51話 ある夫人の末路
エリアナは場の沈黙をどうすべきかを考えるが、四大公爵夫人が揃う中で何も出来ない事を理解している。
しかし、母エリザを慕うあまりメイリー夫人は王妃様に不敬な言葉を伝えてしまったのだ。
エリザの為にも、エリアナは咎がメイリー夫人に向かうならば自分が引き受ける覚悟をする。
沈黙の中、風がザッと吹き抜けた。
お茶会の場に一瞬にして緊張の糸が張る。
エリアナが後方へと宙を舞いセリーヌ夫人の背後に立つ男の首に扇子をあてていたのだ。
セリーヌ夫人の背後に男が現れたと同時にエリアナは動いていた。
「エリアナちゃんは、凄いわね。流石S級冒険者ね。でも、大丈夫よ。その者は私に用件を伝えに来たの。
でも、気配を消して現るのは良くなかったわね。」
セリーヌ夫人は何時もの口調でエリアナに伝える。
「セリーヌ夫人の知り合いとは知らず、申し訳ありません。」
エリアナは首にあてていた扇子を仕舞い、頭を下げた。
「いえ」
男は一言エリアナに伝えると、セリーヌ夫人に耳打ちした。
セリーヌ夫人が小さく頷くと、自身の持つ扇子の先をテーブルに突け「トントン」と、軽く二度音を立て突いた。
三人の夫人がセリーヌ夫人の扇子を眺め、小さく頷いた。
「エリアナちゃん。座ってくれる?これから害虫駆除をしなければならないの。」
セリーヌ夫人がニッコリ微笑む。
(セドの腹黒い笑みは、セリーヌ夫人譲りね……。)
夫人の笑みを見て、失礼な言葉を心の中で呟いた。
すると、建物の方が何やら騒がしくなった。
女性が暴れながらもこちらに向かってくる。
侍女達が数人止めようとするも、振り解いてズンズン向かってきた。
その夫人を見て、コート伯爵夫妻の顔色が変わる。
夫妻は怒りに、姉妹は青褪めている。
「王妃様!どうして私を呼ばないのですか。この邸でのお茶会を仕切っていたのは私です!」
喚きながら近付く女性に対し、エリアナは呆れていた。
(あの人、高位貴族よね?礼節は何処に落として来たのかしら?)
貴族として品がなさ過ぎる。
喚く夫人がお茶会の場にいるコート伯爵一家に気が付いた。
物凄い形相で、捲し立てる。
「貴方達田舎貴族がこの邸に訪れるなんて、無礼です!さっさと退席なさい!」
女性の言葉にメイリー夫人が口を開いた。
「王妃様のお気に入りであるフィデラ夫人のお言葉に従い退席させて頂きます。」
夫人は立ち上がると、夫と娘達に席を立つように促した。
メイリー夫人の言葉にショックを受けたのは王妃であった。
まさかそのように言われるとは思っていなかったのだ。
表情には出さないものの、公爵夫人達は気がついている。
「王妃様。メイリー夫人だけではありません。多くの貴族がそう思っています。」
セリーヌ夫人が小さな声で伝えた。
「ヴィオラ王妃。スヴァルト王国の王妃としての様を四大公爵に見せて頂きましょう。」
レイチェル夫人が王妃にそう告げる。
エリアナは両方の声が聞こえる為、成り行きは理解出来るが自分がどう動けば良いか解らずにいる。
ワタワタするエリアナに、
「リア。大丈夫です。暫く様子を見ましょう。」
セドリックがエリアナの手を握り、耳元で囁いた。
エリアナは気持ちを落ち着かせて、喚く夫人を見た。
(あの品がない夫人がフィデラ夫人なのね……。)
「性格が悪そう。」
心の声が、ポロリと漏れた。
全員にその言葉が届き、エリアナに視線が集まる。
(あの娘は……。カーマインの娘。)
エリアナの容姿を見て、フィデラ夫人が確信する。
(エリザの……娘……。)
フィデラ夫人の怒りは、エリアナに向かった。
「貧乏子爵家の娘が公爵令息と婚約したからと立場が上がる訳ではありません。ここは高貴なる者が集まる場。やらかし女の娘が来て良い場所では無い。」
フィデラ夫人がニヤリと口端をあげ、エリアナに言い放つ。
フィデラ夫人以外が、子爵家を貶めた事にエリアナが怒るだろうと予測した。
だが、当のエリアナは紅茶に手を伸ばしていた。
周りの視線に気が付き、エリアナが紅茶に伸ばした手を引っ込めキョトンと不思議そうな顔をする。
「エリアナちゃん。怒らないの?」
セリーヌ夫人が首を傾げながらエリアナに問いかけた。
「怒るのって体力使いますから。無駄な体力の消耗は避けます。私は無駄が嫌いですし、喚くだけの品のない方を相手にする程暇ではないのです。」
暇ではない……。
そう言いながら、エリアナは紅茶に手を伸ばし口を付ける。
「セドリック様。王妃様がご用意して下さった紅茶は美味しいですね。」
満面の笑みで、セドリックに美味しさを伝える。
次にお菓子に手を付け、口に運ぶ。
美味しかったのね!
エリアナのふにゃりとした笑みに、場にいる者はほっこりした。
ほっこりしない者もいる。
フィデラ夫人だ。
「そこの貧乏子爵家の娘!場違いと解らないのですか?良い加減立場を弁えないさい!」
フィデラ夫人の金切り声に顔を顰めた王妃様が、ゆっくりと立ち上がる。
「フィデラ夫人。貴女をこのお茶会に呼んだ覚えはありません。即効立ち去りなさい。
そうそう。この邸も王宮の一部です。わたくしが下した命に背いた事は侯爵にも報告致します。早々に貴女への処罰が下るでしょう。
それまで邸にて謹慎を言い渡します。」
王妃様の厳しい言葉に、フィデラ夫人は顔を青褪めさせるが直ぐに怒りの表情になる。
「王妃様は騙されています。今迄私が貴女様を支えてきたのです。ずっと、ずっと寄り添って来たのは誰でもない。この私です!その私を切り捨てると言うのですかっ!」
フィデラ夫人は怒りのまま王妃様に言い募る。
「そうですね。私は私自身の犯した愚かな愚行を認めたくなかったのでしょう。
何も知らない高位の者が正義を振りかざし罪のない他を排除した…。その事実から逃げたかった。フィデラ夫人が言葉をかけてくれた「それ」は、私の愚かさを隠してくれた。私は貴女といると自分の過ちから逃げる事が出来た。
私は貴女を利用していたのかもしれません。
ですが、フィデラ夫人。貴女は私と言う後ろ盾を利用し下位貴族の夫人達を貶め、自分の欲望を満たすために当主を誘惑した。
証拠は王家の影、そして四大公爵家が提示してくれました。」
フィデラ夫人は呆然と王妃様が語る話を聞いている。
「登城禁止を出した際、私が貴女を利用した負い目もあり甘い罰になってしまいました。ですが、貴女が心を入れ替え反省してくれる事を祈りましたが。無駄だったようです。」
王妃様は視線を逸らさずフィデラ夫人に伝える。
フィデラ夫人は王妃様の口から直接切られる言葉を聞かされた。
(なぜ?……なぜ私がこの様な目に……。)
ギュッと目を閉じ原因を探す。
フィデラ夫人はゆっくり目を開くと、エリアナを睨みつけた。
「そうよ……。いつもいつも邪魔するのはエリザよ!エリザがいなければ、最初から全てが上手くいったのよ!エリザさえ私達の前に現れなければっ!」
(あぁー。そう言う事ね。)
エリアナはフィデラ夫人の瞳に色付く感情でフィデラ夫人が口にする思いを理解した。
理解したところで許すつもりは無い。
一度は相手にしなかった。
それはフィデラ夫人の為でも王妃様の為でもない。
母エリザがまた娘が暴走したと耳にしたら、心配をしてしまうからだった。
母への心労は避けたかった。
(子爵家だけではなく、母の名前を貶めた……。)
それは一瞬の出来事だった。
ドンッ!!
と鳴り響いた強烈な音と揺れ。
お茶会の席が用意された中庭は、氷の壁に覆われた。
テーブルも椅子も、地面も全て凍っている……。
セドリック以外は全員恐怖に身を震えさせる。
様々な場面を経験する四大公爵夫人達ですら、顔を青褪めさせる程の冷たい怒りの魔力……。
氷の檻に閉じ込められた者は浅い呼吸を繰り返し、自身の内側から溢れる恐怖を逃がそうとしていた。
「本当に煩いのよ。貴女が母を邪魔に思う理由が解りましたわ。フィデラ夫人は夫であるスターチス様に恋慕を抱いていたのですね。母エリザが婚約者である以前から。
婚約者である母エリザの存在はそれはそれは、邪魔だったでしょうね?
母は優しく美しい女性です。しかも、侯爵令嬢。所作も美しければ、聡明で貴族令嬢として非の打ち所がない。
貴女は、身分も容姿も知性も全て母以下。
敵わない母は憎らしい相手ですわね。」
エリアナは話ながらフィデラ夫人に近付く。
フィデラ夫人は全身ガタガタ震わせ恐怖で口をハクハクさせている。
白い息を吐きながら、何かを言い返したいがエリアナの怒りの魔力に圧倒され言葉にならない。
「王妃様の母を切り捨てるように伝えた言葉は、貴女の幼稚な企みを後押しする事になったのでしょう。
良かったですわね?優柔不断なスターチス様と婚約し結婚出来て。
ですが、優柔不断な男が下した結論など小さな事でコロコロ覆る。
スターチス様は、母を好いていたみたいですしね。幾ら貴族として判断したとしても、恋心はなかなか消えない。そんな優柔不断な男を言葉巧みに操る事は、頭の弱い貴女でも簡単ですもの。」
エリアナは冷たい目線を上から向ける。
フィデラ夫人を見下していた。
「母を慕うメイリー夫人が邪魔でしたか?メイリー夫人は、フィデラ夫人を身内と認めなかったのでしょう?
やり返す為に、アーネットとケイシーを虐げた。違いますか?」
フィデラ夫人の全てを晒すエリアナを、誰も止める事が出来ない。
「そっ……そうよっ……エリザが…不幸になれば良いのよ」
フィデラ夫人がそう口にした。
エリアナは暫く考え、フィデラ夫人に視線を向ける。
夫人はその視線に肩を跳ねさせた。
「母が不幸になる事は、一生来ないわよ?だって母は父にとても愛されていますし、大切にされています。父は愛する母をずっと守って来ました。貴女みたいに幼稚な企みで手に入れた幸せとは違う。母が選び父を愛し努力を重ねて積み上げた幸せです。
貴女が母に敵う事も、母以上に夫から愛される立場になる事も一生来ないと思います。」
そう言い終えると、エリアナは瞬時に魔力を消した。
辺りにエリアナの魔力で作られる温かな風が吹き、皆の体をゆっくりと温める。
「フィデラ・トリス侯爵夫人。王族の所有する建物への不法侵入。王族への不敬。
そして、S級冒険者であるエリアナ嬢への不敬。全て四大公爵家が見ておりました。
議会にて早々に処罰が下るでしょう。それまで、邸にて軟禁させて頂きます。」
セリーヌ夫人が軽く手を挙げると、近衛騎士が近付いてきた。
フィデラ夫人は腰を抜かし歩けないが、引き摺られるように連れて行かれた……。
夫人は離縁されるであろう。
国外追放となる可能性が高い。
エリアナはギュッと目を閉じ、母エリザを思う。
(お母様。これで良かったのかしら……。)
人を罰する事に自分が加わった事に母はきっと心配するだろう。
セドリックがエリアナを優しく抱き寄せた。
「私は母が心配する事しかしていないわね……。」
セドリックの胸に顔を埋め、小さく囁いた。
「大丈夫ですよ。きっと大丈夫です。」
エリアナの背を撫で、セドリックが何度も大丈夫を繰り返す。
温かな温もりと言葉に、今は少しだけ甘える事にしたのだった。




