58話 エリアナの異変
キャシーは震える足を何とか動かして、馬車から少し離れた場所に隠れていた。
森の入口で起きた戦闘も落ち着いてきたのか、騒がしさが消えていた。
「討伐か終わりそうだな。」
エリアナから薬を受け取ったマーティーがそう呟いた。
森の入口は静かになり、人影が見えてきた。
マーティーと残る三人はその人影が帰って来るのを待った。
そこに現れたのは高ランクの冒険者で間違いなかった。
エリアナが人影からひょっこり現れると、
「怪我をした人は大丈夫かしら?」
「頂いたお薬が効いたようで、今は眠っておられます。」
四人はエリアナに深く頭を下げた。
「私達はアルーン国の王太子殿下の側近を務めております。」
名前を順に紹介してくれた。
マーティー、ナダ、バートン、シリル。
「とりあえず座って話そうか。」
馬車の側で横になる王太子殿下を馬車に運び入れ横にする。
殿下は起きる事なく休まれた。
「さて。こちらも紹介をしようか。」
Aランクのパーティーであるヤヌス達を紹介し、全員の名前を伝えた。
勿論、スタンピード討伐に参戦するために来た事も伝えた。
「殿下は今回の討伐の総指揮をしており、王都から辺境の森に向かう途中でした。
いきなり魔物に襲われ対処しようとしましたが数が多すぎて苦戦を強いられました。
騎士達を殺される訳にはいかず、兵を辺境の森に向かわせ私達が残り戦っていたのです。」
「殿下が死ぬ事になっても良かったと?」
側近の話に、ヤヌスが口を挟んだ。
「良い訳ありません!ですが、殿下がスタンピードで戦える者を減らしてはならないと、兵達を殿下の権力を持って命を下し離したのです!」
(めちゃくちゃ良い王太子殿下ね……。)
「立派な方だ。」
エルランドが殿下が眠る馬車を見つめポツリと呟いた。
「魔物の殲滅は終了したが、貴方がたの馬車はあるのか?」
エルランドの問いに、マーティーが首を振った。
「どうせ我々も辺境の森へ向かうのだから、一緒に行こう。」
エルランドの提案に側近の方々は深く頭を下げた。
ヤヌス達は辺境伯夫妻の馬車に移ってもらう。荷物を移動させたりと、バタバタ動いていると岩陰からキャシーがエリアナに手招きをしていた。
「いないと思ったら、隠れてたのね。」
キャシーを見付け、エリアナが岩陰に近付いた。
顔色の悪いキャシーを見て、エリアナがキャシーの腕を掴んだ。
「どうしたの?顔が真っ青よ?!」
キャシーを座らせ、エリアナがマジックバッグから水筒を出しキャシーに水を飲ませた。
一気にキャシーは水を飲み干した。
「物語が暴走しすぎているのよ!スタンピードは恋ダンの最初の物語にでてくるけど、アルーン国の王太子殿下は話に出て来ない。ダリル王太子殿下が出てくるのは、恋ダンの続編の三学年の時なのよ!?
物語が変なのよ!」
キャシーが青褪めた顔で必死にエリアナに伝える。
「キャシー様。物語からは一旦離れましょう?私も最初は物語から逃げたくて関わり合いたくなくて必死だったの。
でも、物語ばかりを気にしていたら大事な物を見逃してしまうわ。あれはこうじゃない。こうじゃないといけない。って。」
キャシーの両手を握りしめエリアナは優しく問いかける。
「キャシー様は物語ばかりを気にしますが、私の存在は邪魔ですか?物語に存在しない私を排除しますか?」
「しない……。しないわ。私はエリアナ様が好きだもの……。貴女に近付きたくて一年頑張ってきたのだもの……。」
キャシーはエリアナにそう伝えた。
「じゃあ、物語を一旦忘れましょう。気にかけるのは良いけれど、気にし過ぎは駄目ですから。何かあったら、直ぐに私かセドに必ず伝えて下さいね。王太子殿下達とは距離を置いても大丈夫ですから。」
キャシーを立たせ、辺境伯の馬車へと送り届けた。
エリアナを待つセドリックが何があったのかを聞いてきたので、キャシーとの話を全て伝えた。
「気にし過ぎると周りが見えなくなるからな。」
エリアナ達は水の確保の為に湖に向かった。
戦闘のあった森の奥に美しい湖があった。
もう直ぐ夕暮れが近い為、湖の辺で野営をする事になった。
殿下達は野営に必要な荷物を何一つ所持していない為、セドリックがマジックバッグから予備の野営セットを側近達に渡した。
殿下はまだ馬車で眠っている。
魔物の毒に少し侵されていたので、毒消しの薬を飲ませた。
側近達と一緒にセドリックが野営セットを組み立てた。
食事は昨日と同じく、女性陣で作った。
キャシーも誘ってはみたが、秒で断られ逃げられた。
夕食の支度が終わる頃、ダリル殿下が目を覚まし馬車からゆっくりと降りてきた。
「迷惑ばかりお掛けして、申し訳ない。」
頭は下げる事はないが、謝罪を口にした。
「皆で今から夕食なんです。殿下も一緒に食べましょう。」
全員席につき、夕食を始めようとするがダリル殿下の前に湯気の立つスープが出された。
「さっき森で薬草を採取しました。体力増加と毒消しの薬草を入れた薬草粥です。
殿下は、こちらをお召し上がり下さい。」
薬草粥と聞いて殿下の顔が一瞬だけ曇った。
「ありがとう」と笑顔で返されるが、薬草粥が苦手なんだろうとエリアナは確信した。
殿下がスプーンで掬い取ると、勢い良く口にいれた。
目が開いたまま、ゆっくり咀嚼している。
「美味しい。王宮で出される薬草粥は苦くて苦手なのに……。これは美味いな!」
そう言うと勢い良く食べ始めた。
側近の方達も薬草粥か美味いのか?と疑っていたので、少しだけ殿下の粥をお裾分けをした。
殿下が食べ終えると、側近の方達は奪い合うように粥を食べていた。
殿下も笑っている。回復が早くて何よりだ。
翌朝、エルランドとエリアナは湖に魔石を投入出来るのかを、エリアナの鑑定を使い調べていた。
鑑定をかけると、〘飲料可〙と記された。
「飲水に適していますので、魔石を入れます。魔石には浄化魔法を強めにかけました。」
エリアナは魔石を湖に沈めた。
水瓶はまだ使わないので、片方の魔石は仕舞っておく。
朝食を終えると、辺境の森へと急ぎ向かう。
辺境の森が近付くにつれ、またも悪寒に襲われる。
だんだん気持ち悪くなり、エリアナの顔色も悪くなった。
セドリックはエリアナを抱き寄せ、背を擦り体を温める。
エルランドは状況を確認する。
馬車の中ではあるが、Sランクのエリアナの体調が悪いのは状況的に良くはない。
体調が悪くなるのはこの二人だけ……
何故エリアナとセドリックだけが……。
エルランドは答を出せない。。
エリアナを少し休ませようと、休憩をとった。
セドリックはエリアナを馬車から降ろし、草むらに横にした。
セドリックが膝枕をし、エリアナを休ませていた。
「少し良いか?ああーエリアナは横になってろ!」
「ごめんなさい……。」
「二人は魔物が近くなると体調悪くなるが、今のエリアナもそれと同じか?」
「エルランドさんは、辺境伯一家から今回のスタンピードについて何か聞いていますか?」
エリアナはエルランドが黒竜について話を聞いているのかを尋ねた。
「いや……。ただ、スタンピードについて行きたいと言われただけだが……。」
「スタンピードの原因は辺境のダンジョンから消えた黒竜が原因です。私とセドは黒竜の魔力にあてられているのだと思います。」
「は?黒竜が消えたって……。嘘だろう?どうやって……。」
エルランドはあのダンジョンから逃げ出すなんて、考えられなかったのだ。
「黒竜はダンジョンで再生を繰り返し、その度に強さを増していたと。
最後はリリアーヌ様を瞬殺するくらいには強くなっていたようで、ルーベン様がリリアーヌ様をダンジョンから出したと聞いてます。」
エルランドはエリアナの話を聞き、何かを考えているようだった。
「義姉も兄もSランクに近いAランクだ。それを瞬殺なら……。
確かに黒竜は強いが、義姉と兄二人で敵わないならば辺境に向かった冒険者や騎士を下げる必要がある……。」
エルランドはエリアナに謝罪した。
「エリアナ、先を急ぐ事にする。悪いが我慢して馬車に乗ってくれ。」
「大丈夫です。気にしないで先を急いで下さい。」
エルランドがヤヌス達を呼び寄せ、状況を説明する。
「黒竜かよ……。」
ヤヌス達も相手が竜と聞いて、大きなため息を吐いたが……
「よし!稼ぐぞ!」
と、あっさり切り替えた。
「キャシーを連れては行けないが、戻す事も無理だな。」
「殿下達は大丈夫ですかね?」
セドリックが殿下達を連れて行って良いのかを尋ねた。
「とりあえずは辺境の森へ行くしかない。馬車の中で確認しよう。」
セドリックがエリアナを抱き上げ、馬車のスピードをあげて辺境の森にむかう。
「率直に聞く。殿下や側近殿達の冒険者ランクを知りたい。」
「殿下も私達もAランクに上がったばかりです。」
「戦闘経験は?」
「ゴブリンキングを単独で全員討伐したくらいでしょうか。何故そんな事を聞かれるのですか?」
質問に答えていたバートンがエルランドに問いかけた。
「今回のスタンピードには黒竜が絡んでいる。」
黒竜の言葉に、一気に殿下達の顔色が変わった。
「貴方がたは森の外に待機してもらう。」
「私達の国の事です。私達が先頭を切らなければ。」
殿下の言葉をエルランドがバッサリ切り捨てた。
「はっきり申しますが、Sランクに近いAランク以外は森の中には同行させません。私達は確かに強い。ですが、足枷を引き連れての討伐は自分達の命に関わります。貴方がたを守りながらの戦闘は邪魔にしかならないのです。」
エルランドは現役のSSランク。
その者に言われれば、王太子殿下だろうと指示に従うしかなかった。
「悔しい気持ちは理解します。悔しいならば、貴女方もSランクを目指すべきです。この国はスタンピードが起こりやすい。なのに未だにAランクになりたてとはね。」
「「「……。」」」
殿下達は頑張ったつもりでいたが、エルランドに言わせれば頑張りが足りなかったようだ。
「エルランドさん!リアが!」
セドリックの腕の中で、エリアナは意識が朦朧としていた。
エリアナはエルランドが殿下達と話している最中、意識に誰かの声を聞いていた。
頭に響くその声を封じる事も出来ない。
【悔し…い。く…るしい……。】
(誰なの……?)
【お前は誰だ!!】
(え!!)
エリアナと意識が通じた瞬間、膨大な魔力が放たれた。
エリアナの意識に飛び込んだ魔力は避けることが出来ず、意識が闇に落ちかける……。
「セド……。」
セドリックがエリアナの異変を感じた時には、エリアナの意識は朦朧としていた。
エリアナは落ちそうになる意識を戻そうと必死に抗うけれど、漆黒の闇がエリアナの意識を飲み込んでしまった……。
セドリックの呼びかけにも反応しない。
エリアナを抱き込み名前を呼び続けるセドリック。
「ヤヌス!魔馬のスピードをもっとあげろ!辺境の森に急げ!」
エリアナに何かが起こったが、馬車の中では何も出来ないと判断したエルランドは辺境の森にいるスキル持ちの冒険者を頼ると判断した。
馬車は大きく揺れる。
誰も文句は言わない。
馬車にいる者は、セドリックの必死な姿に胸が傷むのだから。




