73話 黒竜とエリアナの契約
黒竜は「寂しかった」そう言葉にした。
エリアナとリリアーヌは黒竜が話し始めるのを静かに待った。
【我は人に育てられた竜なのだ】
黒竜が静かに語り始めた。
黒竜の卵は森の中で見つかった。その森に一人で住む魔女によって羽化する事になる。
黒竜は魔女を親と慕い森の奥で静かに暮らしていた。
黒竜の卵が森にあった理由は解らない。盗んだ者が大き過ぎて置いて行ったのか、親が移動中に落としたのか。
黒竜は気にせず魔女の薬草作りを手伝ったり、翼に乗せ世界を旅したり。穏やかな毎日を過ごしていた。
だが、長い時を生きる魔女も竜の寿命には及ばない。
魔女は病を抗うことなく受け入れた。
自身の病に何も手を尽くす事は無かったし、黒竜からの契約の申し出も拒否された。
竜と契約をすると、竜の出来る範囲で希望が叶えられる。黒竜は契約をすれば魔女の病は治ると知っていた。
だが、魔女は断った。
「魔女は世に必要とされている間は病等にはかからない。だが、何処かで新たな魔女が生まれたのであろう。魔女の世代交代は魔女となった時に本能に刻まれる。受け入れなければ、次代の魔女に迷惑がかかる」
そう黒竜に告げ、魔女は黒竜と最後の日々を過ごした。
「先に死ぬ者は言葉は残してはならない。そなたを縛る言葉は言えない。でも、幸せになれ。私が育てた命を粗末に扱うな。楽しく生きろ」
魔女はその言葉を残し、黒竜が見守る中で天に召された。
黒竜は魔女から「自分が死んだら、森の住処は地に返し自分が住んでいた痕跡を消すように」
そう言われていた。
黒竜は範囲結界をかけ家や畑を焼き、更地にした。
何も無くなった場所。
だが、魔女と伴に生きた場所。
心の中にぽっかり穴が空いたようで、何もする気が起きなかった。
黒竜は魔女との思い出を抱え、長い眠りに就いた。
黒竜は眠り続けながら、その地にずっと住み続けていた。
そこに、意気揚々と現れたのがリリアーヌだ。
「見ーつけた!」
と、黒竜を見付けた時の輝く笑顔に興味を持った。
「貴方を捕まえて、ダンジョンの最下層のラスボスにするわ!」
意味不明な言葉を述べるリリアーヌだが、悪意は欠片もないのが解った。
【アホなのだと思ってはいた】
黒竜の本音を聞いたリリアーヌが黒竜を叩こうとしたが、エリアナが黒竜を抱き込み阻止した。
【まぁ、アホだとは思ったが我にとって取るに足らぬ力しかない者。だが、面白そうだとも感じた。故に、離れられなかった魔女との森を出る決心がついたのやもしれぬ】
(魔女様が大好きだったのね)
エリアナは鼻をすすり、泣くのを堪えながら黒竜の背を撫でた。
魔女が亡くなった話の時、エリアナは号泣していた。
魔女の黒竜を遺していく辛さを思うと、涙を止められなかった。
【リリアーヌと戦うのはそれなりに楽しかった。ダンジョンで少しずつ魔力を強くして行くと、リリアーヌも強くなった。だが、リリアーヌしか来ぬ地下は退屈になっていた。そんな中で、あ奴らが現れた】
ファルナ達を思い出したのか、黒竜の魔力が暴れ始めた。
テントが揺れ、風が舞い上がり始めた。
(やばい!テントが壊れる!このまま行けば、駐屯地が吹き飛んじゃう)
エリアナは魔力に浄化を強めにかけ黒竜にめいっぱい注いだ。
黒竜の怒りの魔力は瞬時に消え、黒竜の魔力も霧散した。
黒竜が我に返ると、エリアナが倒れている。黒竜はエリアナの顔の前に浮かび、そっと短い腕を伸ばし頬をペチペチと叩いた。
【エリアナ?】
黒竜の声に目を開いたエリアナは、
「黒竜、落ち着いて良かった。皆に迷惑がかかるから魔力を暴走させては駄目よ」
少し強めの口調だけれど、エリアナが伸ばした手は優しく黒竜の頭を撫でた。
黒竜はエリアナから流れる清らかな魔力にうっとりとしている。
黒竜の全てを優しく包むエリアナを、黒竜は好きになっていた。
【すまなかった。エリアナ】
謝ってはいるが、エリアナの手に頭をスリスリする黒竜は反省しているようには見えない。
まぁ、いいか。と、可愛い黒竜の仕草にエリアナの心も和む。
「いちゃいちゃするな。でだ、黒竜はアスティー領には戻らないのか?」
【我はエリアナといたい。主犯もこの手で処罰したいしな】
黒竜がリリアーヌにそう答えた。
「解った。とりあえず辺境のダンジョンはラスボス不在だが、最下層まで行ける者も少ない。不便はないだろう」
リリアーヌは黒竜の脇に手を伸ばし、黒竜を抱えると視線を合わせた。
「黒竜よ。魔女様が言われたように幸せになれ。エリアナ様と楽しく生きるのだ。エリアナ様の周りの人は皆良い人ばかりだ。きっと幸せになれる」
(またまた、ん?もしかしなくても、リリアーヌ様は私の身辺調査もしたわね)
エリアナからのジト目を無視して、リリアーヌはテントから出て行った。
【エリアナ。我が人族の世界にいるには、契約を必要とする。竜の力を制御する者が必要とされるからだ】
契約と聞いたエリアナは黒竜を縛り付けるのは嫌だった。
「守護竜になるって話を受け入れてくれたのは、契約ありきってことだったの?」
魔力譲渡を行い黒竜が目覚めた時に、エリアナの側にいるなら守護竜として名ばかりの役割として提案しただけだった。
【勿論そうだ。契約と言ってもさっきのように我が暴走した際、契約者が魔力を使う時に我の魔力を使い契約者の負担を軽減する。そして、お互い命の危機に瀕した時にを知らせるくらいだ。
契約せずに我の魔力を抑え込むには、多くの魔力を消費する。膨大な魔力持ちのエリアナすら倒れる程にだ。契約で契約者を縛る分、その対価として我の出来る範囲で契約する者の望みを叶えるのだ】
黒竜の暴走を止めた時、エリアナは魔道具を浄化した時より遥かに魔力を注いだ。
「黒竜は契約する事で不便はない?痛みがくるとか、そんな事はない?」
エリアナが黒竜に確認することは自身の得になる事ではなく、黒竜の身を案じることばかり。
そんなエリアナだからこそ、黒竜はエリアナと、契約をしたいのだ。
きっと魔女の遺言通りに生きていける気がする。
【我には何も代償はない。ただ、契約者からは常に魔力を貰う事になる。我の魔力と契約者との魔力を常に体に馴染ませておかねば、契約者が我の魔力を使う時に反動が起きる。竜の魔力は特殊だ。竜の魔力を契約者が直接体内にいれたら契約者は死ぬ】
「え?」
【契約者が死なぬように、契約者の魔力で馴染ませるのだ。契約とはその為のもの。契約者の負担が大きくなるのだから、契約者の願いを叶える。それが我からのお礼となる。契約をするならば、エリアナは何を願うか考えてくれ】
エリアナの頭の中は少しだけ混乱していた。
契約を結ばないまま自分の魔力を使い黒竜を抑え込むと、下手をすれば魔力枯渇で自分の命が危うくなる。
契約をせず黒竜の魔力を吸い上げエリアナが黒竜を抑え込んでも死ぬ。
どちらも先に見えるのは「死」
「解ったわ。黒竜と契約を結ぶわ」
【これより契約を行う】
黒竜は自分の魔力を体内で一瞬高めた。
目の前で魔力を高めた黒竜の魔力はとんでもない量だった。
黒竜はパタパタと飛びながら近付くとエリアナの右手を小さな両手で持ち上げた。
エリアナの上げられた手のひらの上に、黒竜の口からコロンと真っ黒いビー玉程の珠が出て来た。
【これを両手で包み胸の前でエリアナの魔力を込めながら珠に魔力を注ぎ込め】
黒竜の言ったように胸の前で祈りを捧げる姿勢で魔力を注ぎ込む。
エリアナの手のひらの中で珠は熱くなる。風が巻き起こり、テントがバサバサと揺れる。
手の中の珠が一気に弾けると宙に霧散した。
辺りに漂う黒い魔力と水色の魔力。
二つの魔力が混ざり合いながら小さな塊に形を変え始めたその瞬間、その魔力はエリアナの胸の中央に飛び込んできた。
エリアナは熱い魔力を受け入れることに耐えていた。
胸の中央から全身に流れる魔力に耐え切れなくなり、倒れ込んでしまう。
倒れたエリアナの顔の横に降り立つと、エリアナの胸元に手をかざした。
そして黒竜はテントの外へと顔を出した。
テントの周りには沢山の人が集まり様子を伺っていた。
黒竜が暴走した時の魔力放出で皆が何事かと、集まっていたのだ。
そんな中、テントから出て来たリリアーヌから。
「何があっても中には入らないように。エリアナ様か黒竜が出てくるまで、手を出し邪魔をしてはならない」
そう厳命されていた。
【セドリック、中に入ってくれ】
テントの入口の正面で顔を青ざめ、心配そうに視線を向けるセドリックに黒竜が声をかけた。
セドリックは走り寄り急いでテントの中へと入って行った。
セドリックがテントの中に入り目にした光景は、頬を真っ赤に染め倒れ込んだエリアナの姿だった。
エリアナを抱き上げると、体が熱い。
【エリアナは我と契約を交わしたその反動で熱を出してしまった。一日寝れば元に戻る】
黒竜の言葉にホッと安堵の息を吐いたセドリックは、エリアナを寝袋に寝かせた。
「エリアナと正式に契約をしたのですか?」
セドリックからの問いかけに、黒竜は頷いた。
【竜の契約を正しく知っておるのか?】
「人が知る竜の契約は竜は契約者の身を守り、契約者は竜と人の関係を取り持つ。そう教えられます。ですが、きちんと正しく契約の内容を知る者もいます」
【そうか。その正しくの方でエリアナとは契約しておる。我の魔力を取り込みエリアナの体に馴染ませている最中だ】
竜の正しき契約の内容は簡単に口にしてはならない。
竜を守る為と言われているが、竜を手に入れたい者が騒ぎを起こし竜を怒らせないようにする為だ。
昔、馬鹿な王族が竜に契約をしろと迫り、怒った竜が国ごと滅ぼした話があるからだ。
竜を怒らせれば国は滅ぶ。
また逆も然り。
契約した人が竜の力を使い世界を従わせないように、契約に関しては凄く曖昧な内容が広まっている。
一番信用されている噂は、竜を打ち負かすと契約出来る話だ。
リリアーヌが黒竜をダンジョンに放り込んだ時、契約したと思う人は大勢いた。
リリアーヌは否定も肯定もしなかった。
それは正しく竜の契約を知っていたからだ。
セドリックはリリアーヌが何故テントの中に入るな。と、厳命したのか納得した。
エリアナと黒竜が契約することを知っていた。
その契約を見せる事を嫌ったからだ。
セドリックはリリアーヌの知識の深さを知る事になった。
【テントの周りの者に説明した方が良いのではないか?そして、エルランド?だったか。エリアナを大事にしておる偉いやつに話をした方がよかろう。あ奴には契約の話をしてもよい】
セドリックは黒竜にエリアナの事を任せて、テントから出て行った。
セドリックがエリアナのもとに戻って来たのは夜更けとなった。
エルランドへの説明とこれからどうするのか。
その話の内容を纏めるのに時間を要した。
疲れた体でテントに戻ったセドリックだが、目覚めていたエリアナの笑顔で疲労は吹き飛んでいた。
「目覚めたのですね」
安堵の息を吐いたセドリックはエリアナをギュッと抱きしめた。
「心配かけてごめんなさい。もう大丈夫」
「契約の話はエルランドさんだけに話してあります。他の者には、黒竜はエリアナが気に入り守護する為に側にいると伝えてあります」
「ありがとう。こんなに遅くまで対応させて、ごめんね」
謝罪するエリアナの顔を見ようと、視線を下げた瞬間。セドリックの視界にあるモノが見えた。
セドリックの顔から表情が消えた。
無表情でエリアナの胸の谷間を覗き込んでいる。
エリアナはセドリックの視線を追い、自分の胸の谷間に視線をやると悲鳴を上げようとした。
セドリックはエリアナから悲鳴が上がる前に、エリアナの口を手で覆った。
「黒竜。ちょっといいですか?」
セドリックはエリアナの口を手で覆ったまま、視線だけを黒竜に向けた。
黒竜はキョトンとした表情でセドリックの前に来た。
「エリアナの胸元にあるこの模様は、契約紋ですよね?なぜこの場所に付けたのです?」
【エリアナから見えやすいように?】
質問の意味が解らないが、素直に答えた。
「なんて場所に付けたのですか!これではエリアナを美しく着飾る事が出来なくなるではありませんか!胸元が少し開くドレスを作ってあるのに、それを着せて夜会でダンスをする事を楽しみにしていたのに……」
日付もそろそろ変わる頃、セドリックからのグチグチとした説教を黒竜は受ける事になった。




