78話 大会は前代未聞の結末でした
エアハルト様はあれから学園には来ていないらしい。
そして、エアハルト様が口にしていたエイミー様の話を尋ねても誰も答えてはくれない。何かを隠しているのかしら……。
と、疑ってしまう自分に少しだけ幻滅してしまう……。
エリアナは明日の魔法科・魔術科の対戦の準備で生徒会を手伝っているが、全く集中出来ないでいる。
「リア、エイミー嬢の事ですか?」
エリアナは資料を纏めていた手を止めた。
「うん……」
セドリックは生徒会室では話せない。と、隣にある給仕室へと移動した。
「本当にどこに消えたのかは解らないのです」
セドリックはエリアナの手を取り視線を合わせて伝える。
「行方不明になる前日まで誰かに会っていたのは確かです。ですが、その誰かを調べる前にエイミー嬢もその相手も王都から消えたのです。嘘ではありません」
エリアナはセドリックの瞳にも、纏う魔力の揺れにも嘘をついていると感じなかった。
「エイミー様が何かを企んでいるかもしれない不安と、もしかしたら誰かに誘拐されたのかもしれないと気になっているの。仲良くはないけれど、知った人が行方不明になるのは不安になるの」
物語のヒロインが行方不明なんてあり得ないと思いたい。嫌な事しかされていないけれど、同郷のエイミーを気にかけてしまうエリアナ。
「リアは優しすぎます。あの女はリアに良いことなど一つもした事がないのに」
困り顔のセドリックにエリアナは首を振る。
「エイミー様がいなくなる事で物語がどう変わるのかが心配なの。それに、彼女は転生者と公言しているから狙われたのかも……って、不安なのよ。私も転生者だしバレてしまったらと怖くなるわ」
エリアナは自分の身が可愛くて心配しているだけで、自分勝手なのだとセドリックに伝える。
セドリックはエリアナの頭をポンポンして、抱きしめた。
「リア……覚えていますか?私が婚約を申し出た日に私は貴女に伝えました。
初めての依頼で泣きなが魔物と戦うその姿に一目惚れをしたのです。
私との婚約を断る理由が、無駄な時間を作りたく無いからだと。家族を領民を助ける為に婚約者との時間は無駄だからと、断りましたね。そして、私は公爵家が持つ全てを利用しても良いと言いました。
私はリアが側にいてくれるだけで良いのだと」
エリアナはセドリックが婚約を申し出てくれた日のことを思い出す。
「今のエリアナは自分らしく生きていますか?誰の為に強くなりたかったのですか?物語に縛られたくなくて、逃げ出したくてがむしゃらに頑張っていたのではないのですか?エリアナが動かずとも、周りは放って置いても自分達で勝手に生きていきます。エリアナがそれほど気にかける必要はありません。
自分らしさを取り戻して下さい」
セドリックは一度ギュッと抱きしめると、腕の力を抜いてエリアナを解放する。
「明日は大会です。エリアナが皆を育て上げたのです。あの女のことに頭を使うのではなく、魔術科の皆のために今は使いませんか?」
セドリックの言葉に頷きエリアナはセドリックの手をギュッと握りしめた。
「私は魔術を魔法と同じように認めて貰いたい。魔術科の生徒は皆優秀な国の宝なのだと、知ってもらいたい」
「では、準備をさっさと終わらせて明日のために備えないと」
エリアナの思考を「あの女」から引き離したかったセドリックは、エリアナの表情を見て「あの女」の事を放棄した事を確認した。
給仕室からエリアナが出ていく後ろ姿を眺めて、セドリックは深い溜め息を吐いた。
(婚約する前のリアは輝いていた。いや、今も輝いてはいる。
領地の為に子爵夫妻の為にと、一生懸命生きていたリアの姿を好きになった……。その命の輝きを消したのは、私なのだろうか……)
セドリックはエリアナの世界を狭めさせたのは自分ではないかと、不安になっていた。
どんなに悩もうと、エリアナの手を離す事は出来ない。
一緒に過ごせば過ごすほど、エリアナへの愛情は増えるばかり。
手放す事は無理であった。
「はぁー」
セドリックは気持ちを切り替え、明日の準備に取り掛かった。
大会初日の朝は、雲一つない晴天。
エリアナは毎朝行っていた魔術と剣術の基礎訓練を繰り返し、体を動かしていた。
基礎訓練をやるのも久しぶりな事をエリアナは思い出した。
ずっと何かに追われて、いつも気を張り詰めて。
領地にいた時には感じた事のない疲労に、体と精神を休める事で手一杯だった。
「よしっ!」
気合を入れたエリアナの側には黒竜がいた。
黒竜はエリアナの魔力の揺れを敏感に感じ取ってしまうため、最近のエリアナは不安になったり、落ち込んだりが多い事も解っていた。
人間は感情で生きるものだ。
黒竜はそう理解しているので、エリアナに危害がないのならば放置して行く考えだ。
訓練を眺めながら飛び回る黒竜を抱きとめたのは、セドリックだった。
黒竜が視線をセドリックに向けると、訓練をするエリアナを嬉しそうな顔で見守っていた。
【気持ち悪いぞ。にやにやするな】
「久しぶりに基礎訓練をするエリアナが嬉しいのです。頑張り過ぎる優しいく愛しい婚約者は、心に余裕が持てなかった。基礎訓練を中断するほどに……。ですが、何やら気持ちに変化があったのでしょう」
セドリックは黒竜を連れ、邸に戻って行った。
大会の行われる学園は、いつもと違い沢山の来訪者が学園の中を行き来する。
学園で行われる大会は生徒達の保護者や将来の職場になるかもしれない役職者が見学に訪れる。
朝から生徒会は学園に訪れる人達を案内したり、トーナメント表を配ったりと大忙しであった。
来訪者を案内する先は魔法科の教室。
教室の入口とは反対の扉を開放し、その先の闘技場へと案内する。
エリアナ達は生徒会の手伝いを終え、初めて入る魔法科の教室へと足を踏み入れた。
そして扉の先にある闘技場を見てエリアナは驚いた。
前世教科書で見たコロッセオとよく似た巨大な建物が建っていた。
「なにこれ……凄いわね」
エリアナはセドリックに手を引かれながら建物に入るが、興味津々のエリアナはキョロキョロしながら建物を見学していた。
控室はとても広い。
控室には魔術科の生徒全員が集まり、対戦の準備を始めていた。
その表情は硬いが、自信がないわけではなかった。
「それにしても魔法科って優遇され過ぎじゃない?」
そう羨ましそうにぼやくのは、アーネットとイレーネだった。
確かにコロッセオだったり、この控室の中ですら豪華な作りになっている。
「おはようございます。今日は全力で頑張って下さいね。私は大会の緊急要員として皆さんの試合を間近でみています。訓練の成果を出し切って魔法科をぎゃふんと言わせますよー!」
エリアナの言葉に、魔術科の生徒の気持ちも盛り上がり声をあげて自身や周りを鼓舞し合っていた。
大会は優勝者が決まるまで続くので、数日は大会が行われる。
魔術科の生徒は魔法科より人数が少ない為、魔術科に人数を合わせて代表者を出す。
魔法科の生徒が先に試合の会場に入ると、大歓声で迎えられていた。
魔法科の生徒は慣れているのか、堂々と手を振りながら会場へと入って行く。
次に魔術科の生徒が入るが、拍手はまばらであった。
でも、生徒達は気にしない。
魔術科が下に見られる事は日常だから。
エリアナは最後尾についていた。
拍手もまばらであったはずが、アーノルド殿下の姿が見えると会場から大歓声があがった。
「忖度全開じゃない」
エリアナは悔しい気持ちを吐露した。
エリアナが通路を抜け会場に姿を現すと、一瞬で静寂となった。
黒竜を背負ったエリアナを会場の全員が確認すると、殿下以上の大歓声が響き渡った。
エリアナは一瞬ビクリと肩を跳ねさせたけれど、逆に気持ちが冷えてきた。
飛び交う観客席からの言葉に苛つき始めたのだった。
「カーマイン嬢!是非とも我が家に嫁入りを!子爵家に侯爵家から申し出てやるぞ」
「我が家の専属魔術師に来てくれ。報酬は弾むぞー」
「魔術科なんて止めて、魔法科へ移籍を!魔術科にいたら貴女の素晴らしい未来が潰えますぞー」
賛辞にならない賛辞が飛び交い始めた。
エリアナが無視していると、先で待っていた魔法科の生徒達がエリアナに蔑む視線を向けエリアナに声をかけた。
「あら、子爵令嬢は大人気ですわね!ですが、魔法科は貴女様が移籍するのを拒否致しますわ。人を虐める人を私達は受け入れるつもりはありませんから」
魔法科の令嬢数人がエリアナを笑いながら侮辱して来た。
「あの者達は、あの女の支持者だ。転生者に侍り仲良くする事で自分達の名も知られるからな」
エリアナの耳元にセドリックは口を寄せ、愛でも囁くかのように教えてくれた。
セドリックの声が聞こえなかった魔法科の生徒は、目の前でエイミーの想い人であるセドリックといちゃついていると判断してしまった。
「尻軽ですこと」
言葉を放った令嬢とその仲間は、その場でへたり込んだ。
なぜなら、目の前に現れたのはエリアナでもセドリックでもなく黒竜だった。
黒竜からはどす黒い魔力が漏れ始め、へたり込む令嬢達に纏わりつき始める。
【今、なんと言った?エリアナが尻軽だと……貴様、よくも言ったな。それは、我に対する侮辱と受け取る。尻軽を守護する竜だと、そう言ったも同義だ】
怒りを露にする黒竜を前に、令嬢達は失神寸前であった。黒竜の放つ魔力の圧に会場は水を打ったように静まり返っていた。
「エリアナ君。魔法科の生徒が失礼を働いた。この者達は謹慎処分にする。どうか黒竜の怒りを鎮めてはもらえないだろうか」
そうエリアナに声をかける人物がいた。
魔法科の二学年の担任で、グイード魔法師団第三隊長だとセドリックが教えてくれる。
「グイード先生、その前に少しお時間を貰います」
セドリックが円形の闘技場の舞台にヒラリと飛ぶと軽く頭を下げ会場にいる者全てに対し話を始めた。
「今から伝える事はハーマン公爵家の名にかけて事実であると宣言します」
セドリックがそう宣言すると、見学席で人の動く気配があった。
「我が息子セドリックよ。当主である我が見届けよう」
ハーマン公爵のパトリックが宣誓した。
「学園に入り、婚約者であるエリアナ・カーマイン子爵令嬢の名を貶める噂が数多く流されている事は把握している。
私がエリアナ嬢に惚れ込み、カーマイン子爵に頭を下げて婚約をお願いしたのだ。それに、エリアナ嬢は最初は婚約を断っていた。
このように身分がどうとか、くだらない噂でカーマイン子爵家が貶められるのを嫌ったからだ。私がなりふり構わず懇願してやっと頷いてもらったのだ」
セドリックからの婚約だとは聞いてはいたが、エリアナが断っていた話は耳にしていなかった。
「それなのに、私が殿下の側近をしていたがためにエイミー嬢とのありもしない噂を流され、どれだけ虫酸が走る思いをした事か貴方達には想像つかないでしょう?私はエイミー嬢を嫌悪の対象にしか見てはいない。皆の目は節穴ですか?
常に婚約者のいる男性にしがみつき、しなだれかかる女が何故尻軽と呼ばれず、領地領民そして国の為に必死に尽力しているエリアナが侮辱されなければならないのです」
会場にいる人々は、静かにセドリックの言葉を聞く。
「エイミー嬢が転生者であるのは事実でしょう。しかし、転生者だから何をしても良いとでも?転生者は国に民に利を授けてくれる尊い人物だからこそ、大切にするのです。では、エイミー嬢は何をしてくれましたか?彼女は国を民を豊かにしてくれましたか?」
セドリックは会場中を見渡し、問いかけた。
だが、誰からも答えはなかった……。
「エリアナ嬢は誹謗中傷を流されようと、自分が貶められようと自身が出来る事に力を尽くして来ました。沢山の人を守り助けてきた。国を民を守る為にスタンピードにも参加をした。エリアナ嬢は貶められるような事をしましたか?
私は、エリアナ嬢を侮辱し貶めた者を許しはしない。それだけです」
そう言うと舞台から降りて、俯き肩を震わせるエリアナをそっと抱きしめた。
「セドリックが告げた事に嘘偽りはない」
パトリックはそう告げると、静かに席についた。
隣に座るセリーヌ夫人の冷たい怒りの表情を見て、各貴族達は自分達のやらかしにようやく気が付いた。
「ありがとう、セド」
涙を頬に伝わせたエリアナが微笑みセドリックを見つめた。
涙を拭い、グイード先生に声をかけた。
「私事で時間を取らせてしまい、申し訳ありません。大会を始めてください」
軽く頭を下げて、グイード先生に伝えた。
グイード先生は頷くと、セドリックが先程いた舞台に立ち大会の宣言をする。
一回戦の最初の対戦は、殿下とマチアスが出場する。
会場は殿下の登場で熱気を帯び始めた。
殿下は沈んだ空気を変えようと、笑顔で手を振り声援に応えていた。
グイード先生の合図で、試合が始まったのだが……。
瞬殺。
それが相応しい言葉であった。
魔法科の生徒が魔法詠唱をする間に、殿下が魔術紋から火弾を放ちマチアスは、殿下と自分の前に防御の紋でシールドを展開した。
詠唱する間に攻撃を直撃した魔法科の生徒は倒れ、グイード先生が生徒を確認し殿下の勝利を宣言した。
その後、次々と試合が行われたが時間を要することなく一回戦が終わりを告げた。
そして、大会は初日に終了するという学園創立以来、初めての出来事が起きた。
一回戦、全て魔術科が勝ったため二回戦を開始しても、魔法科がいないから意味をなさない。
呆気ない大会の終了に、会場からは不満の声が上がった。
魔術科が圧勝したからだけではなく、もっと闘いを見たかったのだ。
魔術科と魔法科の先生が集まり話し合いが始まった。
魔術科の先生が魔法科の先生にグイグイ詰め寄られ、押されてているのが解る。
来訪者も生徒も皆、そのやり取りに視線を向けている。
魔術科の先生は肩を落として、渋々何かを了承したようだった。
グイード先生がヨリ先生の肩を叩くと、グイード先生が舞台に再び立った。
「前代未聞の魔法科の大敗。魔法科の担任として不甲斐ない結果を出した事を謝罪致します」
グイード先生は来訪者に向け、頭を下げた。
「大会を楽しみにしていた皆様方には申し訳ないと思いある提案を魔術科の先生にお願いをしたところ、快く受けてくださいました」
全員の視線がヨリ先生達に集まるが、顔を青ざめさせ必死に首を振る。
とても必死になるヨリ先生が、エリアナに視線をチラリと向けた。
(まさか……)
エリアナは嫌な予感を感じて、一歩後ろに下がった。
セドリックがその動きに気を取られていると、爆弾発言が振ってきた。
「魔術科の生徒をこのように強く育てたのは、エリアナ君と聞きました。そして、魔術科の生徒はエリアナ君と対戦されていたと。選択教科は違えど、同じ学園の生徒。是非とも魔法科の生徒とも対戦していただきたく、明日は魔法科とエリアナ君の対戦をお願いしたところです」
(嘘でしょー!)
走って逃げようとするエリアナを引き留めたのは、セドリックだった。
「リア、魔術を世に知らしめる絶好の機会ですよ。受けますよね?」
笑顔のセドリックに後ろから腰に手を回され、抱き込まれて逃げられない。
エリアナは肩を落として、小さく頷いた。
「リア、明日は魔力制限をされると思います。ですが、その分思いっきり闘えますよ」
セドリックの言葉に、エリアナは身体を反転させセドリックと向かい合う。
「魔法を魔術でやり込める。エリアナがやりたかった事です」
いつもいつもエリアナの考えを優先してくれるセドリックには、感謝しかなかった。
明日はエリアナの対戦が見られると、周りは騒がしい。
エリアナはセドリックの言葉を有り難く受け取り、グイード先生に了承を伝える事にした。




