24話 鑑定の儀
鑑定の儀の朝
エリアナは夜が明ける前に目覚が覚めてしまう。
薄暗い部屋を見て夜明け前だと気が付いた。
腕の中で眠る黒竜を起こさないように体の向きを変え、窓から見える月をぼうっと眺めた。
思考が鈍っている……。
考える事を拒否している……。
もう一度眠ろうと体を戻すと、黒竜と視線が合った。
「ごめんね、起こしちゃった?」
【いや、我は早起きだからな】
(嘘……お昼近くまで寝てるのに……)
黒竜が胸の中でもぞもぞしながらエリアナの胸にピタッリと張り付いた。
温かな黒竜の温もりを感じながらエリアナは目を閉じた。
(やっぱり眠れない)
エリアナは眠る事を諦め鍛錬をする事にした。
久し振りにレイピアを手にすると、黒竜と剣を交えた。
魔力を使い黒竜が刃を幾つも放つと、エリアナが剣で弾く。
夜が明けるまで暫く黒竜と戦った。
「体を動かすと頭がスッキリするわ。ありがとう、黒竜」
エリアナはお風呂からあがり、黒竜の体をタオルでわしゃわしゃと拭いている。
【邸の庭だからエリアナも本気をだせぬな。いずれ、本気でやろう】
「え?いやよ、私はまだ死にたくないわ」
【我は戦うのは久々だったのだ!戦うのは楽しいのだ!】
戦うのは楽しいけれど、魔力の差と種族の違いを考慮してもらいたい。
【エリアナは我の魔力を使えるのだから、お互いの魔力を均等にすれば戦えるだろう?】
「理屈はそうだけど、人である私が黒竜の魔力をそんなに受け入れれるわけないでしょう?」
【そうか……そうであったな】
黒竜はガックリと首を垂れさせ落ち込んでしまった。
エリアナは黒竜の体を拭き終わったので、黒竜の首にエリアナの色の白銀のリボンを首に飾った。
「うん、可愛い」
エリアナは首の後ろに大きなリボンを付けた黒竜の姿を見て笑顔を見せる。
少し元気になったエリアナに黒竜も安堵する。
エリアナは身支度を整えるとダイニングへと向かった。
席にはアーネット達が既に座っていて、エリアナと黒竜を待ってくれていた。
アーネットもケイシーもイレーネも。
昨日の取り乱したエリアナを心配してくれていた。
親友の気遣いに感謝の気持ちで胸がポカポカ温かくなる。
「セドは支度を終えたかしら」
王城に向かう馬車の中で、エリアナは一人街並みを眺めながらポツリと呟いた。
エリアナは一人王城へと向かっていた。
アーネット達に黒竜の相手をお願いして、付き添うとの申し出を断った。
アーネット達が側にいると、どうしても甘えて泣いてしまう。
エリアナはそれが嫌だった。
セドリックを想い泣くのなら、知らない場所ではなくセドリックの側で泣きたかった。
王城に到着すると、アーノルド王太子殿下が出迎えのために立たれていた。
「黒竜様の契約者をお迎えするのだから、私か陛下がお迎えするのが当然です。もしや、エリアナ嬢は陛下の出迎えを希望していましたか?」
と、軽口を言われた。
アーノルド殿下の出迎えに恐縮していたエリアナを見て冗談を言ったのだった。
アーノルド殿下が学園の様子を教えてくれた。
エリアナが学園に通える日を皆が待っていると教えてもらえた。
「エリアナ嬢への変な噂はなくなったから安心して。以前より、もっと楽しく学園生活を過ごせるはずだから」
殿下の言葉を聞いて、エリアナも早く皆に会いたいと伝えた。
暫く歩くと、中庭を抜けた。
(どこに行くのかしら?謁見の間は通り過ぎたわよ?)
中庭を過ぎると、目の前には薔薇が咲き誇る庭園が見えた。
その先に人影が見える。人物を確認したエリアナは、歩く姿勢を正した。
「父上、エリアナ嬢をお連れしました」
薔薇園に設けられた席にはアルベルト陛下とリドル宰相がいた。そして、陛下の隣に穏やかそうな初老の男性がいる。
「体は大事ないか?」
アルベルト陛下のお言葉にエリアナは回復した事を伝えた。
アーノルド殿下も加わり全員が席についた。
「エリアナ嬢は初めてであろう。ソレン聖教様だ」
陛下がエリアナに初老の男性を紹介すると、ソレン聖教は立ち上がりエリアナへと深く頭を下げた。
エリアナは慌てて立ち上がり、頭を上げてもらうように必死に懇願した。
「この場では神様への礼を取れぬゆえ、頭を下げるしか出来ないのでな。エリアナ様は神様と同等に近いお立場、私達がお仕えするお方ですので」
ソレン聖教の優しい眼差しと聖力は神殿の長として相応しい風格をしている。
(なぜこのような素晴らしい人が追い詰められるの?神殿って腐ってる)
エリアナの表情を見て陛下も宰相もエリアナが何を思ったのかを理解した。
「ソレン聖教様はお優しい方です。神に真摯に仕え民達に安穏を与えるために神殿でお話をなされる。癒やしも無償で施される尊いお方なのだ」
陛下の言葉にソレン聖教の為人を知る。
「だが、優しいからこそ腹に一物を持つ神官達からは忌避されてしまうのだ。無償で治癒をされることで立場を追われてしまわれた」
エリアナは何を言葉にして伝えればい良いのかを考える。
「神官は神様に仕えるのであって、私利私欲に走るような邪な考えを持つ人が就く職ではないと思います。でも、それは理想論であって、人は権力を持ってしまうと欲深くなるものです。神殿も他も同じって事ですね……」
「エリアナ様は聡明なお方ですな」
と、目を細めソレン聖教がエリアナを見つめる。
「セドリックの鑑定の儀が行われておる。ソレン聖教様のお話ではセドリックが聖人になる話は必ず却下される。だから、安心するが良い。セドリックをエリアナ嬢から取り上げる者はおらぬゆえ」
陛下も宰相も……全員がエリアナの不安に気が付いていた。
「ありがとうございます」
「エリアナ様、大丈夫です。もうすぐ鑑定の儀を終えた知らせがこちらに届きます。
その時に全てをお話しします。
まずは、この先をどうするかをこれから話し合いましょう」
宰相の言葉を聞いてエリアナはセドリックのことを今だけは思考から外すことにした。
この先。とは、エリアナのスキルとギフトの公表についての話となる。
セドリックは不機嫌丸出しの表情で公爵家の馬車に乗り込んでいた。
向かいに座るパトリックとセリーヌは嗜めるどころか、気にもとめていない。
「お前の好きなように、思うようにすれば良い」
セドリックは朝食の席でパトリックからそう告げられていた。
(好きにするさ。リアの側にいるためならば何だってする)
エリアナから離され、セドリックはイライラしていた。
本来は儀式に参列する時は伴侶や婚約者と同行する。
だが、聖人となるかもしれないセドリックは、婚約者を連れてはいけない。
「何が神殿が婚約者を決めるだっ」
忌々しそうに悪態を口にするセドリックを見て、セリーヌは笑みを浮かべる。
「エリアナちゃん以外とセドリックを結ばせるつもりはないわ。何かあれば私も動きます。エリアナちゃんに手を出す者は誰であろうと許しませんからね」
セリーヌは笑みを浮かべるも、セドリックもパトリックも若干引いている。
セリーヌはエリアナに手を出したならば、社交界から追放するだろう。
追放で済めばよい方で、きっと貴族としての立場すらなくすように動くはず。
「エリアナさんは恐ろしい人を味方につけているな」
パトリックが呆れた声でそう口にするも。
「あら?それは私の事かしら?私なんて神様や黒竜様に比べたら蟻ん子よ?エリアナちゃんの側には神様と黒竜様がいらっしゃるし、それに竜人王や竜人国の王女。他にもたくさんの人にエリアナちゃんは大切にされているでしょう?
だから、セドリックがエリアナちゃんのために神殿で何をしようと何を言おうと、誰も何も言わないわ」
セドリックは母へ視線を移し話をする。
神殿を遠ざけ、民を味方にする方法を考えていた事を。
パトリックとセリーヌはセドリックの案に賛同をし、協力を惜しまないと約束もしてくれた。
セドリックからは不機嫌な表情が消えた。
神殿に到着するまで民達にどう話を向けるかを考えていた。
神殿が近付くにつれ街道からは、ハーマン公爵家の馬車に祝福の言葉が寄せられる。
まだ儀式を行っていないのに民達がセドリックのギフトを知っている。
「スタンリー神官長か……」
セドリックを神殿に引き込むために、民達にセドリックの話を陰から広めていたのだろう。
民達が聖人が顕現したと喜ぶ姿を見ることに不愉快さはない。
民達は癒しを施す聖女や聖人をただ敬っているだけ。
セドリックは民達の喜ぶ姿を目に焼き付けた。
神殿の周りには沢山の民が押し寄せていた。ハーマン公爵家の馬車が到着すると、大歓声があがる。
熱気を放ち人々が歓喜する姿を視界に入れ、セドリックは小さく手を振り答えた。
騒ぐ民達の声は今のセドリックの味方となる。民達の熱狂の声が神殿の中へ響き渡り神の御前へと届いていく。
セドリックは神殿の階段をゆっくりと登る。
神殿の入口にセドリックの姿が現れると神殿の中で待っていた貴族当主達が立ち上がった。
セドリックは静かにと神像の前まで歩みを進めた。
神像の足元に膝をつきセドリックは祈る姿勢をとる。
スタンリー神官長が聖杖をセドリックの頭上に翳すと眩い光が神殿の外にまで輝きを放った。
「セドリック殿が聖人であり、神の加護を授かりし者と証明された。スキルは聖魔法であり、ギフトは神の加護」
聖杖の先に「太陽に百合の花」の紋が浮かんでいた。
神殿が認める紋の一つであり、神からの加護を示すもの。
貴族の当主達が、セドリックに一斉に礼をとる。
「これよりセドリック様を聖人とし、神殿で洗礼を受けていただく。セドリック様の先の事は全て神殿が差配することとなります」
神官長がそう宣言すると、セドリックは立ち上がりはっきりと告げた。
「神の加護を受けている事は以前から知っている。そして、私は神殿に入るつもりも聖人を受けるつもりもない」
そう告げると、ざわめく貴族達の前を通り抜け神殿の入口に立った。
階段の下には多くの民が押し寄せている。民達はセドリックが告げた言葉を耳にしてはいない。
「私はセドリック・ハーマン。先ほど鑑定の儀で証明された事を皆に伝えよう」
セドリックは声に魔力をのせ、押し寄せる民達全てに声を届ける。
「スキルは聖魔法であり、治癒魔法に特化している。そして、ギフトは神の加護だ」
セドリックの言葉に民達の熱狂が高まる。
「私は聖人にはならない。神殿に入れば愛する婚約者と離れなければならないからだ。なぜ私の婚約を神殿が決めるのだ?神殿が婚約者を決める理由はなんだ?私になんの利がある?
愛する人を妻とし、ギフトとスキルを使い民達を救う。そこになぜ私の婚約が関わるのか理解出来ない。私の幸せを壊されてまで神殿に入るつもりはない」
そう宣言をするセドリックの背後から、慌ててスタンリー神官長が現れた。
「セドリック様。神殿の決まりは神の決まり。逆らう事は許されない」
スタンリー神官長の言葉にもセドリックは魔力をのせ民達に届ける。
「婚約者ってあの有名なエリアナ様だろ?」
「なぜエリアナ様じゃ駄目なんだ?」
「聖人様や聖女様の結婚は自由じゃなかったのか……」
民達からはセドリックの言葉を聞き、疑問の声があがる。
「神の掟に従ってもらいます」
神官長が聖騎士にセドリックを捕らえるように聖杖を振った。
聖騎士が一歩踏み出した瞬間、聖騎士達の足元に雷が落ちた。
『あのさー、神の掟って何?』
頭の中に声が響く。
全員がどこから声がするのか発している人を探している。
『僕は聖人も聖女も結婚について口を出した事は一度もないよ。好きな人と結婚すれば良いしさ。で、そこのお前。聖教でないお前がなぜ儀式を仕切る?あ、ちなみに僕は神だよ』
聞こえてくる声につられ、全員の視線が神官長へ集まる。
そして最後の「神」の言葉に全員が息を呑んだ。
『セドリックは聖人にはならない。セドリックへ神の加護を与えたのは別に理由があるからだ。勝手にセドリックの人生を決める権利はお前にはない』
神官長は頭に響く声に体を震わせた。
「ですが……決まりが…」
震える声で反論するも、神様により反論を許されなかった。
『その決まりはお前達が聖人や聖女の権力を独占するために勝手に作ったんでしょう?僕は何も決まりなんて言ってないし。それに、神像の足元にいる娘達はセドリックの新たな婚約者とする娘達でしょう?』
次に全員の向かう視線の先は、神像の足元に並ぶ令嬢達だった。
一斉に視線を向けられ、令嬢達は固まっている。
『娘達もさー、セドリックの婚約者となりたいのは理解するよ?身分高いし容姿端麗、しかも神の加護持ちの男だものね』
うんうん、と頷いている神様の姿が見えそうだ。
『でもさー、理解してるのかな?セドリックの婚約者はエリアナだよ?同じく容姿端麗でSSランクの冒険者だし、黒竜とも契約している。他にたくさんの権力者の後ろ盾があるんだよ?そんなエリアナを蹴落として、自分が婚約者になれると本気で思っているの?』
神の言葉に令嬢達は顔を青褪めさせたり、真っ赤にしたりと表情が忙しい。
『勝手に連れてこられた。なんて言葉は通じないからね。正式に婚約者候補を辞退した娘達がいることも知っているから、君達は自らその場に立ったんだ。エリアナに何一つ勝てないくせに、よくそこにいれるよね?』
セドリックは神様が令嬢達に執拗に絡む理由に気が付いた。
(お気に入りのエリアナを見下した事が気に入らないんだな……)
『それに、僕は以前神託を授けたよね?聖女が現れるから待つようにって』
神官長は神の言葉で思い出した。
聖教様に神託が授けられていた事を。
『もう一度言うよ?聖女を待つように』
そう言葉を告げると、神の言葉は聞こえなくなった。
「聖女が現れるまでは私が治癒を引き受ける。ハーマン公爵家が無償で治癒をする場所を提供する。私は学生のため、週に一度くらいしか治癒は出来ないが治癒を求める者は訪ねてくれ」
セドリックが民達に告げると、大歓声で受け入れられた。
無償で治癒を受けられるのならば、セドリックが聖人にならなくとも神殿に入らなくとも、民達にはどうでも良い話。
セドリックは神殿の後ろ盾を遥か彼方に蹴り飛ばし、民達の後ろ盾を得たのだった。




