79話 神様はやはり神様だった
朝から基礎訓練に励むエリアナは、自身の魔力を抑えながら魔術紋を展開している。今日は魔力制限の魔道具を付けなければならない。
学生相手だとエリアナの魔力は強すぎる。どのくらいまで魔力を抑えれば加減出来るのかを見極めていた。
手に魔力を集めているとエリアナの耳に聞き慣れた音が届いた。
パタパタと翼を動かす音は、黒竜の翼音。
『キュッギュッッッー』
と、今日は苦しそうに鳴く声に混じって、聞きたくない声まで聞こえてきた。
『空を飛ぶのは気持ちいいねー。あ!エリアナだ!久しぶりー』
聞きたくない声の主………。神様だった。
ずっと心の中で何度も呼び掛けていたのに返事はなく、丸っとエリアナを無視し続けた神様の声。
エリアナはジト目で振り向くと、黒竜が兎の神様を両手で掴み飛んでくる。
重いのだろう………。黒竜は落とさないように必死にラビ(神様)の肉を掴んでいる。
エリアナは黒竜だけを受け止めた。すると、黒竜はラビの手を離してしまった。
エリアナは魔術紋をラビの落下地点に展開し、トランポリンのように跳ねさせ紋が受け止めた。
「おはよう、黒竜。重い荷物運びは大変だったわね」
エリアナは黒竜の頭をヨシヨシと撫でていた。
魔術紋で遊んでいたラビがエリアナの言葉に文句を言い始めた。
『久しぶりなのに冷たくない?黒竜ばっかり撫でてさー。僕も撫で撫でしてくれてもいいじゃん!』
跳ねながら文句を言うラビに、黒竜を抱きかかえたままエリアナは冷たい視線を向けた。
「黒竜を浄化する時は確かに神様に助けられたわ。それは、ありがとうございます」
エリアナはラビに頭を下げた。
「でも、黒竜の事を全て丸投げにしましたよね?色々聞きたいことがあったのに、呼んでも返事をしてくれませんでしたね?」
冷気を纏う冷たい視線に、神様であるラビもタジタジになる。
『い、色々……そう!色々立て込んでたんだよ!エリアナが僕を呼んでいたの?全然聞こえなかったけど……あ!異界の神と会ってたからかも?ごめんね』
「はぁー、朝から疲れるわ……」
エリアナはラビを無視して黒竜と邸の中へと向かう。
「リア!今神様が来たんだけど、いなくなって……」
セドリックが邸からエリアナを呼びに来ていた。
「ラビなら、後ろで遊んでるわよ」
エリアナの魔術紋で遊ぶラビに視線を向けることなく、スタスタと邸に入って行った。
セドリックはラビの側に来て、何かあったのかを問いかけた。
『エリアナはずっと僕を呼んでたらしいけど、僕は異界に行ってたから聞こえなかったんだよねー。その話をしたら、怒っちゃった』
「スタンピードの後は色々と面倒事がありましたから、リアも大変だったのです。そして今日は魔法科と対戦があるので気が張っているのだと」
『え!エリアナが戦うの?見たい』
エリアナの魔術紋で飛び跳ねる見た目だけは可愛らしいこの兎は、紛うことなき神様である。
セドリックも大きな溜め息を吐くと、ラビを鷲掴みして邸へと戻る。
鷲掴みされても、それを楽しむ神様。
セドリックは呆れる以外の感情が湧いてこなかった。
学園の馬車置き場に到着したエリアナとセドリック。
馬車から降りた二人を沢山の生徒と来訪者達が少し距離を置いた場所から様子を伺っていた。
馬車からは黒竜が飛んで出てくるが、白い塊を抱えていた。
良く見ると、エリアナが時々連れていた白い兎だった。
黒竜とラビの組み合わせに、女子生徒からは黄色い声が上がる。
セドリックがラビを受け取ると、黒竜はエリアナの背中で一休み。
セドリックとエリアナがC棟へと向かうと、後ろからはぞろぞろと生徒と来訪者がついてくる。
なんだか怪しい集団にしか見えない。
C棟の入口には、アーノルド殿下と側近達が待っていた。
エリアナを先頭に大行列をつくり向かって来る様子が可笑しいのか、顔を背け肩を震わせている。
「おはようございます。殿下、笑いたければどうぞ」
疲れた顔でエリアナが告げると、殿下は咳払いをし真顔になった。
「おはよう、エリアナ嬢、セドリック。
ごめん。我慢しようと……努力は……した……」
ククッと声を漏らしながら、拳を口にあて笑い声を抑えている。
「緊張も解れましたので、良かったですけど」
殿下達もこの後エリアナが対戦する事を思い出した。
「申し訳ない報告が一つある。前代未聞の大会に興味を持った両陛下が観覧に来られている」
「え?陛下と王妃様が?」
「母上には会った事があるだろう?母上はエリアナ嬢をとても気に入っている。それに、陛下は私と母上を救ってくれた恩人だとも言っていた。そのエリアナ嬢がまたとんでもない事をしたのだ。両陛下が観覧するのを望む気持ちは良く解る」
「私が何かしたのではなくて、魔術科の皆が頑張ったからだわ」
「そうだけど、指導者として皆を育てたのはエリアナ嬢だよ。私も側近達も、エリアナ嬢からの指導で強くなれたのだから。ありがとう」
殿下からのお礼の言葉に胸がギュッとなる。正直、感謝の言葉は嬉しい。
「いえ、殿下達の努力の結果です。以前の殿下でしたら、きっとここまで強くなれなかったと。殿下が変わろうと努力なされたからです。私は少しお手伝いをしただけです」
殿下とエリアナの良い雰囲気を生徒達や来訪者が興味深げに見学している。
「エリアナ嬢は指導者に向いているね。まるで私達の関係は先生と生徒だな」
と、笑い出した。
「感謝します」
セドリックが小声で殿下にお礼を伝えた。
状況が解らないエリアナは、セドリックに連れられC棟へと入って行く。
「どうしてお礼を?」
エリアナがセドリックに問いかけると、渋い表情で説明してくれた。
「殿下とリアが親しい事を私達は理解しているが、知らない者からすれば殿下にも色目を使っているとか受け取られる可能性がある。殿下は咄嗟に男女の仲ではなく、師弟関係のようだと誤解されないように言われたんだ」
セドリックは足を止めエリアナを見た。
「本当は私が割って入りたかった。でも私が出ると、殿下とリアの仲に嫉妬していると思われる。そうすれば話がややこしくなる。私が口を出さない事で殿下とリアの仲は恋仲ではないと見られる」
『人間って言うか、貴族って大変だねー』
「仕方ない事です」
「神様の世界でしょう?貴族制度を止めたら?」
『その手があったか!でもそうなると、世界を壊さないと行けなくなるねー』
さらりと怖いことを口にする神様は、やはり神様だった。
エリアナは余計な事は言わないようにしようと誓った。
魔法科の教室の扉をくぐり、闘技場へと向かう。
闘技場の入口には魔術科の生徒が並んで待ってくれていた。
声はかけてこない。
緊張の糸を切らせる事を避けてくれた。
エリアナは軽く頭を下げて皆の前を通り過ぎる。
長い回廊を抜けエリアナとセドリックが闘技場の中に入ると、割れんばかりの大歓声が上がった。
「盛り上がり過ぎな気がする……」
エリアナは会場の熱気にドン引きしている。
「魔術科が魔法科を抑え全勝し、トーナメントが終了する事が前代未聞でした。
魔術科が弱いとしても、三回戦までは行われていたようですし。
呆気なく終わってしまい、不完全燃焼の中で今日は魔法科の生徒との対戦。エリアナはSSランクの冒険者ですから、どんな戦いをするのか皆楽しみにしているのでしょうね」
「そう……」
『日本と違って娯楽が少ないからねー』
と、神様の一言にエリアナも納得する。
「娯楽か……この世界は確かに娯楽が少ないわね……」
エリアナは何かを考えていたが、グイード先生の声で思考を戻した。
「エリアナ君、こちらに」
グイード先生が舞台からエリアナを呼び舞台へ上がるように手を差し出した。
エリアナが舞台に立つと会場は静かになった。
先程までの揺れるような歓声は聞こえない。
「本日は両陛下も観覧となり、学園創立以来初めての事が続いております。
生徒達の成績も上がったと、教員達も誇らしく思っております。
ですが、エリアナ君の在籍している科だけが成績が上がった事は事実です。
他の生徒が努力していないとは言いません。ですが、エリアナ君に影響されているのは確かであります。今日の戦いを見て、魔法科の生徒もなぜ大敗したのかを、身をもって感じて頂ける良い機会だと考えます」
グイード先生が挨拶をし、エリアナの前に立った。
「エリアナ君。魔法科の生徒を徹底的に見下し負かせて貰いたい。驕る自分達の愚かさを身に染み込ませて貰いたい」
エリアナにしか聞こえない声でグイードが伝える。
グイード先生が振り向き、ヨリ先生を呼ぶとトレーを持ったヨリ先生が舞台に上がる。
「エリアナ君には魔力制限の魔道具をつけてもらう。装着する前に抑える魔力の段階を指定したいが、どこまで制限をかけるか指定してもらいたい」
(グイード先生の先程の言葉は、こてんぱんにやれって事よね……屈辱的な方法か……)
エリアナは舞台の側で見学をする魔術科の生徒が目に入った。
「ケイシーの魔力量でお願いします」
魔術科の生徒達はギョッとし、
「エリアナ!本気なの!」と、名を出されたケイシー本人が声を上げた。
「大丈夫よ」
エリアナは平然と答えて笑った。
「ケイシー君の魔力の最大をこの魔道具に流してくれ」
グイード先生がケイシーの前にひらりと飛び降り、魔道具を差し出す。
ケイシーは恐る恐るだが、エリアナの為に最大の魔力を注入した。
「2だな」
「グイード先生!幾らなんでも我々を馬鹿にしています!」
魔法科の生徒が声を荒げた。
「エリアナ君が良いと言ったのだ。お前達は負けないようにな」
「エリアナ君、対戦方法はどうする?」
「そうですね……全員とやりますか?」
「舞台に乗らないから、魔法科を半分に分けよう」
先行の生徒40人程が舞台に上がった。
物凄い視線で睨む生徒もいるけれど、何故かキラキラした瞳で見つめる生徒もいた。
「始め!」
グイード先生の声で、魔法科の生徒が詠唱を唱え始めた。
(詠唱をする時間が無駄なのにね。昨日学ばなかったのかしら?)
エリアナは左手に小さな紋を次々と浮かばせると、詠唱をする生徒の手にめがけて紋を放ち拘束した。
魔力を集めようとすると、紋が手首を締め上げる。痛みで集中出来ずに魔力を手に集められないようにする。
すると、魔法を行使することが出来ず呆気なく終了となる。
(魔術紋を上書きして消せば良いだけなのに、それすら知らないなんて。魔法頼みな訳ね。魔法科は魔術を全く扱えないのかしら……)
拘束されなかった生徒は、たったの四人。
詠唱を止め、直ぐに無詠唱へと切り替えエリアナに攻撃を始めた。
「無詠唱が出来るのに、なぜ最初から使わなかったの?」
「詠唱をする方が様になるからだ」
自分の魔力を鞭のように操る男性が返事を返した。
エリアナには魔法が他の三人から飛んでくるが、瞬時に防御の紋を展開する。
「かっこいいからだけ?」
「そうだ」
「私から見ると、詠唱する姿はとても格好悪いんだけど……人それぞれよね」
「………」
「格好良いか悪いかは人それぞれですから、私の言葉は気になさらず」
(会話をポンポンしながらも、四人に対して魔術の手は抜いていない……。
少ない魔力で、ここまでコケにされるのは少々苛つく)
詠唱を格好良いと口にした生徒が風魔法を使い上空まで駆け上る。
彼はエリアナがここまで来れないと優勢な空から魔法を放とうと下をみるが、魔法科の生徒三人しかいない。
「逃げたのか?」
「んなわけあるか!」
彼の背後から聞こえた声に反応して、火魔法を至近距離から撃ち込んだ。
はずなのに……火魔法が瞬時に霧散した。
エリアナのお腹に撃ち込んだはずの場所には、魔術紋……。
「女のくせにっ!苛つかせるなっ!」
その言葉を聞いたエリアナは薄っすらと笑みを浮かべ、足元に大きな魔術紋を展開した。
闘技場の広さを遥かに超える大きさに、闘技場からは大歓声が沸く。
魔術紋には細かい文字や数字が沢山浮かび、宝石のように輝いていた。
それを解読出来る者はいないようだ。
「これは色々と仕掛けを施したシールドよ。下の三人は直線でしか魔法を放てないから邪魔はされないわ。
思う存分戦えるわね」
エリアナは氷の矢を幾つもだす。矢の先には小さな紋がついている。
エリアナは紋に追跡をつけていた。
エリアナが手を軽く振ると、氷の矢は彼に向かって飛んだ。
彼は矢に火魔法を撃ち込むが、霧散するどころか彼を執拗に追いかける。
暫くそれを繰り返すうちに、彼の手からは魔法が放たれなくなった。
エリアナは彼に張り付いていた矢を、次に舞台に残る三人へと飛ばした。
舞台では残った三人が同じように氷の矢に追いかけ回されていた。
上空では今にも落下しそうな彼をエリアナの魔法陣が土台となり、落下を防いでいた。
「女に負けてしまいましたわね、しかも魔力量2の状態の女に」
クスリと笑い、エリアナは舞台に降りて行く。
「負けた!負けを認めるから矢を止めてくれっ!」
逃げ回る三人から懇願され、エリアナが魔術を解除した。
「さて、先行は終わりましたわ。後攻の方と戦いましょうか」
エリアナが舞台の側にいる魔法科の生徒に視線を向けるが、全員が勢い良く視線を外した。
「魔法科の敗退!エリアナ君の勝利とする」
グイード先生の声で、対戦は終了した。
観覧席のとある場所から声が上がる。
「エリアナ・カーマイン子爵令嬢。見事であった。魔術と言うのは、これ程までに強く美しいものなのだと初めて知る機会を得た。感謝する」
そう言葉を発した人物は、国王陛下だった。
エリアナはピシリと固まったが、臣下の礼をとりゆっくりと頭を下げた。
「魔法も魔術もどちらも素晴らしいのです。比べる事が過ちだと、私は思います。
魔法と魔術を使う私は、魔術の方が好きです」
陛下へそう言葉を告げる。
「私が王太子の時代は属性で優劣を決める悪習があった。どの属性も素晴らしいモノに変わりはないのにだ。魔法も魔術も同じ事だと、エリアナ嬢が証明してみせた。
生徒諸君。魔術も魔法も極め、この国の未来の希望となるよう期待しておる」
陛下が宣言されると、闘技場は皆が立ち上がり魔法科・魔術科の生徒に拍手と賛辞を伝えてくれる。
(少しは魔術の明るい未来に貢献出来たかしら……)
エリアナは不安な気持ちになるが、次の日ヴィラ先生の研究室に多額の寄付が寄せられ涙と鼻水でくしゃくしゃなヴィラ先生に抱きつかれる事になる。




