
数ある作品の中から手にとって頂き、感謝でいっぱいです。
来週は猛暑となるようです。
私の住まう地域は40度の酷暑日の予報が出てます。暑さが苦手な私は瀕死確定です……。
水分補給を忘れずに。
熱中症にはくれぐれもお気を付け下さい。




