52話 違和感に気付く者 気付かない者
謹慎を解かれ、イザベルは学園へと久々に登校した。
今日は貴族科と淑女科のみの授業。
アーネスト殿下と学園で共に過ごす事がない事に寂しさを感じていた。
貴族科のクラスの前に立つと、イザベルは緊張から扉を開ける事に一瞬だけ躊躇する。
扉に伸ばした右手をギュッと握り、ゆっくりと扉を開けた。
(私は公爵令嬢で王太子殿下の婚約者。怯んではいけない。)
気持ちを切り替え、毅然とした態度で教室に足を運んだ。
「イザベル様!」
真っ先に声をかけて来たのはエイミーだった。すぐ後ろにはパトリック、エアハルト、 カールがエイミーを追ってきた。
いつもの顔馴染みにホッと息を吐いた。
「お久し振りですわ。エイミー様。」
高位貴族らしく、優雅に微笑んでみせた。
笑みを見せた瞬間、教室の空気が一瞬冷ややかになった……。
一学年の時は、イザベルが微笑むと多くの感嘆の声が聞こえていた。
そんな声も聞こえず、違和感を感じた。
辺りに視線を向けると、すっと視線を外される。
(まぁいいわ。)
謹慎明けであり、仕方ないと割り切る事にした。
エイミーがイザベルの腕をとり、抱きついてくる。
いつもの事なのでそのままに、エイミーと会話を始めた。
そんなイザベルの耳に、誰が言ったのか解らない声が耳に届いた。
「あれが公爵令嬢としての様なのかしらね。」
「あんな失態をして謹慎までされたのに、あの微笑み。色々と残念ですわね。」
それは小さな声だった……。
クスリと笑う声と言葉に、イザベルがチラリと声のした方に視線を向けたが反応がない……。
(なんなのよっ!!)
心の中では荒れるイザベルだが、淑女教育を徹底的に叩き込まれた為顔には出さずに済んだ。
「イザベル様!あの子爵令嬢のせいで謹慎までさせられたんですってね!皆が一緒にいたら、あんな女跳ね除けてやれたのに……。ごめんね。」
エイミーが泣きそうな声でイザベルに伝える。
(そんな事、思ってもないくせに……。)
イザベルは心の中で溜め息を吐いた。
「エイミー様が気にする事ではありません。」
イザベルがそう伝える。
「エイミーを悲しませるなんて、本当にあの女には不快な感情しかないな。」
パトリックが不機嫌な顔でそう言葉を吐いた。
一学年の生徒達がパトリックの言葉を合図に、エリアナの陰口をヒソヒソと話し始める。
あの入学式での失態で、非があるのはイザベルだ。
イザベルもそれは充分に理解している。
だが、エリアナを非難する声の中心にいるイザベルは、否定も肯定もしない。
その事が、後にイザベルの立場を悪くする事に気が付いていなかった……。
イザベルの周囲はエリアナを悪く言う者が集まり、イザベルを慰める。
「ありがとう。」
その言葉のみをイザベルは使う。
(まだ私の味方が沢山いる……。)
そう思っていたが、ふと視線に気が付き教室の後ろを振り返った。
後ろには、二学年と三学年の生徒が座っていた。
非難の視線ではないが、何か意味を含んだ視線をこちらに向けていた。
イザベルは居心地が悪くなり、エイミー達と席に着いた。
授業開始の鐘とともに担任のヴェラニー先生が入って来た。
「今日で全員揃った。授業を始める。今日の議題は、領地で天災が起きた際の貴族としての対応だ。」
イザベルは内心驚いていた。公爵令嬢である自分の復学に視線も向けずに、存在を無視したのだ。
授業開始と共に各グループに分かれ、議題を議論して行く。
イザベルの席の周りにはエイミーとパトリック、エアハルトにカールがイザベルを囲うように座る。その周りを一学年が侍る。
「謹慎中は何をしていたのー?」
エイミーがイザベルの隣に座ると、声をかけた。
「淑女教育のやり直しですわ。」
そう伝える。
「公爵令嬢であり殿下の婚約者であるイザベル様が淑女教育なんて……。イザベル様は悪くないのに、大変でしたのね。」
一学年の生徒が痛ましげにイザベルを見て話す。
「エイミー様が言うように、カーマイン子爵令嬢は性格が悪いようですわね。イザベル様にそんな仕打ちをさせるなんて。」
「本当ですわね。貴族科の敵ですわ!」
など、エリアナを貶める会話が始める。
エイミー達は、一緒になり陰口を叩いている。
陰湿な会話を繰り広げる集団を、冷ややかな目で見る生徒がいる事に気が付けない。
イザベルは高位貴族の令嬢として、未来の王太子妃として対処しなければならない立場にあるのだが、何も咎めずただ聞き役として中心にいる。
「お前達。次の授業での議題の発表は一番だからな。」
ヴェラニー先生が近付き発表の順番を言うと同時に授業終了の鐘が鳴った。
「まぁー大丈夫よ!ここには公爵令嬢と殿下の側近がいるんだし!」
エイミーが軽くそう発言すると、心配していた一学年が安心していた。
イザベルはエイミーの発言にギョッとした。
(はぁー?天災の対策とか知らないわよ!)
しかし、知らないは通じない。急いで調べたいが皆の手前それも出来ない……。
(パトリック達がいるから、大丈夫よね。)
イザベルはそう思うが、パトリック達は
(イザベル嬢がいるから大丈夫。)
お互いを頼り切っていた。
案の定、議題についての発表は散々だった。
イザベルは発表をしながら後方から送られる視線の意味に気が付いた。
軽蔑でも好意でも興味でもない。
その視線は「いない者」
感情の無い後ろの席の生徒達の視線は、イザベルたちを「いない者」として見ていた……。
軽蔑の眼差しならば、公爵令嬢として対処出来る。
好意ならば仲良く出来る。
どれにも当て嵌まらない場合は、どうしたら良い?
イザベルが思考の中に堕ちていると、盛大な拍手が聞こえた。
(あれは、特待枠のネクタイ。)
平民の特待生が着用するのは、茶色のネクタイ。
特待生の話など聞いていなかった。
自身は公爵令嬢である。平民相手に拍手などするわけがなかった。
特待生はイザベル達高位貴族を無視し、後ろの生徒達のもとへ急いで戻った。
後ろをチラリと見ると、二学年三学年の生徒の殆どが特待生を褒めて拍手を送っている。
後ろの集団は一致団結の様子を見せつける。
イザベルは一学年の時とは全く違う貴族科の様子に怯えた。
(何かが違う。何かって、何がよっ!!)
苛立ちが増す中、エイミーの発言に答えを見つけた。
「特待生って、最近アーネスト様とよく一緒にいるって噂が出てるわよねー。平民も殿下に媚を売らないと学園でやって行けないのかしらねー。」
イザベルは、察してしまった。
(殿下はきっと貴族科の事を全て知っている。私が謹慎中もきっとエリアナを貶める発言をしていたはず……。)
イザベルの顔色がどんどん悪くなる。
その様子をヴェラニー先生がじっと見つめていた。
イザベルはヴェラニー先生の視線に気が付き、視線を逸らそうとするが逸らせない。真っ直ぐなその視線は、イザベルを責めているような何かを探るように感じとれた。
(ヴェラニー先生の実家は四大公爵家……。
そうなのね……私は婚約者から降ろされるのね。)
イザベルはヴェラニー先生の視線の意味も理解した。
あの視線は、イザベルの本質を見極めようとしていたのだ。
「イザベル様?」
エイミーの声が聞こえたが、イザベルは意識を手放してしまった。
淑女教育を徹底的に施された事により、この状況を察してしまった。
以前のイザベルであれば、気が付かなかった。
しかし、気が付いてしまった……。
教室は気を失ったイザベルを見て騒ぎになるが、ヴェラニー先生が医務室へと運ぶため貴族科は自習となった。
〜 ✿✿ 〜
イザベルは失った意識の中で誰かに声をかけられた。
『イザベルはさー恋ダンが大好きなんだよねー?でも、恋ダンって最初のお話はこの世界で潰されちゃってさー。続編の恋ダンを用意したら悪役令嬢もヒロインも最悪だしー。』
誰?
『教えない。』
……。
『恋ダンの続編はさー、ヒロインがダンジョンで恋愛を繰り広げるお話だよ。悪役令嬢を跳ね除けて、ヒロインがメインヒーローと結ばれる物語。
さて質問です。
悪役令嬢は誰かな?ヒロインは誰になるのかな?この世界での恋ダンはどんな物語になって行くか楽しみだよ!』
悪役令嬢?ヒロイン?
それは私とエイミーでしょう?
『ふふふ。違うよ。配役はこの世界で割り当てられる。誰が悪役令嬢でヒロインか……。まだこれから決まるんだよ。』
……。
『イザベル。君はまだ全ての原因はエリアナにあると思ってる?エリアナがいなければ、全て上手く行くとまだ思ってる?』
そうよ!モブが目立つ物語なんてあり得ない。エリアナさえいなければ、物語は簡単に進んだのよ!!
『そっかぁー。残念だよ。エリアナの為には、仕方ないかー。』
残念と言葉を漏らすくせに、クスクス笑うその声にイザベルは苛立ってしまう。
『これから君達に飛び切りの物語を用意してあげる。切り抜けられるように精々頑張るんだね!』
その言葉を最後に声は聞こえなくなった。
飛び切りの物語?
意味の解らない言葉を残されたが、イザベルは今度こそ思考を手放し意識を失ったのだった。




