57話 物語の行方と先の見えない不安
ようやく泣き止んだキャシーの目は、パンパンに腫れていた。
(目の腫れは可哀想だけど、ギルドで最初に出会った時のキャシー様に比べたら今のキャシー様の方が断然良い。)
エリアナは桶に水筒から水を出し、魔法で氷を作ると桶に落とした。ハンカチを氷水で冷やし、キャシーに渡すと腫れた瞼を冷やして貰う。
エリアナの一連の魔法の扱いを見て、キャシーはキラキラとした目でその姿を眺めていた。
「エリアナ様は魔法の扱い方が美しいですね。氷も同じ大きさですし……。」
キャシーは桶の氷を掬い取り眺めていた。
「水属性を持つ者ならば訓練で誰でも出来るようになります。努力するか、しないか……それだけです。」
エリアナの言葉に身に覚えのあるキャシーは、ウグッと変な声を出した。
エリアナはクスリと笑う。
「キャシー嬢の話は解りましたが、一つ気になる点があるので答えて頂きたい。
物語のリリアーヌ様が、なぜ隣国のスタンピード討伐に向かうのです?辺境伯の令嬢ですよね?」
「私も気になりました。前世では恋愛の物語はほとんど読んでませんので、説明してもらえますか?」
キャシーが語るには……。
リリアーヌは現陛下が王太子時代の婚約者であった。リリアーヌは魔法と騎士の腕を買われ、王太子殿下との婚約が決まった。
学園に入るまでは仲良い婚約者として時間を過ごすが、学園に入ると光属性持ちのヒロインと知り合う。
王太子殿下は希少な光属性を持つヒロインが元平民の男爵令嬢だったため、守る為に最初は側にいたのだ。
側近達もヒロインの健気さに次々と絆され、貴族らしからぬ行動に興味から好感に変わって行く。
そこから、誰を選ぶかで物語も変わって行く。
ヒロインが選んだお相手の婚約者の末路は死のルートしかない。らしい……。
ヒロインが王太子殿下を選んだ為、リリアーヌの悪役令嬢の物語が始まる。
王太子殿下をヒロインに渡したくないリリアーヌは焦りを感じ、嫉妬でヒロインを虐げる行動をしていた。
功績をあげれば……。そう考えていた時に、隣国で黒竜によるスタンピードが発生。
リリアーヌは功績をあげようと黒竜討伐に参加するも、逆に黒竜に殺されてしまう。
黒竜は光属性持ちのヒロインに討伐される。
王太子殿下は自身がリリアーヌを止められなかったと、悔やみ続ける。
その王太子殿下を支えたのがヒロインで、二人は結婚する……。
「大まかな流れはこんな感じなんだけど、この黒竜のスタンピードには裏があって、隣国のアルーン国と仲の悪い竜人国が原因で起こった事なの。竜人国の王子がヒロインを誘き出す為に仕掛けたのよね。」
「ヒロインは狙い通りにアルーン国に行ったわよね?」
「ヒロインと一緒に来ていた王太子殿下とその側近に返り討ちにあって、竜人国の王子は逃げ帰ったわけ。」
「竜人国の王子は、ヒロインを手に入れたかったの?」
「竜人国の王子は美しいものや可愛らしいものが大好きな変態なのよ。手に入れる為には手段を選ばない……。」
キャシーはエリアナの容姿をじっと観察すると、次にセドリックへと視線を向けた。
「物語の話が当てはまるなら、エリアナ様が狙われる可能性が高いと思ったの。だって、エイミー様より格段にエリアナ様の方が美人だし、スタイル良いし、聡明だし、そして強く美しいから。」
キャシーは真顔で話すのだが、エリアナは褒めちぎられて非常に居心地が悪い。
セドリックに助けを求めて視線を向けると、セドリックが目を見開きキャシーをじっと見つめていた。
「キャシー嬢。私は貴女が嫌いでした。ですが、リアを崇拝するかのその発言に、ほんの少しですが好感を持ちました。」
「まぁ!エリアナ様の事は全て事実しか口にしていませんもの。エリアナ様以上の令嬢は存在しませんし!」
意気投合した二人は、エリアナを褒めまくる。
嬉しいのだが、居た堪れない……。
「二人とも!いい加減にしなさい!リリアーヌ様の命がかかっているのでしょう?」
エリアナは立ち上がり、両手を腰にあて怒っている。
((そんなエリアナ(リア)様も可愛い!))
とは口に出来ない二人は、心の中で呟いた。
「真面目に話をするなら、今回命を落とすのリリアーヌ様ではないと思います。リリアーヌ様は物語からとっくに外れています。陛下とも婚約関係にはなりませんでした。
ならば、誰かが悪役令嬢の役割をし、誰かがヒロインの役割を担っているとなります。」
セドリックは説明しながら、エリアナとキャシーを交互に見た……。
「キャシー様か私が悪役令嬢かヒロインって事かしら?」
「単純に考えれば、そうなります。ですが、崩壊したはずの物語が始まり、また同時に現在も物語が進んでいます。絡み合い過ぎて、誰が何の役割だか不明ですね。」
「「……。」」
セドリックの話は的を得ている。
「とりあえず、アルーン国で情報収集をしスタンピードを抑え込むしかありませんね。」
「そうね。何も解らない以上、考えても答えは出ないわ。その時その時で話し合いましょう。」
三人で物語を回避する事を約束した。
翌朝、エルランドさんにエリアナとセドリックが呼ばれた。
「おはよう。良く眠れたか?」
「おはようございます。ぐっすり眠れました。」
「おはようございます。同じくです。リアの魔道具のおかげです。」
エルランドが、エリアナに相談があるらしく呼び出したのだ。
「アルーン国なんだがスタンピードが活発化してきたらしい。王都のギルドには向かわず、このまま辺境の森に向かうつもりだ。だが、王都で食料と荷馬車を手配する予定だったが立ち寄れない。
申し訳ないが、二人のマジックバッグに食料や荷物と水を入れて貰えないかと思ってな。」
「良いですよ?私のマジックバッグは荷物は余り入ってませんし。食料は次の街で買うのですよね?」
「そうだな。それと、本当に申し訳なんだが兄家族の分も頼みたいのだが……。」
(エルランドさんは私がリリアーヌ様に良い感情を持っていない事に気がづいているのね……。)
エリアナは苦笑いを浮かべるが、それはそれだと考える質である。
「気を使わせてごめんなさい。一応ですが、仲間ですから勿論荷物を預かりますよ。」
ホッとしたエルランドにお礼を言われ、朝食の席に向かう。
朝の食事はセドリックが全て用意してくれていた。
セドリック達が野営の片付けをする間に、魔馬を馬車に繋ぐ為にヤヌスが笛を鳴らし呼び寄せた。
森の中から巨体が四頭現れると以外に怖い。
ゆっくり近付いて来た魔馬は、エリアナの前に来ると鼻先を頬にツンとあててきた。
「ほぉー。魔馬が懐くなんて珍しいな。エリアナはテイマーになれたりしてな!」
と、ヤヌスさんに揶揄われた。
「テイマーかー。それはそれで憧れるわね。」
エリアナの冒険者への憧れは尽きない。前世からの憧れなのだから。
次の街は大きな街ではあるが、ギルドがないため魔馬を預ける事が出来ない。
街の入口近くの森に馬車を隠し魔馬に待機してもらう。
街に行くのは、エルランド・セドリック・エリアナ・キャシーの四人で買い出しに向かう。
街に入る門でギルドカードを提出すると、小さな騒ぎになった。
SランクのエリアナとSSランクのエルランドが来たのだ。高ランク冒険者への憧れや人気は高い。
沢山買った食料や身の回りの品をどんどんマジックバッグに入れて行く。
「容量でかいのは便利だよな……。」
買い物の最中、エルランドは何度もマジックバッグを羨ましがっていた。
「あ!エルランドさん。お水ですが、水筒と同じ要領で水瓶に魔術紋を刻めば沢山水を持たなくて済みますが……どうします?井戸か湖に魔石を落とせば済むので、水の確保が出来れば作れますよ?」
「なるほど!」
エルランドは空の水瓶と魔石を購入した。
「水は辺境の森に行く手前に湖がある。そこに立ち寄ろう。」
(水って本当に大事。日本では簡単に口に出来たからか、この世界で一番不便に感じるのよね。)
大量の買い出しを終え辺境の森に向かうのだが、この先山越えがある。
アルーン国とスヴァルト王国の国境になる険しい山を越える。
魔馬を使う理由がこの山越えにある。道が悪くても、魔馬なら先に進める。
無事に山越えをし、アルーン国に入ると空気の変化をエリアナとセドリックは感じた。
肌がゾワゾワとして来た。
エルランドがエリアナが腕を擦る姿を視界に入れた。
「エリアナ?寒いのか?」
エルランドが声をかけながら上着をエリアナに貸そうと脱ぎ始めた。
「寒くはないのですが……肌に違和感を感じて……。」
「リアも?私もずっと肌が気持ち悪いんだ。」
二人の違和感にエルランドがヤヌス達に尋ねた。
「お前達はどうだ?」
ヤヌス達は全く感じないようだ。
だが……肌の不快が強くなると、馬車の中に緊張が走った。
「「「来る!」」」
魔馬が急停車すると同時に、全員が外に出た。
そこには、真っ黒に染まったワイルドボアの群れがこちらに向かって来たのだ。
「エリアナとセドリックは馬車の側で待機。魔馬と馬車を守れ。ヤヌス達は討伐開始!」
エルランドさんの指示に、ヤヌスのパーティーとエルランドさんが前に出た。
後ろの馬車を確認すると、キャシーとルーベンが馬車から降りていた。
指示がないので待機しているが、リリアーヌが馬車から降り皆の討伐する姿を見て自分も出ようとしていた。
ルーベンとキャシーがリリアーヌが戦闘に参加しないように、二人で抑え込んでいる。
(リリアーヌ様を皆が脳筋って言う理由が解ったわ。)
リリアーヌを抑えるのに苦労しているキャシーを見たエリアナは、キャシーに少しだけ優しくしようと思った。
ワイルドボアは強い魔物ではないが、群れで行動する為数が多い。
暫くすると討伐を終えた。
魔石を回収する為に近付くと、エルランドとヤヌス達が魔物の亡骸を眺めていた。
「エルランドさん?」
エリアナの声にハッとなるが、表情が渋い。
エルランドが亡骸の方を指差すと、真っ黒の魔石が転がっていた。
「魔石まで黒いって意味解らん。それに強さも異常だった。」
「いつも討伐する時より確かに強かったな。」
「「「……。」」」
「この魔石を放置は出来ない。とりあえず回収する。」
エルランドが紋が刻まれた魔石専用の袋を出し、魔石を回収した。
辺境の森は遠くはないがこの距離にまで魔物が出て来る異常さに、先を急ぐ事にした。
馬車に戻り急ぎ辺境の森へ走らせる。
戦闘を終えたエルランド達に、エリアナは氷水を渡した。
「冷たくて気持ち良い!」
「戦闘の後の冷たいお水。最高ね!」
メルとレイナがホッと息を吐いた。
「こんな場所にまで魔物がいるとは……。スタンピードが近いのかもしれん。」
エルランドさんの言葉に車内は静かになった。
沈黙のまま暫く走ると、先程より酷い悪寒に襲われた。
(ワイルドボアと同じ?それより酷いわ!)
「エルランドさん!先に強い魔物がいるはずです!肌のぞわぞわが酷いもの。」
エルランドが馬車の車窓から身を乗り出し前方を見ると、砂煙が上がり魔法攻撃が飛び交う様子が見えた。
「先で戦闘が起きてるようだ。近づいたら全員戦闘態勢に入れ。敵味方の判断は自分で行え。いいな!!」
「「「はい!」」」
全員が戦闘態勢に入り、走り過ぎる馬車から飛び降りる。
エリアナはセドリックに視線をやりニッコリ笑みを浮かべ、手を振り砂煙の中へ消えて行った……。
エリアナが目を凝らし、何が起きているのか確認する。
視界に入る魔物を氷魔法で次々と氷漬けにしていく。
魔法を放つ中に数人の人影を確認した。
(襲われている!!)
エリアナは襲っている魔物に遠距離から魔法を放ち、氷漬けにして魔物の動きを止めた。
人影に近づき確認すると、身なりからして貴族であると判断した。
「大丈夫ですか?」
座り込む一人の男性に、その人を囲み護る態勢の四人にエリアナは声をかけた。
「だ、大丈夫です。助けて頂き、感謝します。」
お礼を伝え座り込む男性は、お腹から血を流していた。
「怪我をしているわね。深手ではないようだけど……。」
エリアナはマジックバッグから傷に効く軟膏を渡した。
「これを応急処置として塗っておくといいわ。かなり効くから。」
側にいた四人の内の一人が、エリアナの胸元にあるSランクのピンに気が付いた。
「有り難く使わせてもらう。」
頭を下げ受け取り、座り込む男性の元に向かった。
「魔物の殲滅を優先するので、貴方がたは離れた場所にて待機。後方に私達の馬車があるのでそこまで逃げて。」
エリアナは指示をしながら、魔物の群れの中に消えて行った。
残された五人は手際の良さに呆然としている。
エリアナがSランクと気がついた男性が、
「とりあえず殿下を馬車まで運び治癒する。急げ!」
逃げながら助けてくれた女性が、Sランクであった事を伝えた。
「スヴァルト王国のエリアナ嬢だな。」
殿下と呼ばれた男性がそう口にした。
「おそらく。Sランクの証しである虹色のピンをつけていましたし、噂通りの容姿をしていましたからね。」
砂煙から抜けると、馬車を見付けた。
「あれは、ギルドの魔馬では?」
「スヴァルト王国のギルマスも来てくれているのか?」
「魔馬の馬車が二台あります。行ってみましょう。」
馬車に近づくが人の気配がない。
馬車の側に横たえ、エリアナから渡された塗り薬を塗り込んだ。
「少しお休み下さい。殿下。」
魔物の群れに襲われ、死ぬ覚悟をしたが生きている。
「生きているな……。」
殿下と呼ばれた者がポツリともらし、瞼をゆっくりと閉じた。
馬車の影からキャシーが男性達を見てカタカタ震えている。
(アルーン国の王太子殿下と側近……。
何でここにいるの……。)
キャシーは現れるはずのない人物を見て、物語が本筋を逸脱し暴走している可能性を考えてしまう。
物語の先の解らない恐怖に、キャシーは一人震えていた……。
一方、その頃のエリアナは……。
学園でのストレス発生と言わんばかりに、元気に魔物を討伐していた。




