82話 エリアナはレーニアを思い出す
魔術科の二学年の教室は何とも言えない空気が流れていた。
エイミーがエリアナを悪く言う発言をしようとした姿を、生徒達は見ていたからだった。
二学年の生徒はアーノルド殿下の側近を始めアーネットやメレニーが在籍している。
エリアナの強い味方しかいない。
嫌悪を隠さず、エイミーへと視線を向けている。
一番気分を悪くしているのは二学年の生徒ではなく、担任のヴィラ先生だった。
敬愛してやまないエリアナに対し、エイミーが悪意ある噂を流し貶めている事は調べ上げ確認している。
だが、まだ生徒間の事と教師達が介入する事は許されていない。
ヴィラにとって許し難い存在のエイミーの担任になったのだ。不満しかない。
しかも、目の前でエイミーの言動を直接見た以上、腹の虫が治まらない。
「ヴィラ先生。気持ちは解りますが我慢です。私達は教師ですよ」
ヨリ先生が小さな声でヴィラ先生を嗜める。
ヴィラ先生は怒りを抑えるように小さく息を吐くと、生徒達に席に座るように指示する。
「昼食の時間にはダンジョンに潜った生徒達が帰ってくる。昼食後はダンジョンの様子を聞かせてもらう。それまで新しい魔術紋の考察でもしよう」
ヴィラ先生が魔術紋の説明を始めると、生徒達は魔術談義を始めた。しかしエイミーとシーベル殿下は話についていけない。
シーベル殿下の国である竜人国は魔法・魔術と区別して魔力を使わない。
竜人は魔力をただの「力」として行使するだけで個々でやりようが違う。
種族の違いであり、仕方ない事。
エイミーはただ学んでいないだけである……。
「アーノルド殿。魔術とは細かいのだな。我々竜人には無理なようだ……」
意外や意外……。シーベル殿下は魔術に挑戦していた。しかし細かい調整が苦手なようで魔術紋を描く事が出来なかった。
「竜人は魔力量が人族より多いので仕方ないかと。その変わり、我々にはない竜人特有の魔法を使えるではありませんか」
アーノルド殿下は落ち込むシーベル殿下に失礼にならない程度に慰めていた。
「竜人の魔法なんて、強い魔力をぶっ放すだけだがな……」
「人族にはない威力ですから……」
「「……」」
アーノルド殿下も落ち込むシーベル殿下をそれ以上褒める言葉が見つからず、慰める事も出来ない。
突然の転入のため、アーノルド殿下もシーベル殿下の為人を詳しくは教えて貰えずにいたからだった。
「それより、エイミー嬢とはどちらで知り合ったのですか?突然行方不明となり、男爵も必死に探していましたが」
アーノルド殿下が気になっていたエイミーとの関係を尋ねてみた。
「私がスヴァルト王国に遊びに来ていた時に喫茶店?とやらの珍しい店を見つけて休憩していたのだ。その時に声をかけられて知り合いになった」
「街で知り合ったのですね。では、ずっとシーベル殿下と一緒にいたのですか?」
エイミーは話したくないのだろう。ゆっくりとシーベル殿下の背中に隠れてしまった。
「いや……そうだね。ずっと一緒だったかな」
シーベル殿下の口調の歯切れの悪さから、何かを隠している事は何となく解った。
「シーベル殿下と一緒にいたのなら良かったです。誘拐にでもあったかと心配はしました。転生者は狙われますからね」
アーノルド殿下はシーベル殿下がエイミーが転生者だと知っているのか確認したかった。
「そうだね。転生者であるエイミー嬢は貴重な存在。国の宝であるのに安易に連れ回してしまった。申し訳ない」
「エイミー嬢が自ら決めた事であれば、国は何も言いません。シーベル殿下が気になさらなくても大丈夫です」
アーノルド殿下の言葉は、転生者であるエイミーを他国に手放しても大事ではない。そう捉えられてもおかしくない曖昧な返事であった。
シーベル殿下は驚きと困惑の表情を一瞬浮かべるも直ぐに表情を戻した。
流石にエイミーも気が付いたのか、おずおずとシーベル殿下の背後からアーノルド殿下へ視線を向け、その表情を確認しようと顔を覗かせた。
アーノルド殿下はエイミーの視線に気が付き、スッと視線を態と外してみせた。
(もしかして、私の立場ってヤバい?)
ようやく気が付いたエイミーだが。
(でも、シーベルがいるから大丈夫よね!)
と、お花畑の思考に戻ってしまった。
アーノルド殿下はエイミーが考えていた事が何となく理解出来る。
長く学友として過ごして来たのだから。
(エイミー嬢を救う事は無理なのかもしれないな……)
長く共に過ごした学友が落ちる未来は見たくないが、国の為だとアーノルド殿下は腹を括っていた。
小さく溜め息を吐くと、アーノルド殿下は授業に思考を戻した……。
その時、ダンジョンの街に繋がる扉が淡く輝いた。
昼食の時間にはまだ早いが……。
急いでヴィラ先生が扉を開けると、ダンジョンに向かった生徒がボロボロの状態で帰ってきた。
今まで見た事のない姿に、二学年の教室は騒ぎになった。
皆で協力して教室の机を端に寄せ、生徒達を休ませる。
「ボロボロじゃないか!」
ヨリ先生が生徒達の状態を次々と確認して行く。
「怪我はカスリ傷程度で済んでます。ボロボロなのは、ダンジョンの魔物が強すぎたからです」
最後尾にいたエリアナから報告される。
「難易度が上がってはいると聞いているが、Dエリアだぞ?」
【Dエリアは以前はゴーレムのみで、人くらいの大きさのゴーレムを殲滅すると巨大ゴーレムが出現しそのゴーレムを討伐すると〈虹の石〉が出現する。その虹の石を獲得する事でCエリアへと行ける】
学園ダンジョンの内部の話は、ダンジョンに潜ると同時に誓約魔法が発動するため誰にも話す事が出来ない。
エリアナは転生者だからか神様のお気に入りだからなのか……話す事が出来る事を感じていた。が、伝える事を避けた。
「お伝え出来るのは以前潜った魔物より遥かに強いと言うこと。ですが、魔術科の皆なら大丈夫ですよ」
笑顔でそう伝えるエリアナだが、目の前のボロボロの生徒を見てそうは思えない。
「大丈夫だ。エリアナ嬢の言う通り魔物は強いが討伐は簡単だった」
二学年の生徒が心配する皆に話をする。
「でも……」
視線に気が付き自分達の破けた制服を見て、あぁー。と、納得した。
「一度目は全員でエリアの殲滅をしたんだ。以外と早く終わったから再び潜ったんだけど、エリアナ嬢から一組ずつ潜るように言われてさ!三回目は二人、最後は1人で潜らされたからボロボロになったんだよ……」
「「「えっ……?」」」
一番最弱エリアだとしても、あり得なくないか?
疑問の視線をエリアナに向ける生徒達。
「全員頑張りました。流石にCエリアからはそんな事はしませんよ?ただ、実力を見たかっただけですから」
実力を見たかった……。自分達も一人でエリア殲滅をする事を通過するのだろうか……。
不安に青褪める生徒達に先に潜った生徒から声をかけられる。
「まだまだ自分は強くなれると感じたよ。一人でエリア殲滅をした事で魔術をもっと極めて、一番のりでのダンジョン踏破を狙う!」
自分の手のひらを見つめギュッと握り込んだ。
ボロボロの姿をした生徒達はその言葉に全員が頷いている。
「そうだな……学園を卒業したら冒険者になるか、どこかの家の専属になるのだから強くならなければならないんだよな……」
ダンジョン踏破を成し遂げる事が出来るか出来ないかで、将来の身の振り方が変わってしまう。
ただの単位獲得だけではないのだから。
「エリアナ嬢の指導を受けといて負けたとなればエリアナ嬢の名前にも傷が付く。頑張るしかない!」
と、エリアナの為にも頑張ると宣言された。
エリアナは自分の為にとは全く思わないが、皆が頑張るならいっか!と、盛り上がりをただ黙って見ていた。
「女王様きどりね……」
ポツリと呟いた言葉は以外と皆の耳に届いた。
耳にした生徒が言葉の主に視線をやると、エイミー嬢がいた。
エイミーに誰も言葉をかけない。ただ、非難の視線を皆は向けていた。
「気にしないから大丈夫。ヴィラ先生、ヨリ先生。虹の石の確認をお願いします」
あ!そうだった!
と、生徒達が自分達が持ち帰った虹の石の確認を先生達にしてもらう。
〈虹の石〉
その言葉を聞いたエイミーがピクリと肩を揺らしたのをエリアナは見逃さなかった。
(このアイテムから始まるダンジョン物語。気になるわよね)
たが、エイミーはチラリと虹の石を確認しただけで興味をなくしたようだった。
エリアナはその様子を不思議に思う。
ダンジョン攻略しなければ、セドリックとの恋物語は始まらない。
あれだけエリアナを敵対視していたのに?
エリアナは自分の手のひらにある虹の石をじっと見つめていた。
(偽物と気が付かれたのかしら?でも、神様が関わっているから、それはないのかな……)
エリアナはエイミーの考えが全く理解出来ない。
何故行方不明になっていたのか、何故竜人国の王子と共に学園に戻ってきたのか。
考えても答えは出ない……。
「昼食をとったら午後からダンジョン攻略についてエリアナ君から話を聞こう」
昼食の鐘がなり、午前の授業を終えた。
昼食は一学年の教室に戻り、お弁当の準備をする。
アーノルド殿下の側近達が率先して準備をしてくれる。
教室ではダンジョンに潜った生徒達は皆から質問攻めにあっていた。
「ダンジョン内部の話は出来ないから、雰囲気だけなっ!」
と、話が盛り上がっているようだった。
側近達とエリアナにケイシーでお弁当を広げ準備を終えた。
二学年からセドリックとアーネットにメレニーがやって来た。
「リア、すまないが人が増えそうだ」
セドリックがとても嫌そうな渋い表情でエリアナに謝罪している。
エリアナは何か解らずキョトンとしていると、教室がざわめいた。
教室に入って来たのはアーノルド殿下とシーベル殿下。それにエイミーが一緒に入って来た。
魔術科の生徒は全員と言って良いくらいエイミーを嫌っている。
ざわめきはシーベル殿下の美しさと、エイミーへの嫌悪感とで色んな言葉がひそひそと囁かれた。
シーベル殿下は生徒達へとにこやかな表情で視線を向けるが、皆は視線をゆっくりと外した。
エイミーを連れ歩くシーベル殿下とは関わりたくないと、拒否を示したのだ。
「歓迎されていないようだ」
肩をすくめシーベル殿下が言葉を漏らす。
「申し訳ありません」
と、アーノルド殿下が謝罪を一言口にした。
「昼食をお持ちでないとの事で、私達と一緒にと思い誘ったのだが良いだろうか」
アーノルド殿下が先に待つエリアナ達に声をかけた。
「大丈夫ですよ」
食堂もあるけれどシーベル殿下の姿を見た生徒達が騒ぐだろうから、きっとゆっくり食事が出来ないはず。ゆっくりする為に一緒に昼食を取ることに否はなかった。
エリアナのにこやかな返事にアーノルド殿下はお礼を伝えると、追加で用意した席にシーベル殿下と座った。
「申し訳ない」
シーベル殿下へとお皿を渡して、昼食が始まる。
お皿に取り分けた食事を始めるが、エイミーは口をつけようとしない。
「エイミー様?嫌いな物でもありましたか?」
エリアナが問いかけると、エイミーが不安そうにシーベル殿下の袖を引いた。
「私は皆さんから嫌われているの。だから食事は……」
エイミーの食事に何かしらを仕掛けた。
そう取れる発言をした。
「リアが貴女の食事に何がしたと?そう言うのですか?」
「エリアナはそんな卑怯な真似はしないわよ。貴女と違ってね」
セドリックとメレニーが冷たくエイミーの言葉に反論する。
「私は何も言っていないわっ!」
エイミーはシーベル殿下の袖をキュッと握り、怯えたように少し後ろに隠れようとする。
(アルーン国のレーニア様みたいな事をするのね……。でも女の武器の使い方はレーニア様の方が上手だったわね……)
エリアナはレーニアとエイミーをいつか合わせてみたら面白いかも?
と、明後日の方向へと思考が飛んでいた。
「申し訳ないがシーベル殿下、今から食堂に向かいそちらで昼食を取り直したい」
アーノルド殿下が立ち上がり、側近のエドワルドに指示を出す。
「明日からは特別室を用意させます。シーベル殿下はそちらで食事をお取りください」
シーベル殿下は淡々と進む話に口を挟めなかった。
「いや、一緒に……」
ようやくそう言葉にしたが。
「この昼食は私としても大切にしている時間です。それを壊そうとする人を加える訳には行きませんので」
アーノルド殿下から拒否をされたシーベル殿下がチラリとエリアナに視線を向ける。
何かをエリアナに促すような不審な視線を向けてきた。
エリアナはシーベル殿下の視線と対峙するかのように、じっと見つめ返した。
「リア?よそ見ですか?」
セドリックの甘い囁きとともに顔をセドリックに向けられると、額に口付けを落としてきた。
いきなりな行動にエリアナの顔が真っ赤になる。
そんな可愛いエリアナを胸に閉じ込め、満足そうに笑みを浮かべるセドリック。
「セドリック。いちゃつくのは後にしろ」
アーノルド殿下の呆れ声に皆はクスクス笑い、場が和んだ。
「では、シーベル殿下とエイミー嬢。食堂に向かいます」
呆けていたシーベル殿下に声をかけ、立ち上がらせると席を離れて行く。
エイミーも慌ててシーベル殿下の後を追うが、立ち上がる瞬間エリアナを睨んだ事にセドリックは気が付いた。
殿下達がいなくなり教室には静けさが戻った。
「明日から殿下もあちらでの食事かな?きっと交代で私達も行くんだよなー」
と、ぼやくのは側近のサニエル。
「行きたくないけれど、無理か……」
アロンソとマチアスもがっくりと項垂れ落ち込んでいた。
「エイミーは何とかならないの?本当にムカつく女よね。エリアナを敵視する意味もわかんないし」
メレニーがプリプリ怒りながらも、お弁当のおかわりをお皿に盛っていく。
セドリックの腕から抜け出したエリアナは、メレニーのその姿に不快だった気持ちが癒された。
(シーベル殿下の登場って意味があるのかもしれない。それに、あの意味深な視線も気になるし……。
キャシー様が言っていた物語が重なって進んでいる話と関係あるのかしら……。そのどれかの物語をエイミー様は知っている?)
前世、恋愛小説を読まなかった事を少しだけ悔やんだ。
キャシーは領地の事が落ち着いたら学園に入るとエリアナに伝えていた。
以前はキャシーをいらないと関わりを断っていたが、今はキャシーに話を聞いて欲しい。と、切に願っているエリアナだった。




