84話 竜人王は頭を抱える
光輝く天門を抜け竜人国へと足を踏み入れる。
エリアナとセドリックが現れた場所はどこかの広場だった。辺りを見渡すと人形のように表情もなく、眉目秀麗な騎士達がズラリと並んでいる。
セドリックも背の高い方ではあるが、頭二つの差があるくらいに騎士達の背が高い。
「エリアナ・カーマイン嬢、セドリック・ハーマン殿。私は竜騎士団団長のミラールと申します。竜人王の命によりお迎えに参りました」
ミラールと名乗る男性は、かなりの美丈夫。切れ長の瞳は鋭く騎士の威圧よりも容姿の美しさの圧で怖い……。
騎士団全員が顔が良過ぎる。
美し過ぎると恐怖心が湧くことをエリアナは初めて知った。
(顔で選ばれてる訳では無いわよ…ね……?)
前を歩くミラールの後を追い、エリアナはセドリックに手を引かれたまま案内されるままについて行く。
広場には騎士達以外に人気はなく、目の前の大きなお城へ入る城門をくぐった。
ミラールは言葉もなくただ歩いている。
静かな城内を暫く歩くと豪奢な扉の前でミラールが立ち止まる。
「この先に王がおみえです」
礼をすると扉に手を翳した。ゆっくりと扉が開くとエリアナとセドリックに中に入るように促す。
恐る恐る中を覗くと、先の高い位置に置かれた王座に座る人影が見えた。
エリアナとセドリックは礼をとると、中へと歩みを進めた。
二人が中へと進むと扉が閉められる。
王に視線を向けないように視線を落とし、謁見するに失礼のない距離で止まり再度礼をとった。
「よく来た。面をあげよ」
聞いたこともない声色に少し驚いた。
勝手な想像で低く威厳ある声色を無意識に想像していた。
エリアナは顔を上げ竜人王へと視線を向ける。
騎士達が眉目秀麗であるならば、竜人王は羞花閉月の言葉が相応しく思う。
300年王座に座る王。中性的な容姿は年を全く感じさせない。
「謁見の許可を頂き感謝致します。私はスヴァルト王国ハーマン公爵が嫡子セドリック。こちらは婚約者のエリアナ・カーマイン子爵令嬢でございます」
二人で丁寧に礼をとる。
「うむ。場所を変えよう」
竜人王が指を鳴らすと謁見の間から花に囲まれた庭へと場所を移された。
(もしかして転移魔法?)
エリアナは驚きでキョロキョロしていた、
「怖くないのか?」
竜人王がクスリと笑い、エリアナに問いかけた。
「も、申し訳ありません。転移魔法を初めて見たので……」
竜人王とエリアナ達はお茶の準備をされたテーブルを挟んで対面に座る。
「我はグルドア。竜人を統べる王だ」
竜人王がエリアナに視線を向ける。
「して、我が国の者が黒竜様に何かしらの罪を犯したとスヴァルト王から書簡が届いた。そして黒竜様の守護を受けた令嬢が我に謁見を望んでいるとも書かれていた」
竜人王の瞳は感情がのっていない。
ただ、淡々とエリアナに告げるのみ。
エリアナはスタンピードの話から竜人王に説明する。
アルーン国の王子と聖女が竜人国の何者かと結託してスタンピードが発生した事を……。
「竜人国の者が関わった証拠は?」
「証拠はありませんが、証人ならいます」
エリアナは横掛け鞄を開き、小さな黒竜とラビを抱えるとテーブルに座らせた。
ぬいぐるみが座るように、お尻をペタリとつけた黒竜を見て竜人王は驚きで美しい顔が崩れてしまった。
「黒…竜様……」
【久しいな、グルドアよ】
「そのお姿は……」
【スタンピードで魔力放出を強制され、今はエリアナからの魔力を貰い自己治癒中である。そして我に魔法をかけれる者は、お主の国の者しかおらぬ。そして共犯者に竜笛を持つ者がいたようだぞ】
竜笛と聞いた竜人王の顔色が変わった。
「失礼する」
と、エリアナ達に断りを入れると指を鳴らしミラールを呼び出した。
竜人王がミラールに耳打ちをし、何やら伝えている。ミラールの顔色も悪くなりエリアナに視線を向けた。
エリアナの前にちょこんと座る黒竜を視界にいれると驚きのあまり固まってしまった。
竜人王かミラールの腕を掴み直ぐに下がるように命を出すと急ぎ庭から離れて行った。
「ミラールに調べてもらう。それまで話を聞かせてもらいたい」
エリアナは竜人王の質問の前に確認したい事があった。
「竜人王様、その前に見て頂きたい物があります」
エリアナの言葉にセドリックが魔石を竜人王の前に差し出した。
竜人王は直ぐに、それが何か……。理解したようで不快な表情を見せた。
「これをどこで?」
「これは竜人国から留学されている第三王子殿下が私と挨拶として握手をする時に、私に流し込もうとした魔力です」
渋い表情で魔石を眺めていた竜人王がゆっくりとエリアナへと視線を向けた。
「シーベルが?この魔力をそなたに流したと?シーベルがスヴァルト王国に留学していると?」
エリアナとセドリックは竜人王の言葉を不思議に思いお互いを見てしまう。
「はい。第三王子殿下は我が国の学園に先日から通っておられます。私はスヴァルト王国の王太子殿下に近い者ですが、王太子殿下が知らされたのは学園に入る少し前だと伺っております」
セドリックがそう説明すると、話を聞いた竜人王が目を瞑り黙り込んだ。
答えを聞けないまま少しの時間が過ぎると、調べを終えたのかミラールが庭へと戻って来た。
「こちらの二人にも聞かせたい。報告を述べよ」
竜人王の言葉に礼をするとミラールが調べた事を伝える。
「神殿に納められし竜笛二つのうち、一つが消えております。記録を調べたところ竜笛を持ち出した者が記されておりませんでした。ですが、竜笛が納められていた奉納庫に入られた者の名は記されております」
「シーベルか?」
ミラールは一瞬躊躇ったが小さく頷いた。
「それと、竜笛を奏でる奏者も一人行方知れずです。配下に行方を探すよう指示を出しております」
ミラールは報告を終えると後退した。
「竜笛を持ち出したのはシーベルであろう。王族ならば奉納庫から出る時に身体検査はされぬ。簡単に出せるだろうな」
竜人王は大きな溜め息を吐いた。
『溜め息を吐いてる場合ではない。スヴァルト王国と竜人国の未来は最悪になるのだぞ。さっさと何とかしろ!』
ラビが宙に浮かぶと、驚く竜人王の顔の前で話を始めた。
『竜人国は己の力を過信し過ぎなのだ。他国とこの先何かしらあった時に結果は良くないのだぞ!そして、エリアナがその良くない結果に巻き込まれる。この世界が乱されるのだからな!』
ラビの話に竜人王は勿論、エリアナはついていけない。
だが、セドリックだけは理解しラビへ問いかける。
「ラビの話から推測すると、竜人国は他国から攻め込まれる。力を過信し過ぎと言う言葉を使うのならば戦争になる。
エリアナが巻き込まれるとなると、戦争を仕掛けるのはスヴァルト王国と予測しますが、違いますか?」
セドリックの言葉にラビは頷いた。
「なぜ私が巻き込まれるの?」
エリアナの率直な疑問の言葉にセドリックが手を伸ばし、人差し指でエリアナの胸の中央をトンと優しく弾いた。
「あ、そうか……」
セドリックが指差した場所には、黒竜との契約紋がある。
大陸最強の魔力保持者になるエリアナに竜人ですら敵わなくなる。
「話が見えぬ。セドリック殿、説明を。そして不思議な魔力のその兎は何なのだ?」
「ラビは表向きはエリアナがテイムした魔物となってます。ですが、正体は神様です。
そして、エリアナは黒竜と正しく契約を交わしています。証拠の紋が先程私が指した場所に刻まれています。
黒竜の魔力を行使出来るエリアナに、竜人全てが挑んでも勝てる事はないのです」
セドリックの説明を聞き、竜人王はラビとエリアナの胸を行ったり来たりと視線が忙しくなった。
セドリックがエリアナの胸の前に手を出し、竜人王の視線を遮る。
竜人王はハッとなり「すまない」と一言謝罪をし、ラビをじっと見つめた。
「この兎が神であると……」
(神様の神力なんて感じた事がないだろうから、不思議な魔力としか思わないだろうし。兎だしね……)
【その兎は神であると我が保証する。お主の国の者から神は我を守ってくれておる】
竜人王は再び目を閉じる。
ゆっくりと視線をあげ、ラビを見つめた。
「神よ。気が付かなかった事をお詫び致します。そして、国を世界を救うに尽力致します」
『僕はこの世界をエリアナを気に入っている。そのお気に入りを壊す者は許さない』
ラビから神力が放たれた。
少しの怒りでとんでもない神力を放つラビを見て、エリアナは顔を青褪めさせる。
『あ、ごめんねー』
神力を消しエリアナを撫でながら軽く謝るラビは、やはり神なのだ。
エリアナがいるからこそ、世界を消さずにいるのだとセドリックは再認識する。
そして竜人王も正しく認識する。
「竜人王、エリアナは神様のお気に入りなのです。私は神の加護持ちですが、エリアナを守る為に与えられた加護でしかありません。エリアナは神と対等に扱われる唯一なのです」
竜人王はセドリックから話を聞き、両肘をテーブルにつくと頭を抱えた。
「我が息子は黒竜様を竜笛を使い殺そうとした。何が目的かは解らぬが、黒竜様と契約し更に神様の気に入る令嬢の国に何かしらをしようとしている。そう考えに至るのだが、合っておるか?」
頭を抱え、俯いたまま竜人王が答えた。
『その答えは正解』
ラビが正解を導いた事に、嬉しそうにくるくる飛び回る。
ふと端に控えるミラールの側に数人の騎士が現れ何やら話し込んでいる。
話を終え、騎士達を下げると竜人王の側にミラールが控えた。
竜人王が頷くと、ミラールが騎士達の報告を伝える。
「竜笛使いの家に向かったところ邸の中は荒らされ、家人達の姿が消えております。状況から見て半年以上は家人はいなかったであろうと。
そして、緑竜が消えております」
竜人王が勢い良く立ち上がると、指を鳴らしある人物を呼び出した。
まだ幼い男の子が姿を現した。
細く色白の儚い男の子。
周りをキョロキョロ見渡し竜人王の怒りに気が付いたのか、その男の子はガクガクと体を震わせへたり込んでしまった。
「言いたい事はあるか?」
男の子は震え涙を流しながらただ竜人王を見つめるだけだった。
『この子、魔力弱いねー。どれどれ……ふーん。厄介だねー』
ラビ一人が納得している。
「こっちはさっぱり解らん」
セドリックの軽口に竜人王が目を見開く。
神に対する口調ではないセドリックに驚いているが、当の本人であるラビは気にしない。
『ごめん、ごめん。この子さー器はでかいのに魔力がとっても少ないんだ。それにこの子から竜の魔力を感じる。緑竜の魔力を貰っているのかな?って』
竜人王は驚く事に疲れたようで、椅子にドサリと座ると背もたれに体を預けた。
「その者はシーベルの双子の弟、第四王子シークだ。魔力が弱く生きていけない筈だったが、緑竜が息子を気に入り魔力を与えてくれていたのだ」
話をしながら竜人王は第四王子に視線を向ける。
『無理やり緑竜を奪われた?』
ラビの質問に第四王子はコクリと頷いた。
『人質は邸の人かな?』
第四王子は泣きながら訴えた。
「邸の者全てに奴隷の首輪を嵌められ、緑竜を貸さないと全員殺すって。必ず返すから暫く貸すようにって……じゃないと、皆が殺されるっ……」
ボロボロ泣きながら訴える。
「はぁー。解った。お主ではあ奴には敵わぬ事は解っておる。だが、そなたの責任が無い訳ではない。緑竜を使い戦争が起こるやもしれぬ。暫く謹慎しておれ」
泣きながら頷き立ち上がる第四王子にエリアナが席から立ち上がり近付いていく。
第四王子は真っ直ぐにエリアナを見つめエリアナを目の前にすると、頬を薄っすら赤らめた。
「魔力は足りていますか?もし空の魔石があるのなら、私の魔力を渡します。魔術紋を刻み少しずつ必要なだけ流れるようにしますよ?」
エリアナが第四王子にそう伝えると、返事をしたのは竜人王だった。
「そのような事が出来ると言うのか?魔石から他者の魔力供給が出来ると?」
エリアナは振り向き竜人王に答えを告げる。
「出来ます。魔術とはそれ程に有能なのです。毎日触れ合わなくとも魔力供給は出来ます。ですが、触れ合う事が一番馴染みやすいのは事実です」
「駄目です!婚約者として、エリアナの魔力供給は許可しない」
セドリックの強い拒否の言葉に解決しそうな手段を絶たれてしまう。
『エリアナ?気にしなくて大丈夫だよ?セドリックはただの嫉妬だから。でも、セドリックの言い分は最もだけどね』
いつの間にか子供の姿になっていたラビが、いたずらっ子の笑みを浮かべエリアナの耳元に何かを囁いた。
次の瞬間、エリアナの顔が真っ赤になり口をはくはくさせている。
視線を下げ両手で顔を覆ってしまった……。
(異性に魔力を注ぐって夜の行為と近いなんて知らないわよっ!そんな理由ならセドリックは反対するわよね)
医療行為としての役目を担う者は何も言われる事がないが、同年代であったり異性であれば何かしらの意味を持ったと思われる事もある。
エリアナは気をつけよう!と、頭に叩き込んだ。
セドリックがエリアナの手を取り顔から手を外すと、申し訳なさそうに伝える。
「リアは知らなかったのでしょう?王子の為だと私も頭では理解出来ますが、気持ちは拒否してしまう。仕方なくともやはり嫌なのです」
エリアナは真っ赤な顔のまま、セドリックを見つめ首を振った。
「知らなかったとは言え、セドに不愉快な気持ちにさせたのは私だから。ごめんなさい」
セドリックはエリアナの指先に口付けを落とし優しく笑みを返した。
『いちゃつくのは後だよー。エリアナが魔力供給しないなら誰がするの?』
エリアナはハッとなり、セドリックの手を離した。
セドリックから小さな舌打ちが聞こえた気がしたが、放置。
「竜人王から魔力供給をしてもらいます。竜人は魔力操作が雑なので直接魔石に込めたら魔石が砕けます。竜人王がセドリックに魔力供給をし、セドリックが魔石に込める」
「雑………」
エリアナに直球で雑だと言われた竜人王は肩を落としたが、エリアナはセドリックの手のひらと魔石に必要な魔術紋を刻み準備をしていたので竜人王の嘆きの一言は聞こえていない。
竜人王がセドリックの手に膨大な魔力を注ぐと、紋がその魔力を吸い上げる。
セドリックが魔石にゆっくりと紋から魔石へと魔力を移動させると魔力供給の魔石が出来上がる。
竜人王の魔力が沢山注がれた為、予備の魔石が三つも出来た。
セドリックが魔石を第四王子に全て渡した。
「使う時に魔石に王子の魔力を少し注げば魔石と繋がります。ゆっくり魔力供給をするのでかなりの日数使えますよ」
エリアナの説明に涙をまた流しながら王子が感謝を述べている。
竜人王はその一連の作業を見てエリアナに問いかける。
「竜人にも魔術は扱えるか?」
「そうでね……雑でなければ?」
「また雑と……」
竜人王の落ち込む姿にキョトンとなるが、神様もセドリックも黒竜もエリアナの失言を教えない。
なぜなら、冷静で無表情な竜人王がエリアナの言葉に一喜一憂する姿が面白いからだ。
その後、シーベル殿下の側近から話を聞く事が出来た。
シーベル殿下が一度ポツリと囁いた言葉を耳にしたが、気の所為だと忘れていたと……。
「スヴァルト王国を手にする駒が見つかった」
シーベル殿下はそう囁いたと……。




