26話 世界への違和感
魔術科の教室に入り自分の席に向かうと、机の上に大きな贈り物があった。
「あら、久し振りの贈り物ね」
ケイシーがエリアナの背後からヒョイっと顔を出してそう言うと、ラビが机の上の贈り物へと飛びついた。
【菓子の匂いがする】
黒竜がパタパタと飛んでラビの隣に降りた。ラビは高速で頷いている。
エリアナはため息を吐くと、贈り物に触れるラビに小声で問いかけた。
「何もへんな物は入ってない?食べても大丈夫?」
ラビに問いかけると、大丈夫だと大きく頷いた。
「なら、どうぞ」
エリアナから許可を貰ったラビと黒竜は小さな手で包装を剥ぎ取り中からクッキーを出した。
中には沢山の種類のお菓子が入っていて、ラビも黒竜も大喜び。
剥がした紙を片付けようと手に取ると、カードがヒラヒラと床に落ちた。
エリアナがカードを拾い上げて確認すると、メッセージが書かれていた。
〈 エリアナ様、席から離れて 〉
メッセージカードにはそれだけが書かれていた。
「席から離れてって……」
エリアナが困惑すると、ラビがエリアナの肩に飛び乗り耳元で囁いた。
『エリアナの真下に変な魔力の気配を感じるぞ』
エリアナはラビを肩から降ろし左手で鷲掴みにした。
視線を合わせると、エリアナはラビの額を指で強く弾いた。それから小さな声でラビを問い詰める。
「私と黒竜を守るためについてきたんじゃなかったのかしら?魔力を感じるなら、なぜ言わないのかな?ん?」
エリアナはラビの額にむけ、もう一度指を弾くポーズをした。
ラビは両手で額を押さえて、涙を堪えながら謝罪をした。
『ごめん、お菓子に夢中になってしまった』
「まあ、いいか。とはなりませんからね。下からの魔力ってなによ!」
エリアナはラビを掴んだまま、コソコソ問い詰める。
【この机の下からいつでも魔法攻撃が出来るように術式が組まれておるぞ】
黒竜がクッキーを両手に掴んだまま話す。
生徒達にも黒竜の声が届いたのか、教室が大騒ぎになった。
「黒竜もなぜ早く言わないのよっ!」
エリアナが黒竜を問い詰めるも、クッキーを齧りながらなんでもないように喋り始める。
【あのような粗末な攻撃魔法など、我に効くわけがない。だから無視しただけだ】
クッキーを齧りながらそう伝える黒竜の両手のクッキーをエリアナは取り上げた。
【あっ…クッキーを返せっ】
「黒竜と契約しているから、黒竜と私もラビも魔法攻撃をされても無事かもしれないけど、クラスの皆は無事じゃないかもしれないでしょうっ!」
黒竜は本気で怒るエリアナを前に唖然としていた。
エリアナは守れるのだから、それで良いと思っているからだ。
「私はクラスの皆も大切なの!私は、私のせいで誰かが犠牲になるのが一番嫌なのよっ」
エリアナの言いたい事が理解出来た黒竜はパタパタと飛ぶと、エリアナの胸に張り付いた。
【すまん……】
エリアナはクッキーを机に置くと黒竜を撫でた。
「私も言い過ぎたわ。ごめんね」
机の上でエリアナを見つめるラビを無視して、黒竜に話を聞く。
「もしかして私が席に座ったら魔法攻撃されるとか?」
【うむ。椅子の真下に魔法陣が組まれておる。エリアナが座らなければ発動しない】
エリアナは少し考え、ある提案をする。
「私は体調が悪くて教室に入って直ぐに保健室に向かった事にしてくれる?」
クラスの皆にエリアナが提案すると、全員が頷いてくれた。
「魔法陣って事は魔法科の生徒が関係してるのかしら?私の席を知ってるなんて、どうやって調べたのかしら……」
エリアナの疑問の言葉に一人の生徒が青褪めた。
「もしか…したらだけど……僕のせいかもしれない……」
顔を青褪めさせながらポツポツと発した。
「ロアル!どういう事だよ!魔術科を売ったのか!」
グランがロアルのシャツを掴み声を荒げた。
「違うっ!エリアナさんの話を魔法科にいる幼馴染のケインにしたんだ。ケインもエリアナさんの事を尊敬していたから、沢山話をしたんだっ。ケインは……エリアナさんの事を好きだって……凄い人だって。そう言ってくれたんだっ!」
泣きそな声でロアルはそう伝える。
グランはシャツを離してロアルに問いかけた。
「エリアナさんの席の話もしたのか?」
ロアルは小さく頷いた。
「ケインは本当にエリアナさんの事を尊敬していたんだ。あいつは俺に嘘はつかないっ」
エリアナは(また私のせいで……)
そう思うと、自分の存在が嫌になってしまう。
自分は学園に通わない方が良いのでは?
そう考えが過る。
ため息を吐き遠い目をするエリアナにマーヤが気が付いた。
「エリアナさんは悪くないですよ?」
マーヤの言葉はエリアナには届かない。
ケイシーもマーヤと同じように声をかけるけれど、エリアナは遠い目をしたままクラスの皆を見やる。
「とりあえず保健室に行くわ。席には近づかないようにしてね。後、ヨリ先生が来たら説明をお願いします」
そう言うと、エリアナは教室を出て行った。
残された生徒達は呆然とエリアナの後ろ姿を追うしか出来ず、ただ立ち尽くしていた。
エリアナは足早に学園長室へと向かった。
扉をノックし、「エリアナ・カーマインです」と、名前を告げた。
「入りなさい」
扉を開くと学園長のアーサーがエリアナを迎えてくれた。
「何かあったようですね」
アーサーはエリアナが酷く傷付いた顔をしているのに気が付いた。
扉を閉めようとすると、お菓子の箱を抱えたラビと、そのラビを抱えている黒竜がするりと入ってきた。
テーブルにラビとお菓子の箱を置き、カードも置いた。
アーサーがカードに視線を向け手に取った。
「これは、どういう事ですか?」
『いまだにエリアナが狙われているって事かな?』
ラビが答えると、アーサーは渋い表情をする。
「まだこのような事をする者がいるとは……」
ラビがアーサーに魔術科で起きたことを説明する。
「魔法科がそのような事を……」
アーサーがカードをテーブルに置き、エリアナをソファーへ座らせた。
黒竜とラビはエリアナの膝の上に座りエリアナを心配そうに見上げる。
エリアナは両手で黒竜とラビを撫でた。
温かな黒竜とラビの肌の温もりを感じると、喉の奥がキュッと苦しくなる。
エリアナの瞳から雫が落ちそうになる瞬間、学園長室の扉がノックされた。
が、返事を待たずに勢いよく開いた。
セドリックが入って来るとエリアナを見つけ走り寄る。
振り返ったエリアナの瞳から雫が落ちると、苦しそうな表情でセドリックがエリアナを抱きしめた。
「もう大丈夫だから」
エリアナはセドリックの香水の匂いと、温かな腕の中で安心感が込み上げ涙が止まらない。
セドリックのシャツに顔を埋め、声が漏れないように震えながらな涙するエリアナを見て、アーサーも苦しい顔をする。
エリアナはセドリックの腕の中で抱き寄せられたままソファーへ座った。
「魔法科の授業が終わったらグイードを呼ぼう。急に呼び出せば、犯人が証拠を隠すかもしれない」
アーサーがセドリックに説明をすると、ベルを鳴らし補佐役を呼び耳元で指示を出した。
アーサーはカードの送り主が気になり尋ねた。
「これはエリアナの親衛隊みたいな方からです。黒竜とラビに時々贈り物としてお菓子が届きます。親衛隊の代表はグイード先生の妹さんのようです」
「っ、そうなのか……」
アーサーが難しい表情をするのでセドリックが逆に問いかけた。
「何かあるのですか?」
「いや……そうだな。いずれ分かることだが、グイード先生の妹君は少々過激でな。エリアナ君を崇拝しているなら、グイード先生と相当もめるだろうな……」
アーサーがため息を吐を吐くほどの厄介な妹君なのだとセドリックは認識した。
「リリ?少しお化粧直しをしましょう」
セドリックがマジックバッグからエリアナの化粧道具を取り出した。
エリアナはもぞもぞと顔をあげ、セドリックから治癒魔法を受ける。
腫れた目を治しエリアナの化粧を落とすと、手際よく化粧を施した。
セドリックの手際の良さにアーサーが真剣にその様子を見ていた。
「エリアナ君の化粧道具をいつも持ち歩いているのか?」
セドリックは「勿論です」と、即答する。
アーサーは小さく笑うと、エリアナを大切にするセドリックに笑顔を向けた。
「エリアナ君が大切なのだな」
セドリックは「当然のことです」とアーサーに答えた。
授業終了の鐘が鳴り、暫くすると廊下を走る音が聞こえた。
学園長室の扉の前で足音が止まり、ノックの音が響いた。
「どうぞ」
アーサーがそう告げると、グイードが部屋に入ってきた。
エリアナとセドリックが並んで座っているのを見て、何かがあったと察した。
「そちらに座ってください」
グイードがソファーに座ると、アーサーがグイードに魔術科で起きたことを説明する。
話を聞くにつれて、グイードの顔がどんどん青褪めていく。
「申し訳ありませんっ」
グイードは立ち上がりエリアナへ深く頭を下げ謝罪をする。
「グイード先生は悪くありません。頭を上げてください」
エリアナは立ち上がりグイードに必死にお願いをする。
「とりあえず座りなさい。話が進みませんから」
アーサーの言葉にグイードはソファーに座るも顔色は悪いまま。
「グイード先生は教室にそんな魔法陣が組まれていて気が付かなかったのですか?」
アーサーの問いかけにグイードは「全く気が付きませんでした」
と、正直に答えた。
(人を攻撃する魔法陣に気が付かないものかしら?かなり高度な魔法陣じゃないと、黒竜の話と合わないけれど……)
エリアナがそう考えていると、黒竜がその答えをくれた。
【あの魔法陣に人族で気がつく者はおらぬ。エリアナすら気が付かなかったのだぞ?】
黒竜がパタパタ飛びながら話をする。
「どういうこと?私も確かに気がつかなかったけれど」
【あれは竜人の魔力を使っておる。竜人は魔力を無色にできるからな。あれは、竜人の魔力で間違いない。無色ゆえ竜人の誰の魔力かは特定出来ぬがな】
黒竜の話を聞いたアーサーが勢いよく立ち上がった。
「まさか……」
エリアナもセドリックもグイードもアーサーの次の言葉を待った。
「これは極秘事項ですので陛下と宰相と各団長と私しか知らない事です。
シーベル殿下とエイミー君が牢から消えました」
全員が呆然としていた。
ラビでさえ呆然としている。
「詳細は?行方は分かっているのですか?」
セドリックがアーサーに問いかけるが、アーサーは首を降った。
「貴族牢に入れられた翌日には牢から消えていました。鍵を開けた魔力痕は無く、消えたのです」
「消えた……」
「はい。竜人国に戻っていないか尋ねたところ、竜人国に戻られた形跡はありませんと、返事がありました」
「では、どこに……」
セドリックの呟きに答えてはもらえなかった。
エリアナは先が見えない不安から、ラビに問いかけた。
「ラビは分からない?シーベル殿下の行方を知らない?」
ラビは首を降った。
『一度天界に戻るよ。黒竜には神力を珠に込めるからそれを付けるようにしてね』
ラビは淡く輝くと消えた。
エリアナの手の中には銀色に輝く珠が残された。
「とりあえず、魔法科の魔法陣を何とかしなければなりません」
アーサーの言葉に全員が頷いた。
「黒竜は魔法陣の解除の手順は分かるかしら」
エリアナが問いかけると、黒竜は得意気に胸をはった。
【勿論、我なら出来るぞ】
「では、その席に座る生徒は必ず捕縛して下さい。魔法科の生徒全員を捕縛します。二学年、三学年も全員です。
魔法科の暴走は学園としても迷惑ですので一気に片を付けます」
アーサーが立ち上がり黒竜の前に立った。
「黒竜様、魔法陣の解除をお願い致します。犯人が起動させるのを防いで頂きたいのです。二階、三階には関係のない生徒がいます。どうか、お願いを聞き届けて頂きたい」
アーサーが黒竜に頭を下げた。
【エリアナの大事なクラスメイトがいるのだ。ちゃんと守ろう】
黒竜はエリアナに向かってそう告げた。
「ありがとう。黒竜」
エリアナはパタパタ飛ぶ黒竜の頭を撫でた。エリアナは手にある珠を結界て包み込むと結界に銀色のリボンを通し黒竜の首にリボンを巻いた。
「胸元にラビの珠をつけたわ。リボンが似合うから可愛いわね」
アーサーは肩を落としたまま項垂れるグイードの肩を叩いた。
「落ち込んでいる暇はありません!生徒達が危険に晒されているのですよっ」
アーサーに一喝されたグイードは素早く立ち上がり姿勢を正した。
「エリアナ君とセドリック君はこのままこの部屋にいてもらった方が良いでしょう」
エリアナとセドリックは学園長室で待機となった。
慌ただしく人が出入りを始める。
王城から直ぐに魔法師団長のライがやって来た。ライはエリアナを見ると軽く頭を下げた。
「お久しぶりですね。カーマイン嬢」
「お久しぶりですジールマン様」
久し振りの対面が騒動の中であることに、二人は苦笑いで挨拶を交わした。
「これから魔法師団の管轄となります。生徒の捕縛後は魔塔の方へ問い合わせをお願い致します」
ライを先頭にアーサーとグイードが続いた。
黒竜はエリアナに手を振ると、パタパタと追いかけて行った。
「この先どうなるのかな……」
エリアナの呟きを拾い上げたセドリックは、エリアナを黙って抱きしめた。
「正直に言ってリアが無事なら他はどうでもよいのです。語弊がありますが、誰かが傷付いて良いとは思いません。ですが、リアを狙うのならば許しはしません。リアが無事で笑ってくれる。それだけでいいのです」
それはエリアナも同じ気持ち。
セドリックと静かに暮らしたいだけ。
ただ、それを許されないかのように何かが起こる。
「神様が創った世界なのに、違和感があるのよね……」
エリアナは小さな違和感をずっと感じていた。ラビの世界なのに、ラビが知らない事が起きている?
ラビは監視されているし。
エリアナは違和感を拭う事が出来ないまま、ただアーサー達がが戻って来るのを待つしかなかった。




