22話 ルドル小国を破滅に導く者
「リリアーヌ殿!話が違うではないかっ!」
「国を発展させる条約を破られるなどっ」
リリアーヌは回廊を歩きながら、背後からかけられる言葉を完全に無視していた。
「貴殿は戦争でもするおつもりかっ」
リリアーヌはその言葉に立ち止まる。
くるりと身を翻し言葉を発した人物の前に立った。
「貴方がたは何を言っているのだ?条約を違えたのはルドル小国が先ではないかっ!戦争?アスティー辺境領と戦争をしたいのならば、受けて立つっ」
周囲に圧をかけ、リリアーヌは苛立つ気持ちをぶつけた。
リリアーヌの怒りの魔力に罵倒していた者達はガタガタと震え始めた。
「お母様、早く行きましょう」
キャシーがリリアーヌに声をかけた。
リリアーヌはもう一度圧をかけ、再び目的の広間に向け歩き始めた。
リリアーヌは夫のシリルとキャシーと婚約者であり、アルーン国の元王太子のダリルを連れてルドル小国へと来ていた。
ルドル小国の王から書簡が届いた。
その内容に腹を立てたリリアーヌが乗り込んで来たのだった。
リリアーヌは目的の広間の扉を思いっきり開き、ズカズカと中へと入っていく。
この日はこの広間で地方の領主達や主要な大臣達が集まる事を知っていた。
「無礼者っ!」
近衛騎士がリリアーヌに剣を向けるも、シリルにいとも簡単に倒されていく。
リリアーヌは歩みを止める事なく王の前に立った。
「謝罪にでも来たのか?リリアーヌ殿」
王であるマグナスが口にした。
「謝罪?なぜ私が謝罪せねばならないのだ?」
「ほう……。リリアーヌ殿はアスティー辺境領が大事ではないと?」
(こいつ本当にムカつくな)
リリアーヌは腹の底から怒っていた。
怒りを抑えるつもりはない。最初から全力で叩き潰すつもりで来ている。
「アスティー辺境領との契約はルドル小国とは結んでいないが?獣人王であったエドガーと結んだのだ。貴方とは契約していない」
「なにをっ!我とエドガーは同位の王だぞっ!」
ルドル小国は人族と獣人が一緒に興した比較的新しい国である。手を取り合いお互い滅びた国を纏め上げ、新たな国を興し助け合い生きてきた。
マグナスとエドガーが共に創り上げた国だったはずだが、マグナスは最初から獣人の身体能力だけを必要とし労力としてしか見ていなかった。
いずれ国が安定すれば獣人を追放する考えだったのだ。
「私が何も知らないと思っているのか?獣人の身体能力だけを必要とし、いずれ獣人を追放するつもりでいる事を知らないとでも?」
リリアーヌの指摘にマグナスは僅かに表情を変えた。
「そんな作り話を誰が信じると?賠償を逃れるために、我が国に非を押し付けりつもりか?」
マグナスはリリアーヌに強気に出るが、リリアーヌの次の言葉に表情を変える。
「竜人国のキャス公爵。アルーン国のアリーシャ王妃。この名を聞いても何もないと言い切れるのか?
アリーシャ王妃には伝えてある。いつでもアスティーの目は向けられているとな」
広間は静寂に包まれた。
地方の貴族は王都で何が起きているのか知らされていない。
ただ地方の発展のために、アスティー辺境伯が土魔法を使い領地を整備してくれている。その事実しか知らない。
「国がアスティー辺境伯を裏切ったと?」
大勢集まる地方の貴族の誰かがポツリと呟いた。
「証拠はない。あるのは、リリアーヌ殿の言葉だけだ。我は何もしてはおらぬ」
マグナスは認めようとはしない。
「そうか。ならば良い。ルドル小国で着手し公共事業で作り上げた設備の魔法を解除する。
道も、河川も、建物も。アスティーの技術者が作った物は全て土に戻る。
私の魔術あってのものだから」
リリアーヌは右手を上げ、指をパチンと鳴らした。
静まり返った広間は息づかいすら聞こえない。
「な、なにをしたのだっ!」
マグナスが王座から立ち上がり、リリアーヌに大声で問いかけた。
「解除しただけよ」
そう答えると、マグナスに説明を始めた。
「隣にいるのは娘のキャシー。私の後継となり次代のアスティー女辺境伯となります。そして、その隣にいるのがキャシーの婚約者のダリル・アルーン殿下。
アルーン国の元王太子。この意味が分からない訳ではないでしょう?」
マグナスはダリルへと視線を向けた。
意味が分からないのであろう、ただ呆然とダリルを見ていた。
「アリーシャ王妃から何も知らせがなかったのは、貴方達の策が成功したからではない。失敗したからアリーシャ王妃は軟禁状態にあるのよ?ダリル殿下はいずれアスティー辺境伯当主の夫となる。
アルーン国とルドル小国をどうするのかは、キャシーとダリル殿下の判断となる。自分の命を狙い続けたルドル小国の王である貴方を、ダリル殿下が許すのか……」
マグナスの顔がどんどん青褪めていく。
アリーシャ王妃の子である第二王子のファルナを王太子に据えたいがために、ダリル殿下の命を狙っていたのだ。
マグナスにとって娘であるアリーシャは目に入れても痛くない程に溺愛していた。
アルーン国の王に恋をし、友好関係を盾に嫁がせていたのだ。
だが、先にダリル殿下が生まれ王太子となり、ファルナの子は第二王子となった。
小国とはいえ、王女が嫁ぎ子を成した。なのに、その子が第二王子として育てられるなど許せなかった。
ダリル殿下の命を狙っている事に獣人王のエドガーが気が付いた。
厄介なことになる前に冤罪をかけ国外追放とした。
反発する獣人達を反逆罪として次々に国外追放にした。
どんどん獣人を排除し、国からは獣人がようやく消えたのだ。
ようやく人族の国を作り上げたと言うのに……。
マグナスは怒りで顔を真っ赤にする。
拳を握り怒りを抑え込んでいる。
「反論しないのですか?キャス公爵からアルーン国のアリーシャ王妃に働きかけるように指示があったでしょう?緑竜を使いスヴァルト王国を攻撃するようにと……」
「なっ……」
マグナスは口をはくはくさせ、なにを言葉にすれば良いのか続く言葉を見つけられずにいる。
「緑竜を使おうと意味はない。スヴァルト王国には黒竜がいる」
リリアーヌは真っ直ぐマグナスを見つめたままそう口にする。
「黒竜様は守護者を見つけただけだ。スヴァルト王国を護る抑止力にはならぬっ」
「普通であれば守護する者と言っても、ただ気に入ったから側にいるだけですから。
でも、正式な契約者ならばどうなると?」
リリアーヌが話す内容が本当ならば……。だが、マグナスの耳には正式な契約者の話しは届いていない。
「虚勢か?」
マグナスはそれしかリリアーヌの話す内容に答えを出せなかった。
「黒竜によるスタンピードを鎮静化させたエリアナ・カーマイン嬢。黒竜は正しく契約をされている」
リリアーヌの言葉に広間のざわめきが大きくなった。
「黒竜様が令嬢と契約を?」
「SSランクの冒険者ではなかったか?」
「スヴァルト王国は大陸一になったのだな」
次々に囁かれる会話。
マグナスは呆然とリリアーヌを見ていた。
「嘘だ…そんな話は届いておらぬ」
「昨日公表されたのですから、まだ知らせが届いていない国は多いでしょう」
「これ以上画策するのであれば、アスティー辺境伯を敵に回します。それに、キャシーはエリアナ様と親交がありますし、何よりダリル殿下の命を救ったのも黒竜様を浄化したのもエリアナ様です。
貴方がたはエリアナ様を敵に回すような事態を引き起こしたのです」
リリアーヌの言葉に地方の領主達は膝を突き絶望の表情を浮かべていた。
マグナス王はアスティー辺境伯やスヴァルト王国。それに、黒竜をも敵に回してしまったのだ。
「ルドル小国が生き残る道はあるのか……。滅亡するにしろ、民達を犠牲にしないようにして下さいね」
リリアーヌはゆっくりとカーテシーをとると、踵を返し広間を後にした。
リリアーヌの先手で緑竜を使ったスヴァルト王国への攻撃は回避されていた。
キャス公爵がどこまで事実を把握出来ているのか分からない。
黒竜が契約した者がいる事実を知っていてなお、ルドル小国を焚き付けたのか。
リリアーヌはキャス公爵を見張るなかで人族と獣人を嫌う人物だと知った。
ルドル小国を駒として使い、切り捨てるつもりなのは明らか。
「エドガーに冤罪をかけ獣人を排除したとは言っても、民達は何も知らさせてはいない。マグナスの勝手な判断に振り回されただけ。民達を救うには、マグナスの策を先に潰すしかなかったのよね」
王城を歩きながらリリアーヌは独り言のように呟いた。
「緑竜様を使いスヴァルト王国へ攻撃しようものなら確実に黒竜様の怒りを買うでしょう。エリアナ様が住まう国に手を出して許される筈はないのですから」
シリルの言葉にリリアーヌは頷いた。
「キャス公爵はエリアナ様に接触してくるでしょうね……」
「竜人王に謁見を申し込まれますか?」
「会っては貰えないと思うわ。エリアナ様が竜人王と謁見が出来たのは、黒竜が関わっていることと、スタンピードの黒幕がシーベル殿下の可能性があったから。
それに、エリアナ様とセドリック殿が竜人王に気に入られたからと言って、スヴァルト王国の者が受け入れてもらえたわけではないのだから」
リリアーヌは竜人王との謁見は無理だと判断した。
「エリアナ様は人たらしですからね」
キャシーの言葉にダリル殿下が同意する。
「エリアナ嬢は人としてとても魅了的ですから。あの人と過ごすとなぜか自分も頑張って生きなければと思わされます」
キャシーは一度は生きる気力をなくしたダリル殿下の過去を知っている。
そっとダリル殿下の手をとり繋いだ。
歩きながらキャシーはダリル殿下の手をギュッと握り、ポンポンと手を叩いた。
「大丈夫です。いまはキャシーと一緒にアスティー辺境領を繁栄させる為に生きようと思っていますから」
ダリル殿下もキャシーの手を握り返し、ルドル小国の城を出た。
高台にある城から城下を見下ろすと、あちこちから土煙があがっている。
遠くの領地からも幾つも土煙が空高くあがっていた。
リリアーヌが魔術を解除したため、建物は崩れ落ち道は土に戻ったのだ。
「マグナスが退位するなら戻してあげようかしら」
リリアーヌのその言葉を聞く者は家族しかいない。
ルドル小国の大臣達がどう答えを出すのか。民達の声を掬い上げる事で未来を変える事が出来るのか。
リリアーヌは暫く様子をみることにした。
「お母様?緑竜様はどこにいるのか知っているのですか?」
キャシーはリリアーヌから緑竜の話が出たので、居場所を知っていると思っている。
「知らないわよ。キャス公爵が緑竜を使えって文章を目にしたからマグナスも緑竜の事を承知していると思っただけだし。居場所を知っていたら、保護してダンジョンに入れとくわよ」
キャシーはガクッとなり(知らんのかいっ)と、心の中で突っ込んだ。
父であるシリルは平然としている。リリアーヌの行き当たりばったりの行動こそ、通常運転だから当然慣れている。
ダリル殿下は面白い家族のやり取りを見て、自分がこの家族の一員になる事を楽しみにしている。
アスティー辺境伯一家は辺境伯が所持する天門を開くと、王都の邸へと帰って行った。
明日からキャシーとダリル殿下は学園に再び通う。
ただエリアナが夜会で攻撃を受け、死にかけた事をルドル小国にいたため、まだ知らずにいた。




