25話 イザベルとエリアナの願い
エリアナのスキルと加護の公表は一月後と決まった。王都で催される夜会の最終となる大夜会で行なう。
一月後の大夜会での公表の翌日からは学園は中期の休暇に入る。
社交界の催しも全て終わり冬の訪れを待つ。地方の貴族当主達は領地に戻って行く。
冬になる前に領地に戻り、当主達は民達の蓄えを用意し仕冬籠りの準備を始める。それに合わせ学園は休みになる。
王都は雪が積もることがあまりない。
だが、地方は雪が高く積もり領地と王都を行き来することが難しくなる。
冬の間は学生は家族と会う事が難しくなるため、冬になる前に家族と過ごせるようにと、学生に配慮しての中期休みである。
「エリアナ様が公表後はどちらの領地に滞在するのかは教えてもらいたい」
エリアナはきっと貴族達に追い回されるだろう。宰相はエリアナの居場所は把握しておきたいと考えていた。
「各家門の密偵が王都に溢れかえるのであろうな」
笑いながら言う陛下の軽口は、軽口とはならず、ただエリアナを絶望の中へ落としてしまった。
「あれだ!影はつけないから予測より少しは減るぞ?」
「父上っ!」
アーノルド殿下が陛下を注意する。
「エリアナ嬢の気を紛らわそうとしたのだが、失敗してしまったな」
陛下は肩を落としエリアナへ謝罪した。
殿下に怒られしょんぼりする陛下は、威厳に満ちた姿はなく、息子に怒られ落ち込む普通の父親だった。
エリアナは少しだけ気持ちを上向きにすることが出来た。
「いえ、少し気が楽になりました。陛下のおかげです。感謝いたします」
お礼を伝えられた陛下は少し嬉しそうだ。
アーノルド殿下に自慢気な視線を向けている。
アーノルド殿下は呆れながら小さくため息を吐いた。
エリアナが紅茶に手を伸ばししたその時、エリアナの名を呼ぶ声に気が付いた。
エリアナが振り向くと、そこにはセドリックが走ってこちらに来る姿が見えた。
椅子を倒しながらエリアナは勢いよく立ちあがりセドリックへと走っていく。
セドリックが両手を広げて立つと、エリアナは走る勢いのままセドリックの首に手を回し抱きついた。
セドリックは広げた腕をエリアナの体に回し、ギュッと抱きしめた。
セドリックは首に水に濡れた冷たさを感じた。エリアナは声を殺して泣いている。
「ただいま戻りました。リア」
背中を擦りながらセドリックは声をかけた。エリアナは声を出す事が出来ないが、何度も頷いていた。
「エリアナちゃん、安心しなさい。セドリックは神殿にも入らなければ聖人にもならないわ」
エリアナは泣き顔のままセドリックの肩から顔をあげた。
視線の先には穏やかに微笑むセリーヌ夫人とパトリック公爵がいた。
挨拶をするためにセドリックの腕から離れようとするが、離してはもらえなかった。
セリーヌ夫人が首を振り、大丈夫だと伝える。
セドリックはエリアナを横抱きにすると、陛下と聖教様が待つ方へと歩き出す。
エリアナは少し抵抗するも、やはり無駄であった。
陛下の側にきてようやくエリアナは降ろしてもらえた。
セドリックは陛下と殿下に挨拶をするとソレン聖教様へと体を向けた。
「ご無沙汰しております。ソレン聖教様」
「無事に儀式を終えられたようですね」
セドリックはソレン聖教と面識があるようだった。
セドリックとハーマン公爵夫妻の席が用意され、儀式の話を公爵が始めた。
エリアナは民達から歓迎されて良かったと安堵した。
そして神様がちゃんと対処してくれた事が嬉しかった。
「神官長が聖杖を扱われたことや、セドリックに新たな婚約者を用意していたことに神様は怒っていたように感じました」
パトリックが口にした「新たな婚約者」の言葉にエリアナはセドリックに視線を向けた。不安そうなエリアナの頬をセドリックが撫でる。
「民達になぜ私の婚約を決められなければならないのか、私はリア以外と婚約はしないと民達に宣言しました」
「神様も候補として集まっていた令嬢達に厳しい言葉を言っていたよ。神様はエリアナさんがよほどお気に入りのようだ」
公爵が笑いながら教えてくれた。
婚約者候補の令嬢達を身の程知らずと、神様は言い切ったようだ。
「それに、聖教様に神託をおろしたことにも触れられていました。神官長は忘れていたのでしょうね。聖人を取り込み、あわよくば聖教様に成り代わる計画を立てていたようですから」
セドリックは胸ポケットから封筒を出すと、陛下の前にそれを出した。
「神官長の息子であるカールが私に届けてきました。聖教様の立場をなくす計画と、それに賛同をし協力している貴族の名前が記されています。証拠の書類や手紙を渡されましたが、それは私が持っています。必要ならば宰相の執務室へ届けます」
セドリックが陛下達へ神官長の策略の説明をする。
「「カール(様)が?」」
エリアナと殿下の声が重なった。
セドリックはクスリと笑い頷いた。
「カールはエイミーが用事で神殿を訪れていることを知った。その時にカールがエイミーの心からの願いを聞いてしまった。
その内容を聞いて、自分が間違っていたのではないかと考え始めたらしい。そして学園でのリアの噂や夜会で会った時のリアを見てカールは自分の間違いに気が付いた。だから私のとこに来て話をしたんだ。その時、書類を渡された。カールはカールなりにきちんと神に仕えてはいた。
エイミーへの好意は消えたようだよ」
エリアナは「そうなのね……」と、納得した。
殿下は少し苦しそうな表情を浮かべた。
「殿下がお気になさることではありません。確かに側近として友として過ごした日々はありましょう。確かに、元側近達を導けなかったことは殿下の落ち度です。
ですが、失敗は誰にでもあります。私達大人には失敗を成功へと導く手助けをする責任があります。元側近のご両親もきちんと導くために手を差し伸べています。
それをどう受け止め、考えて変わるのか。それは本人次第でしかないのです」
殿下はずっと元側近のことを気にしていた。自分の未熟さを痛感しながらも、元側近達が戻って来る日を待っていた。
でも、その願いは叶わなかった。
「アーノルド、王となれば失敗は許されぬ。王の失敗は民達の命にも関わる。自分が一人だと孤独だと思うな。
周りの側近達を頼り、間違いを指摘された時はきちんと話を聞き受け止めるのだ。間違いを指摘してくれる側近や家臣は大切にせねばならん。
自分を磨き、信頼出来る者を選ぶのだ。失敗から得るものは大きい。王太子の身分である今、沢山学べばよい」
殿下は目を閉じ陛下の言葉を噛み締める。
目を開くと曇りのない真っ直ぐな視線を陛下に向けると、頭を下げた。
親子のそんなやり取りを見て、エリアナは複雑な気持ちを持つ。
(エアハルト様もパトリック様もきっと家族が動かれたのよね。でもカール様は一人で悩まれ考えていたのかしら。父親の神官長はあんなだし……それを気にしても仕方ないわね)
エリアナはカールの事を考えるのを止めた。
「伝えておこう。エリアナ嬢のスキルとギフトの公表は大夜会での発表となる」
「大夜会まで日はある。エリアナ嬢もセドリックもアーノルドも学園生活を楽しみなさい。神殿や竜人国との事はこちらで対処する」
陛下のお言葉に甘える事にした。
入学してから今日まで普通の学園生活を過ごせていないから。
お茶会?だったのだろうか……。
思い返せば滅多にお顔を拝見できない雲の上の人ばかりと席を一緒にしていたのだ。
エリアナはブルっと体を震わせたが、皆優しい方なので一度の震えで恐怖心はなくなっていた。
エリアナが学園に登校するらしい。
学園で話が広まった。
本当に来てくれるのだろうか……。
学園で酷い噂を流され、魔法攻撃も受けた。
生徒達はどんな態度をすれば良いのか各々悩んでいた。
授業が始まっている科もあるのに、生徒達はエリアナが到着するのを各棟の廊下の窓から覗き待っていた。
先生達もエリアナが登校してくれるのか不安もあり、生徒達を一度だけ注意するふりをすると一緒に窓から門の方を眺めた。
エリアナがセドリックと黒竜を連れて登校してきた。
誰かが「おはようございます!エリアナ様」
そう、声をかけた。
窓からは次々と挨拶の言葉が飛び交う。
エリアナは驚いて立ち止まり各棟の窓から顔を出し手を振る生徒達を見つめた。
ポカーンとしながらその光景をながめた。
「手を振りますか?」
セドリックの言葉に恐る恐る小さく手を振る。すると、あちこちから歓声ががあがる。
エリアナは恐ろしくなり黒竜を抱きしめると、早足でC棟へと向かう。
C棟の入口の石板の前にエリアナが立つと、黒竜が掴んでいたラビが石板を見つめる。
『大丈夫だ!何もないよ』
神様が石板に異常がないことを伝える。
石板に魔力を流し教室へと向かう。
前半は魔術科で後半は騎士科を受ける。
魔術科はいつものようにエリアナを受け入れてくれた。魔術科の皆はエリアナを尊敬してくるけれど、それだけ。
同じ仲間として見てくれることに感謝しかなかった。
昼食をとり、騎士科に向かう。
昼食は殿下も参加した。
シーベル殿下がいないので、元の科へと戻っていた。
殿下は久し振りの皆との食事を喜んでいた。
騎士科は相変わらずだった。
最初にやりあった男子生徒はいつもの嫌な視線を向けてきた。
私が何者でも嫌いらしい。
変わらないその態度に、逆に安心した。
(手のひらを返して媚びられるよりましよね)
騎士科では受け持つ生徒達の指導をして、普通に授業を受けた。
領地経営科には暫く行かないことにした。
家門を継いだり、補佐につく貴族然りの生徒ばかり。
暫く様子を見ることにした。
普通に登校して授業を受ける。休憩時間はくだらない話を皆でする。
エリアナはようやく普通の学園生活を楽しめるようになった。
ただ、エリアナと接触出来ない生徒達からは少しだけ不満が出たが、科目が被らない以上、仕方がないと諦めるしかなかった。
そんな普通の日々を過ごすなか、殿下を通じてイザベルからエリアナに手紙が届いた。
「お話しをしたい」
それだけ書かれていた。
エリアナはイザベルときちんと話す約束を交わしていた。
学園が休みの日でセドリックが治癒院に行く日を指定してイザベルと会う約束をした。
セドリックはハーマン公爵家が用意した治癒院で、週に一度治癒を施している。
セドリックは隠しているけれど、民達が完治して笑顔でお礼を言われる事が嬉しいらしい。
二人でお茶をしている時に、こっそり教えてくれた。
エリアナは治癒院へ向かうセドリックを見送ると、中庭でイザベルを迎えるお茶会の準備を始めた。
最初はアーネット達も心配して同席すると申し出てくれたけれど、転生者同士の話をすると伝え断った。
心配だからと、中庭が見える部屋で待機するらしい。
この別邸に来るには王家の許可がいる。なのでアーノルド殿下がイザベルを邸に連れてくる。
アーノルド殿下の到着を告げられ、エリアナは二人が来るのを待った。
アーノルド殿下にエスコートされイザベルがエリアナの前に姿を見せた。
礼をとろうとするイザベルをエリアナは制した。
「今日はお互いの身分関係なく話をしましょう。日本の喫茶店にでもいる感じで」
「そうですね……」
イザベルはエリアナに対して緊張しているようだった。
アーノルド殿下をアーネット達が待つ部屋に案内するようにお願いした。
エリアナとイザベルがお茶を飲みながら、前世の話や転生してからの話をたくさんした。
そしてイザベルが気にしているシーク殿下の話も。
イザベルとのお茶会はお昼近くまで続いた。
アーノルド殿下とイザベルを見送ったエリアナは部屋に戻り手紙を書き始めた。
手紙を送る相手は竜人国の王である
エリアナとイザベルが転生者である事。
この世界が神様が物語を元に創った事。
それを知る転生者である事。
グルドア王に理解してもらうために、詳しく書き記した。
〚 グルドア王に折り入ってお願いがございます。
突然このようなお手紙を差し上げる非礼をお許しください。
一瞬でも構いません。イザベル・アーカート公爵令嬢とシーク殿下を会わせていただけないでしょうか。
シーク殿下を一目、物陰から見るだけでも良いとも申しております。
イザベル様は前世、物語の中のシーク殿下をお慕いしていました。
イザベル様も病を患い寝たきりだったようです。
同じ境遇でありながら、病に負けず勉学に励むシーク殿下をお慕いしていたそうです。イザベル様はシーク殿下のその姿を尊敬すると同時に、自分も学ぶ事は出来ると勉学に励んだそうです。
前世、イザベル様はシーク殿下を慕い頑張って生きていたそうです。
ですが病は完治することなく亡くなり、この世界に転生していたと。
シーベル殿下を学園でお見かけしシーク殿下の生きる同じ世界に転生していると気が付かれました。
シーク殿下はお元気なのか一目会いたいと思うようになったそうです。
私の身勝手なお願い事です。
グルドア王がお断りの判断をされても、それは当然のことと受け入れます。
イザベル様はシーク殿下を傷付けるような方ではありません。イザベル様はシーク殿下がお元気で過ごされる姿を見れば、自分が転生してきた意味を見出せるのではと申しております。どうか、ほんの少しでもご一考頂けますようお願い申し上げます
エリアナ・カーマイン 〛
エリアナは手紙を陛下に届けてもらい竜人国へ届けてもらえるようにお願いした。
グルドア王への手紙なので読まれることはない。
イザベルの辛い病床での話を聞いて胸が痛んだ。エリアナは前世はそれなりに幸せだった。転生してからも騒がしいがたくさんの人が気にかけてくれている。前世も今世も幸せな方と言える。
イザベルのシーク殿下への想いは恋だった。
エリアナは同じ転生者としてイザベルの小さな願いを叶えてあげたいと思った。
(どうか、グルドア王から良い返事がきますように)
その日は珍しくエリアナは神様に祈りを捧げていた……。




