59話 ダリル殿下はキャシーが気になる
馬車は急ぎ辺境の森へと走る。
セドリックも魔力にあてられているのか、顔色がとても悪い。
辺境の森の討伐隊の駐屯地に到着すると同時に、エルランドが外に飛び出した。
向かう先はSランク以上が集まるテントだ。
エルランドは全力で走り込み、挨拶もなく叫んだ。
「悪いがスキル持ちに頼みがある!ついてきてくれ!!」
いつもと違うエルランドの焦る様子に、三人のスキル持ちがエルランドの後を追う。
魔馬に繋がれた馬車から青年が大事そうに女性を抱え降りてくる姿を冒険者達は確認した。
セドリックはエリアナを抱きかかえ、敷物の上に横にしていると、エルランドが急ぎ戻って来た。
セドリックが振り返ると、そこにはフードを深く被った冒険者が三人いる。
「こいつらはスキル持ちだ。顔を隠してはいるが、Sランクだ。」
「エルランドさん。ありがとうございます。」
セドリックはお礼を伝え場所をセドリックとスキル持ちの冒険者に譲った。
エルランドとスキル持ちはエリアナの様子を観察しながら、魔法を使ったり魔術を施したりと幾つも手段を講じてくれる。
「何をしても反応無しだな……。」
「深く意識が落ちている。無理に目覚めさせる事は逆に危ないな。」
スキル持ちも行き詰まったようだ。
「魔力に変化はありましたか?」
セドリックがスキル持ちに確認する。
「いや、魔力は凪いでいる。」
「そうですか……。」
セドリックが思い当たる事があるようで、エルランドに話をする。
「以前、エリアナの意識が同じ様に無くなり医師からは深い眠りに落ちている為、魔力が凪いでいると言われました。数日間眠り続けましたが、私がスキルを使い強引に起こしたのです。」
「じゃあスキルで今回もエリアナを起こせるのか?」
エルランドの言葉を聞いたセドリックは、思案顔をしたまま黙ってしまった。
「止めた方が良い。」
スキル持ちの一人がそう答えた。
「強引に起こすのはリスクが高い。その時は上手く行っても二度目となると、スキルが通じなくなる可能性の方が高い。
そうなると、二度と目覚めなくなる。」
「じゃあ、エリアナが自ら起きるまで待つしかないのか。」
エルランドは青白い顔で眠るエリアナを見つめた。
エリアナは貴族令嬢として過ごすより、冒険者として過ごす方が楽しそうにしていた。
今回セドリックが相談しに来た時も、不謹慎ではあるがスタンピードの参加ならエリアナも喜ぶとエルランドも考えていた。
エリアナがずっと誰かの為に頑張ってきていた事を知っている。エリアナは冒険者をする時が一番エリアナらしかったのだから。
「エリアナは目覚めるまでテントで休ませよう。セドリックはなるべくエリアナの側にいろ。前兆での討伐には参加しなくていい。本体が動くまでエリアナの側にいてやれ。」
エルランドは三人を連れて、討伐隊のあるテントへと向かった。
セドリックがエリアナを抱きかかえ、移動しようとすると後ろから声がかけられた。
「テントの準備をするなら私達がやろう。殿下は本部に行かれたので私達は手が空いた。私達がテントを準備するので、セドリック殿はエリアナ嬢を見てるといい。」
そう申し出てくれたのはダリル王太子殿下の側近達であった。
「ありがとう。」
セドリックはお礼を伝えると、エリアナを一旦降ろし寝かせた。
マジックバッグから野営セットを出し、マーティーに渡した。
セドリックはエリアナを膝に乗せ、ギュッと抱きしめエリアナの髪に顔を埋めた。
セドリックの肩は僅かに震えているのを側近達は見ないふりをしていた。
少し遅れてキャシー達が乗る馬車が到着した。
キャシーがエリアナとセドリックを探して回ると、少し離れた場所でセドリックがエリアナを抱きしめたまま座り込んでいるのが見えた。
甘い二人の抱擁とは違う!
そう理解した。
エリアナの左腕が地面に垂れているからだった
キャシーは異様な光景に焦り、走ってセドリックのもとに来た。
「セドリック様……。」
セドリックはキャシーの呼びかけに反応し、顔をゆっくりあげる。泣いたのであろう……セドリックの目元が赤らんでいた。
「エリアナの意識がない。」
ポツリと呟くと、セドリックはまたギュッとエリアナを抱きしめ顔を埋めた。
何が起こったのかは解らない。
でも、何かが起きているのは確かで、自分は何をすれば良いかを考える。
「キャシー嬢。到着したのですね。」
殿下の側近が側に来た。
キャシーは恐怖で心臓が跳ねるが、それどころでは無い。
「セドリック殿。テントの準備が終わりました。中でゆっくり休んで下さい。」
マーティーがセドリックに声をかけるが、セドリックは顔をあげる事はなくエリアナを抱えて立ち上がった。
「ありがとう。何かあったら声をかけてくれ。」
セドリックは誰の顔も見る事なくテントに入って行った。
痛々しい光景にキャシーは泣きそうになる。
(泣きたいのは私じゃない!)
唇を噛み、必死に涙を堪えた。
「討伐隊に参加している者は広場に集まれ!」
魔力にのせたエルランドの声が駐屯地に響いた。
「キャシー嬢。行きましょう。」
側近の方達と一緒に広場に向かう。
広場には騎士団に冒険者と、百人は超える討伐隊が集まっていた。
「今回スタンピードの討伐に参加してくれた事に感謝する。」
エルランドが高い場所から全員に声をかけた。
この場で地位が一番高いのはSSランクのエルランドと、その隣に立つ銀の髪の女性冒険者だ。
銀の髪の女性はアルーン国のギルドマスターであるフィーナである。
彼女はSランクではあるがギルドマスターであるので、SSランクと同位になる。
「今回のスタンピードは過去にない最悪のものになる可能性が高い。詳細は今はまだ伝えられないが森の中に入る者を限定する事になる。」
エルランドの言葉に冒険者達から不満の声があがる。
スタンピードは高ランクの魔物が沢山出る。討伐すればその魔物は自分の稼ぎとなるからだ。
冒険者達から不満が上がるのも無理はない。
「はっきり言う。SSランクやSランクでも生きて帰れるか解らない相手だ。俺でも無理かもしれない……。そんなのを相手にするのだ。死にに行きたいなら参加をしろ。だが、俺達は自分を守ることを優先する。助ける余裕はないと思って貰いたい。」
エルランドの説明に場は静かになる。
「森の奥にはAランクの中でもSランクに近い者以上が入る。それ以外は森の周辺で討伐をしてもらう。魔物の姿が黒かった場合は、魔物のランクが上になってると思って欲しい。私達は高ランクの魔物のみに手をつける。それ以外はこちらに流すので、残る者は漏らさず殲滅するように。以上!」
エルランドが台から降り、フィーナが入れ替わって話を始める。
「アルーン国の為に他国からの支援、感謝致します。Sランクに近いAランクとSランク以上は高ランクのテントに集まってもらう。」
フィーナの言葉を合図に、解散となった。
キャシーはある事の許可を貰うためにエルランドを探していた。
高ランクのテントに入ろうとするエルランドを見つけ、腕を強引に引くと一気に話を始めた。
「叔父様!いえ、ギルドマスターにお願いがあります。私をエリアナ様とセドリック様のお世話係になる事の許可を下さい!きっとセドリック様はエリアナ様が心配で食事をしないかもしれない。エリアナ様とセドリック様の側で手助けする許可を下さい!!」
キャシーのあまりの必死さにエルランドは一緒身を引くが、キャシーの頭にポンと手を置いた。
「誰かに頼もうと考えていたから、キャシーが申し出てくれて助かる。二人を頼んだ。」
エルランドはキャシーの髪をクシャっとすると、テントの中に入って行った。
それからキャシーはセドリックとエリアナのいるテントに食事や着替えを届けたり。
懸命に二人を支えていた。
駐屯地では森から漂う瘴気にあてられる者も出て来た。
キャシーは討伐に参加できない。
倒れる騎士や冒険者の看病も買ってでた。
駐屯地を走り回る姿を、じっと見つめる視線にも気が付かない程に皆の為に動いていた。
「殿下。キャシー嬢が気になりますか?」
マーティーが小さな声で問いかける。
「そうだね。彼女が気になっているね。」
ダリル殿下はキャシーから視線を外さず、マーティーに答えた。
「生き延びましょう。殿下。そして、誰よりも幸せになって下さい。」
マーティーの言葉にダリル殿下は辺境の森へと視線を向けた。
「王妃の策略で辺境の森へと向かわされたが、結果的には良かったのかもしれないね。」
ダリル殿下とマーティーの会話は誰にも聞かれる事は無かったが、アルーン国の騎士達は何故王太子殿下がスタンピードの指揮に任命されたのかも理解していた。
心優しき王太子殿下の幸せを願う者は多い……。
と、マーティーとの会話でしんみりとしてたその時!辺境の森の奥で膨大な魔力が跳ねた。
爆発した、そう言ってもおかしくない程の瘴気を含んだ魔力が放たれた。
「スタンピードが起こる!森の奥の討伐部隊は急ぎ出るぞ!!」
エルランドの掛け声に高ランク冒険者達が森の奥へと向かった。
ダリル殿下達は行きたくとも許されていないため、駐屯地に残る。
だが、高ランクが手を出さない魔物が森から出てくる。
残る冒険者達が集まり始めた。
セドリックがテントから出て来るのを視界に入れたため、ダリル殿下はマーティーと急いでセドリックのもとに向かう。
「セドリック殿も出られるのか?」
「はい。森の奥に向かいます。エリアナの事をお願いします。」
セドリックは少しやつれてはいたが、目つきは鋭く急いで森の中へと入って行った。
テントから出て来たキャシーを見つけ、ダリル殿下が声をかけた。
「キャシー嬢。セドリック殿なら大丈夫です。あの方はかなり強いようですし。」
「はい……。」
元気のないキャシーの返事に、ダリル殿下がキャシーの背中をパシっと叩いた。
「戦闘の場で、不安な顔をしてはいけません。不安な心は皆に伝わり士気も下がります。それに、キャシー嬢は笑った方が可愛いのですから笑顔でいましょう。
きっと大丈夫ですよ。」
ダリル殿下の言葉にキャシーは涙をためるが、ギュッと目を閉じ泣くのを堪える。
(私って泣き虫じゃなかったのに……。)
「泣くのはもう少し後です。スタンピードが沈静化し、エリアナ嬢が目覚めた時にしましょう。」
キャシーの頭をポンポンしながら、ダリル殿下の表情が鋭さを帯びてきた。
真っ直ぐな瞳で森を見るその姿に、キャシーの頬が薄っすら赤く色付いた。
「さて、私達も森から出る魔物の殲滅に参加するとしましょう。」
マーティーとダリル殿下がキャシーに手を振り森の方へ向かう。
「お気を付けて!」
キャシーの言葉にダリル殿下が振り向き、何かを言いかけて止めた。
右手をあげ、キャシーの声に答えてくれた。
(ダリル殿下は優しい人ね……。)
どれだけ立ち去った方を眺めていただろう……。
キャシーはダリル殿下を見送ったまま暫く動けずにいた。
その時、二度目の爆発音が轟いた。
エリアナの眠るテントに急いで入ろうとすると、誰かとぶつかったのだ。
キャシーはそのまま後ろに倒れ、尻もちをついたまま動けずにいた。
「エリアナ…さま……」
「心配かけてごめんなさい。今から黒竜を静かにしてくるわ。」
キャシーにそう告げると、エリアナは髪を後ろに高く纏めながら出て行った。
エリアナの凛としたその姿を見つめ、キャシーが森に視線をやると黒い瘴気が上空を覆い始めた。
キャシーは森に向かった人達が無事であるように祈る事しか出来ない……。
そんな自分に歯痒くて仕方がなかった……。




